2021年秋 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2021年9月14日(火)@星海社会議室

依然受賞者現れず。しかし新風に期待大!

星海社はミステリで行く! 第33回座談会開幕!

守屋 さて、第33回の投稿作ですが、なかなかおもしろかったんじゃないでしょうか?

片倉 僕はそうでもなかったですけど

丸茂 受賞作に推したいものはありませんでしたが、平均水準はめちゃくちゃ上がりましたよね。ミステリについては。

岡村 喜んでいるのはミステリオタクの君たちだけでは

守屋 (話を聞かずに)喋りたいことがいっぱいあります!

片倉・岡村 思わず閉口する)

太田 今回は残念ながら見野さんと岩間さんが欠席、磯邊さんは出先からの参加ですが、バリバリやっていきますよ!

特殊設定はスケールで勝負

守屋 まずは『石と探偵と魔法士』。魔法のある世界が舞台の、読者への挑戦状もある本格ミステリです。なので、魔法を使えばなんでもあり、というわけではなく、
・ひとり一種類の魔法しか使えない
・使える魔法は先天的に決まっている
という制限があります。米澤穂信さんの『折れた竜骨』や赤月黎さんの『魔女狩り探偵 春夏秋冬ひととせセツナ』などが連想されます。

太田 おもしろそうじゃないですか。

守屋 はい、期待して読みはじめました。ただ、探偵役の魔法がいわゆるコピー能力なんです。接触した相手のもつ魔法が一定時間後に使用可能になり、その貯蔵量は無限。つまり、登場する魔法はすべてリストアップされ、その組み合わせによって真相に至れればいい。肝心の謎は死体の消失・移動トリックで、犯行現場から消えた死体が距離のある場所に現れた、というものなんですが、登場人物のなかに、中身が空の鎧を魔法で遠隔操作して戦う兵士がいるんですね。

丸茂・片倉 ああ〜。

守屋 もうこんなの、鎧のなかに死体を隠して運んだ、あるいは、知らずにそうさせられたの二択でしょう。どちらにせよ、盤面はかなりクリアになります。特殊設定ミステリは状況の恣意性が強いので、いかに真相を見透かさせないかも意識してほしいです。

太田 しかし、挑戦状がある本格ミステリを書いてくれるひとが増えてきているというのは喜ばしいことだね。

守屋 ですね。続いても僕です。『B級探偵ヤマシタ vs. シャークネーター』。これは投稿メールを見た瞬間からとても気になる作品でした。

丸茂 わかる。タイトルがわかりやすくB級でめちゃめちゃいい! 

片倉 いい意味でバカっぽさがあって最高です!

丸茂 「シャークネーター」は「サメ+ターミネーター」ってことですか?

守屋 その通り! 未来からきた液体金属サメです!

太田 アホだーー!!(もちろん褒めています)

丸茂 いい! ちゃんとタイトルから期待される内容!!

守屋 内容に移りますが、この世界には「映画探偵」と「改変者」という、敵対する存在がいます。「改変者」は映画作品の内容を、その映画への強い想念によって書き換えてしまう。「映画探偵」は書き換えられた映画世界にダイブし、本来のシナリオに戻すべく干渉する。「改変者」はダイブ世界内でいずれかの役を演じなければならず、人狼的要素もあります。

岡村 『空ろの箱と零のマリア』みたい。

丸茂 いい設定じゃないですか。

守屋 主人公はB級探偵ヤマシタとその助手。このB級というのはべつにJDC的なランクがあるわけではなく、B級映画にダイブする探偵を意味します。それが「シャークネーター」なんです。

片倉 液体金属サメと戦うんですね!

守屋 はい。アメリカ映画らしいドンパチで、臨場感もあります。

片倉 おもしろそうなのに、なんで挙げなかったんですか?

守屋 作品の大枠が問題含みなんです。主な舞台はこの「シャークネーター」世界ですが、それによって、視点人物の内面の成長などはともかく、イベントのほとんどがB級映画レベルのそれになってしまいます。

丸茂 B級でもおもしろければいいと思いますけどね。ただ、脚本を軌道修正するおもしろさを描くなら、だれもが知っている名作映画を作中作に据えてほしくって、となると権利的に難点がある。「シャークネーター」みたいなものを、次から次に考えられるかな。

守屋 文章はリズムよく情感もあったので、次は設定段階から練られた作品を投稿してほしいです!

キャラだけでは足りない

持丸 今回、私は『百瀬探偵結社綺譚』を推しています。一言でいうと、相当おもしろかったです。伝奇ミステリの連作集で、宗教民俗学やオカルトの知識を巧みに取り込んでます。出てくるモチーフが、これでもかというくらい、舞台である茨城由来のものなんです。

丸茂 その部分おもしろいですよね。知名度の高いものもあれば、あまり知られていないものもある。

持丸 伝奇ミステリは「裏の歴史もの」といっていいと思うんですが、道教の庚申信仰に北極星の妙見信仰、有名どころだと平将門が登場します。あとは血盟団事件ですね、井上日召の。

片倉 日蓮主義に連なるテロ事件ですね。おもしろい取り合わせです。

持丸 興味深いネタはまだありますよ。意外に思われるかもしれませんが、明治のころにはキリスト教と西本願寺に関わりがあったんです。原罪信仰と親鸞には親和性がある。いわれてみれば納得感がありますよね。それで古い話ばかり扱っているかと思えば、東京を追放されたひとびと(田舎者?)が伝奇シティと化した常陸市に集まって、九龍城みたいなものをつくっていたりするんです。

丸茂 伝奇伝承をモチーフに、架空の現在の常陸国ひたちのくにをつくっているんですよ。マジックリアリズムです。

持丸 伝奇的な事件の現場に探偵社の面々が乗り込んで解決するんですが、事件そのものは全然描写されない。謎解きもそう。事件を描く、解決を描くということに、ほとんどこだわりがない。探偵社の連中が謎に対して筋道をつければ解決なんです。謎解きの合理的論理的描写を捨てたところが潔かった。

丸茂 怪現象が起こって、伝奇的知識を援用して解釈したらOKという形ですね。

持丸 これで一本筋が通ったね、解決! という締め方です。田舎に行くと郷土史の達人みたいな、やたらと詳しいお年寄りがいて、そのひとの座談を延々と聞いている。そんな楽しさです。いわば百科全書的ホラ話という小説です。

丸茂 ですので、フェアな謎解きとしてのミステリを期待すると泡を食います。

持丸 そうですね。すごくやかましくて、活劇紙芝居っぽいスピード感。

丸茂 キャラクターは生き生きとしていましたね。

持丸 そうなんですよ! 頭のなかでイメージすると、とっても今風。

丸茂 持丸さんには申し訳ないですが、僕的にはオールドな「今風」という印象でした(笑)。一昔前のライトノベル感。とくに名前は全然今風じゃないですね。

守屋 名前に「ふぐり」は今風とか古風とかいうレベルじゃないですよ!

丸茂 しかも女の子の名前っていう。

片倉 それはひどい(笑)。

池澤 本当にかわいそう

丸茂 でも内容に合ったセンスではあります。良し悪しは置いといて。

持丸 明治の文豪たちが書いていた怪異小説の雰囲気もあります。このスタイルと筆致で長編が書けるならプロでやっていけるんじゃないかと思ったくらい、おもしろかったです。

丸茂 しかし、僕はどうパッケージングすればいいかわかりませんでした。

守屋 ミステリとしては読めないですよね。

丸茂 そう。伝奇トリビアファンタジー、みたいな呼び方になるのかな。物語はやや放棄しているので、相当おもしろい会話の応酬とかがないと、ただペダンティックになってしまう。そこまでのおもしろさには達していないと思いました。

守屋 ミステリに振るのであれば、知識があったうえで、それだけでは思いもよらないような真相を用意してほしいです。

丸茂 探偵団を扱ったのも悪手だったと思います。だれか特定のキャラクターのドラマになっていないんです。作者さんの脳内では、キャラクターたちのイメージがはっきりあると思うのですが、読者にはキャラクターへの愛着がありません。

太田 キャラクターって、多少立っていたとしても、作者が思うほどには読者はついてこないんだよね。そもそもの話になるのですが、全編に亘って展開されている幅広い衒学はおもしろいけど、そこをほんとうに楽しめるひとしか読者になってくれない作品なのではないでしょうか。これではデビューはむずかしい、というかもったいない。8篇がぶつ切りなのもマイナスポイントで、全体をひとつの作品として貫く柱がほしかったです。

話題力は大切

守屋 『JK十字軍クルセダーズはトリックスターを夢に見る』の売り文句は「1200人の容疑者から、ライブ中にたったひとりの犯人を当てる」です。主人公は三人組女子高生アイドル「JK十字軍」で、彼女らの周囲に連続事件を引き起こす犯人「トリックスター」の振り撒くトリックに対峙し、機転を利かせてそれらをはねのけていく。最終的にJK十字軍の解散ライブの観客、その数1200人のなかに紛れた「トリックスター」を特定する、という本格ミステリです。

太田 この1200って数字は、やっぱり流水さんを意識してるの? 実は『コズミック』のタイトルって、もともとは『1200年密室伝説』だったんですよ。

守屋 そうだと思います。今作には、ひとつの宗教と呼べるほどの人気をもつアイドルも登場するんですが、なんとその名は、不来未来コ ズ ミ ク

太田・丸茂 コズミク!?!?

守屋 衝撃的ですよね。ただ、そうした要素に比してミステリ部分は非常にまっとうというか、オーソドックスな消去法です。

太田 堅実だからって怒られてる(笑)。ぶっ飛んでないんだね。

守屋 そうなんですよ。しかしラストがとてもいい! JKクルセダーズ、これはAKBに倣って略すとJKCです。では彼女らが高校を卒業して女子大生になると── 

太田・丸茂 比類のない神々しい瞬間が訪れる)

丸茂 JKがー?

守屋 JDになったらー?

太田・丸茂・守屋 JDC!!!

太田 やられた!! おもしろい!!!

太田・丸茂・守屋以外 (なにをこんなに盛り上がってるんだろう

太田 みなさんも編集者なら『コズミック』は読んでいないとダメですよ!

岡村 僕も読んではいますけど

守屋 『バーナード嬢曰く。』で神林は『コズミック』をすすめるひとを、ガッと止めていますし

太田 神林はわかってねえな。

丸茂 いや、ミステリを読み慣れてないひとへ差し出すのは大好きな僕でも躊躇しますが。しかしこのネタでいったい何人が喜べるんだ(笑)。

守屋 やっぱり内輪ネタではあるので、出版したい! とはならないんですが、それでも笑って読み終えた本の話はしたくなるし、それは大事なことだと思います。詠坂雄二さんの『電氣人閒の虞』とか、最高ですしね。

色物こわい

片倉 僕の担当した『じ・あんさぁ〜籠球天狗連噺〜』も人に話したくなる作品でした。主人公は落語の名人を父親にもつ男の子で、落語に惹かれながらもバスケットボールで才能を発揮して活躍します。そんななかで父親が亡くなり、本当にやりたいことを考え直し、葛藤の末、やはりバスケに邁進する。王道の青春スポーツ小説です。なんですけれど

守屋 いま読みはじめましたが、これはすごいですね

片倉 語り手が最初から最後まで、ぜんぶ落語調でしゃべるんですよ。冒頭を読み上げますね。

「いつの時代にも「格好つけてる」だの「すかしている」だのと言われる人々はおりますが、丸っきりダサい人がそんな風に言われることは少ないようでございまして、そうしますと「格好つけてる」なんて言われる人は、案外それなりには格好いいと周りから思われてる、ってぇことになりそうです。

 実際、自分で格好つけようなんて思って格好つけてる人はごく珍しいんじゃないかなんてことを思ったりします。ええ、何せかく言うあたしがそんなでございますからね」

太田 おもしろいじゃないですか。

丸茂 音読すると案外リズムがいい!

片倉 それは僕が落語を意識して読んでいるからです。これで10万字、しかもスポーツ小説ですよ!!

丸茂 この調子でスポーツ小説になるんですか?

片倉 朗読するとさまになるんですけどね。たとえば練習シーンはこうです。

「先輩はボールを持ったまま両手を振り回します。このスイング、試合ならここからパスに繋げることもできますが、あいにくこれはワンオンワン、パスする相手はございませんから、警戒すべきはドリブルとシュートのみ、しかもシュートはまず無いってんで、引き続きドリブルだけに意識を集中いたします」

丸茂 緊迫感がない!

片倉 最初の枕だけかと思いきや、全編これなんですよ。すごくないですか?

丸茂 すごい。すごいけどこれはユーモアでやっているの?

片倉 おそらく作者さんとしては、落語とバスケの間で揺れる主人公の葛藤を表したいんだと思うんですけど......。

池澤 表せているんですか?

片倉 異色作、という以上の評価はむずかしいです

太田 優れた作品には語りやすいレッテルがあるものですが、中身の勝負にも気を抜かないでください!

ベタを外すと獣道

池澤 『珈琲店アナログアンブレラ。』は魔法が当然にある世界で、あえて魔法を使わない珈琲店「アナログアンブレラ」が舞台の物語です。

丸茂 『Coffee Talk』みたい、ありそう。しかしそれゆえいい設定だと思います!

池澤 主人公は希死念慮がとても強い女の子です。自殺する直前に偶然そのカフェに入っておいしい珈琲を出され、もうすこし生きてみようと思う。ここから物語がはじまります。

丸茂 やっぱり店主はイケメンですか?

池澤 それがマッチョなんです。強面で力強いマッチョ。もうひとり、かわいい女の子の店員もいます。

守屋 主人公とこの女の子の関係性がいいんです。

池澤 そうなんです! 主人公は世界一の大企業のひとり娘で、しかもハイレベルな魔法学園に首席で入学できる能力と端麗な容姿をもっています。客観的にはすべてに恵まれた子。けれど、実は母親が産後うつで自殺していて、それを恨んだ父親からネグレクトを受けています。彼女は自己肯定ができないんです。一方、カフェの女の子は自分の感情に素直で、沈みがちな主人公の手を引っ張って外の世界に連れ出してくれます。いつも主人公にあたたかい言葉をかけて、元気づけようとする。けれど主人公にはなかなかそれが届かない。

守屋 主人公はだれかに存在意義の有無を決定されたい。それは罰でもゆるしでもよくて、つまり、生きていてもいいのか死ぬべきかをジャッジされたいんです。けれど、自分と同じかそれ以上の不幸を乗り越えたひとの言葉しか認められず、悩みを乗り越えたというひとに対しては「乗り越えられる程度の悩みでしかなかった」と思ってしまう。

片倉 最初から存在しえないものを求めているんですね。難儀だ。

守屋 ところがある日、主人公はカフェの女の子が大病を患っていることを知ります。彼女はもう医師に宣告された余命なんてとっくに越えていて、主人公を人生最後の友人だと思っている。だからずっと親切にしていた。

池澤 主人公はそれを知ってやっと心を開くんですが、カフェの女の子は魔法による治療の代償で記憶を失い、ふさぎ込んでしまいます。主人公は、今度は自分が助ける番だと奮起しますが、すげなく拒否され、また自殺しようとしてしまう。それをぎりぎりで止めるのが「アナログアンブレラ」のマスターなんですが、ここで彼のいう台詞がとてもいいんです。

「今夜だけでいいから、今夜を生き延びて、それを一日ずつ繋いでいけばいい」

池澤 死にたい気持ちを頭ごなしに否定するのではなく、未来を無邪気に肯定するのではなく、悩んだままでいいんだと彼はいいます。この死生観のぶれなさが物語に説得力を与えてくれます。ここは読んでいて思わず泣きそうになりました。

岡村 投稿作レベルで泣きそうになる作品なんてそうそうないと思うんだけど、なんで挙げなかったの?

池澤 モノローグの感情描写などは優れている一方で、つくり込んでいるけれど効果的でない設定が多く、まだその段階ではないと判断しました。具体的には魔法学園まわりが冗長で、もしここがうまくまとまっていたら挙げたと思います。

片倉 だとすれば、不要な部分だけ削ればいいんじゃないんですか?

守屋 それがそうでもないんです。細々とした設定の描写は多いんですが、世界や社会など、大枠の情報が不足しています。魔法でなにができて、なにができないのか。この世界では、生命の危機に救命魔法を発動する機械の装着が法で義務づけられていますが、ではそこで自殺はどのような社会規範の下にあるのか。医療魔法が発達して、情調ムードオルガンのような向精神魔法は生まれないのか。疑問は多いです。

丸茂 魔法がある世界にした意味が薄そうな。悲劇的なドラマをつくり出すためだけに都合よく魔法が存在していると感じられてしまうと厳しいわけですが、どうでした?

池澤 「アナログアンブレラ」では魔法を使わない珈琲を出していて、魔法で加工したものにはない豊かな風味が主人公の心を動かしたりします。記憶の話も、魔法がないとむずかしくないですか?

丸茂 それはまさに悲劇的なシチュエーションをつくるためだけに超常の魔法を使っていることになりませんか? 仮に現代日本が舞台でも、マシンドリップとハンドドリップで同じ話ができるんじゃないかな。まあ病気だって現実にあるものでも悲劇的なドラマをつくるためだけに使っているといわれることはあるので、作品を読んで違和感なければいいと思いますが。

守屋 記憶にしても、『一週間フレンズ。』や『ef』の前例はありますので、魔法はなくても問題ないと思います。ただ、この作品には「意味を見出されない不必要なものが存在してもいいのか」という問いがあり、そうした祈りなのかもしれません。

丸茂 なるほど。個人的な評価はさておき、納得はしました。

守屋 ミステリやSFなどの確立されたジャンルであればアイディアのみでも評価される土壌がありますが、この作品はそうした安易なカテゴライズを拒んでいます。であれば、説得力のある世界観構築や生き生きとした会話など、高い総合力が必要です。

池澤 ぜひ、さらにレベルアップした新作を読ませてください!

奇抜さでの一点突破ならず

丸茂 『シンメトリーな夏の夜 ~what touch and show key~』は、いわゆる因習村ミステリ、現代版横溝正史です。因習はびこる村に曰くつきの名家があり、そこに語り手が助手をしている探偵が呼ばれる。現地には謎の異能力探偵も現れ、屋敷の地下牢から当主のバラバラ死体が発見されます。捜査を進める矢先に第二の殺人が起こり、被害者は探偵だった

守屋 トラディショナルな国内ミステリですね。

丸茂 この作品はとくに結末の出し方を評価しました。事件の真相は犯人の死によって闇に消えるんですが、死んだ探偵の助手が最後にその真相の考察をレポート形式で残します。この解決編は「こうだったかもしれない」レベルに留まる内容なので、現実にはありえないような発想を作中レベルで成り立たせる効果がありました。

守屋 僕はやや辛口評価です。事件そのものは、①鍵のかかった密室、②複数犯でしかできない犯行なのに容疑者がひとりのみ、と不可能状況になっていて魅力的だったんですが、②については計画外の出来事が起こったから、というのが弱いです。

丸茂 わかる。正直なところ密室のほうも厳しいよね。

守屋 これらの謎は共犯者の存在によって解決されますが、本来すぐに捕まるような杜撰な計画に共犯者が乗るメリットを感じられず、また、主犯はいつでもマスターキーをつくれる立場にいます。なぜ綱渡りの密室トリックを弄したのかわからない。犯人の行動が合理的でないミステリは楽しみにくいです。

丸茂 でも事件そのものは謎めいて引力がある。これってけっこうな投稿作が足りてない点だと思うんですよ。太田さんはいかがでした?

太田 僕はもう文章が全然合わなくてダメで、1/3くらいでギブアップしてしまった。申し訳ない

丸茂 そうですか。文章は褒められるほどよくはない、というより未熟ですし、1/3くらい読み進めても事件の起こる屋敷にすら辿りつかないのはかなり大きな問題です。

池澤 私もそこは気になりました。でも、事件が起きたあとはおもしろかったです。

岡村 異能力探偵と親しくなるだけのシーンはもっと削れますよね。

丸茂 指摘はすべてその通りだと思います。ただキャラクター性はそれなりにあったし、因習村としては新奇さに欠けるけど驚かせたいという意欲は買いたい。それだけに「この真相がアリかナシかはご自由に!」というキャッチコピーは残念でした。読むひとによってはナシかもしれないという、自信のなさの現れとして僕は受け取ってしまいました。この方はまだお若いし、このままの調子で書き続けていただければいちばん化けるんじゃないでしょうか。ぜひ今度は全員にアリだと唸らせる自信があるものを投稿してください。

探偵にはキャラ立ちを、作家には新作を

持丸 『表裏のスペクトラム』は高校の演劇部が舞台のビターな青春ミステリです。ちょっと構造が入り組んでいますね。

守屋 長くなるので僕から説明します。ヒロインがある日、鍵のかかった部室で亡くなります。直筆の遺書があり、現場が密室であることから自殺とされますが、遺体の状況は他殺の可能性も示唆しています。さらに、通夜の直後に彼女の遺体が何者かに盗まれ、また、主人公たち演劇部員に犯人さがしをするよう迫る謎の手紙が届く。

丸茂 密室殺人・遺体盗難・奇妙な手紙と、複数の謎がからみ合うわけです。

守屋 語り手は容疑者である部員たちのアリバイ調査などをおこないますが、真相はわからない。演劇部はぎくしゃくとしたまま、大会公演に望みます。ここが肝なんですが、演じる劇はデスゲームものであり、なんと舞台に上がると劇の小道具が真の殺人装置になっている。さらに、盗まれたヒロインの遺体が舞台に迫り上がってくる。観客たちの眼前で、極限状態の推理劇と殺人ショーの幕が上がる、というあらすじです。

池澤 聞くだに複雑ですが、おもしろそうです。

持丸 込み入った設定でドラマが進んで、読んでいる最中はおもしろかったです。けれど改めて考えたときに、観客が注視している舞台の上で本物の殺人がおこなわれるシチュエーションにリアリティが感じられず、白けてしまいました。こういうのってどうなんでしょうね?

丸茂・守屋 (強気に)アリだと思います。

持丸 そうですか。この歳の人間には、なかなかむずかしいものがありました。

太田 一連の新本格ミステリ・ムーブメントを経由していないと、どう読めばいいのかわからない小説だと思います。これはね、アリなんですよ。

丸茂 太田さんは好感触みたいですね。どういう点を評価しました?

太田 文章がいいじゃない。文体がある。

丸茂 たしかに文体面で不満はなかったです。ただ、物語が内輪な個人の話という印象で、ドラマの見せ方が弱いように感じました。

太田 あと、若干トリックの部分が雑だよね。若さゆえだと思いますが。この方にはいつか必ずデビューする力があるんだけど、今この作品ではない! あとはミステリとしてもっと緻密なものが書けるかどうかかな。これは一度ほかの新人賞に出したものを送り直してくれているんだけど、そっちで一次落ちしたのが不思議なくらいです。

守屋 そうですね、そちらの選評を確認したんですが、「第1章の事件パート、第3章の舞台パートに対して、第2章の捜査パートが淀んでいる」と。

丸茂 そこはあんまり改善されていなかったんじゃないかな。

守屋 そうでしょうか? 僕はこの捜査パートはよくできていると思いました。いまなにを目的に動いているのかが明確に示されるので、牽引力があります。大目的はヒロインの殺害犯さがしですが、次いで中目的として、手紙や遺体盗難など、中途中途で発生する謎の解明があり、それらのために、小目的として容疑者それぞれのアリバイ調査が設定されています。構図の変化は激しいですが、盤面整理が丁寧なので非常にわかりやすい。読者がいつどこでどんな情報を求めるか、わかっているからだと思います。

太田 でもこの作品はデビュー作には向かないよね。イヤミスを志向しているふうでもないのに、後味が中途半端に悪い。

丸茂 思春期の切実な話がしたいんだという意気込みは伝わってくるんですけどね。青春ミステリの魅力は、語り手の青い世界観が事件とその解決によって変化する/あるいは一層自閉的になる過程にあると思うんですが、この作品の語り手はすでに変化を受け入れているので、その鋭さがないのはちょっと残念でした。

太田 もし自分が編集につくのであれば、語り手のキャラをもっと立ててもらいたいですね。彼はサイコパスっぽくて、作者はそれを自覚して書いているんだけど、最初にそれを地の文で書いてしまっているのがよくない。小説の書き方としては上等じゃないですよ。パス味はほかのキャラクターと接する過程で徐々に読者に判明させていったほうがいい。今のままだと、設定を出すのであとはこの通りに読んでくださいね、というふうに見えてしまう。

守屋 太田さんならたとえばどう手を入れますか?

太田 この作品では主人公が普通しないような行動を取るわけなんだけど、そこで周りのキャラが引いたツッコミを入れると、彼のもつ、ひとつ間違えたら殺人鬼になりかねないあやうさを描けるはずだよね。この主人公はいままで僕が編集した作品でいうと西尾維新さんの「いーちゃん」に近いんだけど、この方の描き方は西尾さんと比べると数段落ちます。とはいえ西尾さんも投稿原稿では完成されていなかったから、努力次第だと思いますよ。

丸茂 この方にはどういう作品を書いてもらえばいいんでしょうね。やっぱり、ひとが死ぬ学園ミステリ?

太田 だと思います。あとはまず、探偵と助手のキャラクターを突き抜けさせないと。

丸茂 そこが地味な印象に加担してますよね。

守屋 しかし、共感性の欠如した人間がヒロインと重ねた時間によって知らず他人を大事に思えるようになっていた、という人間の可塑性を描いた作品ですよね。戯画的な異常さへの振り切りはむずかしい気がします。

丸茂 守屋さんはすごくむずかしいいい方をするね。たしかにこのひとの文章は等身大なドラマに合っているんですけど、「よくできた学園ミステリ」以上のなにかがほしいんですよ。自戒もこめてですが、キャラの魅力でなければ露骨でも感動的な結末とかサプライズが必要なんじゃないかな。この作品の設定ではその点は頭打ちだと思うので、ぜひ新作を書いてほしいです。

太田 プロの作家になりたいならば、いまは最低でも年間に2冊は新刊を出さないとやっていけない。これは改稿による投稿作なんですけど、一度書いたものや捨てたアイディアを完ぺきにしようとするぐらいなら、どんどん新しいものを書くべきです。

守屋 けれど自力で改稿するスキルも必要ですよね。緻密なミステリを書くのであればなおのこと。

丸茂 3割賛成、7割異議ありです。改稿のほとんどはプロですら80点のものを100点にする作業だと思うのでといいつつ、僕は文章レベルでかなりこだわるタイプですが。改稿すれば通用するレベルの投稿作は、大抵受賞作になるんじゃないかな。少なくとも僕はそういう基準で読んでいます。なので改稿でちょっと伸びしろを埋めるよりも、新しいアイディアを練ったほうがいいと思います。

太田 そう思います。編集者のダメ出しではなく自分で直しはじめてしまうと、やっぱり高いところまでいけないですよ。ぜひたくさん書いて、たくさん星海社に送ってください!

みなを集めてさてといい

太田 さて、今回の投稿作はミステリが熱かったわけだけど、星海社にミステリを送るならアレは読んでいてほしい! そうですね、丸茂さん!

丸茂 はい! 紙城境介さん渾身の本格ラブコメミステリ『僕が答える君の謎解き』! 担当編集としての入れ込みはあるかもしれませんが、2021年最高峰の本格ミステリといっていいレベルの傑作です。ラブコメもミステリもマシマシな第2巻も発売中。

太田 投稿者に読書量を求めるなら、編集者はいわずもがなです! 星海社編集部一同、もっとバリバリ読んでバリバリやっていきましょう!

一同 はい! それでは、次回もご投稿をお待ちしております!

1行コメント

『君への翼』

音大付属高校を卒業した同窓生たちによる青春ミステリ。雪の密室となった東屋で事件がはじまり、時を隔てて雪の密室となった山荘で解決する。梗概にあったキャッチコピー「雪の密室が開かれる時、本当の失恋を知る」という通りの雰囲気の作品です。4年前に届かなかった手紙というモチーフもよかった。でも全体として「雪の密室」に意外性がなく、ストーリーに乗れなかった。殺人の動機づけはもちろんですが、トリックだけで記憶に残るレベルにもっていってほしいですね。(持丸)

『春よ戻れ』

恋愛物語として凡庸で個人的な域に収まっている、第三者として興味をもつことがむずかしすぎる印象でした。(丸茂)

『Græy Psycho』

設定をしっかり描写しようという意思を感じたところはよかったのですが、情報量が多いために整理するのに負担がかかり、楽しんで読めたかというとそうではなかったです。(池澤)

『君のとなり』

訳ありの男子高校生が同級生の女子と知り合ってから日常の謎解きを通じて仲良くなり、それぞれの抱える事情をオープンにし、乗り越えていく。これまで心を開かなかった主人公がこの出会いをきっかけにほかの同級生とも交流をもち、徐々に世界を広げていくさまは読了感もありました。ただ、もっと読み進めたくなるような、世界観にぐっと引き込む構成や文章の力を感じたかったように思います。(見野)

『易聖のアカシックレコード』

タイムスリップもののおもしろさはあるものの、易がむしろノイズになっています。同じ効果なら、理屈や設定は簡単なほどいいと思います。(守屋)

『恢復(かいふく)のディストピア』

なろう小説に着眼したところはキャッチーで目を引きました。それ以上に引きつけるものがなかった点が惜しかったです。(池澤)

『お昼休み女子高生三人が小説肴(さかな)にあーだこーだ言い合ってるだけの連作短編小説。』

女子高生のゆるいだべり感は続きすぎるとメリハリがなくなってしまい、突出した魅力につながりにくくなっていると思いました。(磯邊)

『呪われた王冠の物語』

作中で起きていることはわかります。ただそれを読み終えてもこの作品ならではの「売り」はとくに感じませんでした。(岡村)

『笑わない王女の心を読んだら、なぜか僕にべた惚れしていました』

特殊能力をもつせいで他人と距離を取ってしまう設定、笑えなくなっている設定、そこをブレークするしかけが弱いように思いました。また、高校生の生徒会に集まった男女の日常は魅力的に書かれていましたが、ボリュームが増えすぎた原因にもなっています。運命を変えるための二人の挑戦にフォーカスして話を集約させていくタイミングが遅すぎたように思います。(見野)

『終末のサロメ』

客観的な状況・考えの説明が多く、メリハリがないように感じました。会話やモノローグによる内面描写などを増やして、読者に感情移入させるような書き方を考えていただけたらと思います。(磯邊)

『毒舌な超美麗レフティ少女にゾッコンな俺は、超ド級のサッカー強豪校でどこまでも成り上がる』

サッカーは小説での描写がむずかしいのですが、ところどころで臨場感の伝わる表現がありました。主人公がヒロインに一目惚れしたシーンは冒頭に置くなどして、しっかり見せてほしかったです。彼の行動原理が読者に応援されるよう、心がけてみてください。(守屋)

『孤独の影に光は誓う』

話の展開はわかるのですが、この話の「売り」が伝わりにくくなっている印象でした。どのような描写が読者に対して効果的か、どこが他作品と違うのかなどを考えて、わかりやすく突き抜けた魅力をなにかひとつつくっていただけたらと思います。(磯邊)

『嫌われ皇女のアンチ・トゥルーエンド』

キャラクターに読み手を引きつける個性があり、好感をもって読めました。ただ、ストーリー全体の構成が荒く、物語の勢いを削いでいたと思います。着地点を意識して要素を整理することで、より完成度の高い作品になったはず。(岩間)

『最弱能力者の英雄譚』

能力者たちが集められた学園で、手に「無能(Fラン)」という刻印がある主人公が、体育祭での能力バトルを通して自分の価値にめざめていく。「無能力者」が「能力者」に挑んでゆくというモチーフが物足りなかったです。〈闘う目標=世界観〉が作り込まれていないと、「能力バトル」からカタルシスや感動は生まれないのではないでしょうか。バトルシーンはがんばっていると思いました。(持丸)

『ぶれいぶ・にゅう・わあるど』

テクノロジーが発展した未来で起きる短編それぞれの出来事は、興味深かったです。ただエンタテインメイトとしてはそれほど楽しさを感じられず、教訓じみた読後感のほうが強く印象に残ってしまいました。(岡村)

『自己認識竄入症候群犯罪対策課』

物理的手段によらず妊婦から胎児を盗む〈胎児攫い〉、人間のありとあらゆる穴を塞ぐ〈穴埋め〉、手を触れずに首を絞める〈首絞め〉など、異能犯罪者たちが跳梁する世界で捜査に取り組む主人公。凄惨な猟奇事件を追ううち、主人公が抱える体の秘密も明らかになっていく。LGBT的なトラウマを抱える主人公の「浄化」のドラマを描くという作者の企図は伝わりました。主人公と犯罪者たちとのからみが薄いため(犯罪者たちがゾンビ的に扱われている?)、全体的にサスペンスが弱くなったと思います。犯罪者たちのグロ描写は目を見はるものがありましたよ。(持丸)

『サーペント~匍匐飛行と彼女と翼~就職先はPMSC(民間軍事警備会社)?』

主人公の女子高生の語り口がかなり作為的に感じられ、地の文を読み進めるのが大変でした。また、労力に比して効果的かという点でも疑問でした。まずは今一度、読みやすい文章を意識してみてください。(片倉)

『眠りの心臓、魚の鋼』

主人公の目的などはわかるのですが、この作品ならではの「売り」が伝わりにくいと思いました。再度整理して考えてみていただけたらと思います。(磯邊)

『彼女は、鳥と話して謎に迫る』

タイトルどおりの内容でした。小笠原という土地やその生態系について、とても詳しく魅力的に書かれていますが、説明的すぎるので小説を読んでいる気があまりしなかったです。また、最初にだいたいの事情がわかってしまうので、謎に迫るというよりは主人公の立てた仮説をひたすら確認していくことになります。先が気になる、読みたいと思わせられる構成ではなく、もったいないです。(見野)

『金と銀、そして赤』

作者さんが意図した「昭和の雰囲気」をとても濃く感じました。お話自体にまるで昭和歌謡のような哀愁があり、ご自分の視点で男女をよく描写していると思いました。この作品においては、いかに登場人物に魅力を感じられるかが重要だと思うのですが、その点が弱かったです。読み進めたいと思わせるようなキャラクターづくりを意識してみてほしいです。(池澤)

『牙の生えたクラゲたちへ』

描写力やモチーフには見るべきものがありました。が、小説のなかで夢を登場させるのは場合によっては迫真性を削ぎかねず、この作品は夢のギミックを使ったことが作品全体にネガティブな影響を与えてしまったと感じます。(片倉)

『終末家族』

それぞれの世界で、それぞれの終末を経験した登場人物たちが終末後の世界に飛ばされ、ひとつ屋根の下に暮らしている。それぞれの終末が順番に回想される演劇的なつくりになっている。それぞれが終末に経験したシーンはどれも印象的でした。しかし、小説として見た場合、登場人物同士のからみが薄く、順番に回想によって展開するプロットはかなり単調です。最後のラスボスとの対決、新しい世界のはじまりなど、パターンの域をでないものです。(持丸)

『秋葉原アンサンブル』

 創作活動を扱う作品には人気作も多いですが、この作品は問題と解決の繰り返しが一本調子で、またキャラクターが弱いと感じました。ラブコメ展開やミステリ的な伏線回収の驚きなど、ゲーム制作以外の強い要素がほしかったです。(守屋)

『機宝郷に咲く』

エンタメ要素を意識した世界設定は良いと思いました。が、女の幸せの描き方があまりにも前時代的だなぁと思ってしまいました。これに共感できる若い世代は少ないのでは。説明台詞が多すぎるのも気になります。そういうことだったのか、と驚けるたね明かしを、展開やしかけで読み手に伝える工夫がもっとほしいなと思います。(見野)

『パズルハウス』

最後のラストピースだけが企業買収などの話になるので、説明や語りが冗長になってしまったのがもったいないように思えました。そこまでの3つ、とくに1と2のエピソードはとてもテンポよくおもしろく進んでいたので余計にそう感じられたのかもしれません。物語の構成やそれぞれをつなぐアイデアはよかったと思います。(見野)

『神獣姫アラムの嫁入草子』

なにが起きているかがわかるだけでは、「おもしろい」と思わせることはむずかしいです。一文が短く、どこを読ませたいのかが掴みづらかったです。(池澤)

『異世界なろうだけが、あの荒木のえげつない時間の本質を知っている』

あらすじや発想はおもしろそうだったのですが、実際に読んでみると、情報開示のやり方にまだ研究の余地があると感じました。なにが起こっているかを、だれでも一読してわかるように説明することを心がけていただきたく思います。自分のなかのおもしろさを読者に伝えることをもっと意識してみてください。(片倉)

『ホストクラブ・ラプソディ』

これまでもホストクラブやそれを取り巻く人間模様を扱った作品を投稿いただきましたが、今作は場面や登場人物のバラエティーが豊富になり、群像劇としては一段上がったかと思います。ただ、お話の内容が凡庸でどうにも引き込まれませんでした。「ホストクラブ」というテーマからいったん離れた創作をしてみてはいかがでしょうか。(築地)

『機龍と踊る』

「機龍」とはメカゴジラのこと。伊豆大島に観光用に建造された巨大なメカゴジラ像。その意匠権侵害をめぐる攻防をドタバタ調に描いている。意匠権をめぐって、保険会社、弁護士、パテントトロール(特許権侵害の和解金をねらったビジネス)が繰り広げる法理の応酬は、知識のない者にとっては興味深い。だが、そこが単調に感じられる部分でもありました。法理の応酬ではドラマが動かず、役者の長台詞対決みたいで、小説としてのおもしろさが弱まりました。パテントトロールという題材は目新しかったです。(持丸)

『合川全霊の全能融合』

軽いノリでサクサク読めました。驚くような展開や、突き抜けて魅力的なキャラクターといった要素はなかったので、少なくともなにかひとつはわかりやすいおもしろさがほしいです。(岡村)

『異世界で頑張っています。』

やりたいこともわかりますし、話のテンポもよく、興味深く読ませていただきました。ただ、毎回の話で最終的に導かれる真実・解決法にもう少し意外性がほしかったです。あとは、おばちゃんのことをよく知りたかったので、おばちゃんのモノローグや過去のエピソードがもっとあるといいなと思いました。(磯邊)

『Wing Ladiesわたしたちは、今日も大空にいる

元自衛官としての貴重なご経験を生かされた小説、興味深かったです。ただ、描写が詳しすぎると、自衛隊をよく知らない読者は堅さも感じてしまいます。だれでもわかりやすく読めるか、というエンタメの視点を改めて意識していただけたらと思います。また、主人公が夢であるパイロットになるべく厳しい訓練を乗り越えていく過程が読者のいちばん気になる部分だと思うので、入隊式以前はもう少し短くてもいいのかなと感じました。(磯邊)

『Exotic contractor ダウト』

テーマも文章も水準以上でわるくはないのですが、どこかで見たことのある印象が否めない作品でした。アイデア次第ではもっとおもしろいものを書ける方だと思いますので、ユニークなアイデアを期待します。(片倉)

『ミルキーウェイ』

主人公たちの恋愛描写がかわいく、ひとつひとつの会話にキュンとさせられました。ただ、全体的にオリジナリティに欠けるのが惜しかったです。少しの新鮮さと物語をもう一段階深める展開があれば、この小説の可能性はさらに広がったのではないでしょうか。(岩間)

『ロストバゲージ』

よくいえば王道、わるくいえば既視感のある現代異能ものですが、商業作品として売り出すにあたっては、なにか既存の作品を超える強みがほしいと思いました。現状、その域には達していないと感じます。(片倉)

『除霊課一係、のぞく深淵に弾丸を。』

主人公の成長とその周囲を取り巻く人たちをきちんと描こうとしているのは伝わってきました。ただ、登場キャラクターの数が多すぎるのと、主人公が成長していく動機づけが弱いように思います。形にはなっているものの、強い魅力を感じさせるなにかが足りていないのが残念かなという印象です。(見野)

『ミラ・異世界と約八百万円の勇者』

筆力は申し分なく、おもしろく拝読しましたが、「よくある異世界もの」という印象は最後まで否めず、商業作品にするには他作品にはないオリジナリティが今一歩及ばない印象でした。また、この内容なら分量は今の半分程度にまとめていただきたく存じます。(片倉)

『針黒組大作戦会議』

読者が情景を想像できるような描写をしてほしいです。同じイメージをたとえば三人称での記述で表現できるか、考えてみてください。(守屋)

『ナイトメア・アカデミア』

話そのものよりも、語彙やその読ませ方(ルビなど)に意識がいってしまいました。今は装飾することではなく、文章力そのものを鍛える必要があります。設定が凝っているだけに、余計なところが気になって読ませづらくしてしまっている印象を受けます。(池澤)

『スキンゴレムズ』

人造人間ゴーレムがモチーフの作品。登場人物(=ゴーレム)たちの体のなかには、それぞれ紅茶、ミネラルウォーター、花びら、綿、蜘蛛の糸、老酒が詰まっているという設定がユニーク。主人公の体に流れている「青い血液」の正体はなにか? が作品の推進力になっている。作者の筆致は的確で、ゴーレムたちがちゃんと生きていました。自分が何者かをさがす青春小説の痛切さもありました。星海社新人賞への応募作は、主人公のトラウマの浄化(=自己救済)を描く作品が多い印象です。自己救済の物語が一概に悪いとはいえませんが、そこに力をかけすぎると、その分サスペンスやドラマが薄くなることも確かです。(持丸)

『二人姉妹』

端正な文章で丁寧に書かれていて好印象でした。癖がなく読みやすいところが良いところではあるのですが、少々物足りなさを感じてしまいました。彼女たちはなぜここまでお互いに惹かれるのか? 執着するのか? ーーここがもっと濃厚に描かれているとよかったと思います。(池澤)

『松柏の名のもとに』

古風で丁寧な文体が無垢な花園感を醸し出していると思うのですが、一方でテンポがゆったりとして読み進めにくくなってしまっています。星海社の読者層を考えると、若者向けにアジャストした文体、設定で書かれるといいのかなと思います。(磯邊)

『風紀委員の女ホームズVS学園のモリアーティ!!』

キャラクターの関係性は好きです。その分、彼ら彼女らの掛け合いが白々しく感じられたのがネック。ミステリ的にも、5編目のアリバイ崩しくらいのレベルは全編にほしいところです。(守屋)

『サイキック・ビジネス!』

文章とキャラがオールドスタイルな印象、とくにキャラが弱いです。ストーリーも地味で、サイキックものであれば、ドラマ『HEROES』くらいのストーリーを目指したいです(ライトノベルの主流としては異能力バトルものに寄せていただきたいところ)。(丸茂)

『春とさくらの観測者』

設定ではなく物語を読ませてほしいです。一人称のみでのナラティブや、回想を使わない、いま起きていることのみでの記述を試してみるといいのではないでしょうか。(守屋)

『マイクコントロール・マジックキャスター』

魔法詠唱ラップバトル、詠唱するとそれが具現化する設定や転生などおもしろそうな要素満載でしたが、どれもかけ算になるものではなかったように思います。小説よりも漫画表現などで派手に見せたほうが生きるアイデアだったかもしれません。文字だけで伝えるのは少しむずかしいかなと感じました。(見野)

『自宅で寝てても経験値ゲット! ~転生商人が世界最強になってムカつく勇者をぶっ飛ばしたら世界の深淵に触れてしまった件~』

終はじ、キャラクターが台本を読んでいるような印象でした。(岡村)

『バタフライ・ビター・ブレイズ』

台詞だけではなく、キャラクターがどのように感じているのかを地の文で表現することを意識してみてください。(池澤)

『いつか夢見る人心核』

大ボリュームの力作でしたが、ここまでの分量にする必然性がある内容かは疑問でした。商業出版の小説の字数はだいたい10万字をひとつの目安にしていただければと思います。話のテンポ感もそれに応じて改善されてくるはずです。(片倉)

『公女パルティア春綺譚』

洗練された文章で紡がれる王道の関係性のファンタジー、たいへん楽しく拝読しました。しかし、物語の展開にキャラクターの感情がついていけていない印象もあります。補助線となるイベントがもう少しほしかったです。(守屋)

『蒼海を駆けぬけて』

未知の海獣の肉を追うという内容が興味深かったです。ですが、冗長なやりとりや説明が多く、おもしろい設定を活かしきれていないと感じました。(池澤)

『ロストマインド』

異世界転生をプラスした有名魔法使い少年ものという感じが否めなかったです。ひとつひとつのエピソードはよく考えられたものだと思いましたが、全体を通す軸がどうも弱かったように思います。たくさんのエピソードを入れるよりは、いくつかに絞り込んでそれぞれをつなぐ物語をもっと補強したほうが伝わりやすくなったかもしれません。主人公たちの冒険への動機づけや終わったあとの変化はもっと丁寧に、読み手が感情移入しやすいように工夫できたらなと感じました。(見野)

『戸坂町対怪戦記』

長すぎるのでまず半分程度の短さを目指していただきたいです。退魔異能バトルは昔も今も人気作があるエンタメのド王道だと思うのですが、もう10歩くらい今風にしていただきたい。ストーリーラインは、壮大なことを企むより強敵を倒すことを目的においたほうが引き締まるかと。『喰霊』や『呪術廻戦』などをチェックしてください。(丸茂)

『重力レディオ』

急に馬のマスクの人が出てきて、剥がすと大量のパンツ、そしてパンツに穴があいていて宇宙人だと判明するのは、意味がわからなくておもしろかったです(褒めてます)! Halo at 四畳半にさユりなど、タイトルが実際のアーティストの曲名なところも良いですね。話のメインは幼馴染をめぐる重力レディオの部分で、そこもおもしろいのですが、商業作品としては読者が手に取るためのフックがもっとほしいなと思いました。また新作を書かれたらぜひ読みたいです。(磯邊)

『AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~』

魅力的な設定で楽しく拝読させていただきました。一方でキャラクター同士の会話に冗長な部分が多く、読んでいてわかりづらいと感じるシーンが多かった印象です。原稿を整理し、目安として原稿用紙200〜300枚で完結するストーリーを意識していただくと、より商業向けになると思います。(岩間)

『どうみても死んでいる』

いまショートショート集を出すには強いコンセプトが必要だと思います。読者はだれになるのか、その層に読んでもらうためにはどんなコンセプトを組むべきか、ご思案ください。(丸茂)

『唐人物語』

幕末のころ、伊豆下田に滞在したアメリカ領事ハリスのもとへ看護人(あるいは妾)として派遣された「唐人お吉」伝説に史実の人物を多数からめ、作者の歴史観を吐露した史談風の作品。作者の主眼は下田をとりまく時代相を描くことにあったようで、お吉は点景として描かれるのみでした。そのためお吉の「ドラマ」が細切れになってしまいました。そこが中途半端でもあり、お吉伝説を再解釈した作品と読めなかった原因だと思います。時代相(=史実)の描写と創作(=フィクション)部分のバランスのわるさも気になりました。この方の歴史知識はかなりのアドバンテージで、「語り」も達者なので、大岡昇平や加賀乙彦が手がけたような歴史小説の席をめざしてほしいですね。この分野は、最近だと澤田瞳子さんくらいしか目覚ましい方がいないんじゃないでしょうか。(持丸)

『C計画 ~Who got the last laugh?~』

独自設定についていくのが大変でした。オリジナルの設定を出すと、情報量が増える分だけリーダビリティが下がるので、「これを書くにはこの設定が必要だ」という確固たる根拠があってほしいと思います。(片倉)

『ラブコメかと思ったらネットワークビジネスでした』

ネットワークビジネスを題材にラブコメを描く、ということはできています。ただそれが笑ってしまうほど楽しいコメディになっていたり、すごく魅力的なヒロインを形成してるかというと、そうではなかったです。(岡村)

『シロコダイル』

ホラーないしサスペンスをやるにしても、続きが気になるような物語の推進力が必要ですが、この作品にはそれが備わっていなかったです。(岡村)