2022年春 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2022年5月13日(金)@星海社会議室

待望の受賞候補登場! 白熱した座談会の結末は……?

久方ぶりの受賞候補作が登場!

布施 星海社FICTIONS新人賞座談会は35回目を迎えました!

守屋 今回は久しぶりに受賞候補作が挙がりましたね。

丸茂 でも候補はあくまで候補で、問題は受賞を決定するかどうかですから。あらためてご説明すると、星海社FICTIONS新人賞は編集者が割り振られた投稿作を読んで、「これは!」という作品があれば候補作として挙げ、編集部全員が読んでこの座談会で受賞か否かを議論するという方式です。2作候補が挙がりましたけど、とくにミステリの方はいい意味で紛糾しそうな気がするな。座談会の前に守屋さんといろいろ議論しちゃいました(笑)。

太田 議論は座談会でしてよ! 僕は「受賞作を出すかもしれない!」という気持ちで今日は来ています。

丸茂 おお、太田さんやる気ですね。なるほど、ということはいや、はやく候補作の話をしたいですね。そしてこういう気持ちになっている時点でいい作品なんですよ。

布施 では、他作品の講評から始めます!

シチュエーションはいいけれど

持丸 小説って、僕は文章が上手じゃないと読みたくないんですよね。

丸茂 めちゃくちゃ同感です。正直なところ最初の1ページの文章の質感でかなり読むテンションを上下させられます。

太田 編集者なら当たり前ですよ!

持丸 その点『夢魔の迷宮』は文章レベルは普通ぐらいでしたが、展開が良くて最後まで読んでしまいました。6人の少年少女が同じ夢を見ていて、夢のなかの館で連続殺人が起こり、目覚めると現実でも被害者が実際に死んでいくというストーリーです。語り手の高校1年生が夢と現実を行き来するなかで、この連続殺人の真相を探ります。終盤に大きなサプライズがあって、夢だと思っていた館こそが現実世界で、現実だと思っていた世界が実は夢だったんです。

太田 おもしろいじゃないですか!!!!

持丸 最近あんまり見ないどんでん返しですよね。古めかしい探偵小説的なガジェットを使っていたので、すごく楽しめたんですけどモヤモヤしているところもあります。館の世界と現実とが、しっかり関連付けられていないと言いますか、不思議なことがミステリーっぽく発生しているだけなんですよね。夢と現実の反転に気がつくのも、また夢のなかなので、「夢のなかの夢」という底がない構造になっている。

丸茂 でも立ち上がりはわくわくしますよね。まったく関係ない高校生たちが謎の館で棺桶に入れられていて、目覚めて主人公が棺桶を開けていくと最後のひとつに死体が入っているというシチュエーション。ものすごく頑張れば、辻村深月さんの『かがみの孤城』みたいにできたんじゃないかな。持丸さんに同感で、文章がちょっと残念でもう少し自然な登場人物たちのディテールがほしかったですが。

片倉 この作品をより良くするには、どこを頑張ればいいんでしょうか?

丸茂 プロット面では、ひとつはフェアに推理できる部分を用意して、ミステリとして読めるようにすることだと思います。超自然的な設定はもちろんミステリに導入してOKですし、この作品はかなり読者の興味を引くようにつくられてる印象なので惜しいな。辻村深月さんの初期作品をやっぱり参考にしていただきたいです。

布施 この6人が選ばれた必然性って、なにか明かされたりするんでしたっけ?

持丸 館での出来事は黒幕の人物への復讐として仕組まれたものだったんです。さらに黒幕の人物が書いたミステリー小説の見立てでもありました。でも、すべてが主人公の夢の話かもしれないので、そうなってくると「本当に事件は起きたんだろうか?」とか疑問が湧いてくる。語り手はなぜ夢を見るのか? 夢は謎解きや作品全体とどう関係しているのか? そこのロジックがほしかったです(ふつう重要な設定って謎解きに絡めますよね)。そういうツッコミどころがあるのがもったいなかったです。

介護小説は鉱脈か?

岩間 『ふたりぼっち』は、病気を扱う物語なんですけれども、温かさが魅力です。たとえるなら令和版『明日の記憶』。私個人としてはすごく好きでした。

丸茂 荻原浩さんの作品ですか、僕は読んでないです

岩間 『明日の記憶』は若年性アルツハイマーになってしまったサラリーマンが、家族に支えてもらいながら病気と闘うという小説です。渡辺謙さん主演で映画化もされ、第30回日本アカデミー賞で優秀作品賞を受賞したというとても人気のある作品です。

片倉 投稿作のほうは、どんなお話だったんですか?

岩間 ひとりの男とその家族の物語を通して、昭和から平成までの介護福祉を描く話でした。主人公は公務員として福祉に深く関わってきた男性で、最愛の妻と娘を阪神・淡路大震災で亡くしながらも、奇跡的に生き延びた孫をひとりで育てます。そんな矢先、自分が脳梗塞、認知症になってしまい、介護する側から一転、介護される側になるというストーリーです。

片倉 聞くだけでつらいでもそういう現実はそこかしこにあるんでしょうね。

岩間 朝の連続テレビ小説みたいに、主人公がおじいちゃんになる過程が描かれ、そこには日本の福祉の歴史、理想や綺麗事にならない当事者が向き合わなければならない過酷さが映し出されていておもしろかったです。関西が舞台で、関西弁による会話のテンポも良かった。ヤングケアラーとなる孫の心労も生々しくて、「愛する家族が、ある日介護する対象になったら」ということが見事にフィクションとして書かれていると感じました。受賞候補に挙げるに至らなかった理由は、ひとつは古いと感じてしまったことですね。重要な仕掛けとして、昭和や平成の数々の名曲が登場するんですが、選曲が大人過ぎてそのニュアンスが伝わる層が限定されてくるなと。

丸茂 聞くからに、星海社FICTIONSがあまり想定していない年齢層がターゲットですよね。

岩間 吉永小百合さんや加山雄三さん、クレージーキャッツさんなどが登場しますが、たとえばクレージーキャッツさんは1955年デビューなんですよ。いまは2022年なので、67年前です!

丸茂 小説だと歌詞も使いにくいですし

岩間 加えて、過酷な状況とはいえ出来事が主人公に都合よく進み過ぎてしまってるきらいがありました。主人公をあまり応援したい気持ちになれなかったんです。もう少しドキドキハラハラする展開があった方が、読者に共感してもらえるんじゃないかと思いました。

丸茂 ケアの問題は、最近の文芸でもかなり取り扱われるようになりましたね。葉真中顕さんの『ロスト・ケア』とか羽田圭介さんの『スクラップ・アンド・ビルド』とか思いつきますが、明るいエンタメとして仕上げる路線は非常に難しくて決定的なものがまだ登場していない印象です。それゆえに鉱脈でもあると思うんですけど、星海社FICTIONSとはカラーが違うので、ほかの新人賞のほうが受けそうな題材かな。

片倉 いわゆる一般文芸系の新人賞に投稿されていたら、もっと高評価だったかもしれませんね。

岩間 その可能性はあったと思います。たとえば読者層が60代以上の方で、介護をテーマにした媒体に掲載する作品として読まれるのであれば、原稿を少し変えれば、広く共感を集められる芽があると思う作品ではありました。

やがて崩れる〈日常の謎〉!

守屋 『さよならホームズ』はかなり好感触の日常の謎ミステリでした。ベタですけど主人公のスタンスがいいです。高校生の主人公はクラスにうまく馴染めない。だから非日常の世界を描くミステリに耽溺たんできしていて、さらに日常に馴染めなくなっています。

太田 丸茂さんみたいだな。

丸茂 僕のどんな過去を知ってるんですか!?

守屋 主人公が「うまく行かない日常なんてクソだ」と思っていたらある事件が起きて、彼女はワクワクして推理をするんですがクラスには自分より探偵の才能がある女の子がいて、彼女にボロ負けしちゃうんですね。

丸茂 敗北は甘美ですね! 僕も探偵に敗北を突きつけられる青春を送りたかった

片倉 偏った被虐趣味ですね...。

守屋 (スルーして)謎を設定する手つきがいいんですよね。ひとつ紹介すると、学校行事のマラソン中に備品のスポーツドリンクがなくなってしまうという事件があります。

丸茂 オーソドックスな日常の謎ですね。

守屋 生徒たちが走っていくうちに、本来ウォーターサーバーが設置されるはずだった給水ポイントに、スポーツドリンクが並んでいるのが見つかります。そこにスポーツドリンクを運んだ実行委員の生徒は「実行委員長からLINEで指示を受けて、それに従っただけだ」と言うんですが、実行委員長は「そんなLINEは送ってない」と。でも調べてみると実行委員長のアカウントから、そのメッセージが送信されていることは確かだった。だから、実行委員長のPCかスマートフォンを誰かが使ったはず。さらに調べると、その日使うはずだったウォーターサーバーが壊れているんです。つまり「どこかの運動部が自分の部の備品のウォーターサーバーを壊しちゃったけど、部費を無駄に取られたくないから、学校の備品とすり替えたんじゃないか?」という推理に至るんですね。

丸茂 おお、納得がいくホワイダニットの推論だ。

守屋 そして実行委員会に所属している運動部の人間が犯人なのではと調べるのですが、全員にアリバイがあるんです。

片倉 行き詰まっちゃうんですね。

守屋 そうです! だけど実は、実行委員長のことを好きな女の子が、彼のスマホのロックを解除して盗み見ようとしたら、既読をつけてしまい、それをごまかすための犯行だったことが明らかになります。つまり、ウォーターサーバーが壊れたからそれを隠蔽するために事件を起こしたのではなく、スマホを見たことを隠蔽するためにウォーターサーバーを壊した。そんな転倒が仕掛けられており、ミステリの約束をちゃんと守って組み立てられていることがわかります。

丸茂 どうしたって日常の謎は地味にはなるのですが、悪くないじゃないですか。

守屋 全体を通じて「操り」「証拠の偽造」がテーマになっています。そして最後の事件では、探偵役の子が殺害されちゃうんですよ。

丸茂 いままで日常の謎だったのに!

守屋 だから主人公が推理をしなくてはいけなくなるという展開、いいですよね。「雷が落ちる場所はコントロールできないから、雷を前提とした偽装はできない」みたいに、どのメタレベルまでなら偽装が可能なのかを推理していくんですけど、どのレベルにおいても主人公が犯人になってしまうんです。それをどう解決するかが大オチになります。

丸茂 すごくよくできてるじゃないですか!

守屋 ミステリとしてよく考えられているし、ミステリ研究をたくさん読んでいることも伝わってきました。ただ、単純に小説が上手くないというところで挙げられませんでした。

丸茂 どういう「上手くない」でした?

守屋 文章やキャラクターを見せるのが上手じゃないとか、全体構造としてエンタメっぽくないとか、そういった点ですね。

丸茂 全体的にってことですね。でも〈日常の謎〉から一気に殺人の謎へ変貌する落差と、探偵の交代という展開はすごくおもしろいですね。非日常と日常を再発見する構造と言いますか。守屋さん的に助言はありますか?

守屋 青春ミステリとして、物語開始以前とラストで主人公の精神性があまり変化していないのはネックです。この作品でいえば、主人公の未成熟さを読者が親身に感じるように描く、あるいは変化をよりドラスティックに描くなど、エンタメの物語構造を意識していただければと思います。

太田 この人はセンスがあると思います。ぜひまた投稿してください!

ケアラーとエンタメ

磯邊 『遠い雪解け』は、岩間さんが取り上げた作品と似ていて、老人ホームにいる70代の母とその息子を中心とした家族の話です。

丸茂 親子の老老介護の話ですか?

磯邊 問題は介護というより、老人ホームにいるお母さんが認知症と妄想性障害を患っていることにあります。優しかった母はみずから老人ホームに行くことを選んだはずなのに、結局寂しくなってしまい、「死にたい」と言ってストレスを家族にき散らしてしまいます。そこで、親子の傷を修復できるのかを描く作品でした。

丸茂 ラノベ系作品が多いうちにまで投稿されるくらい、こういう現実に直面している状況は増えていて深刻なんだろうなもうまもなく僕たちも当事者であることをより強く意識させられることになるけれど。

磯邊 そうですねお母さんは息子に会いにきてほしいんですけど素直に言えなくて、皮肉っぽく同情を買おうとしたり、罪悪感に訴えかけてしまう感じがリアルで、胸に残る作品でした。ただエンタメにはなっていなくて、お母さんからの攻撃がずっと続くので、ややネガティブな読後感を抱く方が多いと思います。それに私小説というわけではないですが、とてもドメスティックな話で、当事者でない方へも刺さる内容へは昇華しきれていない印象でした。

丸茂 重松清さんの『とんび』みたいな人情系親子物語に介護をめるようなものや、『ブラックジャックによろしく』みたいに現場の実態を熱量高くジャーナリスティックに描くとエンタメとして可能性あるのかな

太田 たいていの人にはまだこの問題がわが身に降りかかってないから考えていないだけで、切実な話なんだよね。でも福祉とか、介護を扱った大ヒットがもし出るとしたら、金城一紀さんの『GO』みたいな話だと思うよ。『GO』みたいなスピード感でケアラーの問題を描いて、一周回って「ケアしてるのカッコいいな!」と思わせるまでいけたら大ヒットする気がする。そういう美化が新たな搾取の温床になる危険性はいておいての話ね。そして、そのヒットの席は空いているんだけど、今回の作品はそこまでではなかったということだと思う。

片倉 こうして介護や福祉を題材にした作品が複数送られてくるということは、実際にそういう現実と向き合っている方がたくさんいらっしゃる証拠ですもんね。

丸茂 率直に自分の身の回りのことを書いたら、介護や福祉の問題を取り扱うことになったのではないかと想像します。

難病もの再び

布施 ここからは受賞候補作の議論に移ります。

見野 私が候補に挙げた『サマースコール』は、今まで読んだ投稿作のなかでは商業でもいける可能性が最も高いと感じました。ジャンルは難病もので、「マーメイドシック」という、肌の色素が抜け、身体が泡になってしまう幻想的な架空の病が登場します。心が傷ついてオルゴールミュージアムに引きこもってた男の子が、このマーメイドシックにかかった女の子と出会うボーイミーツガール。お互いのことを想うがために心にもないことを言ったりしながらも、ふたりは次第に惹かれ合い、主人公は彼女の最期を看取るというストーリーです。非常にそつがない構成でしたね。

丸茂 候補作になるべき水準だと思いました。でも僕はこのジャンルについてかなり評価が辛いので、ほかの方からぜひご意見いただけたら。

持丸 吊り橋効果じゃないですけど、難病ものって最初からふたりが吊り橋にいるところから始まりますよね。ふたりは恋に落ちるしかないし、これだと原因と結果を見せられるだけなので、ドラマとしての驚きがないのです。

丸茂 持丸さんは、これまでに読んだ難病ものってありますか?

持丸 僕の時代だと『愛と死をみつめて』とか『ある愛の詩』です。この作品は会話が甘ったるいのがキツいなあって。それと「水疱になる」とか「触ってもうつらない」とか、ハンセン病を連想させてしまうところも、うーむとなりました。わが国にはハンセン病文学という系譜があるんですが、難病ものは架空の病気でやるといたずらに美化してしまうし、実際の難病の生死のドラマにかなわないと思います。

丸茂 どちらかというと、最近の難病ものは被差別の問題や症状にクローズアップするハンセン病文学より、『風立ちぬ』や『花園の思想』みたいな美しく死が迫る結核文学の系譜ですよね。

太田 僕なんかは、難病ものはある意味競争相手のジャンルだったから厳しく見てしまうんですね。これは半分冗談みたいな話ですが、館が出てくるミステリの牙城が講談社だとしたら、難病ものの牙城は小学館なんですよ。そのくらい『世界の中心で、愛をさけぶ』はシーンを変えたし、ひとつのジャンルをつくったんです。

見野 定期的にヒット作が出るジャンルで、一定数そういう物語を好む若年層の読者はいますよね。その点この作品をどう思うかを自分よりも若い人に聞いてみたくて、今回挙げたところもありました。

布施 「難病ものが好きな人」がいるというより、数年に1冊だけ小説を読むような人が、読みたくなったときに手に取っているのかなって印象です。

丸茂 それはけっこう当たっている見解じゃないかな。それなりに読書する人にも「泣ける!」とか「感動!」みたいなキャッチがつくタイプの作品を好む読者が世代を更新しながら一定数いて、自身にとって切実な難病ものの読書体験をするんでしょうね。だから僕の個人的な好みとは関係なく難病ものは世間的に需要があるので、ある程度の水準に達しているなら受賞にするべきだとは思っています。

太田 僕もそのスタンスでいるけど、この作品はやっぱり好きじゃなかった。何だろう僕にとっての「難病もの」は、強いて言えばやっぱり村上春樹さんの『ノルウェイの森』。春樹さんは、あの作品で自分のなかのいちばん大切な部分を書いたんです。しかし、いまの難病ものは、それが「難病もの」というジャンルだから書いてる人たちがほんとのところでしょ? 「太田さんは小説に館が出ただけでときめいちゃうんでしょ?」と言われたら実にそのとおりでぐうの音も出ないんだけど、やっぱり僕は「難病もの」を書くために書かれた難病ものは好きにはなれない。そしてこれはどこまでも趣味の問題なんだけど、受賞作にするならば圧倒されるようなレベルの高さを求めたい。

丸茂 同感ですが、現実をまったくダシにしないエンタメなんてありえないので、自分は難病ものを偏って毛嫌いしているのではないかという気分にもなるんですよね。

太田 そのとおり。そうなんだよね。しかしそういう意味で言うと、やっぱり本格ミステリは貴族の遊びなんだよ。基本は現実とは関係ないから! 館なんてないし、名探偵なんかいないから、小説のなかで殺人事件が起こっても安心して楽しめるのよ。なのに難病ものとか、社会派刑事ものとかには、地に足ついた病気の苦しみや世間的に通用する動機やトリックとかがあったりするじゃん。

丸茂 新本格は「人間を描けてない」ってやつですね。ただ、一見すると現実から乖離かい りしたものを描くことでこそ現実が浮かび上がるという見方もあります。

太田 そういう見方もあるんだけど、「現実から逃避している!」って批判がもっともなものとして機能していたことも部分とは言えあったとは思うんだよ。だからここはなかなか難しい問題ではある。

片倉 しかし、難病ものが現実の社会問題に正面から取り組んでいるかというと、それもまた違いますよね。

太田 そうなんです。そこがやっぱりひっかかる。

丸茂 これは前に難病ものが候補に挙がったときも言いましたが、難病は「きみとぼく」の話を描くためのガジェットという面がどうしてもあるんですよね。「きみとぼく」の関係や思春期の自意識にクローズアップするセカイ系の系譜だと僕は思います。エンタメとして見れば、「泣ける」というわかりやすい感動を提供するときに、ヒロインの死という結末、その原因としての難病が採用される。そしてヒロインは死んでしまったけれど、彼女との記憶を胸に僕は生きていくんだと着地する。『好き好き大好き超愛してる。』や最近だと藤本タツキさんの『さよなら絵梨』みたいな、そういう安易な物語化やセカイ系的な構造に対して批判的な意識を向けている作品や、闘病過程にフォーカスして死それ自体は描かない作品もありますが。あとアレンジとして記憶喪失系なんかもありますね。

太田 そのとおりかもしれない。「難病もの」は物語のガジェットが「病気」なわけで、それは現実にあるわけで、そして病気にならない人間はいないので、つまり「難病もの」とは確実に現実とリンクする話だから「人間を書けている」って、みんなが思っちゃうんですよ。でもそれは、「本当に」書いているのだろうかと僕なんかは思うし、逆に言うと新本格がそういうものを書いていないのかと言うと、本当に書いてないとも限らないわけだよね。非現実的な名探偵と密室が出てきてたいていの人間の実人生には縁のない「殺人」が描かれるがゆえに、それがたとえばウクライナ情勢やパンデミックのことについてとことんよく書けているってこともあり得るかもしれない。そして、そういう離れ業のアクロバティックな芸当をやるのが小説だし、文芸なんです。だから、やっぱりあんまりにもストレートであからさまな「難病もの」だと、僕はちょっと表現としてはイージーに思うし、違うのかなと思っちゃうんだよね。たとえそれが大ヒットしたとしても。

丸茂 なるべく偏見抜きでの判断を述べようとすると、この作品はあまりに細部が足りないという印象でした。とくに架空の病気なんて都合のいいものを扱うなら、そこにある程度はリアリティを持たせるような細かい描写が必要だったと思います。『人魚姫』のニュアンスを乗せるだけに留まっていて、たとえば「歩けなくなる」症状があるなら、それに応える展開や思考があってもいいはず。

見野 フワっとしてますよね。病院に入ってからはヒロインは苦しんだりしているんですけど、それまでは色素が抜けるとかですし、彼女が必死に病気を隠そうとしているから「痛いんだろうな」って察するしかない感じで。

片倉 難病ものに病気のディテールが必要ですか?

丸茂 病気の部分でなくてもいいんだけど、どこかにその作品ならではのディテールが必要だと思う。安易な物語化だと読者大勢には思われないくらいの「できのよさ」、お洒落感や切実さを演出するディテールがほしい。この作品は全体的に薄味なんです。なんとなく感傷的な主人公とヒロインの会話がほとんどで、動きが乏しいし乗り切れないなと感じました。主人公に感情移入するのも難しかった。難病のヒロインを利用して「ボク」の自我を書く話だからこそ、その部分は重要なはずなんです。この投稿作の主人公の傷は、過去にあった妹の死にあるんですけど、すんなりヒロインに慰められてしまう。「傷」がさしてない受動的なタイプの主人公でもいいんですけど、読者が自分を重ねられる距離感が、たとえば『君の膵臓をたべたい』はめちゃくちゃ上手くできてると思うんです。「死ぬまでにやりたいことリスト」を達成していく、わかりやすく動きのある展開もあるし。オルゴールというモチーフの取り扱いもあっさりしていて、新海誠監督の『言の葉の庭』のごとくオルゴール職人を目指す主人公にして、学校すら行かず死の忘却に抗うためオルゴールづくりに必死に取り組む描写とかがあれば、「傷」の重みが多少は演出できたかもしれません。

岩間 少しあったかい意見も言いますと、この作品を拝読したとき、とても映像映えすると思ったんですよね。私は神戸出身で、中学、高校と通ってた場所なので、この小説の舞台の六甲とすごく馴染みがあるんです。六甲山の夜景って間違いなく美しいですし、このオルゴールミュージアムも、おそらく六甲のオルゴールミュージアムをモチーフにしてるんですけど、とっても素敵なロケーションなんですよ。

太田 六甲のオルゴールミュージアム! なんで難病ものを書く人は、いつもそんなベタな感性になっちゃうわけ!?(偏見)

岩間 まだ無名の若手俳優さんたちが、そこで一生懸命に演技するのは見たいじゃないですか! 池袋のサンシャインとかでパネル展とかやられるような感じです。それに汚いシーンがないから芸能事務所さんも、若手の俳優さんたちを安心して出せる作品だと思うんです。親御さんも安心して子どもたちに読ませることができるし、これから小説に触れていこうっていう方々が触れるにあたっては、良いんじゃないかなと。

守屋 僕は難病ものに社会性があろうがなかろうが、それは問題ではないと思うんです。でも、そうであるなら、個人の世界はちゃんと描かなくてはならない。ところがこの作品は既存のコンテクストに乗っかっている部分が多く、そこの解像度が低いと感じました。「どこかで見たような気がする」と思った瞬間に、この作品の体験価値は落ちてしまう。

磯邊 私もあんまりでした。キャラクターに感情移入できなかったです。

太田 どうするんだよ、これで他社から出て大ヒットしたら前にもそんなこと言ったな。いや、それに関してはもしそうなるんだったら、そのほうが世のため人のため出版界のためになるんですよね。逆のことだって当然、あると思うし。

丸茂 実は、僕はこの投稿者さんの商業作品をぜんぶ読んでいるんです。そして、そっちのほうが断然生き生き書かれたナイーブで魅力的な作品だった。勝手な想像ですが、本当はゼロ年代的な現代ファンタジーを書きたい方だと思うんです。

太田 だったらその路線を送ってほしいよ。

丸茂 ただ、ゼロ年代には自意識をクローズアップする手法としてミステリや伝奇やファンタジーのガジェットが採用・需要されることがあった流れが、いまは世間的に退潮していますよね。だから、きっと既作の路線で投稿していただいても手放しで高評価できることにはならないでしょう。それでもナイーブなものを書こうとして売れ線の難病に頼るという発想は理解できるところです。だからこの作家さんも自分もきっと同じ壁に突き当たっているので、互いにそこを突破するなにかやレベルに辿り着きたいですね。難病ものに再挑戦するなら、より高い強度を目指していただきたい。

太田 そして僕はどうやら文化的にベタをストレートにやられるのは耐えられないんだな。春樹さんの『ノルウェイの森』が『イエスタデイ』じゃない理由を少し立ち止まって考えてほしい。一応、あらためて読み直しますが、今回はなしにしましょうか。残念です! 僕がそれでも号泣するような「難病もの」を、次回に送ってきてください。

大本命はスチームパンク×ミステリー! 

岡村 『言葉足らずのパノプティコン─蒸気の国の殺人─』はスチームパンク風の──僕はミステリには疎いのですが──いわゆる特殊設定ミステリと呼ばれる作品だと思います。舞台は19世紀末のロンドンで、念じるだけで思いを伝えることができるテレファスという技術が発達している世界です。主人公はテレファスの能力値が高く、人の記憶を覗いて秘密を明らかにすることができてしまう。そして殺人事件が起こり、殺人事件の謎を解いていくと最後に大きな驚きがという感じの作品です。

布施 受賞候補作に挙げた理由を聞かせていただけたらと思います。

岡村 まず単純におもしろく読めました。他の作品と比べて、舞台がイメージしやすく描かれていて、世界観がしっかりしている印象です。あと、出てくる人物たちが「登場人物」というより「キャラクター」という感じで、僕はキャラクターの方が好きなのでそれはよかったです。欠点は後回しにしましょう!

持丸 僕は激賞です! 応募時に添えられた「あらすじ」が素晴らしかったです。最後のトリックが良いと思いました。アイディアだけでなく丁寧に作り込んでいますし、受賞に申し分ないと思います。でも、ちょっと地味かなって。

見野 私もとてもおもしろいと感じたんですけれど、後半に行くにつれて、軸がブレるというか、ちょっと厳しいなと思うところもありました。でも前半はおもしろくて、読んでいると映像が浮かぶように書けているのが素晴らしいと思いました。そこに至らない人が多いので、ひとつの世界観を書き切っているのがすごいです。

守屋 僕も印象はとても良いです。事件も真相もおもしろかった。ただ、難点として捜査がおもしろくない。具体的には、「今何をしているのか?」「この捜査になんの目的があるのか?」「どんな情報の更新があるのか?」がわからない。加えて個人的には、タイムテーブル整理の比重は大きくしない方がいいと思っています。読んでいる側は楽しくないので。あと、この方は個々のキャラクターよりも、登場人物が生み出す歴史のうねりや世界そのものに視点を寄せる書き方が向いているように思ったので、今回の作品で受賞しない方がいいのではないかと感じてしまいました。もうひとつ言うと、2個目の事件はこちらが推理をする余裕がないまま解決に向かってしまうので、そこもテンポが微妙かなと。どれも事件の真相はいいんですが、事件が起こってから真相に至るまでの過程には改善の余地があると思います。

丸茂 僕もおもしろく読んで、商業レベルには難なく達しているし、すごくおもしろがってくれる読者もいるだろうという印象でした。でも悩んでます。この作品を売るとしたら「ミステリ」というジャンルに投じることになりますが、大オチで読者を満足させられるかと問われると自信がない。この方は北山猛邦さんの作品がお好きなようなので、ものすごくふわっとしたたとえ話をすると、この作品は『少年検閲官』なんです。でもミステリとして評価が世間的に高いのは『オルゴーリェンヌ』なんですよ! だから『オルゴーリェンヌ』が書ける方なら、その路線でデビューしたほうがいい。あとキャラ小説として読むと、こなれていない部分がちょっと傷でしたね。

太田 いや、キャラ付けに関してはいまが異常というか過剰なんだよ。

丸茂 それもそうですね図抜けて過剰なものを担当してきたのは太田さんですけど。

岡村 でも、たしかに守屋くんが言ったようにキャラじゃなくて登場人物の方向でやるっていうのはアリだと思うけど、どっちが好きかだね。

守屋 キャラクターものとしても、改稿すれば良くなると思いますけど。

岡村 欠点としては、僕は最初、この主人公の役割はホームズだと思ってたんですけど、実はワトスン役だったんですよね。じゃあ、いつホームズ役が登場するのかっていうと、結構読み進めてからじゃないと出てこないんです。それは悪い意味で裏切られました。相棒を出すならもっと早く出してほしいし、こんなにすごいテレファス能力を持っているわりには、あまり主人公が活躍してない印象です。

丸茂 そこは気になりますよね、ある程度は改稿でクリアできるレベルかもしれませんが。

岡村 能力を制限するのはいいと思うんですよ。能力が無敵だったらミステリにはならないでしょうし。けど主人公の事件解決の貢献度はもっと高くしたほうが読み味としてはしっくりくるんじゃないでしょうか。

太田 僕はたいへんにおもしろかったと思いますよ。受賞させるか、させないかは水準だから、水準に達していたら受賞させるしかないんです。趣味の問題は二の次です。

丸茂 太田さん的には、これはミステリとして商業の水準を超えていますか?

太田 余裕で超えてる。ただ、残念なことにスチームパンクで売れた小説はほとんどない!

丸茂 そこも悩む部分ですよね

太田 でもこれは御託を並べているだけで、真に優れた作品は「スチームパンクは売れない!」みたいなろくでもないレッテルなんて吹っ飛ばしてくれるんです。『キングダム』登場以前のマンガシーンでは春秋戦国時代の歴史マンガは売りづらいっていう、今となってはびっくりするようなセオリーがたしかにありました。でもこの作品はその域には達していない。けれど商業レベルには十二分に達しているしおもしろいと思いました。ただ「きっと売れないけど良いものだから出します」って軽々に言っても良いのかという気持ちもある。そういう気持ちでやる仕事もあるけど、デビュー作でやる話ではないのではと。

岡村 正直、僕もそう思いました。さっきの難病ものの作品の講評では僕は口を開かなかったんですけど、それは僕が難病ものというジャンルの魅力が本当にわからないからです。だけど難病ものは想定読者の母数が大きいので、難病ものの魅力がわかる人にだけちゃんと届く作品を作れば売れる見込みがあると思うんですよね。でもスチームパンクはそうではないので、この作品はスチームパンクのファンじゃない人にも「おもしろい」って言ってもらえる作品にしないと、厳しい気がします。

丸茂 僕はそこでミステリの読者をうならせないといけないと思うんです。

岡村 ハードルを高く設定しているのは自覚していますが、スチームパンクとして完成度が高いだけなら受賞ではなくていいんじゃないでしょうか。もちろん作品としては良いと思ったから候補に挙げたんですけど、僕は正直そういう感じです。

太田 でもね、水準には達している作品には基本的に賞をあげるべきなんですよ。ただ今回問題があるのはさ、この投稿者さんにほかの可能性があるんだったら、これでデビューしない方がいいのではってことだよね。そしてスチームパンクは売るのはたいへんに難しいジャンルで、この人が本当にこういう世界をこういう書き方しかできないタイプの書き手なんだったら、しょうがない話なんだけど、さてどうなのか。これはもしもたとえば30年前の創元に投稿していたんだったら、絶対に受賞しているんですよ。「もうちょっとサービスするシーンを書きましょう」とか、リクエストはそのくらいで。だからそれを思えば今の世の中は、ちょっと異常なんです。キャラクター小説じゃないと売れないっていう現状がある。

丸茂 最近のキャラクター描写が馴染まない方は本格ミステリファンにはまだまだ多い印象なので、ふつうに一般文芸というか翻訳小説路線に寄せれば書き味はクリアできると思いますよ。僕も受賞に反対はないです。ただしスチームパンク要素を推すのは厳しいし、いよいよ本格ミステリとしてあおらなくちゃいけない。でも、おそらく作家さんは本格ミステリの土俵にど真ん中ストレートを投げ込むつもりでは、この作品を書いていないと思うんです。

太田 やっぱり、これは特殊設定ミステリで行くしかないんだよ。

守屋 これは特殊設定ミステリと呼んで良いんでしょうか

太田 だから! デビューさせたいんだけど、これでデビューさせて良いのか? っていうのが

岡村 でも、もしもこれを特殊設定ミステリにする前提で僕が担当するなら、キャラに魔改造を施すようにリクエストするんですけど、それが作家さんにとって良いことなのかと問われると、あまり自信がない。

丸茂 それなら僕に担当させていただけませんか?

守屋 僕だって担当したいです!!!(笑)

(以下、議論が脱線して文化資本と都会と田舎のうらみつらみのシリアスな話などに

太田 ええい決めた! この人は大器だと思うので、満場一致の作品を書いてもらって、それでデビューしてもらおう!! 今回は残念だけどなし!

丸茂 僕もそれがいいと思います。

岡村 異存ありません。

太田 了解です。全編集部員をしびれさせる作品をお願いします!!

賞金はまたしてもキャリーオーバー!

守屋 『言葉足らずのパノプティコン』の投稿者さんとは、僕と丸茂さんとでお話ししてきました。実はすでに他社さんとお仕事もされている方で、さもありなんという感じでしたね。

丸茂 ミステリもSFもしっかり蓄積がある方のようでしたが、手代木正太郎さんの不死人 アンデッドの検屍人』や筒城灯士郎さんの『世界樹の棺』を読んで星海社に送ってくださったとのことで、ああいうバランスの作品だったことが腑に落ちました。『不死人アンデッドの検屍人』はもちろん編集担当としてすごくおもしろい作品ですしイラストも最高だったと思っているのですが、いまならもっと本格ミステリ志向のテイストやパッケージを目指したんだろうなそのあたりの感触も伝えさせていただきました。

守屋 非常によく考えていらっしゃる方で、この1作だけではなく、ちゃんと作家として書き続けたいという意志を感じました。きっと、より「デビューのための」作品を書いてくださると思います。いまからとても楽しみです!

太田 はやく次回作を読ませてほしいね!!! 

丸茂 最後にアナウンスですが、この新人賞は現在、紙ではなくデータでの原稿投稿をお願いしています。ご投稿の際には、応募規定を今一度ご確認ください。

1行コメント

『ポストアポカリプス イン シズオカ』

細かな描写をしすぎだと感じました。特に戦闘シーンにおいてですが、読者に想像を任せた、テンポのよい文章を意識してみてください。(守屋)

『暗黒』

「首のない恋人の、失われた首を探す」という設定はとても魅力的だと思いました。そのための冒険も楽しいですし、序盤から繰り広げられる性愛的な描写は、読者のイマジネーションを豊かに刺激してくれます。しかしタイトルを含めて、エンターテイメントとしては、読者のことよりも表現したい内容が先行しすぎているように思えました。(布施)

『非正規雇用のFIELD SERVICE』

ミリタリーSFはかなり前向きに取り組みたい題材ですが、ちょっとキャラがコミカル過ぎて舞台設定から浮いている印象でした。近未来の国家や組織状況をもっと地に足つけていただきつつ、テーマを見定めてストーリーもシリアスに利かせていただく部分をつくると読み応えが増すのではと。ともあれ一定の完成度はあるのですが、いちばんは読者が読みたいと思うフック・コンセプトがほしいです。すでにお読みかと思いますが『マージナル・オペレーション』を筆頭に、『ヨルムンガンド』『GUNSLINGER GIRL』などヒットしたミリタリー・ガンアクション系作品を参考にキャッチーさを模索していただけたら。(丸茂)

『チェチーリアのキス』

前回の投稿作もですが、どんな作品を読んでいる層を目がけて作品を書かれているのか、イメージをつかめませんでした。独特の音楽要素とサスペンス展開がミスマッチな印象です。(丸茂)

『Welcome to the black hole parade!!』

ストーリーや世界観は大きな矛盾なく書かれています。キャラクターに特筆すべき魅力を持たせられるかが、課題だと思います。(岡村)

『悩めるキミに ~音楽のチカラとは?~』

ノンフィクションですが、耳鳴りなど、小説としての謎を用意されているところが良いと思います。ただ商業作品として、主人公の性格・人生・偉大さを知らない人にも、その凄さ・期待感が伝わる表現にする必要があると感じました。(磯邊)

『せめて君だけは思い出さないで』

登場人物のキャラクターには読み手を引きつける個性があり好感をもって読めました。ただ、事件が起こった経緯や設定の説明などが粗く、後半が駆け足で物語の勢いを削いでいたと思います。要素を整理すれば、より完成度の高い作品になったはず。(岩間)

『タイムスリップ歴女コスプレイヤーはじめさん』

文体の好みは人それぞれですが、リズムがとても素晴らしく、読んでいて気持ち良かったです。いっぽう、描きたいことを自由に描き過ぎな印象です。作品のおもしろさを読み手に提示するために、この膨大な文章量は本当に必要なのか、書き手自身も考える必要があります。(岡村)

『クロノスタシス』

前半は青春もの、後半は愛憎劇という趣向ですが、いずれも既視感が否めませんでした。また、文章面でも突き詰める余地はまだあるように感じました。特に、登場人物の名前に必要以上に凝り過ぎているのは逆効果になってしまっています。小説向きのお仕事をされていらっしゃるようなので、身近なテーマに取材されてはいかがでしょうか。(片倉)

『罵喰罠』

性描写の入れ方にはセンスが問われますが、その描き方の古さや頻度の過剰さが現代の若年層にマッチしているとはいいがたく、読んでいて胃もたれしてしまいました。探偵ものとしても情痴ものとしても中途半端になってしまっています。(片倉)

『お菓子の星と羊の1%』

はっとさせられる表現やセリフが随所にある文章は読んでいて滑らかなのですが、ストーリーが(構造上の要請とはいえ)個人的な成り行き任せに感じられて乗り切ることができませんでした。はっきりと読者の興味を引く謎を冒頭に置き、広義でもミステリを標榜する路線も検討してみていただきたいです。(丸茂)

『インベーダーにゾンビ・ゲームにされた地球でクリアのために僕は戦う』

ピンチとその解決がご都合主義的展開に感じました。それまでの主人公の行動が周囲の人間を変え、それこそが解決をもたらした。たとえばこのように描写すると、作品がより魅力的になるのではないかと考えます。(守屋)

『<AIce>Cocoro 8-12』

大作をありがとうございました。リーダビリティが高く、読み手を物語に引き込む力がある方だと思います。今作に関しては、近い設定の作品が溢れるなかで、埋もれない「何か」があるとより魅力的になったと思います。また、基本的に私たちは200~300ページ前後での出版を検討するため、そこから逸脱する作品は審査のハードルが上がります。ご投稿者さんであれば要素を整理し、1冊として送り出す構成を考えて文量をご調整いただくこともできると思いますので、今後はぜひ意識してみてください。(岩間)

『アンダーアチーバー京介』

新人賞ですので、本当にデビューをねらった作品を投稿していただければと思います。(守屋)

『荒野の羊飼い』

紡ごうとした物語の世界観はおもしろいなと思いました。ただ、どのシーンも作者の伝えたいイメージがあることは推察できるのですが、読み手にきちんと伝えきれていないように感じてしまいました。人物の相関関係や、どういう状況で物語が進んでいるのかなど、次の展開にきちんと繋げていける、予想を裏切った展開で驚かせるなど読み手への伝え方の工夫をすることで作品としての完成度が上がる気がします。(見野)

『捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強へ』

ゲーム的な描写は、すでに色々なアニメやノベルで実験されていますが、まだまだ可能性があるとは思います。しかし転生モノはかなり競争が激しいので、「タイトル」と「あらすじ」だけで思わず魅了されてしまうようなシンプルなインパクトや新鮮さについて一度考えていただけたらと思いました。(布施)

『徹底正義ファイン』

文中に出てきた「通り魔ならぬ通り正義」というワードセンスは好きでした。楽しく拝読しましたが、このテーマなら短編一本が適切な分量のように思います。長編1本にするには展開の起伏が乏しく、だんだん読んでいてマンネリ気味になってしまいました。(片倉)

『ベスト・フレンズ』

実際のシリア内戦(2011年~現在)を模したオンラインゲームに互いに見知らぬ男女7人がアクセス。ヴァーチャルに再現されたゲームの中の戦争で、彼らは「人道支援」に取り組む。エンディングに辿り着くと、そこにパレスチナで命を落としたジャーナリストのビデオレターが流れる。本物の戦場からのメッセージを真摯に受け止めた彼らは日常に戻っていく。この作品はゲームの「時系列」を一人称多視点(7人だから7視点!)で小説化しています。戦場の濃密な雰囲気はよく出ているのですが、ひんぱんに視点が変わるため、読み通すのに骨が折れました。音声で配信するタイプの小説や朗読劇ならば!(持丸)

『遊星迎撃隊Starship Breakers』

小説の冒頭でオリジナル設定をひたすら読まされても、多くの読者は苦痛でこそあれ楽しくはありません。SFを書きたいなら、どうストーリーに絡めて自然に情報開示をしていくかにぜひ気を遣ってください。たとえば『銀河英雄伝説』などが参考になるでしょうか。(片倉)

『教室のすみで5分間現実逃避するときに読む本』

前回のご投稿と変わらず、読者の興味を引けるようなコンセプトが無いと思いました。ショートショートの投稿はオススメしません。(丸茂)

『人形たちの霊魂戦争』

衒学的要素をちりばめたファンタジー×ラブコメという趣向は魅力的なので、個人的にはぜひ頑張っていただきたいと思います。が、今回の作品は残念ながら、ラブコメとしてもバトルものとしても、キャラクターの魅力的な描き方ができていないのが惜しいところでした。(片倉)

『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』

灰色の大学生活を送る僕。公園で出会った世界で一番美しい演劇青年いちごちゃん。クラスで浮いている三輪は実はいちごちゃんの兄だった。男性3人の関係や変化が丁寧に描かれています。BL要素のある一般文芸をねらったのだと思いますが、BLで売るには「情緒纏綿」が足りず、一般文芸として読んでもイマイチです。しかしながら、この方の文体には規格外なところがあって、惹かれるものがありました。できればBLの容れ物を使わない作品を読んでみたいですね。タイトルはヘブライ語で「神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや」。青山真治に同名映画、森敦に同名の短編がありますが、何か関係あるのかな??(持丸)

『荒天の痕』

特におかしな箇所や突飛なところもなく、きっちりとした小説でした。ただ、うちは時代小説レーベルではないので、歴史が特に好きではない読み手にも「この作品を読んでみよう」と興味をもってもらえるようなフックやキャラクターの魅力は必要です。(岡村)

『放課後のドミナ』

性行為の描写がすごく丹念なのですが、全体的にただの羅列のように感じてしまいました。そういう状況に陥っていった登場人物たちの心情や理由などをもっと丹念に描いていただきたかったです。(見野)

『野に放つ』

小説としてのレベルは高く、おもしろかったです。ただ、ミステリで挑戦されるのであれば、謎をキャッチーにするか、トリックかロジックでもう一捻りするかしていただきたいです。(守屋)

『異世界トランスポーター』

「ピラミッドガールズ」という言葉はワクワクするものでしたし、壮大な物語を形作ることができる想像力を持った方なのだと思いました。しかし、どうしても文章のテンポが良くなく、ご自身が好きな小説や、世に流通している作品の文章がどのように書かれているのかをリサーチしてから次の作品を書いていただけるといいのではないかと思います。(布施)

『滅びゆく人間どもへ』

こういう壊れた日常の書き方はとくに今では突飛な印象のほうが勝ってしまうと思います。全体的に冗漫なテンションなのも傷でした(陰気なテンションが生きる題材もあるとは思いますが)。奇想と言いますか尖らせた要素を投げ込むとしても、エンタメとしてのおもしろさをはっきり用意していただきたいです。(丸茂)

『名探偵が殺された、素晴らしきこの世界』

作品を読んでいてストレスを感じることがなく、筆力の高さを感じました。ただ、それだけに話の展開にはもう一工夫ほしかったです。事件後、キャラクターのセットアップもないまますぐに長大な回想シーンに入ってしまったり、ラストでもミステリとしてのカタルシスが乏しかったりと、「謎と解決で読者を楽しませる」という点が今一歩及んでいない印象を受けました。(片倉)

『永遠の箒星star witch’s story

キャラクターが魅力的だと思いました。ただ他の作品ではなく、この作品を読むことでしかできない経験はなんなのか、それをよく考えていただけたらと思いました。(布施)

『平安トライアスロン』

台詞回しや雰囲気の渋い持ち味が魅力的でした。弊社で出版させていただくエンタテインメントとしては、物語の目的をもう少し早い段階で読者に提示し、キャッチーに惹きつけられる部分があるとよいのかなと感じます。(磯邊)

『女子高生探偵(仮)』

設定・ストーリーが興味深いのですが、女性の体の表現などがやや頻出で読んでいて気になってしまいました。主軸のおもしろさをひきたたせるために、もう少しおさえていただいた方がいいのかなと感じました。(磯邊)

『ロンサム・ウィングス』

丁寧な筆致に好感が持てました。「最初で最後の小説」とのことでしたので新人賞の座談会では取り上げなかったのですが、勝手を言わせていただけるのなら、ぜひまた書いていただきたいです。よい物語でした。(守屋)

『パーフェクト・グラン!』

異能×歴史改変ものというアイディアは良いと思います。ただ、会話シーンの言い回しなど、文章の稚拙さがどうしても読んでいて目につきます。好きな小説の文体模写など、基礎的な文章力のトレーニングをお勧めします。(片倉)

『琴美の絵日記』

太平洋戦争下、呉、絵日記、という要素がちょっと有名な作品を彷彿とさせたので、どのような切り口で話を進めてくれるのか期待してしまいました。ご自身の作品紹介にもあったように「戦時下でも日常は続いていく」のですが、淡々と綴られていくあまり、登場人物の感情に共感して一緒に悲しんだり、怒ったりといった感情を揺さぶられるところまでは至らなかったのが残念に思います。(見野)

『窓際の彼と八方美人姫』

25歳の女性が20歳の頃をふりかえる。あのとき彼女に何が起こったのか? 肝心なことははっきりと書かれていません。不穏な断片をつなぎあわせるしかないわけですが、5年前の出来事と女性の〈現在〉がうまく結びつかずモヤモヤしました。ラストでいつのまにか彼女が晴れやかになって、「あれっ?」ってなりました。肝心なことを隠しても小説は成立すると思いますが、雰囲気だけで終わってしまうこともあります。この方の語りはとても自在なので、ストーリーが明快なキラキラした小説を試みられてはいかがでしょうか。(持丸)

『愛を知らない操り人形と、嘘つきな神様』

設定説明を丁寧に描いた前半に対し、後半が全体的に駆け足で物語の勢いを削いでいたと思います。また、過去にご投稿いただいた作品につきましては、こちらからこれ以上言及することはありません。(岩間)

『サイバネティクス・サバイバー』

それぞれの登場人物の設定や描かれる事件や向かっていく大捕物まで物語の大まかな構成はすごくしっかりしていて、おもしろく読み進められました。ロボットと人間の無機質と有機質な表現もありつつ、それぞれが100%ではない、揺らぎを持っているところの表現などは好感が持てます。一方で物語を引っ張る主人公の言動に紐づく心情面の描写や動機付けが弱く感じられ、あまり感情移入できないのがもったいなく思いました。それぞれ配置したキャラたちに関しても、描きたい物語を支えるポジションは理解できましたが、そこに説得力を持たせられるところまでには届いていない印象でした。(見野)

『錆びた拳に花束を』

熱いストーリー展開が魅力的なお話なのですが、キャラクターに感情移入がしづらく、もったいないように感じました。ボクシングの魅力がわかっていない人にも、競技のおもしろさを理解できる書き方、伝え方が必要だと思いました。(磯邊)