2021年冬 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2021年1月12日(火)@星海社会議室
議論白熱!問題作に衝撃走る……!! しかし、受賞ならず?!
はじめに
丸茂 FICTIONS新人賞座談会も今回で第31回です! 今回から新人が3人も参加するんで、盛り上げてもらいましょう! それでは自己紹介をどうぞ!
持丸 はじめまして、持丸と申します。恐ろしいほど仕事歴が長くてですね、35年ほど編集の仕事をしておりまして、あとどれくらいこの仕事を続けられるのかなというチャレンジといいますか死に場所を見つけにこの場所に来たのかなという風に思っています、ふっ。
片倉 死に場所……。
丸茂 (これ笑っていいジョークなんですか?)
持丸 星海社史上最高齢の新人になりますかね、よろしくお願いします。
丸茂 持丸さんは、僕も読んでいた雑誌とか本とかをつくってて、そのあたり段々と明らかになるのかなと思います。続けてふつうに新人な磯邊さんと池澤さんどうぞ。
磯邊 磯邊と申します。私はド新人で現役大学生で、右も左も分からないですが……投稿作品を全力で拝読し、全力で頑張ります。
池澤 池澤と申します。私は雑誌社と人文書の出版社で編集をしていたのですが、自分の企画を立ちあげる機会があまりなかったので、これから企画をバリバリ立ち上げられたらなと思っております。
太田 なに丸茂さん、もう苦笑いしてるじゃん。
丸茂 いえ、もう池澤さん、「バリバリ」なんて太田イズム的な語彙を使っているんだなと思って……。
太田 ノー問題です! みなさん、バリバリやっていきますよ!
叙述トリックはオススメだけど
丸茂 まず『影病花の咲く季節』です。これはキャッチコピーが強烈でしたね。「元行政官・政治家秘書、現役医師が書いた医療青春ミステリー」!
片倉 プロフィールアピールがすごいですね……。
丸茂 振り切ってますよね、この勢いは好き(笑)。現役医師が書いたという点は医療ミステリにおいて推しどころだと思うので、プッシュしていただくのはいいと思うのですが……。
岡村 元行政官・政治家秘書要素は?
丸茂 なかったです……! ちなみに内容もいまひとつです。文章は下手ではないですし、わかりやすく叙述トリックを採用している点はよかったですけどね。
太田 丸茂さんがトリック評価するなんて珍しくない?
丸茂 いやいや、僕そんなにうるさいミステリ読者じゃないですよ。それに叙述トリックって、わかりやすく驚きを演出できますし、効果的に使えるならどんどん採用してほしいです。最近人気の某ライトノベル作品は、この点すごく巧い。ただ、叙述トリックだけだと作品として物足りなくなることもしばしばで、この投稿作はそもそも肝心の事件に興味を引かれる感じがしなかったです。あと青春小説感ほしかったですね! 最近の大学生を描いたおもしろい青春ミステリなら『法廷遊戯』とかぜひ読んでください! これは作者さんのプロフィールもすごく活かされた作品でした。
太田 ずいぶん優しいフォローじゃん。
丸茂 僕は太田さんを見習っているのでいつだって優しいデスヨ……。
情報開示は読者への気遣いです
片倉 自分が読んだ『青の方舟』は、いい線は行っているけど一歩足りない、惜しい作品でした。殺人鬼――この作品では、人間ではなく文字通り「鬼」――が出てくる世界が舞台で、主人公が鬼を倒すべく追いかけていくスレイヤーものです。この作品でまず評価したいのは、文章が非常に上手いところです。冒頭、男の子と女の子の掛け合いで「前に会ったのは◯◯だった」「その前は◯◯」「そろそろ、名前を教えてくれてもいいんじゃないか」というようなシーンがあるんですが、ポエミーでありながら登場人物の関係や設定がうまくほのめかされていて絶妙でした。なので非常に期待して読んだのですが、世界観設定が独りよがりで、読み進めるにつれて辛くなってきました。
丸茂 「世界観が独りよがり」とは?
片倉 たとえば序盤、例のプロローグ的な会話シーンの後で世界観説明のくだりがあるんですが、まずそこが読者に不親切なんですよ。「死の霧が出てくる世界で……」という大枠の説明はあるのに、読者がいちばん気になる鬼の説明や、主人公がなぜ鬼を追いかけるのかの説明がない。知りたいことがわからずモヤモヤしながら読み進めましたよ。こういう、情報開示における読者への配慮不足がまず1つ。そしてもう1つ、最初から最後まで読み進めていくと、途中で主人公の動機を見失ってしまう部分があるんです。鬼を倒すという最終的な目的はわかるんですが、その動機が今の場面とどう結びつくのか、なぜ物語がこのような途中経過を経ているのか、よく考えるとわからなくなってしまう。おそらく作者さんのなかではきちんと論理があるのでしょうが、それが小説のなかで充分に示されていないのではないかと思います。この方は文章力は非常にあって、本もコンスタントに出しているのに。
丸茂 デビュー済みの方なんですね。
片倉 最近だと2019年にも商業小説を発表されていて、作家活動はずっと続けられているようです。が、この方は端的にいうと長編向きじゃないのではないでしょうか。長編だと全体の論理的整合性をうまく制御しきれず、破綻してしまう。なので短編で勝負するのがいい、短編向きの方かなと思いました。
丸茂 ただ独立短編集って商品的に厳しいですから、ショートスパンでオチをつけつつ続ける連作短編形式をどうにか目指していただくって感じですかね。
片倉 長所も短所もハッキリしているので、長所を活かせるフィールドを見つけて頑張ってほしいと思います。
歴史をエンタメにする第3の方法
岡村 次は僕が読んだ『私本信松尼公記』です。
丸茂 これタイトルをどう読むんですか?
岡村 読めない!? 丸茂くん、諏訪の出身なのに?
丸茂 ひええ……すみません。
岡村 これは何の話かというと、甲斐武田家・松姫の一代記です。山梨出身の僕にとっては一般教養なんですけど、みなさん松姫って知ってます?
一同 ……。
岡村 そうですか……ちなみに一般教養って言いましたけど、もちろん冗談です。
丸茂 (本気だったな)
岡村 松姫は武田信玄公の娘(五女)で、織田信長の嫡男の織田信忠と両家の同盟のため婚約します。松姫7歳、信忠11歳の時です。2人は文通で交流を深めますが、5年ほど経つと武田織田両家は明確に敵対することになり、婚約は破棄されます。さらに10年後、信忠は織田家の総大将として甲州征伐を行い、武田家を滅ぼします。元許嫁が敵として攻めてきて家を滅ぼされるので松姫は悲劇のヒロインとして「戦国時代のジュリエット」的に扱われることがありますが、松姫は武田家滅亡後も生きのびて、徳川家康と同じ1616年に永眠します。この投稿者の方は、松姫を悲劇的にかわいそうに綴るのではなく、最後まで懸命に生き抜いた強い女性として描いてます。
丸茂 おー、ガチガチな歴史小説ですね。
岡村 ちゃんと史料も読み込んで書かれてますし、投稿者さんなりの見解も入っていて、僕も「なるほど、こういう解釈をするのか」「こういう像は新しいな」というおもしろみがあって梨っ子として楽しめました。ですが、エンタメとして大きな驚きとか「見事!」と思わせるような読後感は正直ありません。この方は歴史小説をエンタメとしてではなくもっと正当に評価してくれる賞に送ったほうがいいんじゃないかと思いました。
太田 歴史小説が評価される新人賞か……。時代小説は主に江戸時代を舞台にした人情ものの需要があるんですけどね。団塊世代の人が読者に増えてきたことが大きな理由だと思うけど、人気は根強いです。テクノロジーが発達したところだと書けない人間同士の生の触れあいから来るノスタルジーを書こうと思った時に、やっぱり江戸時代というのは妥当な時代設定なんですよ。
丸茂 年齢層高めの読者がターゲットの作品群ですよね。ただ、この作品はいわゆる「時代もの」の需要に沿ったものでもなさそうな。
太田 そう、この方は「時代小説」じゃなくて「歴史小説」がやりたい人なんです。
岡村 読んでいて小説的な気持ちよさもあるはあるんですけどね。
太田 歴史ものを書く時には大きく言って3つのやり方があるんですよ。1つは、誰もが知っている人を誰もが知っているように書くこと。信長や家康や秀吉といった誰もが知っている人を、イメージ通りにイメージを持った読者がそのイメージを増幅するように書くという王道オブ王道な書き方です。歴史好きな人からは馬鹿にされますが、需要があるんです。織田信長だったら、大多数の読者は、イメージ通りの革新的で古い者を打破していく信長が見たいんですよ。これは歌舞伎や落語のようなもので、オチを知っている上で見に行く読者の欲求に応えるという書き方です。
2つ目は、小さいもの、誰も知らないものといった歴史の影に完全に埋もれている人を実直に書くことです。今回のお松さんはまさにそう。こういった小説は、この人を知っている歴史マニアか、歴史もの小説が好きな人から非常に高く評価されるんです。たとえば岡山でライト兄弟より早く、江戸時代に空を舞った超人である浮田幸吉を取り上げた小説があるんですけど、これがそれにあたります。ただこの路線は歴史好きから高く評価されても、多くの場合は売上げはそこそこになりがちです。小さいものを小さく書く路線の宿痾ですね。
最後の3つ目ですが、歴史小説っていちばん大きくヒットするのは小さい人を大きく書くことなんです。これは完璧に成功した時に、スーパー大ヒットになる。いちばんが『竜馬がゆく』。「維新の三傑」って言ったら本来は西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允の3人で、司馬さんが書くまでは龍馬はベスト20にも入らない、明治になったらすぐに忘れられるようなボリュームの人だったんです。だけど高度経済成長期の貿易で立国していかなければいけないという時に、過去の歴史のなかで司馬さんが龍馬って人物をポンッと持ってきて、しかも明治維新はこの龍馬という人間がいないとできなかったという完全なフィクションを突き切って書いたんですよね。維新の三傑の3人を英傑たらしめているのは実はこの無名な人物なんです、と。歴史小説は、これを完璧にやった時にいちばんウケるんです。だから歴史小説を書いて一山当てるなら、難易度は高いですがまずはここに注目すべきだと思います。新ヒーローを作りましょう!
この投稿者さんの書き味や書きたいものと全く違うと思うんですけど、お松さんがいたから戦国の世が終わった、みたいな書き方ができれば歴史小説としてスーパー大ヒットする可能性がある、ということですね。歴史小説を書いてる人は、難しいからこそ、まずここを目指すべきです。たとえば漫画作品ですが、松井優征さんの初の歴史ものの新連載『逃げ上手の若君』が目指しているのはまさにここですね。さすがです。
岡村 わかります! でも難しいんですよね。この投稿作は新しい松姫像を出してはいるけど、それが凄いカタルシスやおもしろさに繫がっているかというと微妙なんですよ。
太田 小さすぎる話を書いてしまっているんだよね。
丸茂 僕は松姫を知らないので、新しい松姫像が書かれてもピンと来ないと思うんですよ。読んでも単純に描かれた松姫の生き様が物語としておもしろいかの評価になりますし、その前に読者としては手に取らないでしょう……。
岡村 それもわかるよ。武田の属国の諏訪民としてはどうかと思うけど。
丸茂 山梨の人だって、みんな岡村さんみたいに武田家に明るい方ばかりじゃないでしょ!
太田 やっぱり編集者は、基本的には「この書き手と組んで一山当てたい」という気持ちで原稿を読むわけなので、歴史小説を書く時には題材をどこにしようかという考え方を持っていてほしいかな。ちなみに最後のやり方は歴史好きな人からは基本的に嫌われます。「司馬史観ね〜」なんて言うと、なんとなくわかってる感じがしていいじゃない?(笑)
岡村 この方は史料をしっかり読み込んで書いている方なので、その路線は心理的にハードルが高いと思うんですよね。ただ、もしエンタメとしてヒットを目指すなら、一度はその路線を検討していただきたいです。
太田 歴史好きな人って周りにも歴史好きな人が増えてしまうので、ナチュラルにそういう人に向けて書いてしまう。間違ってはいないけど、一発大きいのを当ててやろうという路線からは得てして逆行しがちだし、そこですごい苦労するわけですよ。コンビニにあるような史料で信長を格好よく書きました!っていう作品の方が売れたりもするんですよね……。かといって、竜馬的なものをうまく書くっていうのはセンスが必要で冒険なんですけど、そもそも日本という国は苦難に陥った時に参照できる歴史時間が膨大にあるんですよ。「歴史は繰り返す」って言いますけど、過去のなかから重要人物を自在にピックアップできる。僕はこの高い歴史性能が日本のよさだと思うし、日本で歴史小説を書く人にはそこを理解・意識してほしいんですね。ただ「自分が好き」っていうだけではなく、この人は今の日本の問題を解消してくれる人だろうか? それは誰なんだろうって形で歴史のなかからテーマを選びとってもらいたい。そこに大きなチャンスがあるんじゃないかって思います。
丸茂 念のため補足させていただくと、星海社FICTIONSは時代もの・歴史ものがNGってことではないですよね?
太田 それは全くない! 『のぼうの城』とか来たら嬉しいじゃん。
丸茂 ですよね!! 『天地明察』とか読みたい。
太田 そういうこと! 『天地明察』は3つのエッセンスをいい感じに取り入れてましたね。
丸茂 やはり「エンターテインメントであればOKです」っていうことですよね。
岡村 ワクワクするものがほしいです。
太田 そう! 好きな人を書こうっていうのはもちろんありなんだけど、そこにもう一味を考えていただきたいです。
主人公は明確にしましょう
岩間 『陽炎鬼鉄箱(ドクターノグチ外伝)』は先ほど太田さんがおっしゃっていた小さい人を大きく書いた作品と言えるかもしれません。野口英世と彼の恩師・血脇守之助の活躍を、史実を下敷きにしながら魔導書や鬼が登場する世界観で描いた作品です。
丸茂 魔導書や鬼! 歴史小説というより、時代ものファンタジーですね。
岩間 キャッチコピーは「ドクターノグチ黄熱病デ死ス。誠ニ幸運ナリ」です! 「死ぬのに幸運?」と疑問を抱かせる感じがよかったですね。世間的に野口はいい人のイメージがあると思うのですが、彼のダメ男な姿を描くプロローグはワクワクしました。投稿者さんが歯科治療に明るい方のようで、作中に出てくる歯科治療の細やかな描写に驚きましたし、続きがどうなってしまうんだろうというストーリー運びもお見事でした!
丸茂 これはダブル主人公なんですか?
岩間 そこが問題なんですよ。主人公が誰か分からなくなってしまうんです! 野口が主人公の話かと思いきや、彼はおまけになって比重は恩師の血脇のほうが大きくなっていくんですよ。
丸茂 でも野口英世が医者でお札にのってる人という以上のことを詳しく知られてるわけでもないですし、恩師がメインになってもキャラが立ってればいいんじゃないですかね。
岩間 2人とも設定的にはキャラは立ってました。ですが本文を読んでいくとただ設定がわかるだけで、どちらも半端なんですよね。野口ももうちょっとぶっ飛んでいたらよかったのですが……。恩師の血脇守之助の方が存在感が強くて、私には一番手が血脇に見えてしまって違和感を覚えましたね。かといって血脇の書き方もいいとは言えません。導入がおもしろそうなだけに読み進めていくうちにこうシューッと萎んでいくような。
丸茂 岩間さんの違和感があまりよくわからないです。血脇がメインになることがそんなに悪いことなんでしょうか。
岩間 私が感じた違和感は、投稿者さんはなぜこのタイトル、プロローグにしたのか?ということです。前述した通り、このタイトル、プロローグにはとても好感を持っています。ただ、このタイトル、プロローグでいくと決めたのならば、野口を単独の主人公にしてもっとキャラクターを考え抜いていただきたかった。どこを直すとよくなるか?という点では、ウリをはっきりさせるという意味でも誰もが知っているお札になったえらい人の野口の意外な一面を濃いキャラクターで書いていただくべきだったのではないか?と思っています。ぜひまた新作で挑戦していただきたいです。
苦渋の決断
太田 『僕を殺したいほど大好きな紫衣子先輩』は、丸茂さん担当か。
丸茂 ……僕にこの作品を回した太田さんをかなり恨みましたよ。
太田 え、なんで?
丸茂 すでにデビュー済みの作家さんからのご投稿でした。「好きなライトノベルベスト10をあげろ」って言われたらこの方の作品を絶対にあげるくらい、僕はこの作家さんが好きなんですよ! そんな個人的な執心と切り離して評価しなければならないという……太田さん知ってましたよね。
太田 えーーーーっ知らないよ! そんなに好きだったの!? でも丸茂さんに振らなかったら、丸茂さん絶対に拗ねたでしょ!
丸茂 たしかに……。
岡村 (めんどくさいな)
丸茂 この作品を含め、今回僕は候補作をあげませんでした。みなさんご存じの作家さんなのにと思われるでしょうから、どういう作品だったかご紹介しておきます。この作品はキラークイーンサークルというミス研っぽい部活で、美人の先輩「紫衣子さん」と語り手の「ぼく」が延々と雑談する小説です。
片倉 ミステリではないんですね。
丸茂 そう、ミステリではなく、「ミステリについて雑談する」作品です。主人公とヒロインがややマニアックなミステリのトピック――たとえばクイーンはどの作品が好きだとか、ミステリはマンガにするのが難しいとかについて雑談しながらイチャつくショートストーリーを連ねた構成になっています。コメディーとして読み甲斐ある作品でした、僕にとっては。
岡村 「僕にとっては」。含みがあるね。
丸茂 はい……この話題についていける読者って、ミステリが好きな人なんですよ、僕みたいな。ミステリ好きじゃない人がこの雑談を読んでどこまで楽しめるかは疑問でした。それにミステリ好きなら、まずミステリを期待するじゃないですか。一応、小さな仕掛けはあるのですが、その読書欲は満たされないわけです。読みものとして優れたところはあるけれど、受賞作として推すレベルにあるかと考えると僕はそうではないと評価しました。
岡村 なるほど。
丸茂 会話劇で見せるラブコメはぜんぜん有りだと思うんですよ。『生徒会の一存』がありますし、最近でも『何故か学校一の美少女が休み時間の度に、ぼっちの俺に話しかけてくるんだが?』というト書きがない台本みたいな書き方をされたラブコメがありましたし。ただヒロインの属性が「厄介ミステリファン」でどこまで読者を獲得できるか……この作家さんなら、ふつうにラブコメとしてもっとキャッチーなヒロイン属性を考えていただけると思うんです。
岡村 どっちつかずというか、ミステリ好きかつラブコメ好きな読者に限られちゃうということ?
丸茂 ですね……どこかで見た構図だなと思ったんですけど、安田剛助さんの『じけんじゃけん!』を連想する関係性や展開でしたね。ただ『じけんじゃけん!』はマンガで、先輩がもうビジュアル的に超かわいいじゃないですか。
太田 台詞だけでもたせるのは大変だよね。
丸茂 そう思います。実力があることは僕のみならず誰もがわかっている作家さんだと思うので、もちろん僕は叶うならばこの方とお仕事をしたいです。ただ、この作品じゃなくてやはり広義でもミステリか、あるいは音楽系青春小説でこの方とはお仕事させていただきたいな……という気持ちをめちゃくちゃ強くさせられました。
太田 めっちゃ優等生にまとめたね。ツッコミどころがない。
丸茂 ちゃんと私情は抜きました……。ただ、もしこの作品以外で弊社とお仕事させていただくことに前向きでいらっしゃいましたら、お手数ですが丸茂宛でご連絡をいただけるととても嬉しいです。
百合はエンタメに直結するか?
池澤 『トレイル・トゥ・スターライト』は、私が担当した作品のなかではいちばん好きというか、読んでいておもしろいと感じる箇所がありました。ただ私は百合小説に詳しくなくって、これってどうなんだろうな?と思うような疑問点が沢山あったんですよ。
丸茂 (前のめりに)百合なんですか?
池澤 百合です。「血と暴力と信仰とアイドルの、暗黒犯罪百合小説」という盛り沢山なキャッチコピーがついています!
片倉 要素が多くないですか?
池澤 私もこれを見てふふってなりました。犯罪を職業にしている主人公が北海道から東京に逃亡し、そこで知り合いから紹介されたシャルというアイドルと知り合い、主人公は彼女によって救済されるんですよね。
丸茂 救済!? 具体的にどういうことなんです……。
池澤 魂の救済といいますか。ずっと救われない日常を生きていた主人公がシャルのステージを見て、魂みたいなものが救いを感じるんですよ。
丸茂 なるほどわからんって感じですが、続きをどうぞ。
池澤 私も疑問だったんですよ! 肝心な主人公とシャルの結びつきについて、なぜ心が救済されたのかの説明が短いんです。読者にフィーリングを求めるというか投げつけている感じがしました。恋愛って感じるものでしょ?と。逆にそこに説得力があれば、百合小説として魅力が出ると思いました。あとこの作品は戦闘シーンに紙幅を割いているんですね。
丸茂 そういえば「暗黒犯罪百合小説」でしたね。
池澤 バリバリ戦闘します。主人公が殺しもですけど、薬の製造や密造酒など犯罪行為に手を染めているんです。シャルも同様で、アイドルは表の顔なんです。
丸茂 ストーリーとしては、クライムサスペンスということですか?
池澤 う〜ん、そうですね。たしかに銃撃戦のシーンが多いです。キャッチコピーにあった、アイドルや信仰については細かく描かれていなくて、百合小説として描くならもっと2人の結びつきや愛情の比重を丁寧に描いた方がいいのかなと。
丸茂 この新人賞での、つまりエンタメとしての作品評価において、僕は百合小説として優れているかって評価軸を持たないほうがいいと思うんですよ。女の子同士の情感を書けばこの作品は候補作になったかって言ったら、そうではないですよね。
池澤 たしかにそうですね……。
丸茂 エンタメとしての評価は、クライムサスペンスやバトルものとしておもしろいかどうかという部分に下すべきではないでしょうか。百合小説として物足りなかったことが、この作品が受賞作にならなかった根本ではないって言っておかないと、この投稿者さんに百合描写を手厚くすればよかったんだって勘違いさせてしまいますよ。
池澤 なるほど……おっしゃる通り、百合小説として読み甲斐があったとしても、受賞作には至らなかったと思います。私は百合作品として成立させるには、どうしたら設定が生きてくるのかを考えすぎていました。戦闘シーンは引き込まれるものがあったので、設定の要素を絞って物語を組んでいただくとよかったと思います。魅力あるキャラが作れる方なので、ぜひそれを活かして下さい。
「迫真の描写!」だけでは物足りない
持丸 次の『這いずる星』は、相当読ませる作品でしたよ。収監されている連続殺人鬼が多重人格で、精神科医と接見をするなかで、次から次へと人格が現れてどういう罪を犯したのか、どういうことが過去にあったのか次々に明らかになるというサスペンスフルなストーリー。文章も凄く迫力があって、読んでいてこちらが気持ち悪くなるというかおぞましくなる残酷さがありました。
丸茂 (これは高評価……ということなのだろうか?)
持丸 最後にどんでん返しがあって、今までのやりとりっていうのが多重人格の各人格同士が裁判を乗り切るために台本を準備してリハーサルをやっていたというオチなんです。登場する精神科医や検事というのも人格の一人ひとりで、「さあ、これから本番」というところで終幕です。この劇中劇のアイデアが秀逸で(薬師丸ひろ子さん主演の『Wの悲劇』とか、トリュフォー『終電車』と同じですね)、ギャフンとさせられたので、取り上げようと思いました。フィクションなのかノンフィクションなのか、僕の自我が揺らいでしまうような迫力がありましたね。これを作者が計算してやったのか、自然にできてしまったのか気になるところでした。
丸茂 持丸さんの語彙が重々しいから実際よりもおもしろそうに感じてしまっている気がする(笑)。
持丸 いわゆる、「イヤミス」ですかね。
丸茂 ミステリなんですか?
持丸 犯行過程が明らかになっていくところは倒叙ミステリで、最後にどんでん返しがあるところは叙述トリックですね。なんと贅沢!
丸茂 なるほど、その真相にサプライズがあれば通用する気がしますね。どうでしたか?
持丸 「あっ、やられた」というおもしろさは認めないといけないんですが、残酷な描写にはある種の戦略が不可欠だと思うんです。そこを含め作品的に落ちるから推せなかったんです。肉が生焼けすぎて食欲が刺激されなかったとでも言いましょうか。
片倉 いくら描写に迫力があっても、それだけだと厳しいですよね。
丸茂 「描写」って僕個人はかなりプライオリティが高い要素なんですけど、世間的にはそこまで求められていない気がして悲しいんですよね……。それはさておいて、分かりやすくカタルシスがないとエンタメは厳しいし、この作品のオチは短編なら通用したかもしれないですけど、長編には物足りなかったのかな。
持丸 この方にはもっと別のエンタメ方向で商業デビューを目指してほしいですね。その後、若書きの旧作として日の目を見るとか、十分にあると思います。
端正なのに汚すぎる!
片倉 『探偵はトイレに駆け込む』はよくできてるんですけど、努力の方向性がこれでいいのか困る作品でした……。潔癖症の刑事と汚物嗜癖の探偵の凸凹コンビが色々な事件を解決していく話です。
丸茂 強烈なキャラですね……。
片倉 文体から事件の内容から、全て探偵の趣味である汚物ものの話で統一されています。キレイか汚いかで言ったら汚い話なんですが、内容と形式が整っているという意味ではすごく端正で作者さんの美意識を感じました。
丸茂 けど、ダメだったわけですよね?
片倉 あまりに汚さが突き詰められていて、読んでいて多くの人が嫌悪感を催しかねないんですよ! とはいえ自分はおもしろく読みましたし、作者さんの技量は評価したいと思います。やっていることは京極夏彦さんの『どすこい』に近いんですよ。『どすこい』は色々な有名作品をデブパロディにした小説集です。赤穂四十七士が全てデブの力士だったらという「四十七人の力士」とか、『すべてがFになる』のパロディでタイトルそのまんま「すべてがデブになる」とか。この投稿者さんがやっていることは、オーソドックスな探偵小説を汚い話で装飾する本歌取りなんです。そして本歌取りのクオリティは高い。とはいえ繰り返しになりますが、やはりテーマが一般受けしなさすぎて難しい……。
丸茂 汚物はちょっと敬遠してしまいますね。
片倉 才能とセンスはある方なので、もうちょっと一般に寄せたテーマで挑戦してもらえたら、またぜひ読ませてほしいです。
太田 そうだね。まずそもそもの話になってしまいますが、こういった取り組みは実績を積んだ後にやるべき変化球の趣向であって、デビュー作にふさわしいものじゃない。デビュー作は、やっぱりその人なりの渾身のストレートであってほしい。
丸茂 ちなみにミステリとしてはよかったんですか?
片倉 本格ミステリとしての技巧については、自分はミステリマニアではないのできちんと評価できないのですが、ミステリのフレーバーを効かせたキャラ文芸として楽しめました。汚物嗜癖の探偵が中性的な美少年、というキャラ造形はよかった……。
丸茂 その路線を狙うなら、なおのことカジュアルな仕立てにしてほしいですね……記憶には残りそうだけど。
「欠点が少ない」は推しきれない
池澤 ここからは、候補作として各担当があげた作品の講評ですね。
磯邊 まず私が挙げた『青になった世界と灰色猫』を紹介します。SFもので、若干アクションもある作品です。主人公の女子高生がある式典に招待されて、天空タワーという高層ビルに行きます。その天空タワーは小惑星から地上に向かって伸びている建物で、基本VIPのような人がいるところです。途中、テロ事件が起こって天空タワーが崩壊。そして主人公の母親の命を奪った男が出てきて、崩壊と男から仲間と一緒に逃げ出す展開です。設定についてですが、主人公は感情がフラットになると体が青くなって死ぬ病気にかかっているんです。死なないためには絶望的な悪夢を見続けなければいけないという設定が変わっていておもしろかったです。このシーンは現実を描いているのか、悪夢を描いているのかわからなくなるというのが映画の『インセプション』を連想させる描写でした。また主人公は母親が死んでしまい、孤児になったため養子として育てられています。受け入れ先の養父はいつもお調子者で主人公は嫌がっているんですけど、物語の途中に愛情や気遣いを感じるシーンがあってベタではありながらも私はグッときました。
太田 なんかもうちょっといい紹介をしてくれい!
丸茂 まあまあ。初めての座談会で候補作をあげた度胸はいいじゃないですか。
磯邊 すみません! 素直でバカまじめで、思春期真っ盛りのJKの主人公が、性格が真逆のクールでスカした美少女と出会い、対立しつつも一緒に困難を乗り越えて、少し心が大人になる話です!!
池澤 (磯邊さんを救わねば……)ところで磯邊さんが新人賞に推す理由を具体的に知りたいんですけど……!!
磯邊 主人公と養父との関係でグッとくる展開があり、かつ物語が進むごとにアクションシーンのハラハラ感が増していく点はお上手だと感じました。
片倉 僕は序盤からかなり苦しかったです。最初は、主人公と俺様キャラな女の子の2人の掛け合いがメインコンテンツなんですが、上から目線でグイグイ来られるのが生理的に受けつけなくって……。
丸茂 片倉さん厳しいですね! イケメンでも許されない?
池澤 女性向けの小説やマンガにはありがちな俺様感じゃないですかね?
磯邊 私も特に気にせずこういうキャラなんだなくらいで読めました。
持丸 僕もぜんぜんいいなあと思って読みました。きわめて少女SF的なキャラですよ。
岡村 僕もそこは気にならなかった。
片倉 あれ、断然少数派だった……。あともう1つ、作中の暗号ミステリ要素も気になりましたね。主人公が暗号を解くくだりがあるのですが、そのパズル要素に作品のストーリーやキャラクターとの相乗効果が感じられず、単に話の勢いを削いでしまっている印象を受けました。
磯邊 私も暗号は深く理解できないまま読み進めてしまいました。あの暗号は無くてもよかったかもしれません。
片倉 ある種揚げ足取りのような感想になってしまいましたが……そういう細かいマイナス点を上回るプラス要素を見い出せなかった、というのが正直なところです。
丸茂 僕はこの作品は、マイナス点が少ないからあがってしまった印象でした。小説として致命的な瑕疵もないけれど、強烈におもしろい要素がない。プラス点がないんですよ。腐しにくいんですけど、主人公の個人的な話に留まっているので、もっと読者の興味を引くポイントがないとこの作品は厳しいと思いました。
太田 そこは正直に申し上げて分量・ストーリー展開ともに失敗してるよね。120ページらへんまでいっても事件らしい事件がないんですよ。そこまでで一山二山あっていいはずなんです。親子の関係性や舞台設定を見せるだけで、3分の1近いページ数を割くような話では全くない。そこがまず上手くなかったよね。ただ、それでも読めてしまうのは丸茂さんの言った通りで、この方はそこそこ読める話をつくれちゃう方なんですよ。だから真の問題点みたいなところが浮かび上がってこないんじゃないかな。音楽にたとえると、いまひとつ訴えかける聴きどころのないメロディーなんだけど、演奏がそれなりに上手いからなんとなく聴けている感じ。そんな小説になっているのが残念だね。
丸茂 話の構造として序盤に引きをつくるといった修正はできると思うんですけど、その修正がなされてもこの作品が勝負できるかというと、厳しい……。だから、磯邊さんにそれでも推すポイントがあればアピールしていただきたいです。
磯邊 なにか飛び抜けている点はないですね。ですが、泣くほどではないけどグッとくる、ちょっと感動する場面はあります。
丸茂 でも「泣ける!」とか「感動作!」みたいなキャッチを帯に書くほどではないですよね。情感をアピールする売り方は厳しいと思う。かといって設定を推すほどでもないし……。磯邊さんは、この作品を受賞させたいと考えているんですか?
磯邊 作品そのままは厳しくても、改稿したら受賞作として出せると思うんです。太田さんにご指摘された途中までスピードがない点を変えたら……。
丸茂 新人賞って改稿してもらっていいものですし、展開はそれなりに修正できると思うんです。ただ改稿が磯邊さんの理想通りに施されたとして、たとえばどういう作品をふだん読んでいる人がこの作品を手に取ってくれると思いますか?
磯邊 ……。
丸茂 磯邊さんが好きだと感じたことは重要ですが、磯邊さん以外の読者にも手に取ってもらう必要があります。どんなパッケージにして、どんな作品が好きな層に届けるか、想定ができなければ受賞作として推すべきではないと思う。
磯邊 パッと思いつかなくって、そうですね……。
丸茂 受賞作として推すつもりであれば、そこまで考えて座談会に臨んでみてください。
太田 どのパラメーターも、ちょっと厳しい言い方をすると5点満点中3.5点みたいな作品なんだよね。
岡村 そこは同感です。
太田 この作品は、手直ししてもどうこうならないんじゃないかな。「これが書きたい!」という気合いや気持ちはあった方がいいんですけど、「売りになる話か?」どうかも考えて執筆してほしいです。
新人賞って、デビューすることを自分で決められるのがすごくいいところだと思うんですよね。「世に出よう!」という作家の確固たる信念で、1つの作品を書けるんです。それって新人賞に投稿する醍醐味だと思います。みなさんも好きな作家のデビュー作って必ず読みません? だから自分の愛読者が必ず読む1冊になる時に、これでデビューしていいのかを考えてから応募してほしいんです。
あまりにキレイな問題作に議論沸騰!
太田 それでは次、いきましょう! これは座談会する甲斐がある作品ですよ。
片倉 自分が推薦したのは、『わたしはあなたの涙になりたい』です。いわゆる難病ものです。体が塩になって死んでしまう「塩化病」という病がある世界で、お母さんをその病気で亡くした男の子が主人公です。傷心していた主人公は天才ピアニストの女の子と知り合って傷を癒やすのですが、2人が仲睦まじくなったところで女の子の塩化病が発覚します。タイムリミットが迫るなか、ワルシャワまでショパンの国際ピアノコンクールに行って束の間のランデブーを楽しんだりした後、ヒロインは亡くなります。その悲しみを癒そうと、主人公が思い出として書いた小説がこの作品、という体裁になっています。
太田 今はもう2021年だよ、令和だよ……。
丸茂 セカイ系を復古していこうっていう感じなんじゃないですか。僕はキツかった……。
持丸・岩間・磯邊・池澤 えっ、感動しましたよ。
太田 お〜、これにいまひとつ素直に感動できない僕と丸茂さんがマイノリティだね!
丸茂 でも僕は太田さんよりこういうジャンルに理解ありますからね! 難病ものが売れてることは確固たる事実じゃないですか。僕はあざといこともやるぞっていう気持ちでいますよ! それでもこの作品は手放しで評価できなかったけど……。まずは片倉さんの評価を聞きましょう。
片倉 この作品は難病もののよく言えば王道、悪く言えばテンプレですよね。この作者さんの趣味であろう音楽の話や映画の話、あるいはモチーフとしての太宰の本とかが、ベタなだけではなくちょっとお洒落に感じさせるところに個性があったと思いました。
丸茂 いや、個性というよりこの「ちょっとお洒落感」も含めてベタなんですよ!
岩間 最近の若者向けの日本映画の匂いがしますよね。これ系って集客があるんですよ!
丸茂 それ褒めているようで、ディスってません? でも言い得て妙だと思います。
太田 一定の需要にストレートに応えている作品ではあるのよ。そしてタイトル。これは非の打ち所がないタイトルです、素晴らしい。あの「セカチュー」は原題が『恋するソクラテス』だったんです。それを担当編集者が『世界の中心で、愛をさけぶ』に変えた。原題では100万部はいかないでしょう。『世界の中心で、愛をさけぶ』はエリスンへのオマージュとはいえどいいタイトルなんです。編集者が改題したタイトルって世間ではけなされがちだけど、「セカチュー」は100%いい仕事ですよ。みんな、世界の中心で愛叫びたいでしょ? そしてこの『わたしはあなたの涙になりたい』はそれに匹敵するくらいいいタイトルなんですよ。こういう小説を読みたいと思うような弱った心の時に「わたしはあなたの涙になりたい!」と思わない? 思うっしょ! そんな気持ちは少なくともどんな人でも1ミクロンはあることは否定できないと思う。
丸茂 でも太田さんはキツかったわけですよね?
太田 キツいよ! 僕、48歳だよ!? 全部が王道なところがキツい! プロローグに出てくるのが「別れの曲」で、しかもポリーニですよ。もう少し捻ろうよって思わない? ポリーニのショパンは傑作中の傑作中の傑作で、人類の遺産、ボイジャー何号に入れるCDを10枚選べって言われたら確実に入るレベルで、まさに人類が成し得た芸術の到達点なんですよ。むしろね。たいていの人類よりもポリーニは価値がある。だからポリーニを聴いて「いいね」って思うのって当たり前なんです。
丸茂 そういうおそらく通な人は敬遠してしまうけど、世間的には小洒落てると受け入れられるだろうアイテムのセレクトが徹底されてますよね。
片倉 マイナーすぎないところがいいんですね。
太田 マイナーすぎないっていうか……弩メジャーです。しかしそう、そのセレクトはこの小説を読みたいって思う人にはこれでいいんです。しかも死ぬ理由が「塩になる」ってのもいいじゃない? 嫌な感じ、しないじゃない? でもそれで本当にいいのか……片倉さんが話題にあげた汚物小説の方を見習ってほしいとさえ思ってしまう。あれは非の打ち所がない汚さがあるわけじゃない。こっちはあまりにもキレイなものしかないんですよ。これが汚物になる病気だったらどうですか?
片倉 泣けないどころか笑えちゃう作品ですよね。
丸茂 現実には人間は腐るわけですが、そういう部分を無視してキレイなところだけ掬いとるのって、暴力的な都合のよさだと思うんですよ。ところで作者さんがキャッチコピーで「アンチ難病もの」と主張している意図を汲めなかったんですけど、片倉さんはどう捉えました?
片倉 僕もそこは引っかかりました。好意的に捉えれば、こんな解釈もあると思います。最後にこの作品によって難病で死んでしまったヒロインのことは永遠に記録されているわけですよね。美しい形で。難病で人は死なない、救済はあり得るという意味での「アンチ難病」なのだと思いました。難病で人は死ぬけど、人の思い出は美しく残る、と。
丸茂 つまり「アンチ」じゃないじゃん! 豪速球ど真ん中ストレートの難病ものじゃん!
片倉 はい……作品の内容はいいと思いましたが、ここは十分に理解できませんでした。
太田 これは「Just The Two Of Us」的な黄金のコード進行で書かれた作品なんですよ。よくできているんです。
岡村 えっ、これよくできているんですか? 僕はこういうジャンルを全く読まないのでよくわからないのですが、病気についてこんなに緩い設定で話が進んで大丈夫なものなのですか?
丸茂 緩い、医学的説明が薄い、あえて緩くされた架空の病気は珍しくない印象です。
岡村 なるほど。それは僕が勉強不足でした。
丸茂 現状スマートじゃない部分も多いと思います。「塩化病」という1つの嘘だけで成立させるべきだと思いました。そしてここも議論になると思いますが、僕は現状の3.11についての描写は架空の病気よりもどうかと思っています。難病に加えて震災までも、現実にある悲惨さからキレイなところだけとって感傷のネタとして使っているように読めるんですよ。
持丸 感動した派を代表して僕からもひとこと表明すると、現実と嘘の混ぜ方の作者の手つきが乱暴なんですね。読みながら「混ぜるな危険」とアラームが点滅しっぱなしでした。なのにラスト近く、映像の中から死んだ彼女が語りかけてくるところは不覚にも涙腺が崩壊しました。このようなケレン味が作品のキモであることは間違いなくて、「セカチュー」とか「イマアイ」を読んだ時の戸惑いに似ています。それでも、この作者は「売れるために大事なものを捨ててるわけではない」というのが僕の直感です。悔しいが、これは有りだと思いました。
太田 僕も岡村さん派で基本はこういうジャンルを熱心には読まないんだけど、これは難病もののコード進行をしっかり押さえてあって、水準以上の作品なんです。ただ僕の好みじゃない。でもこういうのがウケるかもしれない。僕たちが見過ごしたら、他の出版社で大ヒットする可能性はあり得るんです。
岡村 マジか……僕の意見は全く参考にならない作品なんだということはわかりました。そこまで言い切れるならうちで出したほうがいいんじゃないですか。
太田 でもうちの作品じゃないかな……というのと、うち向きじゃないものをうちのものにする時にすごく批判を浴びる気がする。それとは逆に、うち向きじゃないものを取りいれていかないとおもしろくないという気も、する。しかし当然ながら! 担当はこの作品を好きじゃないとダメなんですよ。片倉さん……涙になりたい?
片倉 20年に一度くらいは、そういうときがあるかもしれません。
太田 今がその時というわけね!
『ノルウェイの森』は目指せるか?
太田 じゃあこの方と一度お話ししてみる?
丸茂 ちゃんとお話しした方がいいと思います。少なくとも現状は、福島に関しては著者に当事者性があったとしても軽々に許される書き方になってはいないのではないかと。また、作家さんがどのような意図でこの作品を「アンチ難病もの」として自負されているのか確認しないと、受賞を決めるのは危険だと思います。
岡村 「アンチ難病もの」であるかどうかに、丸茂くんはこだわるね。
丸茂 どんなに作家さんが一生懸命、真面目に書かれたものだとしても、難病ものは言ってしまえば病を感動のダシにするジャンルです。作家さんが「アンチ難病もの」と表現したのは、そのことを自覚している意識があるからだと思ったんですよ。でも作品からは読み取れなかった。
岡村 作品紹介文には「泣きながら書いた」って書かれてたよね。
丸茂 そう! 自覚されてない可能性がある……あざといことに無自覚なのは危ない。
太田 僕は自覚してないと思うな。丸茂さんの言う通り、本当に危険なんだよね……。でも、自覚してたらこの作品のよさの多くは消えてしまうと思います。
片倉 世間の福島への視線に対する不満のようなものはありましたね。ヒロインが福島出身のピアニストとしてすごく売れてしまうことに対して主人公が怒るシーンがあります。
丸茂 それがフォローにはならないと思うな。片倉さん、この作品からは震災要素を抜き去るべきか否か、どう思います?
片倉 あった方がいいと思います。
丸茂 ですよねえ……あった方が感動できるんだろうな。ちゃんと震災を感傷的に書けているんですよ。
太田 でもやっぱりあざと過ぎない? あざといと感じさせないあざとい書き方なら僕も「出しましょう!」ってなるんですよ。そう思うと『ノルウェイの森』ってやっぱり本当にすごい作品だよね。いま僕らがギャンギャン言っていることを全部完璧にやってのけているじゃない。要は時代背景としての学生運動の退潮があって、大して努力もしていない男が女の子からモテて、ヒロインの死があり感傷的だけど、しかし感傷的にすぎないという。
丸茂 『ノルウェイの森』における学生運動のような距離感で震災のことを書けていたらセーフラインだと僕は思うんです。
太田 そうそう! あと、固有名詞のセレクトって些末なようで、こういう作品では重要なんだよ。『ノルウェイの森』は聴こえてくるのが「Norwegian Wood」であって「Yesterday」ではない。ふつうの作家だったら「Yesterday」や「Let It Be」を選ぶのに。ここに春樹さんのセンスのよさが表れてる。この作品でショパンの「別れの曲」を堂々と持ってくるセンスは、「Yesterday」や「Let It Be」を選んでるってこと。つまり『ノルウェイの森』になってないんですよ。
丸茂 『ノルウェイの森』の系譜にある作品ですけどね。
太田 構造は同じ。背景には大きな社会問題がある。しかしそれはエッセンスであり、フレーバー。ただし、そこが重要であるがゆえに、君と僕のラブストーリーも大事ですと。いわゆるセカイ系の構造だよね。
片倉 でも王道を狙った姿勢は評価したいんですよ。この方は過去にも投稿してくれていたのですが、変化球すぎる作品が多かったんです。でも今回はド王道を持って来てくれた。確かに震災ネタには批判があるかもしれませんが、そう感じる人はそもそも、この作品の読者層ではないと思うんです。
岡村 なるほど、片倉くん自身はこの作品をおもしろいと思っているの?
片倉 おもしろさでいったらまあまあ、ですね。自分は完全な想定読者ではないから80点くらいしか感動できない。でもやっぱり泣かされてしまう、感動はしてしまうんです。そして、これで100点満点の感動ができる人が世にはいる気がします。
岡村 片倉くん自身が感動できているならいいじゃん。新人賞で感動する作品を読むことっていうのはなかなかないよ。担当編集がちゃんとその感動に素直に向き合えるんだったら、むしろやるべきでしょ。
太田 たしかに。反論できない。改稿をお願いして80点を100点にすればなおのこといい。
丸茂 僕もそう思います。片倉さんが受賞作に推すなら反対しません。
太田 一度話はしてみたいね。じゃあちょっと受賞する・しないはいったん置いておいて、片倉さんからコンタクトを取ってみましょうか。
片倉 はい、連絡させていただきます!
おわりに(後日)
片倉 作者さんとお話しさせていただきました。やはりこの作品はエンタメ小説としての詰めが今一つ甘いこと、難病ものに対する書き手としての姿勢がブレていることなどをお伝えしました。結論として、今回は受賞を見送らせていただくことにいたしました。
太田 この方の実力は確かなので、遠からず必ずどこかでデビューして活躍すると思います。ただ、この作品でデビューするのは作家さんの将来のためにもよくないという判断を今回は苦しんだ末にしました。次回作にすごく期待しています! というわけで、今回も受賞作なしです。賞金がさらに積み上がります。
一同 それでは、次回もご投稿をお待ちしております!
1行コメント
『運命の確率~Rate of Fate~』
恋をしているからこそ真実が重くなるという狙いはわかるのですが、DNA鑑定をしてからの衝撃的なストーリーに重点を置いてドラマチックに描くべきです。どこに重きを置くべきか迷子になっている印象を受けました。主人公がヒロインに片想いをする描写があまりに長いと感じます。(池澤)
『取材に参りました!』
エルフやオーク、ドワーフなどに取材をしていくお話ですが、それらの異種族について明らかに書き手が勉強不足です。(岡村)
『お笑いの国ジパング~フリースタイルで、一億総ストリートコメディバトル~』
お笑いにおいては芸人さんの身振り語り振りも重要ですから、コントの台詞が書き記されるだけの小説でおもしろく見せるのは非常に難しいかと。その高いハードルを越えたものには感じませんでした。(丸茂)
『イジルステータス』
女性キャラの描き方に、書き手のフェティシズムを感じて好感を持てました。とはいえ、それ以外の部分は総じて粗が目立ちました。ただ、裏を返せばまだまだ伸びしろがある方だと思うので、もっと小説を書く練習をしてほしいです。(片倉)
『狂った口の戯言交じり』
歴史的なことや、病気によっておこりうる状態を創作のスパイスとして巧みに取り入れている点は投稿者さんだからこそ描けるものでお見事でした。一方でこの作品のウリがわかりづらいと感じました。応募時のキャッチコピーでも「何の話か?」ということがわからなかったため、誰にでもわかり、尚且つ「気になるな」と思わせることができる、「1行で何の話と説明できる」ストーリーを意識することができると、更によくなるのではないかと思います。(岩間)
『乙女の海上護衛戦記』
女性キャラの描き方次第ではおもしろくなりそうなアイデアだと思いました。が、描写やストーリーテリングが十分に設定を活かしきれておらず、よくあるミリタリーもの以上の興趣を見い出せませんでした。(片倉)
『竜使いの民』
細部にわたる設定にまで気配りがある点に好感が持てました。ただ、何が起こっているかがわかるストーリーで止まっており、この作品ならではのものが何かがわかりづらかった点がもったいなかったです。(岩間)
『嘘・鉛筆・透明人間』
小5男子の視点で友人関係で負った心の傷が描かれています。鉛筆でクラスメイトを刺す事件にジワジワ集光していくような書き方はよかったのですが、ところどころで小5男子が鬱屈した大人に見えてくるのが困りました。子供視点の一人称小説は難しいです。(持丸)
『炎上上等!! ワケアリ人間救済プロジェクト~あなたの夢を叶えたい~』
リアリティーショー的なサバイバルゲームという状況設定は可能性があると思うのですが、実際にある番組以上のおもしろさにはなっていなかったかと。女の子たちの友情物語を描くならもっとストレートなシチュエーションを選んでいただいた方が映えると思います。(丸茂)
『訳者あとがき』
新人賞をとって商業出版を狙っている作品とは、思えませんでした。(岡村)
『あなたのための物語.mp3』
刺激的な言葉や設定が特徴的な作品で発想もおもしろく興味深く拝読いたしました。一方で、今回のご投稿では刺激的な言葉が効果的ではなく思えた点があり、もったいなかったです。(岩間)
『死の恐怖を乗り越える方法』
読者を楽しませようという、エンタメ作品に必要なサービス精神が足りていない印象です。(片倉)
『幻影蝶の夏』
本格ミステリとしては粗すぎます。(岡村)
『アマティリス 創成の記』
物語の世界をしっかりと伝えようとする情熱を感じましたし、情景描写も丁寧でした。ただ全体を通して説明的なので、血の通っていない作品となっていて惜しいです。淡々としているので台詞回しを改善されるといいのではないでしょうか。文章はお上手ですが、小説というよりシナリオを読んだ読後感です。(池澤)
『ファストナハト』
復讐劇でちゃんと復讐が達せられているのはいいのですが、色々と粗い印象です。あと第4章は必要無いです。(岡村)
『生徒会なのに謎解きがあって、さらに痛いほどの青春が待っていた』
百合も描きたいし、学園ミステリも描きたい。結果アンバランスになりました。ベッドシーンも入浴シーンもあるのに、ノレなかった。2人の少女が結びつく必然性がわからなかったです。「ジャンルとしての百合小説ってこんなもの?」という雑な印象をうけました。しかし、1つ美点があってサッカーの試合シーンは完璧に描けていて、ラストの爽快感に繫がったと思います。いっそのこと百合はほどほどにして、女子サッカーを書いてみてはいかがでしょう。(持丸)
『運命はGENESCOPEの中に』
設定がおもしろく、小さい事件を短編的にまとめた構成も読みやすくて好感が持てました。これらの事件に何か1本大きな軸があると、さらにおもしろくなったのではないかと思います。例えば『名探偵コナン』がもとの姿に戻るための手がかりを常に探しながらも日々、目の前でおこる事件を解決するようなイメージです。投稿者さんご自身の中には、「これを軸にしたつもり」というものがあったかもしれませんが、全体を通してわかりづらかったのがもったいなかったです。(岩間)
『透明の命日』
同じ文章表現が続くので単調なイメージを持ってしまい、引き込まれませんでした。まずは表現力を磨いてほしいです。書き手の熱量を感じるような作品をお待ちしてます。(池澤)
『ヌースフィア〜惟神の道〜』
異世界でうつ病を治すという発想の独自性がとてもよかったです。核実験の映像を観るシーンや気分が荒んでしまっている主人公は賛否両論ありそうですが、引きつけられるインパクトがありました。ただ、異世界の話に偏りすぎていて、うつ病の割合が少なく、少し中途半端な印象を受けました。また町の情報や歴史に詳しく、ご自身の経験もとても豊富な方なのでそれをガッツリ活かした作品にも非常に興味があります。(磯邊)
『神神鳥蝶悪竜撃滅』
バトルファンタジーなので、冒頭からバトルが始まり、勢いがあるのはいいのですが、初出の情報が多い(小説の初めから要素が多い)ことで映像が浮かびづらかったです。そのため物語にのめり込めないというか、置いてけぼりになってしまう印象でした。最初の情報量をもう少し抑えめにしていただけたら、さらに読みやすく、話に入りやすくなるかと思いました。(磯邊)
『徳川千本桜 猿蟹ウォーズ』
発想力や世界観は独特でおもしろかったです。しかし、特殊で入り組んだ設定を活かしきれていない印象を受けます。地の文と会話の書き分けができると、読者が作品に入り込みやすくなると思います。(池澤)
『ワープと擬態』
前作は「幽霊」「猫」という広く人好きする要素をセレクトできていた点がよかったのですが、今作の「ミミック」はその点厳しいかと。ストーリーもキャラも整ってはいますし、個性もリーダビリティーもある文章には自信を持っていただきたいのですが、まずド定番でいいので多くの読者の興味を引けるようライト文芸で流行りのジャンル要素を取り入れていただきたいです。個人的な希望としては、『しゃばけ』『ほうかご百物語』『神様の御用人』あたりをチェックしていただいて、「妖もの」に挑戦していただきたい。あるいは『ビブリア古書堂の事件手帖』『京都寺町三条のホームズ』あたりを目指すミステリでも。心から期待しています、またご投稿ください。(丸茂)
『新版歴史大辞典より』
設定は壮大で興味を引かれました。ただ物語は次に読み進めたくなるようなおもしろさにはなっていませんでした。(岡村)
『一人一神』
丑の刻参りの聖地である神社を舞台にした青春ファンタジー。木花咲耶姫神話を下敷きにして、祖父、父、少年と3代続く神職一家と、同じく祖母、母、少女の巫女の一家と神の関係性を描いています。まん中ぐらいで神楽のストーリーをまるごと紹介しているのは、かなりダレました。せっかくのアニメ映えする設定なのに、タネ明かしで終わってしまったのは残念でした。(持丸)
『柳間詩織は、夢見る文学少女じゃいられない』
主人公が、嫌な奴だと思ってた子と、お互いの熱中するもの(演劇と小説)を通して歩み寄って友情を築いたり、周りの女子から嫌味を言われるリアルさだったり、序盤の展開が素晴らしく、引き込まれました。ただ中盤以降にそのスピード感が若干落ちてしまったように感じました。(磯邊)
『お客様、工事現場での推理は天候に左右されます』
マンションの外装補修の工事現場で事件が起こる連作3編。施工会社の先輩社員と後輩新人女子が探偵と助手役です。外壁に組まれた足場がヒッチコック『裏窓』の中庭みたいでシーニック。全編に溢れる陽性の雰囲気とテンポのいい会話がよいですね。しかし地の文がまったくダメで(特に第1話)、台詞と地の文を書き分けていません(テンポを出すために犠牲になったのかな)。日常の謎系は「地の文=語り」が腕の見せどころなので、ここをがんばってほしいですね。(持丸)
『Life is Passion』
前世の話に飛ぶことで、一旦それまでの物語にのめり込んでいた気持ちが離れてしまうと感じました。現代の話には非常に引きつけられたので、急に始まった前世の話が冗長な気がしました。前世の話の量を、最初はもっと少なくし、後半に向かうにつれて徐々に多くするなど調整の必要があるかと思います。(磯邊)
『虚像の一匹燕』
1つの物語を適切な長さで書けていますが、厳しい言い方をするとそれ以上の評価がありません。ただ伸びしろがあるということでもあるので、まず基礎体力として、ただの説明以上の機能がある――読んでいて感情を喚起させられる文章や台詞回しを磨いていただきたい(お好きな作家さんを手本にされてください)。そして既存の作品に見劣りしない設定・キャラを考え、凡庸でないメッセージ性を乗せていただきたいです。この作品は地味でした。(丸茂)
『未定』
台詞回しがお上手ですし、それによってキャラクターに個性がありました。ですがそれではカバーしきれないほど、冗長と言わざるを得ません。ご自身が書きたいものをひたすら書き出すのではなく、読者視点に立ってコンパクトにまとめつつ、ストーリーを展開していくといいと思います。(池澤)