2021年春 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2021年5月11日(火)@星海社会議室

仄かに才能を感じるも、候補作なし。魂を揺さぶる傑作を求む!

編集部に生命の危機!?

太田 座談会始めていきますよ、みなさんバリバリですかっ!? ってあれ? 岡村さんは?

持丸 『ウマ娘』を育成されているようですね。

池澤 世間も星海社も空前の『ウマ娘』ブームですからね。

岡村 すみません。レースに集中してました。

太田 ずるい! 僕もゴールドシップを育てたいのをグッと堪えて仕事してたのに!

磯邊 そ......そろそろ座談会を始めませんか

丸茂 また育成失敗した始めましょう。今日は新メンバーがいるので、まず自己紹介をどうぞ。

守屋 守屋と申します。よく読む小説のジャンルはミステリとライトノベルです。ちなみに今日見た夢は、僕自身が「信頼できない語り手」になって人を殺す夢でした。よろしくお願いします。

丸茂 よろしくされたくないですね我々の命は大丈夫なんでしょうか。それはさておき、守屋さんは京大ミステリ研出身なんですよね、羨ましい。

太田 あの円居挽先生を世に送り出した京大ミステリ研ね! 守屋さんは大学院を卒業したての新人なわけだけど、もう1人、打って変わって多彩な経歴をお持ちの見野さん、お願いします。

見野 新しく入りました、見野です。アニメ関連の雑誌編集者からスタートして、ライターやデザイナーを経て編集職に戻ってきました。いままでは、できあがったコンテンツを扱うことが多かったので、星海社で新しい可能性にゼロから向き合えるのはワクワクしています。よろしくお願いします。

太田 心機一転、張りきっていきましょう! と言いたいところだけど、みなさん浮かない顔ですね。

磯邊 今回は残念ながら、推薦作が挙がっていないんですよね。

丸茂 僕が読んだ限りでは平均点は高い印象でした。ただ、ずば抜けてよいものがなかったんですよ。

片倉 そうなんですよ。問題作もなく。

丸茂 我々は問題作だけを求めているわけではないですよ???

時代に乗った復讐&エロを!

丸茂 自分が担当したものは、ミステリ系の作品が多くて嬉しかったですけどね。これは太田さんが振り分けてくれたからかな?

片倉 僕が担当した作品にも広義のミステリはそれなりにありましたよ。『わたしが殺した男』は、ミステリ風味のサスペンスでした。主人公が殺人犯の作品です。主人公は自身の怨恨をはらすために連続殺人をしていき、最後に昔から復讐したかった相手を殺すという話で、結構シリアスです。復讐であることは最後に種明かしされるので「なぜ殺人を犯すのか」という動機を謎として魅せていくものです。

丸茂 一種の倒叙ものですか。

片倉 書き口はこなれた感じで、そこそこおもしろく読めました。サスペンスものとして一定のクオリティに達しています。ただ、明確なウィークポイントがあるんです。総じて出来のいまひとつな「島耕作」シリーズのような話なんですよ。

丸茂 復讐相手と次々ベッドシーンに突入するとか?

片倉 その通り。エロがめちゃくちゃ出てくるんです! まず冒頭、1人殺した後に早速1ページ目で愛人と寝るんですよ。主人公の最初のセリフもすごくて、「さあ、かわいい美人局ちゃん、続きをやろうぜ!」っていう。

丸茂 世代かな僕にはフィットしない感性だな

太田 やっぱり弘兼先生は偉大だね。「セレブレーションファックしよか」なんて、そのスピード感を置き去りにするくらいセリフとして強いじゃない?

片倉 いやいや、この作品も負けてません。その後に愛人も殺してしまって、ようやくエロパートも終わったかと安心したら、今度は殺される敵役が愛人といちゃつき始めて。正直、真面目な話なのにふざけた話のように感じつつ読んでいました。

丸茂 お色気と復讐は相性いいんですけどね。サービスとして提供できていれば問題ないと思うんですけど。

片倉 うーん、この作品の描写は少し胃もたれしてしまいました。

太田 たとえるならば『特命係長 只野仁』なのかな? 最近の小説でピカレスク・ロマンってあったっけ?

丸茂 『回復術士のやり直し』は、まさにそれですよ。復讐として女性を次々と征服していく構図はピカレスク・ロマンです。

片倉 構図は同じでも『回復術士のやり直し』はライトノベルとして作られているんですね。この作品も星海社FICTIONSの読者を見据えて、セリフ回しのチューニングが必要だと思います。

AI小説は星海社におまかせあれ

磯邊 私の読んだ『ホワイト×ブラック×ゲーム』は、2部構成の小説です。主人公の男子高校生が、弱っている女性を助ける話です。第1部では、歩道橋の上で女子大学生が泣きながら紙を破り捨ててるシーンに主人公が遭遇します。彼はその紙切れを拾い集め文面を見るのですが、なんてことはない奨学金返還の督促状でした。でも裏面に謎の地図が書いてあるんです。

丸茂 現実にその主人公がいたらちょっとキモいですね。

守屋 この作品僕も読みました。主人公はかっこつけたがりで、お節介を繰り広げるウザさがありますよね。

磯邊 その読者の気持ちを代弁するように、主人公の妹が「キモい」とツッコんでくれるので、テンポよく話が進みます。

片倉 謎の地図があるって言ってましたけど、ミステリなんですか?

磯邊 ミステリ要素はあります。泣いていた女性が数日後に自殺するんですよ。そのあと主人公は彼女の大学の教授と出会い、一緒に死の理由を探していきます。彼女は大学の博士課程でAIを開発していたのですが、なぜかAIに「死ね」と言われ続けるようになり、精神を病んで自死を選ぶんです。AIがそうなった理由は、第2部の意外なところでわかるのでおもしろかったです。

池澤 今どきですね。機械的に死を迫られ続けるのは怖そうです。

磯邊 ですよね。ただ、小説として売るにはパッとしないなと。奨学金返還の督促状がまず地味ですし、謎の地図の正体も、東京マラソンのルートを忘れないようにメモしていただけだったので。

守屋 ルートを書いて、未来を夢見ていたはずの人がなぜ自殺をするのかが謎の肝です。

磯邊 そうですね。ただ、マラソンのルートであることに主人公は気づかずに、間違った推理を進めていきます。気づくのは第1部の終盤なので、その謎の肝を活かせておらず、惜しかったです。

守屋 ちなみに第2部はコンセプトが微妙でした。あとからわかるのですが、この作品の執筆者は、悪い言葉を覚えなかったAIという設定です。大学で情報学をやっていた僕からすると、悪意のある語句をAIに学習させないことはありえないです。たとえば司書AIがいるとして、「クソおもしろい小説が読みたい」とオーダーされた時に汚い言葉を知らないと判断できないですよね。そのため現実的にこのコンセプトは成り立ちません。

片倉 なるほど、技術的な面で難あり、と

丸茂 守屋さんの合流で、星海社のAIについての小説のハードルが上がってしまいましたね。

太田 逆に、この座談会を読んだAIをバリバリにやっている人が、「ここなら見てくれるかも」と思って送ってくれるかもしれないよ!

磯邊 現実的に無理でも、悪い言葉を知らないAIは個人的にはおもしろいです。ただそれ以前に、全体を通して引きになる、華のある謎を作っていただけたらと思います。

トリックは質も量も

持丸 僕は『もうひとりのアリス』の話をさせていただきます。ミニ本格派なミステリでした。

丸茂 これは持丸さんに薦められて僕も読みました。コンセプトがよかったですよね。

持丸 探偵役は修復建築家なんです。京都の古い洋館で親娘おやこが行方不明になり、見つかった娘の証言によると、父は地下室に閉じ込められている。しかしその地下室が見つからないことが大きな謎となっています。古建築の修復家で、自称修復探偵の主人公が建物内の地下室を探しまくるんです。

丸茂 プロフィールによると、作者さんも修復建築家らしいんです。

持丸 探索過程で建築のうんちくや歴史がふんだんに出てきて、これがとっても楽しんで読めるんですよね。職業経験や人生経験が活かされている、しっかりとした文章でした。日本中の古い建物を訪ねて謎を解くご当地ミステリもできそうだと想像しておりました。候補にしてもいいかもしれないと思って丸茂さんに相談したのですが断念しました。

丸茂 減点理由が、持丸さんと同感でした。

持丸 残念だったのは、ふたを開けてみるとトリックが期待外れだったところです。古い建物を修復・発掘する時に、地上から浮かせてズラして作業をおこなう「曳家ひきや」という作業があるのですが(ひゃッ! ネタバレ)、話の途中から、曳家により地下室が見えなくなったことが想像ついてしまいます。せっかく堂々とした探偵がいるのに、探偵が挑む謎としては物足りないと思いました。

丸茂 もう少しアイディアや謎の畳み掛けがほしかったです。このひとつの謎とひとつのトリックだけでもたせるのは厳しいといえる真相でした。

持丸 建築を修復する発想でその建築物の元の姿が見えた時に事件が解決する、という思考はすごくいいと思うんです。本にできるかどうかは、設定&文章はクリアしていると思うので、あとは謎との取り合わせにかかっていると思います。目を見張るトリックを用意して再チャレンジしてください。

丸茂 篠田真由美さんの「建築探偵桜井京介の事件簿」シリーズの例がありますし、建築知識をもとに謎を解いていくコンセプトは僕もすごくいいと思います。もっと派手で大掛かりな謎や、細かいトリックの複合など、一筋縄ではいかない謎解きを考えていただきたいです!

あらすじから迸る才能!

守屋 次の『青春綺譚オカルティア』には挑戦状がありました。僕は学生時代に京大ミステリ研のお家芸とも言える「犯人当て」を結構してきた人間なのでジャッジはシビアですよ! 「僕が挑むしかない!」ってことで6回読んで解きました。

丸茂 6回も!?  僕は真面目に犯人当てなんてしたことないな。

太田 丸茂さんはネタバレ気にしないからなあ、そこはミステリ読みとしてどうなの?

丸茂 ネタバレされても、読んでいる時はそのシーンの気分になれますから気になりませんね。それによく言われることですが、ネタバレされたらつまらない作品はネタバレされなくてもつまらないです! で、犯人当ての結果はどうでした?

守屋 労力に結果が見合ったかというと微妙でしたね。以前、丸茂さんが挙げていた『令和の夏と黄金密室』を書いた方の作品です。まず教室が密室で、校舎自体も入口と出口に人がいるという二重密室の謎を扱ってます。

丸茂 ちょっと地味かもしれないけれど、ベタで悪くはない感じに聞こえますけど?

守屋 ひとつの手がかりでいろんな捉え方ができる点が気になりました。謎解きの答えが複数考えられるにもかかわらず挑戦状があるのは不親切かなと。

丸茂 うーん、僕は厳密性についてはけっこうゆるく許容しますけどね。あまりにガバミスだとなえますけど、あくまで9割くらいの読者に対して唯一の真相に見えればいいというスタンスなので。ただ、二重密室以上のおもしろさがほしいですね。学園青春小説としては見所なかったんですか?

守屋 会話は興味深いところもあるのですが、謎以上のおもしろさに達していなかったです。それもあって厳密性の部分が気になってしまいました。

丸茂 そうですかいや、以前候補に挙げたこともあって、この方には期待してるんです。やはり地味だから、読者が手に取りたくなる建てつけがほしいって頼んだんですけど。続けて話しますと、次の作品も同じ投稿者さんの『なぜ左手は残されたのか?』です。ただ、星海社FICTIONS新人賞は同期間の応募1回につき1作品でお願いしてますから、ルール違反には気をつけていただきたいです。(応募規定

太田 それはそうだけど、おもしろければいいよ! どうだったの?

丸茂 それがあらすじは本当に素晴らしかったです。見てくださいよ!

 あらすじ:

 東原高校の部活動、秘密結社オカルティアが遭遇した七つの難事件。

 「地球を盗んだ男」

 怪盗ヴァルクヌートの構成員、毒崎柊平は死に際に「地球が消えた」と通報した。救急隊員が月桃荘に駆けつけると、毒崎は死んでいた。だが、なぜ1階の密室内で転落死している? 同じアパート内で、別の密室殺人も起きていた。夢川ふわは手品を披露しつつ、怪盗たちが地球を盗んだ方法を解明する。

 「やすらぎ荘虐殺事件」

 やすらぎ荘502号室で起こった怪事件。兄妹が密室で残虐に殺害され、未成熟の胎児が右翼カルトのシンボルを模して加工され、胎児の父親は行方不明に一年後、新住人が物置に妹の日記帳を発見する。胎児の父親がいるはずの住所、学習塾跡の廃墟には大量のラブレターがあった。東原町の都市伝説を、夢川ふわが解き明かす。

 

 「透明な水色」

 美大生が借りパクしたプロジェクターを取り返しにみぎわ荘を訪れるオカルティア。なぜか、真夜中に浮き輪とそれを持って逃げたらしい。みぎわ荘のプールには死体があった。死後に着替えさせられた死体の謎、飛び降りたのは別人と強弁する同居人。夢川ふわが美術的犯罪に挑む。

 「四種類の自殺」

 部室に駆け込んできた佐埜先輩曰く、先輩の彼女が自殺すると予告したらしい。どうにか電話越しに場所を聞き出し、学習塾跡に急行すると、彼女の死体を発見する。なぜか死体には、練炭・服毒・首吊り・飛び降り、四種類の自殺の痕跡が残っていた。なぜ彼女は、四種類の自殺から、飛び降り自殺を選んだのか? 夢川ふわがパフェをめちゃくちゃ食べる。

 「なぜ左手は残されたのか?」

 山小屋の中でバラバラにされた女。だが、男がノコギリで死体を解体する前から、彼女は死んでいた。なぜ彼女は解体され、殺してもいない男が自首したのか? なぜ死体の左手は切断されなかったのか? その秘密は女の幼少時代にあった。夢川ふわが、孤独な人間の悲劇に遭遇する。

 「炎と水の密室」

 怪盗ヴァルクヌートの遺志を継ぐと称する人物から、ホテル灰燼館の6億円を盗む旨の犯行予告状が届いた。抵抗も虚しく、地下室・牢屋・金庫の三重密室から、札束は消失する。どのように犯行は成し遂げられたのか? 夢川ふわは、事件を彩る火と水の主題に着目する。

 「星降る夜の侵略者」

 七夕の短冊に記された脅迫状。その予言通りに流星が天文台に墜落し、死体の背中には江戸時代の東原町に降った隕石で造られた刀が刺さっていた。犯人は未来を予知して殺人をしたのか? 夢川ふわが、運命を操る敵と対決する。

太田 これは才能を感じる!

丸茂 才能感じますよね!? 各話タイトルや謎の設定は一時期の本格ミステリ短編集の香りがしてすごくいいと思いました。密室内での墜落死とか、懐かしい。これはほぼ独立した短編集で、難点としては全体を通してのコンセプトが弱いことです。探偵と助手は同じキャラなのですが、時系列がバラバラで連作として読めない。おそらく、これは作者さんが書き溜めていた既存原稿だから構成がバラバラで、となると色よい反応がしづらいです。キャラが背負ったドラマがわからないので、その突飛な印象だけ残ってしまいますし。ミステリとしてのクオリティはまずまずですが、そもそも独立短編集は強いコンセプトがあってもいまは勝負することが厳しい土俵です。ただ、このあらすじの書きっぷりからわかるとおり才能がある方なので、我々の新人賞のために連作短編か長編ミステリを新規に書いていただきたいです。

太田 文体がある方ですよね。

丸茂 今回は露悪的なゴシップネタはなかったので読みやすかったですね。

太田 才能がありそうな方だから頑張ってほしいです! 何か一貫した、読者を引きつけるコンセプトを立てるのはもちろんですし、たとえばキャラクターへのより深い感情移入だったり、謎以外の部分でも読ませる努力は必要だと思います。

設定を飼い慣らせ!

岩間 『スパゲッティ・モンスターたちの水葬』は、名作の『海底二万哩かいていにまんマイル』と民話の『うばすてやま』を合わせたような作品でした。

片倉 スパゲッティ・モンスターが出てくる小説ですか!?

岩間 スパゲッティ・モンスターは、いわゆる「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」とは違って、病院でチューブを何本も体につけられてほとんど意識のない状態をスパゲッティ症候群と呼ぶところからきているようです。現実にそういう概念はありますが、「スパゲッティ・モンスター」と呼んだのはこの作品独自の表現です。この話はSFで、介護が必要な高齢者を人工冬眠タンクに収容して、水中都市に冬眠状態で移動させるけれども、水中都市で事故が発生したことをきっかけに調査団が海底まで様子を見に行くという冒険譚です。

片倉 おもしろそうですね。

岩間 設定は興味をひかれました。ただ、この話はどこがおもしろく、どのような話なのかがぼやけているんです。話は主人公の祖母が人工冬眠タンクに入れられて沈められてしまうところから始まるのですが、人工冬眠タンクは完全に添え物なんです。話がネガティブな点も気になりました。

池澤 添え物なのは気になりますが、ネガティブじゃダメなんですか?

岩間 私が思うに、冬眠タンクの人が生きていたらおもしろいのではないかと。映画『インターステラー』や『少年ジャンプ+』の『彼方のアストラ』の冬眠装置に入っていた人も生きていますよね。元気な人がメリットを感じて自分の意思で冬眠し、その後孫と再会して、長い人生経験で培った知識を使ってピンチを乗り越えるなど、何か成し遂げる王道のハッピーエンドがよいのではと思います。

丸茂 うーん、そこの問題だろうかは疑問ですが。

岩間 とはいえ『うばすてやま』はもともとポジティブなんですよ。何パターンかありますが、たいてい殿様の命令で山奥に高齢になった家族を捨てろと言われます。元気なおばあちゃんで、介護が不要なのに捨てられ、そのピンチを知恵で乗り越えて家族と暮らす結末が多いので、ハッピーな救いを描いたほうがおもしろかったと思いました。

丸茂 それか頑張って熊を倒すとか?(笑)

太田 あったねー! ユヤタンの『デンデラ』!

丸茂 佐藤友哉さんの『デンデラ』は、うばすてされたおばあちゃんたちが決起して人喰い熊と対決します。それはさておき、この作品では深海にカプセルを置く設定が活きてない気がしました。SFにするんだったら冒険譚として違う展開があったと思いますし、人間ドラマにするならこの設定でいいの? という印象。

片倉 この作品は設定のコスパがよくなく、おもしろさに効いてこない感じなのですね。

岩間 まさにそのとおりです。家族間の関係性の問題も細かく書かれており、起こっていることはわかるのですが、本作におけるその描写の意義や結末がわからず、後味が悪くてもったいなかったです。

丸茂 どちらかというと人間ドラマの話なんですか?

岩間 そうかと思って読み始めたのですが、作者さんとしては王道のSFを書かれたかったのではないかと思います。添え物として人間ドラマを書いたつもりが、冒頭で出来事を詳細に書きすぎて、人間ドラマにしたいのかしらと思ってしまいます。話の筋は『海底二万哩』を下敷きにしたかったのだと思わせる展開でした。

丸茂 それなら未知や深海の神秘との遭遇か新奇な発見があってほしいですね。あるいは『ふしぎの海のナディア』みたいな冒険譚とか? でもいまは深海ものって受けるのかな。

岩間 未知との遭遇という点では海賊と遭遇してピンチになる描写がありましたが、この作品ならではだと思わせるような驚きのある話ではありませんでした。ただ、この投稿者さんは、これまで何度もご応募いただいているSFを書かれる方で、いままでの投稿作に比べると本作はおもしろくまとめていただいていると思いました。話のどこに主軸を置きたいのか、構成を整理してから書いていただくとさらによくなると思います。次作も楽しみにしております!

終末世界は令和でどう描く?

守屋 次は僕が担当した『ラストデイ』です。舞台は近未来で、巨大隕石が地球に落ちて世界が滅びると言われているなかで少年と少女が出会う、王道ボーイミーツガールです。隕石が落ちると地上がダメになるので、富裕層は地下都市を作って移住し、貧困層は地上に残されて滅びるのみ、の格差社会が提示されます。地上に残された主人公は、家出した権力者の娘と出会い、ひかれあいます。

片倉 貧困層の扱いがひどい

守屋 少年と少女はお互いを生かすために、少女の権力を使って地下都市に入ります。ただ、地下でも富裕層とエッセンシャルワーカーの分断でクーデターが起こるんですね。その時少年と少女は反体制サイドにつくのですが、争いのなかで暴走してしまったリーダーを野放しにしないために、ふたりでリーダーを殺害します。反体制サイドからは追われてしまうので、最後をふたりで安らかに過ごそうと、隕石の落ちてくる地上に戻り、いい感じにエモい会話を繰り広げます。

丸茂 いい感じにエモい会話かー。「あんなデートしたかったね」とか?

守屋 ですです、けれど、隕石が落ちる予定時間になってもなにも起こらないんです。実はその隕石は、権力者を地下に追いやって、全世界的な社会構造を変革して富裕層と貧困層を平等にしようとする陰謀によるものだったんです。そしてふたりは罪を背負って生きていく。ボーイミーツガールの進行がきちんとできているところがよかったですね。

丸茂 ただだれが読むのかな。

守屋 問題はそこですよね。キャッチコピーは「ゾンビ! 隕石衝突! ボーイミーツガール!」でした。ゾンビも出てきます。

丸茂 ゾンビものなの!?

守屋 あらすじを説明するうえでゾンビは出さなくてもいいと思って省きました。要素の幹となるボーイミーツガールの部分はよかったのですが、余分なエピソードが多かったです。要素の掛け算ではなく足し算をしているといいますか。

片倉 この話、地上と地下の構図が反転した『メトロポリス』のようで、話を聞く分にはおもしろそうです。

守屋 たしかにおもしろいのですが、もっとすっきりさせるか、尺を使うのであれば、もっとキャラの感情や関係性を表現するかしていただけたらと思います。この方に限らずですが。

丸茂 そもそも、いまの人たちはそういうシチュエーションにテンション上がるのか、若干の疑問がありますね。新井素子さんの『ひとめあなたに』は、明日世界が終わると突然知らされた女子大生がどうするかを描いた話で、そのようなセカイ系のエモシチュエーションに僕個人はグッとくるのですが.。

片倉 退廃的な空気感を描いた終末コンテンツは今、少し流行っていますよね。

太田 どちらかというと流行っているのは終末後の世界だよね。いまは、終末が来ないとわかっているから、本当は終末が描きたくても終末後の世界しか舞台らしい舞台にならないんですよ。終末になるかも、というムードが流行りに流行ったのは、『ノストラダムスの大予言』以前なんです。ちなみに、いまの40代、50代の人に1999年にあなた何歳でしたか? って訊いたらみんな瞬時に答えられるよ。洗脳に近い何かがあったのよ、『ノストラダムスの大予言』って。ねえ、見野さん!

見野 すみません、私まったく信じていなかったです

太田 ええ!? そんな人いるの!? じゃあ、持丸さんはどうです?

持丸 僕は実は片棒を担いでいた側なので。

丸茂 本当ですか! どんな片棒を担いでいたんですか?

持丸 エドガー・ケイシーやノストラダムス、出口王仁三郎とか、そういう本も作っておりました。

片倉 太田さんは地球が滅ぶと信じてたんですか?

太田 信じてる信じてないじゃないのよ。日本における血液型占いみたいなもんよ。この人は◯◯型だからこういうタイプだと思う人がいるのと同じように、何かを信じている人が一定の閾値を超えると、信じていない人まで、信じる世界観のなかで生きていかないといけないんだよね。人は人からのフィードバックで人格ができあがるから、当の本人は信じていなくても信じている人の影響は否応なく受けてしまうというわけなのだ! 話は飛びましたが、終末ものは、『ノストラダムスの大予言』が生きていた時代の残り香だね。いまはあんまりウケないと思う。

丸茂 僕がいちばん最近で摂取したその時代性があるものだと『素晴らしき日々 〜不連続存在〜』ですかねでも、そもそもセルフリメイク作品な『すばひび』も、いまでは10年以上前の作品か。ただ補足しておくと、昨年の本屋大賞を受賞された凪良ゆうさんの最新作『滅びの前のシャングリラ』はまさに『ひとめあなたに』的な個人を描く終末もので、ヒットしてますね。

太田 『君の名は。』もそうだもんなあ。新海さんは僕と同年代だから、そういうかつての『ムー』的な想像力のなかから出てきているんですよ。新海さん、『ムー』の愛読者だし。逆にいうと、『君の名は。』はあれだけメジャーだったから、他にもポツポツは出てくるとは思う。ただ、圧倒的な作品は、あの時代でないと、あるいは新海さんのようにあの時代を知っている人じゃないともう無理な気がします。

丸茂 キャッチーさや切実さにはつながりにくいのかな、いまだと。破滅への予感や期待より、なんとなく鬱な倦怠感が覆ってるムードというか。

太田 当時は冷戦があって、いまにもソ連からミサイルが飛んでくるかもしれないという状況下でみんなが生きていたのよ。でも、たとえばこの10年くらいは世界が滅ぶほどの恐怖はなかったでしょ。ところが、昔の僕らの世代は、若干信じていたんですよ。いつ大きな戦争が起こるかわからない、と。手塚治虫の作品にはそういう空気感多いでしょ? 手塚に限らず、核ミサイルで人類が滅んでいくテーマがかつては繰り返し語られたんだけど、いまは当時のようなリアルさをもっては語られていない。むしろ世界が滅んだ後の話は流行っているよね。『少女終末旅行』とか。

片倉 終末ではなく、ポストアポカリプスの方ってことですね。同じくつくみずさん装画の、自分の担当作『終わりつづけるぼくらのための』もそうです。

守屋 この作品には要点の整理が必要ですが、いまの読者が求めていることも意識していただけたらと思います。

エモさに根拠なんていらない?

見野 次は『あの夏にいたドッペルゲンガー』です。主人公の大学生がお祭りに行くと、5年前に告白できなかった心残りが体現化して、5年ぶりに本人に告白しなさいと伝える話です。商業デビューされた方で、物語の進み方はよくできています。ただ、ドッペルゲンガーがいる根拠や結末の根拠が乏しいので少し厳しいと思いました。

丸茂 そうですか実は僕はこの作家さんの作品をすべて読んでて応援してるんです。なので僕もこっそり読んでいたんですが、見野さんのような評価をされる読者もきっと多いですよね。僕はドッペルゲンガーの根拠は必要でないと思ってます。この作品の主眼はガジェットではなく、シチュエーションのエモさや感情生起なので。ただそこでの魅力が不十分で、見野さんのように設定のルーズさが気になってしまう方は少なくないでしょう。

守屋 僕も読みましたが、既存のコンテクストに依存している気がしました。前提として、主人公は15歳の時に告白しそびれて微妙な人生を送り、20歳の大学生になっています。しかし大学生活の詳細が一切わからないんです。ダメな大学生、夏祭り、金魚すくいなどのキーワードを使えば、具体的な説明をしなくてもシチュエーションでわかってくれるだろう、と読者に甘えているように感じます。逆に、文脈がわかる人にとってはシンプルに理解できる話です。

見野 おっしゃるとおり、好きな人はこれだけで楽しめるのかなと思ったのですが、主人公のいまが描かれないので、どう読み進めたらいいか困惑してしまいました。幅広く読者に読んでもらうには、もう少し主人公に感情移入できるための情報開示が必要かと思います。

丸茂 こういう作品に馴染みがない読者にも届かせないといけないはずなんです。社長にゼロ年代の残党呼ばわりされている僕にとってもそれは大きな課題なのですが、描くのは2000年代の諸作品の影響を受けた感性によるものでも、いま流行りの文脈に乗せたりエンタメとして読者の興味を引くチューニングは必須だと思います。そのためにどうすればよいのか、考えていただきたいです。

明日からみなさんに両眼の潰し合いをしてもらいます

見野 次も私が担当した『アイ』です。異能バトルというか心理戦を描かれています。ゲームプランナーをやられている方で、物語の構成は上手でしたが、異能者がこの世界にいる理由がわからない上に、異能バトルと言い淀んでしまうくらいほとんど異能が活躍せず、少し残念でした。

丸茂 後者は少しどころか大問題ですね!

見野 世界が狭くてクラスのなかの5人だけで戦うので、エンタメとして物足りないと思います。この世界の説明も、キャラの説明に終始しているので、周りを巻き込んで世界観を作るなどの工夫が必要です。

丸茂 5人は何のために戦っているんですか?

見野 それが、いきなり黒板に「明日から1週間戦え」と書かれていて、否応なしに戦い始めるので少し雑です

丸茂 「今日はみなさんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます」のノリですね。

見野 しかも死ななくて、両眼を潰せばいいルールです。

片倉 死なないけど微妙に困る(笑)。

丸茂 それもかなり悲惨ですけど。

見野 眼の色が変わると異能者だとバレる設定なので、眼を潰されると普通の人に戻ります。

丸茂 だからタイトル『アイ』なんですね。

見野 倒された子のことは先生が「大怪我になりました」とクラスメイトに報告するのですが、「それで終わりなの?」という印象で、世界の掘り下げが足りておらず、惜しいです。

丸茂 『バトル・ロワイアル』の系譜なんですか?

見野 バトルはあまり出てこないです。心理的な駆け引きで話が進むので、どんでん返しもあり、そこはきちんと考えられています。5人以外の異能者が出てこないので、世界のなかで異能者がどう捉えられているのかもわからず、ただただ潜んで生きなくてはいけない事実を繰り返すだけなので、薄く感じました。

丸茂 そこが気にならなくなるくらい、バトル・ロワイアルやデスゲーム展開がおもしろいわけではなかったと。

見野 そうですね、少し惜しいのかな。ただ、全体的にやりたい構成をきちんとかたちにできているので、奥深さをもたせられるようになったらいいのではないかなと思いました。

守屋 話を聞いている感じ、『無能なナナ』の読者と近いのでしょうか?

見野 そんな感じはしましたが、5人の登場人物に絞り込むにしても異能の存在意義についての説明不足を考えると、少し乱暴なように思います。

丸茂 最近は『ライアー✕ライアー』や『スパイ教室』など、頭脳戦の流行りがあるのでこの路線は鉱脈だと思うんですけどね。とくに上質な頭脳戦は、一見不可能な条件をどうクリアするかというミステリの発想にも通じるので、個人的にはけっこうやりたがってます。

見野 需要はありそうだけど推薦してもよいのか迷ったので、今回は話に取り上げるかたちにしましたが。読者を世界観に入りこませるための設定を丁寧に考えていただくなど、あと少し頑張っていただければ、よい作品ができる気がします!

埋もれない努力を

岡村 『越境の転生者』は異世界転生もの、かつ現地主人公ものです。はっきり言って、商業作品として出ていてもおかしくないクオリティです。序盤から飽きさせない場面展開をしっかり作れる方でした。キャラも魅力がないわけではないです。

丸茂 含みのある言い方ですね。

岡村 仮にこの作品が商業作品として売っていて僕が1巻を買ったとしたら、つまらないわけではないのですが、2巻目は買わないです。次巻も買いたいと思うのは、キャラに圧倒的な魅力があるか、もしくは「お見事!」と思えるくらい話がきれいにまとまっているかのどちらかです。少なくとも僕が担当して星海社でデビューしてくれた人は、僕のなかではどちらかに当てはまってます。この作品は両方ともあと一歩達していない印象で、惜しいです。

丸茂 わかります。あらすじもそつなくおもしろそうなのですが、いまの異世界転生ものの氾濫状態の市場に投げ出されて勝負するには弱いと思いました。

岡村 力はあるので、抽象的な言い方ですけど、殻さえ破れればという感じです。ただそれって突飛なことをすれば破れるってわけでもないと思うんです。設定を盛りまくればおもしろくなるかっていうと、バランスが崩れちゃいますし。だから、月並みな言い方で申し訳ないのですが、地道に頑張ってほしいですね。

太田 月並みすぎるけどそうか

丸茂 難しいですよね、個性的にしようと要素を追加すると、ただ突飛なだけになったりするし。

岡村 キャラも、ちゃんと格好良かったり可愛かったりするんですよ。ただ、予想を超えるものではないんです。それはどうやったらできるかというと、そんな方法がわかるならだれも苦労はしないですよね。ご自身が(好きな、ではなく)「大」好きな小説やそのキャラクターを、改めて「なぜ、どういうところが好きなのか」ということを整理したうえで「自分だったらこう書く」と考えてみると、創作に役立つかもしれません。

キャラの個性が命!

池澤 キャラの魅力の話だと、私の『安政奇譚ー江戸魔斬人・山田浅右衛門ー』も話していいですか?

片倉 安政ということは時代小説ですか?

池澤 そうです。江戸時代を舞台に、実際に刀剣の試し斬りを務めていた山田家がメインの時代小説です。山田浅右衛門という名を当主が代々襲名してます。そして処刑人だけでなく、霊を斬る仕事である「魔斬り」もしています。

丸茂 和風時代もの伝奇小説ってことですか? 表の顔がありながら、裏では魔を斬る仕事をしている『必殺仕事人』的な。

池澤 まさに! 時代もののセリフまわしとして引っかかりもなく端正な文章で書かれてます。しかし大きな問題があって、まずひとつは短編連作集の導入部分にあたる3編だけの投稿なんですよ!

磯邊 あくまで途中なんですね! どんな話でしたか? 

池澤 1編目は人形に憑いてしまった悪霊を退治する話で、それ自体はおもしろいです。ただ主人公のキャラ描写が薄いというか、前提知識がないまま、シリーズものの2巻から読まされている感じがして。そのうえ、若者向けではなかったです。

丸茂 ライトノベルの異能バトルものとしてパッケージするには設定が弱そうですね。敵を粛々と倒すだけじゃダメだと思います。

池澤 そうですね。時代もので構わないので、キャラが立っていて、かつ完結した新作をお送りいただけたら嬉しいです!

持ち味をイカせッッ!

岡村 『21世紀の受難』には、作家の才能をかなり感じました。この作家さん、明らかに僕より頭が良いです。ざっくり設定まわりを話すと、近未来のSFで、AI技術が発達して、世界各都市が基幹AIというのを持っています。東京やニューヨークなどの都市全体を運営・管轄するAIが各大都市に必ずある世界です。しかしある日、超高性能AIにだけ感染する、電脳ウイルスが流行してしまうわけです。そして世界各国の主要都市のAIが機能しないどころか、暴走し始めるんですね。ただ、大阪の基幹AI、それが「ビリケン」という名前なのですが

一同 ビリケン!!!?(笑)

丸茂 一気に親近感がわくネーミングですね。『東リベ』みが。

岡村 とある理由あってこのビリケンだけは電脳ウイルスから難を逃れます。で、大阪以外の世界の主要都市が壊滅状態になっちゃったので、大阪がこの世界のトップ都市になっています。主人公は大阪在住の男子高校生で、ホーキング博士の再来と言われるほどの天才です。小説の一行目から事件が起きていて、彼が朝起きて居間に降りると両親が死んでるんですね。この世界はすべてがAIに監視されている社会なので、事件の犯人や罪刑は人間ではなくAIが正否判断をします。決定的な証拠はないものの状況からして犯人は彼しかいないというAI判断がくだり、更生施設に入れられてしまいます。

磯邊 不憫でもおもしろそうです。

岡村 で、彼の才能がほしい人たちが絡んでくるなかで、AIを牛耳っている人たちに対して、仲間とともに立ち向かったりするお話です。この人は文体や語彙のセンスがめちゃくちゃかっこいい。僕は生まれ変わってもこういう文章は書けない。各都市のAIが上海のチーロンやパリのファム・ファタルなどかっこいい名前で、「上海、パリ、メキシコシティ、メルボルン、ロンドン」と有名な都市が羅列されたあとに、「アディスアベバ」が出てきたのにはシビれました。みなさんアディスアベバはご存じですか?

磯邊 アディ

太田 磯邊さん、それくらい知っといてください。エチオピアの首都です。

磯邊 すみません!! アディスアベバ、完全に覚えました!!

岡村 まあまあ。僕もエチオピアは知っていたけど、恥ずかしながらアディスアベバは知らなかったです。調べてみると、アフリカでいちばんの都市ではないけれど、非常に優れた政治的都市らしいんですね。カイロでもケープタウンでもなくこういう場所にアフリカを代表する基幹AIがあることに「らしさ」を感じて、読み始めてしばらくしたら「これはとんでもない金の卵が来たのでは!?」と思いました。ただ、はっきりいうと長編小説としては全然ダメでした。何でもかんでも『ウマ娘』でたとえるのはよくないのですが、この人はサクラバクシンオーっぽいんですよね。短距離、たとえば渡辺浩弐さんが書くような、未来・SF的な短編だとすごくいいものを書くと思います。ただそれをそのまま長編を書いてしまうと、最後までもたないという印象です。

丸茂 スタミナ大事ですよね。『ウマ娘』でなく、小説の話ですけど。

岡村 長い文章を書くというスタミナ自体もそうですけど、気を配ってほしいのはペース配分、つまり緩急です。普通は長い距離をずーっと最後まで全力疾走することはできないですよね。どこかで息を入れます。プロの作家さんが凄いのは作品内に緩急があるのはもちろん、「緩」の部分もなんだかんだでちゃんとおもしろいんですよね。少なくとも読み手がページをめくるのを止めてしまわない程度にはおもしろい。この人は「急」の部分はプロレベルのポテンシャルが間違いなくあるのですが、「緩」の部分で推進力がほぼ完全に止まってしまう、つまり読んでいて続きが気にならなくなってしまいエンタメ小説としては中盤以降は体をなしていないというのが正直なところです。今日の座談会の感じだと、作品の題材としては守屋くんに合っているのかもしれない。

守屋 読んでみました。自分の力で考えて想像することがテーマにかかわる物語なので、エンタメ性を抑えめにする書きぶりにしたのは適切だと思います。しかし、長編としてはフックがなさすぎました。アイディアの緻密さや高い文章力、ネーミングセンスなどは商業で活躍できるレベルですので、人間の一面を鋭く切り取るSF短編集を読んでみたいです。とはいえ、アガサ・クリスティの『春にして君を離れ』のように、主人公が気づいていないことを読者だけに理解させる技術は存在します。主人公は伝えるつもりがない感情を読者に発見させられれば、コンセプトを殺さずにおもしろくできると思います!

太田 ちなみに僕もこの作品に興味があります! でも岡村さんが言っていることが正しい感じはするね。

岡村 少なくとも、僕がこの人を引き取らせてもらってこの作品を直したいとは思わないんですね。でも才能はある方なので、守屋くんの言ってるように短編集、例えば連作短編で、短編としてのクオリティを保ちつつ最後の短編でそれまでの短編の出来事が全てつながるようなものを、なんか書けそうな気がするんですよね。言うは易く行うは難し、ですが。現状は長距離向きではないです。

太田 わかる。たとえば、芥川龍之介って結局最後まで長編は書けなかったじゃない。でも太宰治の例もあるからね。あの人も最初は大長編を書く人じゃなかったけれど、書いているうちに書けるようになったんだよね。圧倒的に上手いのは短編だけど、長編もすごい。いきなり書けるようになったわけじゃないところが、まさに芝からダートへ転向した『ウマ娘』のスマートファルコンのようですね。

岡村 (最後がいいたかっただけだな)

「読みたい!」と思わせる「つかみ」を作ろう

守屋 最後は僕が担当した『世紀末ガール』ですね。今回読んだなかでいちばんおもしろかったです。一言でいうと、「世紀末でシスターフッドをやろう」という話です。みなさんシスターフッドと聞いてピンときますか?

丸茂 こない方もいると思うので、ご説明お願いします。

守屋 主に男性のホモソーシャルに対応して女性の連帯を指すものです。いまの男性優位社会に対して女性どうしが手を取り合って闘っていこう、というキーワードですね。今作の場合、世紀末に、力の強い者が勝つ世界となった時に、女性が低く見られます。そのなかで、女性として人権を持って生きていくための連帯を指すと思ってください。

丸茂 昨年の『文藝』で特集が組まれたので詳しく知りたい方にはオススメです。

守屋 内容に移ります。人心の荒廃した国で、主人公の少女が──今回この少女のビジュアルイメージを『魔法少女まどか☆マギカ』(以下、『まどマギ』)の鹿目まどかで持ってほしいんですけど──、『メイドインアビス』の探窟家のような職に就きます。国が荒れ果てているので、アビスから持ち帰る資源や食糧で保たれています。ただ、探窟家は『メイドインアビス』のように危険な仕事なので、この世界では孤児しか就かず、被差別的な職種とされます。そのなかで、シスターフッドをやっていこう、というテーマがあります。そして、それとはべつに本流のエンタメもあります。アビスに行くにはアビスで採れる宝石が必要で、その残量がわずかしかないという滅びかけの世界にもかかわらず、なぜか政府は焦っていないんです。これが謎として最初に提示されます。そのようななかで主人公は真相を知ります。探窟家の統括が、政府に宝石の数を水増し報告していたんです。つまり国を滅ぼそうとしているのですが、これには動機があります。まず宝石とは、ざっくりいうと『まどマギ』のソウルジェムで、アビスで死んだ探窟家の命が宝石になります。

太田 なるほど。

守屋 だからこそ、この世界の政府はあえて孤児を増やすような政策をおこない、探窟家たちへの差別を蔓延はびこらせ、彼らをどんどん死に追いやっています。

丸茂 搾取されていたと。

片倉 世界観がしっかりしている

太田 おもしろいじゃないですか。

守屋 だから統括は、ソウルジェムを枯渇させてこんな国は滅ぼしてやろうと考えている。

片倉 おもしろそうですね!

守屋 おもしろいんですよ! 彼女は統括を止めようとして負けてしまい、生死の境をさまようのですが、そのさなかで「自分が人類を救済しなければならない」という妄念に取り憑かれます。「命を犠牲にすれば、自分の祈りは人々に届くのだから、私がみんなを救うんだ!」と。なぜイメージをまどかにしてもらっていたかというと、ここで女神まどかになるからでした。

丸茂 なるんだ(笑)。

守屋 なりかけますが、この主人公には特別な力はないです。

丸茂 ないの!? モチベーションだけまどかになると。

守屋 はい。そこで主人公の親友が彼女を引き止めます。地に足のついた方法で、人間であるまま、世界を救ってやろうと。それで、実際に可能そうな手段が提示されて物語が終わります。おおよそ虚淵玄作品に近いおもしろさがあると思います。

丸茂 ダークファンタジーですね。

守屋 本編がおもしろいなかで、その世界観を補強するものとして魅力的なキャラたちや、シスターフッドを含むいろんな関係性があります。たとえば統括は、人を信じる心を利用されて部下をほとんど失った過去があって復讐に走ります。顔のいい最強の男がナイーブな過去を持っているのっていいですよね。僕は『呪術廻戦』だと五条悟の過去編がいちばん好きなんですよ。まあみんなそうだと思いますが。

一同 (そうだろうか?)

丸茂 僕は乙骨先輩派だけど(笑)。

守屋 この世界には乙骨みたいなキャラもいて、乙骨vs五条悟のバトルもあります。

丸茂 そこだけ聞くとすごいおもしろそうですけどね。まあ、これは守屋さんがあてはめてるキャライメージがいいからでしょう。

片倉 この作品は、キャラの造形がしっかりしているんですね。

守屋 そうなんですよ! 主人公たちも虐待されていたり、かどわかされて性的暴行を加えられていたり、暗い背景があります。それが本流の救済や、伏流のシスターフッドに重みを持たせています。

丸茂 しかし、挙げなかったわけですよね。

守屋 課題点もあります。これまで僕は『メイドインアビス』や『まどマギ』といった既存の作品の概念を多用して内容を語ってきました。投稿者の方がそうした文脈に作品を乗せないように、設定・世界観をすべてオリジナルの言葉で作っていることが読者の参入障壁になっています。たとえば『まどマギ』は、魔法少女というジャンルで視聴者を誘致したうえで意外性を出したわけです。今作は、内容はおもしろくてもパッケージングがよくないです。読者がこれを読んで感想をいいやすくするために、既存の文脈を使うことは全然悪いことじゃないです。

岡村 ぱっと見の理解のしやすさは大事だよね。 

守屋 加えて、テーマの取り扱いにも課題があります。シスターフッドをやるのであれば、対比される男性の解像度は非常に重要です。今作は男性性のレパートリーが乏しかったです。優しい男性キャラがふとした時に無自覚で男尊女卑的な言動をしたり、はたまた悪意を持って女性に接したり、などの複雑さもほしかったです。これについては、フィクションだと『ポラリスが降り注ぐ夜』、ノンフィクションだと『心の中のブラインド・スポット』が参考になると思います。そしてもっと大きな問題として、そうしたサブキャラの描き込みの粗さが、「みんな」を救済するクライマックスを浅く見せてしまいます。

丸茂 僕はエンタメとしてキャッチーな要素がないことが気になりましたね。テーマの取り扱いは、さておいて。

守屋 エンタメへの意識は高いと感じたのですが

丸茂 そうなの!? 僕は話を聞いていて、この作品がふだんどういうものに触れている人に受けるのか、わからなかったよ。

守屋 まずは設定を既存のキャッチーなコンテクストに乗せ、表現・受容しやすくする。これさえできれば、十分に読まれるおもしろさだと思っています。

丸茂 でもどのコンテクストに乗せるんです? ってことです。読む前の、手にとってもらうための要素が抜けているというか、散漫というか。

片倉 自分もこの作品をざっと読みましたが、セールスポイントが定まっていない印象を受けました。要素が多くてそれぞれおもしろいけれど、優先順位がついていないんですよね。例えば『まどマギ』だったら、メインのストーリーラインが魔法少女もので、そこにスパイスとして時々ダークな展開や少女同士の関係性が入ってきて、というように、要素は多いものの要素同士のバランスが良いから分かりやすくなっています。逆にこの作品は、「この点をいちばん見せたい」という焦点が定まっていないのが弱いと感じました。

守屋 たしかに。実際、この作品のキャッチコピーは「世紀末で人間を問う少女SF」で、ふわっとしているんですよね。投稿者さんはそのあたりが無自覚な気がします。

丸茂 この方には、まず作品の見せ方を頑張ってほしいですね。

守屋 読者が気になりそうな売りを前面に出すことを意識していただくのが第一かもしれませんが、読んでいて伝わりやすい語句を使用することも忘れないでいただきたいです。まだ若い方ですし、次回作に期待しています。また投稿していただけたら、僕はめちゃくちゃ読みたいです!

圧倒的に推せるポイントがひとつはある小説を

磯邊 みなさん、お疲れさまでした。

太田 推薦作はなかったものの、いろいろ話題になったね。だいたいこのレベルの作品がある時は、ひとつふたつは「これは絶対推そう」となる作品があるんですけど、今回はなくて残念でした。次に期待しましょう。

岡村 僕からはちょっと宣伝を。新人賞受賞作の続刊が発売されています!“異世界おっパブ小説”の最終巻、『PUFF3 崩落ドラゴン・ベリーダンス』と、“心躍る王道ファンタジー”の第2弾、『傭兵と小説家2 The Doll Across The Horizon』をよろしくお願いいたします!今年の新人賞でも傑作を出したいですね!

一同 次回の投稿もお待ちしております!

1行コメント

『目奇書探索怪事談』

今回読んだなかではいちばん好きでした。探偵もので、登場するキャラクターも幅が広くて魅力的で、とてもおもしろく読み進められました。ただ、タイトルにある「目」という本、いちばんテーマにしているはずの本だと思うのですが、この存在が活かしきれていないような気がしました。主人公たちが追う謎の核心に迫ったかのようで、急に遠ざかって別の方向にいってしまって肩透かしをくったような。「つづく」っていう終わりはやはりいただけないなと思います。やはり新人賞なので、ひとつの作品できちっと読ませて、続きがあったらいいなと思わせるくらいの内容にまとめることをまずは目指してほしいです。(見野)

『ウィンディンゴの末裔』

真相が動機の推理より過去の調査で浮かび上がってくるため、殺人鬼を探偵役にすえた意味が薄くなってしまった印象でした。またあまり科学的に納得ある着地にならなかった(かと言って新奇性に富んでいるわけでもなかった)ことも惜しい。ハンニバル・レクターをヒロインにするという発想は『バタフライシーカー』というゲームをプレイして、いつかやりたいとあたためているのですが、このアイディアは思いも寄らない心理を突き止める猟奇事件のプロファイリングものが向いていると思います。(丸茂)

『少女(年)xの世界関数』

ゲーム内に生じたバグによってNPCが暴走し、物語を書き換えていく様子が描かれるループものです。日常が壊れていく(NPCが暴走していく)描写がおもしろかったです。実験小説としての姿勢は好ましいですが、唐突と感じられる描写も散見されるので、読者を置いてけぼりにしないよう工夫が必要です。(池澤)

『寄せ集めの甲子園』

この題材であれば、まず野球小説としてのおもしろさが求められると思います。エンタメとしてベタに楽しめる要素がなければ、候補に挙げることも厳しいです。(丸茂)

『屋島に咲く』

筆力のある方だと思いました。ただ、この作品はエンタメとしては話が小さくまとまりすぎているのも事実で、工夫次第でもっとおもしろい話を作れるとお見受けします。歴史ものだと『のぼうの城』など、小さい話を大きく見せていく方向性ですね(そういう努力をされているのは感じましたが、もう一押しほしいです)。もっと一般的な総論としては、外連味けれんみをより意識していただければと存じます。(片倉)

『ピエロの仮面は剝がれない』

ピエロの死神が「人生リセマラ」という特殊な力によって、不幸な人々を浄化してゆく。その過程で死神自身の過去も明らかとなり、死神自身も浄化される。落語の人情噺のような趣きがありました。惜しむらくは「人生リセマラ」を繰り返す展開が単調だったこと。設定やキャラに凝っても、プロットが単調ではダメです。長編小説を読む読者は、飽きのこないプロットと、落語のような大きなサゲを期待しています。(持丸)

『キャバ嬢の遺言』

タクシードライバーならではのリアリティがある導入描写は読みがいがありました。けれどサスペンスとして推すにはドラマが物足りません。また(どのジャンルにも言えますが)ハードボイルドを書くなら、なにか読者の興味をひく要素を考えていただく必要がある印象です。(丸茂)

『IXA ~intruder heart~(イクサ ~イントルーダー ハート~)』

プロットに書いてあったアイデアはおもしろかったです。ただし文章が読みにくく、独りよがりな印象を受けました。情報を読者に伝えることを意識してわかりやすい文章を書く努力をしてください。(片倉)

『糸魂』

死人は思念の糸を持つ糸の魂になるという設定はおもしろかったです。ただその設定を説明するパート以上に引きが強いところがなかったのが惜しかったです。(池澤)

『正直に話せば想いはきっと伝わるから=言葉を重ねれば重ねるほど離れていくこの想い』

おもしろいアプローチだなと思いました。主人公が抱えている病とそれに対する周囲の反応の理由をもう少し読み手にわかりやすく伝えられたら、また違った印象になるのかなと思います。(見野)

『日系異世界転生人 差別と踊る』

理不尽に立ち向かう話で、キャラに個性があり、まとまっていて読みやすくおもしろかったです! ただ、そこまで飛び抜けた設定などがなかったので、なんだか他とは違うぞ、と読者に思わせる部分がほしいです。また、キャラの背景の描写がさらにあるとよいと思います。恩人の老夫婦との出会い・生活といった背景は事実説明として書かれていますが、少し足りない気がしました。説明ではなく回想シーンなどがあれば、タカシが大切に思っていることへの納得感が増すと思います。他にも、タカシの過去はどうだったのか、異世界に来てからどの程度変わったのか、と彼の背景と気持ちの変化の過程が気になりました。王子についても同様で、助け出されてもなお嫌味を言っていたのに、わりとあっさり非を認めたように映ったので、心変わりするまでの経緯を描く必要があります。投稿者さんはそれができる方とお見受けします。ちなみにレオとの距離が近づく過程は丁寧でよかったです! (磯邊)

『浮世の夜に妖魔薫る』

他の作品が浮かんでくるような描写はないほうが良いかなと思いました。主人公の戦う目的、目標の設定をもっと明確にして、テンポよく戦闘シーンを展開できたら良くなるように思います。(見野)

『迷宮館のアリアドネ』

トリックはたいへんおもしろく読みました。しかし、小説である以上、トリックのアイディア単体より本編すべてを読むほうがおもしろくなければいけません。世界観の構築、キャラクター心理、解決への過程などに気を配ってみてください。(守屋)

『日色の空』

ひとつひとつの描写が冗長です。本当に伝えたいことや見せ場以外はばっさりカットして、どういう順番で情報を開示していけば読み手を飽きさせないか、もっと考える必要があります。(岡村)

『心霊スポット!廃墟の病院を彷徨う霊に迫る!!』

登場するのは4人組の高校生。冒頭で「魂=微粒子」説が開陳され、物語の大きな伏線になっている。「幽霊が見える」という詐術をきっかけに、幽霊の正体探しがスタート。やがて40年前の殺人事件の真相にたどりつく。装いは新文芸、中身は青春ミステリ・社会派ミステリ・2時間サスペンスのアマルガムといった印象です。幽霊の正体の探索行が、70年代アイドルの天地真理のバックダンサー探しという点が興味深かった。でも単純に考えると現在60歳以上向きのネタ? ハレオの失神がきっかけで謎が半解したり、ラストでコースケの全知的活躍で真相にたどり着くのはご都合主義と感じます。全体に粗いところも散見される一方、ぐいぐい読めるのは大変いいところで、4人組の今後の展開への期待が膨らみました。(持丸)

『本はさだめ、さだめは死』

設定、題材選びはおもしろかったです。一方で、ストーリー構成は再考の必要があると思います。もし、未読であれば『SAVE THE CATの法則』を読んでいただくとヒントになるのではないでしょうか。(岩間)

『gift』

ストーリーで読ませる作品ではない。作者は、誰もが中学高校時代に経験するような、誰かを好きになったり、誰かと気持ちが通じた時の不思議な感覚を「変異体」と名付けたのかな。だとすれば、寓意的なSFとも読める。どこかノスタルジックでもあり、金魚鉢を覗いているような遠近法で語られる少年少女たちの成長が好ましかった。カタルシスがない分、一般受けはしないんだろう。それでも今回もっとも興味を惹かれた作品で、要約を積み重ねていくような文体に独特の速度があって、あまりお目にかかったことのないタイプの小説だと思いました。武田泰淳の中国ものの短編と言えば、わかる方には伝わるかも知れません。(持丸)

『混沌の庭』

世界観や描写が細やかで非常に凝られている作品でした。ただ90ページくらいになるまで、主人公・アランの、この作品における目的が明らかにならず、全体的に冗長になっていると思いました。目的がわかったあともアランたちにどのような過去があって今この街に来ているのか、すぐには具体的な説明がなされずモヤモヤしてしまう印象でした。序盤で作品のテーマ・目的を提示することや、文章をカットすることを意識していただけたらと思います。(磯邊)

『切り裂きジャック幻想』

歴史ミステリとして全体的にクオリティが高く、楽しく読ませていただきました。調べたことをすべて書いているわけではなく、物語に必要な情報を順序よく提示する技術もこなれています。ただ、並列過去世界に時間離散的にダイブするという設定上しかたないことですが、事件に大きく介入して史実と異なる展開になれば主人公の現代知識アドバンテージがなくなるため、緊迫感のあるシーンが挿入できないのが痛いです。バリー・ライガやジェフリー・ディーヴァーのようなサスペンスが、この設定からは生まれません。また、ヒロインへの想いにもう少し固有の理由づけがなされてほしいです。ベタですが、『Re:ゼロから始める異世界生活』など参考にしてみてください。(守屋)

『空の向こうじゃなくて』

現代の高校生の日常描写にリアリティがあり、楽しませていただきました。ただし、その分だけリアルな日常パートと事件パートの大仰さが乖離しているのも事実です。リアルに寄せるかフィクションに振り切るか、どちらかの方向性に作品全体をまとめる必要があると思いました。(片倉)

『聖なるかな女王国』

端正な文章に緻密な設定だと思いました。この物語の世界がどのように構築されているかはわかるものの、そこに留まっている印象です。描写が説明的にならないよう意識していただきたいです。(池澤)

『喜びの戦士』

基本的に、文体は現代のエンタメの標準に合わせたほうがよいです。設定を考える力はあると感じました。しかし、いまはそれをコントロールできず、世界観の枝葉末節が野放図に伸びています。なにかしら脚本術の本を読んで、プロットを組んでみてください。各章に使う文字数の上限を決め、それに合わせて設定をソリッドにしていくのもよいと思います。(守屋)

『楽園のミーア』

時折詩情も感じさせるキャラクターのリアリティを損なわない筆致も、娼館の踊り子とボーイのロマンスも、一定のクオリティはあると思います。しかし非常にニッチな世界が設定されていて、その狭さを突破しうるほどのおもしろさには到達していない印象でした。(丸茂)

『課外授業のアームドフォース』

読み手を物語にひきこむ力がある方だと思います。ただ、本作は「高校生が命をかける」ことの重さと理由が不釣り合いでストーリーの土台づくりに粗さを感じました。次回は一度ご応募いただいた題材の改稿ではなく、ぜひ新しい題材でのご投稿をお待ちしております。(岩間)

『勇者が来りて村を灼く』

投稿作で設定をまとめてください。ともに目的や正邪、行動原理のわからない二者の戦闘が起きても、物語にはなりません。まずは読者になんらかの思い入れを持たせるようお願いします。これはひとつの例ですが、義理の妹を大事に思うようになった、いわば家族になった日のエピソードを回想として挿入するだけで、そこから敷衍ふえんして、人命を守ろうとする主人公の行動に訴求力が生まれると思います。(守屋)

『巻宮組は黄昏を行く』

登場するキャラクターが個性豊かで魅力的でした。主人公2人の視点から交互に描く構成が今回は活かしきれていないようで、残念ながら物語が散漫になってしまったように思います。(見野)

『エンジェルコンサート』

「死にたがりシンドローム」という設定、そして会話のテンポがよくおもしろかったです。ただ、少し既視感のある感動ものの流れなので、「死にたがりシンドローム」と「ピアノ」以上の、他の作品と完全に差別化できる強い売りを探していただけたらと思います。(磯邊)

『逃賊少女は財布を持たない』

主人公は親に捨てられた少女〈茶白〉。特殊能力が「猫脚」で、特技は「食い逃げ」。仲間とともに、犯罪者たちの宴会へ料理人を派遣する謎の組織に立ち向かう。仲間との助け合いや、敵とのバトルを通して少女のトラウマが浄化される。これって明らかに捨て猫、保護猫の比喩で、それが作品全体のユーモアの元になっている。〈茶白〉が盗みに入る、食欲を発揮する、脱出する、その躍動が眩しい。この作品の魅力は、少女が「リアルな野良猫のアバター」のように見える点にある。楽しく読める陽性の作品で、本質的に児童文芸として成功している作品だと思います。逆に言えば、星海社の看板では売れる確信が持てないということに繋がりました。(持丸)

『魔法少女VS魔法少年』

冒頭に事件や謎を提示しているのはgoodです。それに加えて読み手に対してキャラクターへの興味を持たせる必要があります。それが出来ていないと、話が展開されたり設定が開示されていったりしても、続きが気にならないです。(岡村)

『血暴走』

率直な感想を申し上げると、読んでいて全体的にやや既視感を覚えました。この作品ならではの強い売りを作るとともに、ストーリー・キャラクター・文体など各要素の水準をもう一段ずつ高めていただきたく思います。冒頭、話の展開にスピード感があるのは良かったです。(片倉)

『話だけでも聞かせて下さい』

会話形式で構成されているのですが、それを成立させるには相当読ませる力がないと難しいと思います。まずは読者が登場人物に興味を持てるような書き口が必要です。(池澤)

『アルティメット・フォース』

緊迫感たっぷりの描写は魅力的でした。ただ、いまの内容でこのページ数は長すぎる印象です。エピソードを整理して、まずはページ数を半分に削ることを意識していただくと、よりよくなったのではないでしょうか。(岩間)

『抓交替・入れ替わり』

展開の引きがよく、楽しく読ませていただきました。ひとつひとつの推理にも台湾ならではの限定条件があり、満足度も高いです。しかし事件そのものはやはり小粒なので、それが主人公にとっては大きな事件である、などの演出がほしいです。また、マイノリティに対する語り手の偏見を推理の盲点とするには、手つきが乱暴に感じました。(守屋)

『テオロギアの子供たち』

設定を作り込むだけでなく、どうすれば複雑な設定を魅力的に演出できるかを考えてください。いまの作品では読者が置いてきぼりになっています。(片倉)

『アーティカマン』

作られた箱庭空間でのサバイバルから、その製作者への反逆や外の世界への脱出へという物語の型は人気作が多々あるエンタメの王道なのですが、敵性生物も状況設定も素朴でこの作品ならではのおもしろさに乏しい印象でした。(丸茂)

『鋼鉄のガールフレンド(仮)』

主人公の語りが冗長です。物語に入りこむのを邪魔している印象を受けるので、ある程度はカットして、話を展開させていくことに注力していただきたいです。(池澤)