2022年秋 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2022年9月14日(水)@星海社会議室

佳作届くも受賞に至らず! しかし今後への期待は高まる!

前回に引き続きミステリから候補作が登場!

守屋 第36回星海社FICTIONS座談会を始めていきたいと思います! 前回に引き続きまた受賞候補作があがりましたね。

丸茂 自分がミステリを1作候補にあげました。しかしミステリの投稿、増えてきましたね。そろそろガツンと受賞作が出てほしいところですが、今回はどうかなー。

岡村 星海社FICTIONS新人賞では、割り振られた投稿作を読んだ編集者が「これは!」という作品を候補作としてあげ、編集部全員が読んだうえで座談会に臨み、受賞するかどうかを議論する方式になっています。

太田 いきなりで申し訳ないですが、太田は今回残念ながらスケジュールの都合でどうしても参加が叶わずで編集部員の皆の衆に選考を任せています。男は社長業はつらいよ!

守屋 では、そんな社長はとりあえず放っておくとして、まずは候補作以外の講評から始めましょう!

共感だけでは届かない?

岩間 『もう一度だけ話せたら』は、泣きながら一気に読みました。映像化と相性がよさそうな、お涙ちょうだいな作品なんです。

丸茂 言い方悪くないですか(笑)。いや「お涙ちょうだい」をdisとして捉えちゃう僕の性格がひん曲がってるだけか。

岩間 物語は死者につながる不思議な電話の管理者と、その電話で死者と話す3人の短編で構成されています。最後に謎の管理者の秘密が明らかになるというお話で、驚きもありました。電話ではどんな死者とでも話せるわけじゃなくて、自殺した死者としか話せない。急な別れで最後の言葉を交わせなかった人たちが、その公衆電話を通して最長でテレホンカード1000円ぶんだけ話すことができるんです。「今周りにいる人たちを大切に、後悔がないように生きよう」という前向きな気持ちにさせてくれる作品で、楽しく読みました。

丸茂 テレカ1000円ぶんという限定なるほど、コーヒー1杯が冷めないうちに、みたいな。ちなみに、1000円ぶんのテレカって何分くらい通話できるんですか?

岩間 うっジェネレーションギャップ!

丸茂 僕も小学生のころはテレカを使ったこともあったと思うんですが

片倉 (素朴な表情で)たしかに、僕も時間に換算できないです。

持丸 3分ごとに10円かかりますね。

片倉 それなら1000円で5時間か。けっこう長く話せますね。

岩間 いえいえ! 1970年代は市内電話は3分10円でしたが、現在(2022年11月時点)は市内通話が56秒で10円です! ちなみに携帯電話にかけるとなると、もっと短くなります。電話会社にもよりますが、たとえばNTTドコモの携帯電話にかけるなら15.5秒ごとに10円で105度数のテレホンカードを使っても27.1分なんですよ。

岡村 「泣ける」って相当すごいことだと思うんだけど、どうしてあげなかったんですか?

岩間 商業作品として出版するにはキャラクター設定が全体的に工夫不足かなと感じたからです。この作品では、死者と話せる電話でどんな関係性の相手と電話するのかが物語のおもしろさに直結すると思ったので、そこは重要な点だと思います。

守屋 1話目は50代の女性が介護していた母親と電話する話なんですね。

岩間 そうです。レーベルターゲットの10代20代の読者さんが引きつけられる導入かというと、ちょっと疑問でした。

丸茂 でも「泣ける」路線ならベタで悪くないチョイスだと思いますよ。

守屋 岩間さん個人としてはどうだったんですか?

岩間 私個人としてはすごく共感できました。かつては厳格で全然褒めてくれなかったお母さんが、年齢を重ねて元気な頃とは別人になってしまい、逆に主人公が介護するがわとして彼女に強く当たれるようになって、それがまた辛くなったりして。ただ、以降の登場人物・エピソードもターゲットが大人な印象で、読者層を意識した工夫はもっとできたように感じました。最終的に明らかになる謎の管理者の正体も妻を自殺でなくした男で、その自殺の理由は産後うつ。大人は共感しやすいけれど、一方で容易に想像できることでもあり、すごくあっさりとした印象になってしまいました。全体を通してわかりやすく突き抜けたキャラクターの設定があったら、この作品はよりおもしろくなったんじゃないかなと思います。

新トレンド、子育てリベンジャーズ!

岩間 続いて『タイムリープ』なんですけれども、これは例えるなら、50代主婦の『東京卍リベンジャーズ』。

丸茂 それだけ聞くとめちゃくちゃおもしろそう!

片倉 どこにリベンジャーズ要素があったんですか?

岩間 子育てです。子育てリベンジ物語なんです。

丸茂 おー、今どき。もう既にあるか、なければこれから生まれてくるだろう秀逸な題材だと思います。

守屋 でも第一印象だけでいうと、僕は結構グロく感じます。

岡村 グロい?

守屋 子育てリベンジって、つまり親に育児を失敗したと思われる子供の存在が前提じゃないですか?

片倉 あ、そっちなんですね? 受験戦争のように自分の人生の夢を子どもに託す話ではなく

丸茂 グロいけど「親ガチャ」「子ガチャ」みたいな言葉が流行っちゃったように、リプレイ不可能だからこそ人生をリプレイしたいという反実仮想はあるものですから。まずは作品の話を聞いてみましょうか。

岩間 私は続きが気になって仕方がなくて、ページをめくる手が止まらなかったです。主人公はひきこもりになった実の子供それも、もういい年のおっさんになった子供に夫とともに殺されちゃうんです。その結末を回避するために、タイムリープを繰り返して少しずつ歴史を変え、子供を人殺しにしないように奮闘するお話です。

岡村 なるほど、すごいアイデア

片倉 おもしろそうです。

岩間 手に汗握る展開に一気読みしてしまいました。ではなぜあげなかったかというと、特別な新しさや驚くような展開もなくて、登場人物にも魅力を感じなかったからです。

丸茂 えっ、ならどこに手に汗握ったんですか?

岩間 私自身が今まさに子育て中の主婦だから、主人公にずっと感情移入できたのがすごく大きいかなと思います。50代の主婦が30代の息子を助けるために、子供が赤ちゃんの頃の自分、小学生の頃の自分、新入社員の頃の自分、そして引きこもりの頃の自分に、心と記憶をそのままに短期間で繰り返し転移し、これまでの人生経験や知恵を使って息子に降りかかるトラブルを解決していくんです。

丸茂 『プロポーズ大作戦』いまの10代にこの例は伝わらないかのフォーマットに近いですね。結婚を迎えてしまった幼なじみと結ばれるため、主人公が式場から意識だけ過去にタイムリープして幼なじみとのフラグを建設し直すドラマなんですが。

岩間 難点は転移先に魅力的な人がいないところです。多くの転生ものでは、転生先で出会う魅力的な人物がきっかけになって大きく物語が動くと私は考えているんですが、この作品はそこがすごくわかりにくかったです。そのせいもあり、全編を通してお母さんが孤軍奮闘している印象なのも問題です。自分一人でなんとかしようとするため、読みかたによってはすごく自意識過剰で一人よがりなお話になってしまいそうです。

丸茂 でもループものやタイムリープものって、基本的に自分だけがループを認識している孤軍奮闘な展開ですから。でもよくできてないと、お母さんは過保護に見られてしまうのかも。

岩間 驚くような展開や突き抜けて魅力的なキャラクター要素など、多くの読者にとってわかりやすく、共感できるようなおもしろさがほしかったです。

丸茂 ちなみに結末はどうなるんですか?

岩間 息子に殺されない。

一同 おお!

岡村 ちゃんとハッピーエンドになるのはいいですね。

丸茂 タイムリープを繰り返して息子に殺される遠因を解除することになると思うんですが、そのポイントはどこだったんですか?

岩間 主人公が殺された直接の原因は息子の被害妄想なんです。叔母が自分の悪口を言っていると勘違いし、さらにその場に居合わせたお父さんにも悪く言われたと被害妄想を膨らませての凶行。だから分岐条件は過去に戻って、息子の精神状態を悪化させた原因を取り除くことになります。具体的には、小学生の頃に転校先でヤンキーに意地悪されたとか、勉強を頑張って入った大学生の頃にバイト先でレイプされたとか、社会人になっていい会社に入れたけれども上司にパワハラされたとか、そういう小さなイベントを解決していきます。

守屋 話をうかがう感じ、一番古い過去から結末までを少しずつ変えていく展開だと思いますが、子供の頃の経験が変わったら行く大学が変わったりしても不自然ではないですよね。どこかで主人公の知らない過去にタイムリープすると、いい意味での緊張感が出せるかもしれません。

岡村 タイムリープや転生ものは、基本的にはうまくいかなかった自分の過去や人生をやり直そうとするものだけど、この作品では自分よりも子供に主眼を置いているのがアイデアとしておもしろい。もちろん、自分が殺されないようにするっていう、自分のためでもあるんですけど。

守屋 オタクカルチャーのタイムリープものはヒロインを救うことを目的としているものが多く、その類型にも入りそうに思いました。

丸茂 ループもの・タイムリープものの類例として、かなりアリな題材だと思いますよ。僕は実際にあった事件のことを思い出しましたし、親が子に殺される事件は起こりうるわけじゃないですか。それを回避するためにどう親子関係・家庭・家族を再構築するのか社会派で今時なテーマですし、商品のパッケージとしてもアリなコンセプトだと思います。もちろん、内容が伴ってさえいればですが。投稿作は分岐点が母親がふつう関与し難い息子さんの環境にある印象なので、どちらかというと母ー子の関係がドラスティックに変化するようなポイントを設定したほうがいい気がしました。

岩間 文章や台詞の情報の出し入れもお上手で、アイデアもよかったと思います。登場人物たちの魅力を存分に発揮したドラマを太く描くことを意識していただけると、よりアイデアが活かせ、大きな共感や感動を呼べるはずです。

名作のリブートに光明あり⁉︎

丸茂 『わたしのクラスは病んでいる』は、いささか力不足な『告白』のような話でした。導入が似ていて、初等部から続く名門学校の中等部に素行不良の生徒が振り分けられた最悪のクラスがあって、もうすぐ高等部に進学だねーって生徒たちがウキウキしていた卒業式の日、担任の先生が告白するんですよ。「このクラスの生徒は過去に人を殺したことがある」「その犠牲者は私の父親だったんだ」って。心当たりがある生徒もいたのか動揺するクラスに対し、先生はクラスが犯してきた悪行の数々の真相を一部生徒に調査するよう課題を課します。

片倉 ミステリなんですね。

丸茂 ミステリです。「素行不良のクラスとはいえそんなにやらかしてたの!?」ってくらいクラスではいろんな事件が発生していたようで、それをひとつひとつ解決して最終的にすべての事件の黒幕だったクラスメイトが突き止められる。そんなけっこう入り組んだ展開なんですが、逆にそこがネックでシチュエーション過多になっていた印象でした。「そんなに事件あったのに放置されてきたの!?」って野暮ですがツッコんじゃうし、先生の思惑も復讐なのかいまいちはっきりしないし真相を知りたい気持ちもそんなに湧かないという気分になってしまって。『告白』って展開は非常にシンプルだったんですよね。

守屋 湊かなえさんの『告白』は、中学校の終業式で先生が生徒に娘を殺されたことを告発するストーリーですよね。

丸茂 殺人の告発からその背景と余波を多視点で明らかにしていく構成で、この投稿作も最初から先生のお父さんが殺された事件にフォーカスしたほうがよかったのではと。『告白』ももう14年以上前の作品かミステリであり復讐劇で、中学生の鬱屈を託した犯行背景と、それに対する非常に意地の悪い先生の意趣返しが魅力的でした。一方でこの作品は人物描写も精彩を欠いていて、とくに主人公のクラス委員長が巨乳をいじられるのくだりが何度かあるのは内容に合ってないし読んでいていい気分しませんでしたねそれもあって悪趣味なだけに映ってしまった。人物の書き方は、最近の作品を読んでかなり研究していただいたほうがよいと思います。シンプルに学園もので刑事事件を扱うのは難しいというハードルを越えられなかったということかもしれませんが。

岩間 そういえば『告白』の頃ってスマホもなかったんですよね。

守屋 もうあの作品で使われたギミックもピンとこないかもしれませんね。

丸茂 時代やコミュニケーションが変われば、その新しい環境やツールにあわせたギミックをつくれると思いますよ。江波光則さんの〈葬式〉シリーズとかも、当時の学生が置かれたネット環境が活かされた佳作でした。昨今のSNS空間は現実とのズレをより拡大しているので、それを利用するのは今後もひとつのネタになるかもしれません。

この作品はすごいのですごいです

片倉 『ブラック・ルキン』はすごかったです。これは本当にすごくて、自分の理解を超えていました。

岡村 もう少しなにか情報をください(笑)。

片倉 端的にいうと、金魚が出てくるマジックリアリズム小説でした。

丸茂 マジックリアリズム!?

片倉 主人公が瞼の裏に金魚を飼っているんです。

岩間 え、それは目を閉じたら見えるんですか?

片倉 ただ瞼の裏にいるらしいんです。冒頭を読むと、

 ぼくはまぶたの裏っかわに、黒い琉金《りゅうきん》を飼っている。

 琉金っていうのは、金魚のことだ。

   いや、そんなこと知ってる!

丸茂 叙述トリックの可能性を消しているんじゃない(笑)。甲田学人さんの『夜魔』で人間の瞳のなかに魚がいる話がありましたが、そんな感じ?

片倉 どういうことなのかわからないんですが、子供の頃にお父さんが瞼の裏にいる金魚を餌付けした描写もあります。どうも、金魚が本当にいるらしいんですよ。

丸茂 とりあえず、瞼の裏に金魚を飼っているのは前提として進めるよと。

片倉 そんな主人公が琉金とともに平和な日々を過ごしていたら、サメの怪物が現れて世界を滅ぼそうとします。そこで自分が飼っていた金魚が実は伝説の巨大ザメ・メガロドンだったことが判明し、メガロドンとともに世界を滅ぼそうとする巨大ザメと戦います。冒頭からなかなかのB級映画感です。

岡村 なるほど。

丸茂 マジックリアリズムっていうか、それはただ現代ファンタジーなのでは。

片倉 想像力の斜め上を行っていますよね。

丸茂 というかやっぱり金魚じゃないじゃん!

片倉 金魚は世を忍ぶ仮の姿だったわけですね。巨大ザメは無事に退治できたんですが、話はそこで終わりません。幼馴染・わふながなんと火星人だったことが明らかになるんです。メガロドンとともに倒した巨大ザメは自分たちの世界を滅ぼそうとする宇宙人の一味で、実は幼馴染もその異星人だったと。

岡村 なるほど

片倉 まだ続くんですけど、その後は残念ながら理解力が追いつかなかったのであらすじを読み上げます。

 わふながかつて、地球の神に、火星と共に滅ぼされた、人類への復讐をもくろむ、火星の神の化身だったこと。舞台が地球ではなく、火星であることが明らかになる。

岡村 なるほど

片倉 そこでまたメガロドンとともに侵略者である異星人を倒してめでたしめでたし、という結末でした。

岡村 なるほど

持丸 ふざけている感じではないんですよね?

片倉 作者さんは真面目に書いていらっしゃるのだと思います。だからこそわからないんです。

丸茂 いや大真面目でしょう。サメ映画ならふつうの展開ですよ。サメとはどこで戦うの? サメにも色んなサメがいますけど、ちゃんと(?)地上にも上陸できるサメなのか、空を飛べるサメなのか。

片倉 空を飛ぶタイプのサメです。そうだ、まだ一つ大事な設定がありました。実は金魚のふりをしたメガロドンは、主人公の亡き母が作った人類の最終兵器だったんです。

守屋 なるほど、なぜメガロドンが主人公の瞼の裏にいるのか、つまり主人公の特別性が何に由来するのかは気になっていました。親から与えられた強い力というと、『進撃の巨人』や『新世紀エヴァンゲリオン』などとも共通していますよね。

丸茂 その要素だけ見たらものすごく王道なものができているのかもしれないそれが金魚(サメ)というキテレツなパーツではありますが。

持丸 リアリティは感じられたんですか?

片倉 バトルシーンには迫力を感じました。ただ、瞼の裏に金魚を飼っているという大元のビジュアルが最後まで描けずじまいでした。収納されているのか何なのか。作者さんがリアリティを出そうと頑張っていらっしゃるのは理解できましたが、自分は冒頭で振り落とされてしまいました。おもしろくはありましたが、万人向けの作品とは言えません。

持丸 でも、たとえば『サイボーグ009』はなんでもありの世界観でもおもしろいので、リアリティの欠如は欠点に直結しないですよね。

片倉 この作品の欠点はリアリティというより、要素を盛り過ぎたところでしょうか。

丸茂 すべては「サメVS金魚」で買う人がいるかどうかにかかっていそうです。サメ映画好きは手を出してしまうかもしれないですけど、なかなか厳しそう。

岡村 厳しいというかだって金魚じゃないんでしょ。

丸茂 サメ映画には空を飛ぶサメも竜巻として降ってくるサメもタコと合体したサメも平然と登場するので、それ寄りの想像力ですね。むしろ金魚に擬態していたメガロドンはクリーチャーとしてインパクトに欠けるくらいかもしれません。

片倉 サメが非常にB級感を醸していますよね。しかも空を飛ぶし。この作品はアイデア勝負になってしまっていて、本文よりもあらすじの方がおもしろい、逆に言うと本文が負けてしまっているのが弱みだと思います。今後は、心理描写や会話といった本文のディテールを読んで、あらすじ以上におもしろさを感じられる作品づくりを意識してみてください。

シュナの旅ではなくナウシカを

持丸 『ムーンゲイザー』の著者の方は、前回の応募作でもう小説を書くのをやめる気でいたそうなんです。ですが、守屋さんのコメントを読んでもう一回書こうかなと思って、それで送ってくれたそうなんです。最初はその経緯が気になって読みました。

守屋 『ファウスト』に影響を受けた、と言って投稿してくださった方ですよね。センチメンタルな世界観をあらわす文章が非常に綺麗でした。また送っていただいてとてもうれしいです!

持丸 今作でもそのよさは健在でした。一言でいうと、寓話的終末SF。ニコニコ動画に上がっているボカロ曲の感触といいますか。一枚の絵があってそこに歌が流れる、そんなイメージで100ぐらいある掌編を連作で積み重ねています。その1個1個のお話がなかなか印象的で、クライマックスまで読むとすごい満足感でした。

丸茂 どういうキャラクターが何をする話なんですか?

持丸 舞台は、人も地球も死に絶えようとしている終末。魔法使いの少女メーゼは同じ魔法使いである妹を探す旅をしながら、道々でいろんな問題を解決します。妹を探しているのは、彼女こそが地球を滅ぼそうとしている元凶だから。妹との最終決戦の魔法対決に勝ったメーゼは、もう残り少なくなっている人間をノアの方舟のようなものに乗せて旅立っていく。この方はとにかく文章が上手で、誤読しそうな文章が一行もないってくらいにすごく端正に書かれていました。

片倉 おもしろそうですね、自分も読みたくなってきました。

持丸 おもしろくて感動もあり、絵が添えてあるとすごく映えるような掌編集です。推薦しなかったのは、美しすぎて娯楽としては弱いからですが。

守屋 しんしんと降り積もるような文章ですよね。

持丸 この方はこの作品を送るにあたって、参考にした作品を色々挙げてくれているんです。リチャード・バック『かもめのジョナサン』、パウロ・コエーリョ『アルケミスト 夢を旅した少年』、サン・テグジュペリ『星の王子さま』、筒井康隆『旅のラゴス』、宮崎駿『シュナの旅』、森博嗣『スカイ・クロラ』、時雨沢恵一『キノの旅』、重松清&坂口博信『ロストオデッセイ』(小説版)。そのなかでいうと、僕は『シュナの旅』の世代ですね。みなさんは『キノの旅』でしょうか。

岡村 その2つが全く一緒のジャンルだとは僕は思わないですけど(笑)。

丸茂 ギャップはありますが、終末系・ロードムービー系のファンタジーが並んでますね。欲を言うと、いまなら『魔女の旅々』もチェックしてほしかったな。

持丸 『シュナの旅』って『風の谷のナウシカ』の前日譚といった雰囲気がありますよね。あれだけではきっと宮崎駿はマンガ家デビューできなかったと思うんです。ナウシカがあったから『シュナの旅』も世に出せたっていうそんな関係なんじゃないかと。この方もいきなり遺言書めいた『シュナの旅』を書くんじゃなくて、ナウシカっぽいものから書いたらどうかなと思います。そうそう、ナウシカというと、先ほど言った姉と妹の魔法使い対決が、エヴァのゲンドウVS映画版ナウシカのような印象になっています。

丸茂 シンジくんじゃなくてナウシカと戦うんですか(笑)。

持丸 公共の正義とかエコロジカルな問いかけも入ってくる決戦なんです。だから読み応えがあるし、本当に一気に読めるぐらいおもしろい。先行作のいろんないいところをうまく取り込めてもいます。

丸茂 ちょっと気になるので読んでみたのですが、持丸さんも守屋さんも言うようにこの方は文才ありますね! 掲げられていた普遍的な作品として書くという理想は高すぎると思いますが、結果的には読みやすくリリカルな文章になっていて、世界をそこまで濃厚に書き込まないことで寓話的な印象が醸し出されている。ただ俯瞰的でキャラクターにフォーカスされていない分、ドラマの印象が残らないのがエンタメとしては推しにくい、というところでしょうか。いや、一度きりと言わずにもっと書いていただきたいですよ。独特のリリシズムがあります。またファンタジーを書くなら、個人的にはもっと『キノの旅』や『魔女の旅々』に寄せたロードムービーを書いてもらいたいですね。遠景に徹しきらず、キノやイレイナさんみたいな狂言回しのキャラを立てたものを読みたいと思いました。

物語を削る力も必要!

磯邊 『ピカエカ』の主人公とヒロインは中学三年生で、どちらも障害を抱えています。主人公は吃音症のために中学入学で自己紹介に失敗し、学校でいじめられてしまって不登校になっています。そこに学校のプリントを届けに来てくれた女の子がヒロイン。彼女は足に障害を抱えていて車椅子を使っています。主人公は、自分よりも不幸な生徒がいることへのかすかな安心を胸に、再び学校に通い出します。そうした後ろ暗い感情やうじうじと考えるネガティブな心理の描写が精細で、読まされました。

片倉 重い話なんですか?

磯邊 最終的には、二人が互いを補い合いながらちょっとずつ前向きに生きていく話です。

なんですけど、キャッチコピーは「他人の不幸は自分の安寧」で、ちょっとびっくりしました。

守屋 主人公と女の子の「互いを見下し合う関係でいよう」っていう契約がいいですね。

磯邊 女の子からそういう提案をするんです。主人公も、ちゃんとお互い平等に見下すために、借りを自分も返さなきゃ、と考えて彼女と関わっていきます。

守屋 いじめられて不登校になった子が、自分に対する何らの言い訳もなしに他人にかかわるのは難しそうだと最初は思ったんです。でも、相手を見下すためっていう不器用な正当化ができる契約のもとでなら頑張れそうで、そこに説得力を感じました。

岩間 この物語を通じて主人公は前向きになっていくとのことでしたが、具体的に何か努力をするんですか?

磯邊 たとえば、吃音症の方には言いやすい行と言いにくい行があるみたいなんです。だから、うまく言いやすい行に言い換えられるように表現を覚えたり、音読の際に一人で読むと緊張して症状が出やすくなってしまうので、ヒロインと一緒に読むようにしたりとかですね。お互いがカバーできる弱点を理解し、助け合える安心感から、二人はだんだん前向きになっていきます。

丸茂 思春期らしい歪みがあるようで実は真っ直ぐないい関係性じゃないですか。どこがダメだったんです?

磯邊 精細な描写のぶん、ちょっと冗長になっていたからです。ヒロインと主人公が両思いになったりもするんですが、全体的に物語の進行が遅く、小説として大きな山場が感じられませんでした。たとえば、主人公が、ひとりで坂を登ろうとしているヒロインを見かけて、無言で後ろから車椅子を押して手伝ったら、彼女にめちゃくちゃ怒られる一幕があるんです。主人公がその理由を考えたり、リハビリ施設の職員に聞きに行ったりと、それなりの紙幅が費やされるんですが、結局、彼女が怒ったのは何も声をかけずに急に押されたからだった。それって普通に想像がつく理由だと思うんです。もちろん、主人公が声を発することに臆病になっている、というのは原因にあります。ただ、こうした主人公たちにとっては大きなイベントの、その大きさを読者が自ずと共有できるような展開はありませんでした。そこが商業作品としての難点かなと思います。

丸茂 題材的に描写はしっかり利かせたほうがよさそうですが、ある程度はドラマも必要ですよね。

磯邊 主人公とヒロインとの関係性の移り変わりがよく、リアリティのある心理描写が魅力的なので、文量とのバランスを考えていただきつつ、読者も主人公と同じ温度で驚ける展開があると、よりおもしろい作品となるのではないかと思います。

大きな嘘にこそ納得感を!

岡村 『さよなら、ライトノベル』は、小説投稿サイトに投稿していた作品が人気作になって書籍化され商業デビューする直前の作家・片桐右京くんと、エルフのコスプレをして彼の前に現れた少女・メサの物語です。メサは開口一番「お願いです。ライトノベルを書くの、やめてください」と言う。右京くんが理由を訊ねると、その返答は「あなたが書くのをやめないと、世界が滅ぶからです」。

守屋 いいフックですね!

岡村 内実を話すと、メサはエルフのコスプレをした少女ではなくて、異世界から来たガチのエルフなんです。ここでいう異世界はいわゆるファンタジー世界ではなくて、僕らがいる現実の世界と相互依存の関係にある世界噛み砕いていうと、僕らの世界の一人一人の想像力がメサの世界を存続させているんです。だから、僕らが想像力をなくすと相互依存にあるこちらの世界もろともメサの世界が滅んでしまう。

片倉 主人公の小説と想像力の喪失にはどんな関係があるんですか?

岡村 主人公の商業デビュー作になるライトノベルが世界的なヒットになり、その影響力があまりに強すぎるせいで人々が想像力をなくす、と異世界の人たちは予測しています。なので、右京くんがライトノベルを書くのを止めるためにメサが送り込まれてきた。もちろん異世界にはメサのような穏健派だけでなく、右京くんを殺せば解決するだろうっていう過激派もいて、一悶着の末にメサと右京くんは閉鎖空間に封印されてしまう。ここまでが第一部で、第二部からは主人公が変わり

丸茂 主人公変わるんだ!?

岡村 第二部では、もう一人の主人公・平沢と世界各地の投稿作家たちによる、異世界からの干渉への抵抗が描かれます。具体的にはライトノベルをたくさん出したり投稿したりすることによって力を得る、『Re:CREATORS』みたいなことをやります。

丸茂 地球の創作が異世界の基盤になっている設定はおもしろいですね。

岡村 この作品のいわゆる大きな嘘って、右京くんのライトノベルが世界的に流行すると人々の想像力がなくなって異世界が滅びるっていうところだと思うんです。それこそゴジラとかも大きな嘘なので、大きな嘘があること自体は僕は全然いいんですけど、この作品をあげなかったのはライトノベルが世界的に流行しても人々の想像力はなくならないだろうと思ってしまったからです。それをいったら「マンガを読むとバカになる」「ゲームをやるとバカになる」っていう言説は過去に散々あって、それでもまだ世界は想像力を保ち続けているので、ライトノベル、つまり1つのメディア形式が爆発的に流行してもそうはならんやろと。

丸茂 そこに対して納得のいく説明はないんですね。

岡村 それだったらYouTubeとか、テクノロジーの進化によって便利化、簡易化、パーソナライズされたメディア形式以外の要因への依存のほうがよっぽど想像力を失わせるだろうと思ってしまった。

守屋 それこそトールキンがエルフのイメージをほとんど固定したように、主人公の作品が異世界の形を一つに収束させてしまい、エルフの世界がなくなるって話でもないんですか?

岡村 そういうエルフの世界単体とかではなく、彼女らがいる世界そのものが滅びる。

丸茂 むしろ書いてくれないと滅びると言われるほうが納得できそう。創作者とキャラクターの関係の比喩として。

岡村 あと、あげなくてもいいかなと思ったもう一つの理由は、第二部以降主人公が変わって読む推進力が弱くなったこと。逆にいいところとしては、ライトノベルを題材にしているだけあって文章がすごく読みやすい。あと、ヒロインのメサがめちゃめちゃ可愛いんです。

丸茂 ヒロインがかわいいのは大事ですね。

岡村 とても大事! 要は日本に来たばかりの外国人みたいな雰囲気で、言葉を選択する言語センスとかもやっぱ独特なんですけど、読むと普通に可愛い。可愛いキャラクターを描けるのは非常に大きな才能だと思います。そこを武器に今後も書いてもらえたら嬉しいです。

丸茂 ヒロインのかわいさは百難隠せますからね、マジで。

岡村 言葉とかセリフとかも、昔のライトノベルにありがちな語尾を無理やりつけるようなものではなくて、割と淡々としてるんですけど、そういうのも可愛いなと思ってそこは非常によかったです。これをこの作者に言うのは酷かもしれませんが、今のスキルならラブコメやヒロインとの関係性を前面に出す作品を書くほうがおもしろいんじゃないかとは思いました。

丸茂 異世界もので、異世界が我々の地球の現実世界と関係があるみたいなギミックを活かしてる作品はいくつかあって、SF的な手触りがおもしろいんですよね。まだ開拓されきってない領域だと思うので、これからの異世界もののヒントになる気がします。

ミステリをエンタメにする二つの要素とは⁉︎

守屋 ここからは候補作の議論に入ります。今回は丸茂さんがあげた『狼と猫の推理』の1作でした。

丸茂 本作は倒叙ミステリです。探偵役は猫居刑事と大狼警部という2人組。猫居刑事は童顔猫顔の女性の刑事で、大狼警部のほうはすごい強面な男性の警部。短編4話で構成されてまして、それぞれ犯人視点の犯行シーンから始まり、猫居刑事と大狼警部の2人がその偽証を崩していくストーリーになっています。たとえば1話目では、あるホテルのお風呂で溺死させた死体をプールに沈めることで事故死に見せかける犯人の偽装を探偵役が崩します。犯人は当日のプールの監視カメラの映像を差し替えることで自分を容疑者から外そうとしたんですが、実はそこに犯人の手落ちがささやかながら示されていて、刑事たち2人はその矛盾を拾うことで犯人を追い詰める。そうした犯人の手落ちを拾っていく手際がこなれていて、前回の投稿作から引き続きミステリの組み立てかたが綺麗というか素直という印象でした。皆さんの評価はいかがでしたか?

持丸 申し訳ないですが、偽装とそれを暴く推理というのがあんまり冴えていないなと感じました。なぜかというと、行きずりの殺人じゃない限り、殺人事件の犯人って被害者の知り合いじゃないですか。だから犯人は必ず捜査線上に上がってくるし、追及されないわけにはいかない。ホームズとかがいた時代手紙と電報しかないような時代だったら別でしょうが、現代では犯人が完全犯罪を計画し、それを探偵がひっくり返すという推理小説の在りかたそのものにリアリティが感じられないです。むしろキャラクターのほうが魅力的で、この警察官コンビを成長させていくといい感じになるのかなという印象がありました。

丸茂 手厳しいですね。完全犯罪が成立しないから、素直に警察に突き止められるわけですが。持丸さんは『古畑任三郎』もダメですか?

持丸 あまりおもしろいと思わないそんなわけなので、この作品も個人的には合わなかったです。

丸茂 古畑がダメならほとんどの倒叙はダメでしょうね(笑)。

持丸 ただ1話目の乾いたハードボイルドな筆致、2話目の麻雀中の店長の圧迫感には読まされるものがありましたね。

守屋 僕がこの作品で気になったのは、倒叙で犯人が犯すミスの必然性です。たとえば3話目では、犯人が考えたトリックどおりに事件が起きるのですが、それにもかかわらず結果に明らかなミスがあり、捕まってしまう。

丸茂 たしかに犯人の計画はもう一段階くらい複雑なことをやってもいいのかなとは思います。

守屋 どちらかというとこれは人物描写の問題かもしれません。その設定の人物がその行動をするだろうかと感じてしまうことが多く、犯行計画のゆるさはその一角であるという印象です。

丸茂 あらら、けっこう皆さんネガティブな評価だここにいない社長はほどほどに楽しんでくれたようだったけど。

守屋 一方で、4話目はよかったと思います。偽装に落ち度がないがゆえに犯人がわかってしまうところに構成の妙がありました。倒叙は犯人と探偵の頭脳戦を期待されることが多いので、犯人の格が落ちなかった点もよかったです。このクオリティのものが4本あったら商業でも戦えると思います。

片倉 守屋さんにとって理想的な倒叙ミステリ作品は何ですか?

守屋 麻耶雄嵩さんの『ウィーンの森の物語』でしょうか。この短編は、いざ犯人が密室トリックを弄そうとしたら、それがうまくいかなくて焦るところから始まります。ただ、その後シーンが切り替わるとなぜか密室で殺人が起こっている。倒叙のおもしろさを保ちながら、探偵とともに推理をする楽しさもある作品になっています。倒叙はいろんな種類の謎を仕込めるジャンルだと僕は思っているので、この投稿作ももっと多彩な読み味の短編集になりえたのではないかと感じてしまいました。

丸茂 守屋さんは本格ミステリジャンルとしての評価をされてますよね。同感ですけど、どちらかというとこの作品が取り組んでいるのは昼ドラというか火サスみたいな世界なんですよ。なのでその物差しで測っちゃうのはかわいそうだなと思いつつ、気持ちはわかります。倒叙ミステリとして、突出して優れている点は挙げられないのが正直なところですね。

岩間 私は刑事2人のキャラクターが好きでした。構成が決まっているとこのコンビが事件を解決してくれると安心して読めるところも、たとえば電車移動中とかにサクサク読めそうでよいです。シリーズ化できそう。

丸茂 フォーマットがわかりやすいですよね。

岡村 僕は普通におもしろかったです。倒叙って優れたフォーマットだなと思いました。すごい乱暴な言いかたになるんだけど、倒叙ってミステリが好きじゃない人でも楽しめるものだなと。僕はとくにミステリが好きというわけではなくて、なんで犯人を当てるのに頭を使わなきゃいけないんだって思ってしまうんですよ。倒叙は犯人がわかっていて、それがどう暴かれていくかが描かれる。ある意味で俺TUEEEみたいな、探偵に暴かれるという結末は決まっていて、その過程を楽しむものになっている。しかも犯人側も探偵側も目的が明確なので、物語内において誰がなんのために行動しているのかが一貫していて飲み込みやすいんです。一方で、キャラクターの面では改善点があると感じました。探偵コンビのキャラクター自体は好きなんですが、お互いがいないと事件が解決できない、というふうにはなっていないのが惜しかったです。現状だと、大狼だけで解決できそうに読めてしまう。たとえば、大狼は推理力があるけどコミュニケーション能力が足りなくて証言を集められず、猫居は愛嬌があって情報は集められるけれど推理はできない。というようにすると、もっとキャラクターが立つと思います。

丸茂 ダブル探偵ものとして書こうとしているけれども、猫居刑事のほうの活躍がいまひとつなんですよね。役割分担ができていない点も疵だと思っています。

片倉 僕はこの作品の一番良くないところは文章の古臭さだと思いました。

丸茂 そこは僕もかなり大きな問題だと思う。さっきは擁護しましたけど、こういう火サスみたいな世界今風ではないですね。新本格以前のノベルス系のミステリとか、好きだったのかな。

磯邊 私は地の文の雰囲気自体はいいと思ったんですが、すべて読むとなるとカロリーが高かったです。

片倉 とくに「このキャラは古風な性格である」といったエクスキューズもなく、ごく自然に麻雀の描写が入ったりスナックが出てきたりして、2022年に読む小説としては違和感を抱いてしまいました。

丸茂 雀荘は古臭いって言うんですか!? Mリーグ盛り上がってるし高田馬場にはまだバリバリありましたよ! と言ってみたものの、すえたラブホやスナックや雀荘という場所の場末感はどうしたってあるよね。2022年にもふつうにある場所だけど、大方の10代には馴染みがないでしょう。

片倉 作者さんが一昔前のミステリの雰囲気がお好きなのかもしれないとは思いましたが、この時代がかった描写は、多くの若い読者にはネガティブに作用してしまうのではないでしょうか。

丸茂 皆さんのご意見でも浮かび上がってきましたが、この作品の課題は大きく3つあります。まずはミステリとしてのクオリティ。倒叙というフォーマットに従ったオーソドックスなつくりで、及第点に達しているとは思っています。ただ本格ミステリ読者はより高いレベルを期待するでしょう。2つ目はそもそも警察が探偵役の倒叙ミステリが扱う空間の俗っぽさ。基本的には凡人が犯した日常的な殺人を調査するフォーマットになるから、たとえば館とかクローズドサークルとかいかにもな本格ミステリの読者好みの非日常的なシチュエーションにはできない。火サスや土曜ワイド劇場みたいな日常空間が持丸さんみたいにミステリを読む人の好みからも外れてしまったり、片倉さんみたいに古臭く感じられてしまったりする。3つ目はキャラクターの魅力。警察2人組の役割分担ができていないというのも一要因として、実直に書かれているけれどいまひとつ冴えないですよね。倒叙ミステリは基本的にドラマで親しまれてきて、コロンボにしろ古畑にしろ役者が身をもって演技をしている身体性があるからどうしたってキャラが立つんですよ。小説ではそれが発揮できないぶん、キャラを立てないといけない。この投稿作のコンビは素朴すぎますね。

岡村 探偵小説を書くか、推理小説を書くかって話なのかな?

丸茂 そうですね、岡村さんが言うところの推理小説=ミステリとして売ることを目指すなら、もっとハイレベルにしなければいけない。探偵小説=探偵キャラを魅力的に描くものとして読ませるのであれば、キャラにはもっと華やフックがほしい。刑事が殺人事件を調査するフォーマットに準じるとしても、たとえば探偵役に天才物理学者を加えるとか。両方伸ばすことが望ましいですが、僕はどちらかというと後者を頑張っていただいたほうが芽があるのではと思うところです。

岡村 探偵たちをすごく魅力的に書いて、ミステリに関してはランキングとかに入るほどじゃないけど一定のクオリティがある矛盾のないミステリをやるって方向だよね。

丸茂 この作品の帯やあらすじを書くときに、事件の内容を書くか探偵のキャラクターについて書くかというと、きっと後者にフォーカスするわけです。だからキャラクターの紹介で読みたいと思えるようなキャラクター設計をしないといけない。2人組のキャラはその水準には達してない感触でした。小説における倒叙ミステリとしては、相沢沙呼さんの〈霊媒探偵・城塚翡翠〉シリーズという超新星が現れたわけですけれども、1作目の『medium』はミステリとしてパンチがある仕掛けを用意して、かつ城塚翡翠という非常にキャラが立った探偵役を用意している。もちろん目標にするには些か高すぎるハードルですが、せめてキャラは試行錯誤できる部分があるのではと思います。

岡村 ミステリって大変なジャンルだな

丸茂 ミステリのあらすじはおおよそ「どんな探偵がどんな謎を解決するか」に要約されます。商品として読者の興味を惹くには、「謎」か「探偵」、あるいは両方をキャッチーに仕立てなくてはならない。もちろんあらすじのキャッチーさが作品のすべてではありませんが、作品を磨くにも基本的に謎をよくするか、探偵をよくするか、両方をよくするかでしょう。

岡村 今の話を聞くと、両方やるしかなさそうだけど。

守屋 僕は犯人当てを解く文化圏で育ったのもあって、ロジックやトリックといったミステリとしての魅力があるのならば、キャラクターが書き割りでも全然いいと思っています。

丸茂 ただそこで求められるミステリの水準って、つまり麻耶さんや法月さんや大山誠一郎さんレベルですよね投稿者さんにその意欲があれば止めませんが、修羅の道だと僕は思っちゃうな。僕はこの方の投稿作を読むのは2回目で、前回の長編ミステリは探偵役の設定にはある程度フックがあったけれど、謎解きが惜しかった。だから、複雑な謎解きを用意する長編ではなく、ひとつのロジックエラーを見つける連作短編のフォーマットに切り替えた今作のほうが合っていたとは思うんですよ。

守屋 なるほど、丸茂さんが連続で読んでたんですね。となると、この投稿者さんにはどうがんばってもらうのがよさそうですか。

丸茂 元も子もないですけど、岡村さんが言うように「謎」と「探偵」の両方、とくに後者は設定と描写の両面からレベルアップを目指していただくべきかなと。まず本格ミステリとして頑張ろうとされてる意欲は伝わってきますし、そのレベルアップは引き続き目指していただきたい。同時に探偵ーワトソン役のキャラには設定から華がほしいです。好みの領域ではあるので判断は難しいでしょうが「猫っぽい刑事と狼っぽい警部が殺人事件の謎を解く倒叙ミステリ」というログラインを眺めれば、ご自身でも些か素っ気なさを感じるのではないでしょうか。一般文芸寄りのミステリに限らず、マンガやラノベやライト文芸なんかも参考に読者の興味を惹ける設定を用意していただいて、その設定に従って読者に好きになってもらえるようにキャラを描写してほしい。前作にはその要素がありましたが、謎解きを通して探偵役の成長や探偵役ーワトソン役の関係が進展するドラマを用意することもひとつの手です。あとこれは今回の設定によるものだと思うのですが、やや古いというか冴えない文章がもう少し磨かれるとうれしいですね。ラノベっぽくしてほしいということではなく、どちらかというと一般文芸寄りの文章指向な方だと思うので、文章面は米澤穂信さんとかお手本にしていただきたいです。

守屋 つまり総合的にがんばってくださいってことですね。

丸茂 つい長く喋っちゃってごめんなさい! でもこの方は噛み合えばちゃんとデビュー作に値するレベルになると思うんですよね。今回は僕以外に誰か目をかけるひとがいればというつもりで候補にあげましたが、そうはならなかったので残念ですが受賞はなしで。ただ、またご投稿していただけるとうれしいです。あとこれは聞き流していただいてよい僕個人の趣味の話ですが、やっぱり青春ミステリが読みたいな青春ミステリ、めちゃめちゃ求めてます。

おわりに

太田 2022年の座談会もこれでラストですね。来年も気合の入った作品の投稿を期待しています!! もちろん次回からは僕も選考に戻ります。やっぱり定期的に新人賞の原稿を読むのはおもしろいんです。

一同 お待ちしています!

守屋 最後に、本新人賞では紙ではなくデータでの原稿投稿をお願いしています。ご投稿の際には、応募規定を今一度ご確認いただければと思います。

1行コメント

『女王陛下の囚われ技師』

作中で起きていることや世界観はわかります。ただキャラクターの内面の魅力が開示されていないので、キャラクターに興味を持てないまま話が進んでいく印象でした。(岡村)

『涙の流星群』

恋愛反対運動など、設定は面白いと思います。ただ、読者と同じ目線の冷静なツッコミ役がいないからか、キャラクター達のノリにやや置いてけぼりになってしまう印象でした。(磯邊)

『沈まぬ会社』

企業の不祥事やコンプライアンス違反について、内部の人間が法的に守られながら告発できる制度「公益通報」。その実際をカラ出張や通勤代不正受給といった身近な例をもとに知ることができる作品。啓発を目的とした実用小説といった印象です。公益通報を扱うにしても、正義は必ずしも報われるわけではない現実を描いたり、監査室メンバーに視点を据えるなど、もっとドラマとして肉付けが欲しかったです。今の日本によく似た架空世界という設定も物語に活きてなかったです。(持丸)

『有限で微小な気力』

独特な空気感のある作品でした。サスペンスかつ狂気がある中で、主人公の目的が読んでいて埋もれるというか、わかりづらくなっている印象でした。(磯邊)

『ミラースカイ』

驚きのある設定が魅力の作品だと思います。一方で、構成面や文章面は、まだ考え抜く余地があるように感じました。(岩間)

『レイニー・デイを待ちながら』

学園ものの雰囲気はよく出ていて、一定の水準以上には達していると思います。ただし、競合の多い難病ものというジャンルの中でいま評価できるユニークな強みがあるか考えたとき、新味を出すべく工夫されているとはいえ、手放しで推すことは躊躇われました。(片倉)

『小さい女神に何を願うか』

学校空間ーキャラの描写に些か以上に古いテンプレ感があるのがネックでした。倫理的なテーマを運ぶなら単に過激なだけでは不足で、もっと血肉の通ったキャラやドラマがほしいところです。なんのジャンルでもいいので、最近の小説をもっと読んでいただきたいと思いました。(丸茂)

『ロングディスタンス』

切ないすれ違いのストーリーが魅力的でした。一方で今回の構成で現状の原稿枚数は多いのです。半分くらいに整理できると、より多くの方に読んでいただきやすくなるかと思います。(岩間)

『世界線』

SFギミックや文体、舞台設定の使い方がこなれていて面白い作品でした。ただし短編向きのアイデアを長編に引き延ばしたようなきらいがあり、後半がやや失速気味で冗長でした。クオリティは商業SFアンソロジーに載っていてもおかしくないレベルだと思いましたので、ぜひラストまで読者を飽きさせない長編に再チャレンジしていただきたいです。(片倉)

『偏愛ロッカー』

テーゼ、設定、文体、どれもよく練られた作品でおもしろく拝読しました。先行作品の影響を強く感じましたが、であるならば、それらを超えるほどの手に汗握るようなエンタメ性の高い展開か切実に共感されるテーゼがほしいです。(守屋)

『ウィールボール』

序盤はかなり注意深く読まないと、登場人物が憶えられませんでした。スポーツものとしてはテイストがやや暗い印象で、どこかでそれを覆すようなカタルシスがほしかったです。(岡村)

『炎陽のエリニュス』

15年前に起こった島民55人虐殺事件の生き残りの子供たちによる壮絶な復讐劇。一部は九州ヤクザの抗争みたいな活劇の魅力があり、二部からの鬼信仰と虐殺事件の真相が見えてくる展開はひきこまれました。ところどころに出てくる性自認の描写や、復讐のために鍛錬して身につける不思議な武闘技(鉄穿)は、自分には夾雑物のように感じられました。なくても充分に面白くなるストーリーだったと思います。(持丸)

『〈AIce〉一掬の涙』

細かく設定を作られているのは良いと思います。ただ、独自の言葉が多く世界観に入り込みづらくなっているとも感じました。何も知らない読者に伝わるように、設定や主人公の目的の描き方を再度検討いただけたらと思います。(磯邊)

『ターニャの青いプラトーク』

終戦直後の満州。ソ連兵による略奪や性暴力など、日本人引揚者が体験した悲劇を少年の視点から描いています。記録文学が持つ事実の重さにくわえて、白系ロシアの少女との別れ、置き去ったグレートデンとロバが幻想的に現れるメルヘンなど、悲痛さと抒情と郷愁があいまった胸にしみる作品でした。しかし作品として見た場合、小学生が戦前の知識人みたいな会話をしていたり、複数作品を混ぜ合わせたような印象をうけたり、不整合さが気になりました。(持丸)

『死んだら終わり、僕だけは』

物語と主人公の設定は面白いです。ただ、全体的に話のテンポ感がゆっくりでやや読みづらく、もったいないと感じました。(磯邊)

『死ねよ田中』

トリッキーなアイディアを実践された意欲は買いたいものの、問題編も挑戦状以降も「小説としておもしろいこと」がベースにあるべきだったと思います(あえてであれば悪手です)。あとこの構成なら、せめて冒頭に田中が死ぬことを明示した方が、問題編を読む動機を読者に与えられたのではと。(丸茂)

『神様の盤上』

複雑な設定でおもしろく拝読しました。「何が起きているのか」の解明にその設定の妙は関わってくるものの、「犯人が誰か」を限定する消去法には関わってこなかったのがもったいなく感じました。(守屋)

『月夜の理科部』

詳細な理科要素を楽しく拝読しました。一方で、文体はやや古く感じましたので、とくにジュブナイルを志向するのであれば、今流行しているものへのアジャストは必要かなと思いました。(守屋)

『今日から僕は動物と踊る』

調査に役立っているのは動物と会話できる能力のほうで、人間が動物に見える設定のほうは活きてなかった印象です。またその能力もつまりは他人よりヒントを多く手に入れてしまうため、捜査には役立つものの、ミステリとしてはその分レベルが下がってしまうのも悩みどころ。しかし人間が動物に見える探偵役という設定が活かせたとしてウケるかどうか個人的にはなかなか厳しく感じました。(丸茂)

『海道快人は怪異が嫌い』

キャラクター設定や導入の展開など、ライトミステリの王道で読みやすかったです。ですが、このオチでは推理合戦の要素があまり機能していないように感じました。(守屋)

『悠久の夢幻』

アトランティスの王族たちが現代に転生する伝奇SFロマンス。半村良さんの名作を思いだしました。冒頭の王族たちの抗争劇のハードルが高く、頭に入りづらかったです。この冒頭が後半の面白さにブレーキをかけた印象です。物語が進む中でアトランティスとのつながりが見えてくる構成のほうがよかったと思います。全編にわたってウィットのある会話は、エンタメの表現としてなかなかのものだと思いました。(持丸)

『華の幼少に帰り咲き』

舞台である「国内随一の犯罪街」にリアリティが感じられず、最後まで作品に乗れませんでした。世界そのものに隠された謎は、その世界が自然に存在するように感じられることで、より衝撃を増します。ヒロインはかわいかったです。(守屋)

『アンチ時間遡行』

読みやすい文章が魅力的でした。ただ、既視感が否めない点がもったいないと感じます。同じテーマの先行作品ではなく、投稿者さんの新作でしか読むことができないような個性が伝わる要素があると、よりおもしろさが伝わりやすくなったのではないかと思います。(岩間)

『俺の愛しいアンドロイド』

メカ描写の細かさから、楽しんで書いていらっしゃるのが伝わってきました。ただし、読んでいて引き込まれるほどのストーリーの目新しさやキャラクターの魅力はなく、既視感が強かったというのが正直なところです。(片倉)

『罪つくろい』

司法制度に一石を投じるというコンセプトが明確なのはいいと思います。ただ、その目的に最適化された作品の作りになっていないのが惜しいところでした。例えばさまざまな事件と向き合うオムニバス形式にするなど、まだ工夫の余地はあったかと。(片倉)

『タグエルの神』

真相の意外さに笑っちゃいました。こういうオチが好きな読者もいるとは思いますが、単なる言葉遊びや突飛だと受け止める感想が大半になってしまいそう。ひとつの気付きでは真相に辿りつけない複雑さ、ちゃんと消去法推理のような手順がほしかったところです。(丸茂)

『プリ☆プリ☆プリズン!』

終始ハイテンションで、「最悪犯罪者」などと大上段に構えた気概は評価したいです。ただし描写力が追いついていないため説得力に乏しく、見ようによっては稚拙とさえ映ってしまうほどなのが難点でした。文章力の向上を望みます。(片倉)

『病死か事故か殺人』

力作でした。犯人が二転三転する部分、ミステリとしての骨格は商業水準にあると思います。ただオーソドックス過ぎるシチュエーションは、悪くないものの凡庸だとも言えます。ミステリ談義があるからにはそれを踏まえたオリジナリティがあることを期待したのですが、その様子はなく惜しい気持ちに。地味と思われないためのポイントをつくっていただければ、安心して候補に推すことができたのに。あと人物描写はもうちょっと自然にならないものかなと。無理してキャラを立てようとされている印象でした。(丸茂)

『ソウルネットコネクション』

主人公にかわいげがあり、魅力的でした。オチも面白く拝読したのですが、この作品を手に取ってもらうための、他作品と差別化できる意外性や新規性が足りていないように感じました。(磯邊)

『マジカルガール・ゲーマーゲート』

既存の魔法少女バトルロイヤル作品のツボをしっかり押さえたエンタメでした。ただそういった先行作品の既視感を払拭するような、この作品ならではの魔法少女バトルロイヤルの魅力はあまり感じられませんでした。(岡村)

『軍神上杉謙信。妖刀鬼斬り丸と神々の恋』

文体や登場人物のセリフが、重厚な箇所と軽薄な箇所が入り乱れている印象でした。全体的に作品のテイストをもっとはっきり定めたほうが、読みやすくなると思います。(岡村)

『持続可能な吸血』

テーマが先行しすぎてしまい、物語やキャラクターの魅力が薄くなっている印象です。どこで読者を楽しませたいか、改めて考えていただければと思います。(守屋)

『狂笑のルビカンテ』

設定過剰で読んでいて話についていくのに骨を折りましたが、それに見合っただけの面白さがあったかというと疑念が否めません。読者にどういう面白さを提供したいか、そのために必要な設定は何かを考えて取捨選択いただければと思います。(片倉)

『真*FOOTBALL-HIGH~戦国仕様高校蹴球幻想~』

サッカーと真田幸村の史実について描かれているのはわかるのですが、それが組み合わさっておもしろくなっているとは思えませんでした。また文章量が多すぎるので、読み手の気持ちになって、描写の取捨選択をしてほしいです。(岡村)

『#ファインダー越しの謎』

設定は良いと思います。ただこの設定ならば、カメラのことを知らない人にもわかりやすく説明し、かつ、主人公がそんなにもハマる魅力を読み手に理解させ共感させるような部分がもっとあってもよいのではないかと思いました。(磯邊)

『世界と不死者の物語り』

これまでの冒険を物語ることで紡がれる作品の構造やそれぞれの舞台の設定など、大きな枠組みが魅力的でした。感動的な話である一方で、文章表現が端的でそっけない印象を受けるのがもったいなく感じました。(守屋)