2020年秋 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2020年9月16日(水)@星海社会議室

期待作が現るも、受賞至らず! 編集部からの重大発表も見逃すな!

はじめに

太田 FICTIONS新人賞座談会も今回で30回です。張り切っていきましょう。

岩間 今回の投稿数は34作品で、前回より少し増えました。今回も半数くらいが新しく投稿いただいた方の作品です。

太田 新しく投稿してくれる方がたくさんいるのは嬉しいことです。それでは始めましょうか。

コンセプトは大事だけれど

丸茂 僕が読んだ『南国コンチェルト』からいきますね。前々回は暗号ミステリー、前回は格闘ミステリーを投稿してくださった方で、今回は直球の青春ミステリーです。キャッチコピーは、本格ミステリー版『ロミオとジュリエット』。明快なコンセプトを立ててミステリーを考えるのは今後も努めていただきたいですね。八丈島を舞台に男女が恋に落ちる過程を描きながら連続する密室殺人の謎をといていく筋書きで、その男女に結ばれがたい過去が見えてくると。ただ、非常に青春小説としては古い印象でした。90年代くらいの感じ。

石川 どのあたりが古かったんですか?

丸茂 うーん一言でいうと、メロドラマ感。「現代の恋する男女」を描くのはこの方、向いてないです。

太田 でも、『ロミオとジュリエット』なら、しょうがないんじゃない?

丸茂 おっしゃる通りですけど、ロミジュリを推すなら時代設定を現代とせず横溝的な昭和にしたり、ふたつの血族がある世界を創作すれば、正しく古めかしさがある青春になると思います。この投稿者さんは、自然に描けるモチーフを模索する段階かと。個人的には現代ものからは離れたほうがいいと思いました。欲を言えばミステリももう一段階は捻っていただきたい。読みものとしては過去2作より前進してる面もあると感じたので、また応募していただきたいです。

設定を活かす物語づくりを!

岩間 次は私が担当した『死骸を抱いて歩くなら、手は冷たい方がいい』をお願いします。ごく普通の男子大学生と、お手伝いさんとして雇われている美女や、謎の少女との日常の中で発生する不可解な事件を追うお話です。実は、美女と少女は、海外で内戦に巻き込まれた経験があるという設定で、美女の過去のトラウマ的な記憶の回想と、男子大学生と過ごす現在日本と、視点を変えながら構成されています。リーダビリティーが高く一気に読まされてしまう作品でした。ただ、設定の甘さで目に付く点があり、残念ながら上げるには至りませんでした。

丸茂 どういう点が甘いと感じたんですか?

岩間 海外が舞台の内戦の回想シーンと現代の日本のシーンがおり混ぜられた構成ですが、このふたつの舞台がどのように関わっているのか掴めなかったんです。普通の大学生と戦闘訓練を受けた女性の共同生活のお話だったので、『マージナル・オペレーション』のような展開を期待したのですが、そうではなく、わざわざこの舞台設定にしたことが活かせていないように感じました。読んでいて、続きが気になる構成ではあるのですが

丸茂 続きが気になるなら充分なのでは? 石川さんも読まれたんですよね、どうでしたか?

石川 僕は、自分が下読みを担当したものや上がったものも含めて、今回読んだ中でもかなり良かったと思いました。事前に読んでいたら、受賞はないかもしれないけれど、というラインで上げていたと思います。岩間さんの指摘に対しては、「それは違う」と「わかる」が半々ですね。悲惨な内戦に関わらざるを得なかったキャラクターたちが再び戦地に「戻らない」ことこそがこの作品の肝なので、主人公を巻き込んで『マジオペ』が始まってしまったら本末転倒です。けれど、であるがゆえに、ストーリーが小さくまとまってしまっていたり、主人公の存在感が薄かったりして物足りなかったのも事実です。倫理的にかなり踏み込んだ内容なので、軽々に「もっとドンパチやって盛り上げてほしい」とは言えませんが、この設定・テーマをより活かせる物語はあったと思います。キャラクターが書き割り気味だったりリアリティラインの設定が詰められていないのが気になりましたが、筆力は間違いないので、次は受賞を狙って投稿していただきたいです。

求む! +αのオリジナル要素!

櫻井 次は、私が担当した『二人でバチバチしないでよ!』です。これは一言でいうと、女子高生の『下町ロケット』です。

丸茂 意外ですが悪くなさそう?

櫻井 ただ、それ以上のことがおこらないので上げませんでした。女子高生だからこその+αの要素がなく、この作品だからこそ! というものがなくなってしまっている。

丸茂 女子高生が部品製造するんですか?

櫻井 女子高生が潰れそうな町工場の社長になるというストーリーです。

丸茂 なるほど、わりと現実味がある話ですね。

櫻井 リアルではあります。若い3人でチームを組んでやっていこうという話で、女子高生が中心に話は構成されていますが、登場人物として技術的な部分では男性キャラも存在します。

丸茂 女性だけではないんですね。男女混合のチームプレイなんだ。

櫻井 そうです。YouTuberになったり、今風にしようという工夫はありましたが、斬新さが突き抜けているかというとそうでもなかった。3人のわちゃわちゃした良い雰囲気が伝わってきましたが、ネタを活かしきれていないと思いました。

丸茂 それなら「YouTuber 頑張ろう!」みたいな感じに振り切った方が良かったかもしれないですね。あるいは芝村裕吏さんの『富士学校まめたん研究分室』みたいな、技術系の世界を物語を通して見せるとか。

櫻井 そうなんですよね。終盤は過去の友人関係が絡んできたりしてシリアスな展開にもなるのですが、今の構成だとどこに話の力点があるのかがわからないので、次回ご応募の際にはその点を考えぬいていただければと思います。

魅力的な世界観を活かすには?

石川 次は『キュアネアイ』ですね。これは、直接的な言及はありませんが、コロナ禍の状況をふまえて書かれた作品だと思います。とはいえ現代とか現代と地続きの世界ではなくて、舞台は極寒の閉鎖都市、感染症の脅威に対抗するため「検疫官」と呼ばれる存在が強権を握っている、という、よりSF的に作り込まれた世界が舞台です。

丸茂 『DEATH STRANDING』だ!

石川 ある意味近いかもしれません。この世界観はなかなかに魅力的で、いい感じに終末的な猥雑さが表現されていたと思います(固有名詞が古代ギリシア風なのはあまり効果的ではないと思いますが)。だからこそ、この舞台装置を使い切れていなかった印象があってもったいなかった。

丸茂 主人公はどういう人物なんですか?

石川 もともと「検疫官」をやっていたけれど、今は犯罪まがいの行為を組織ぐるみで行う諜報機関に所属しています。ストーリーは金をめぐる謀略がメインプロットで、それ自体はどんな世界観の下でも展開できてしまいそうなんですよね。そこがもったいないと感じた部分です。せっかく魅力的な舞台を作ったのだから、もっとその設定を生かした、そこでしか展開できない物語が読みたかったなと。

丸茂 『DEATH STRANDING』は昨年のゲームですが、素朴に見ればコロナの影響によって都市や個人が分断されたビジョンを予見していたわけですよね。これから閉鎖-分裂都市のビジョンを描くもので、小説からもすでにある作品を踏まえた傑作は生まれてくるんじゃないかとは思うんですよ。

石川 その意味でこの作品が良かったのは、2020年の9月に読むから「ああ、コロナ禍を反映してるんだな」と思うはずなんですけど、たぶんそういう前提がない状態で読んだとしても、SF的な世界観設定としてスッと入ってくるんですよ。

丸茂 閉鎖都市というビジョンを構想した結果、今の状況としても読めるようになっている。

石川 そうそう。文章も悪くなかったです。あとは、専門媒体でも通用するくらいガチガチのハードSFにするとか、SF度は低くてもキャラドリブンな物語にするとか、振り切ってしまってもいいと思います。頑張ってください!

単純なのが悪いわけではないけれど

石川 続いても僕ですね。『絶対正義ライトニングカイザー』

丸茂 タイトルが強い! このセンス、嫌いじゃない!

太田 おもしろそうなタイトルじゃないの。どうだったの?

石川 と、思うじゃないですか? ダメでした

太田 そうなの? たとえば、山口貴由さんの漫画『覚悟のススメ』や『蛮勇引力』みたいなのもあるからね。どこまで素直におもしろがっていいのかわからないところまで含めて、まさに傑作、快作っていう場合もあるじゃない。そういうのじゃないの?

石川 そういうのじゃないですね。一言で言えば、広義のロボットものです。

太田 なるほどね。ロボットものの小説って最近何があると思う?

丸茂 強いて挙げるなら安里アサトさんの『86エイティシックス』ですかね。ロボットというより戦闘機ですが。

太田 これは、スーパーロボットものなの?

石川 うーん、最近の作品で言えば、アニメですが『グランベルム』とはロボットまわりの設定が若干近いかもしれません。雰囲気はまったく異なりますが。この作品でのロボットは「異能としてのロボット」なんです。ある日宇宙から降ってきた上位存在に影響を受けた人間が、ロボット的な戦闘兵器を顕現させられるようになります。それでこの作品のテーマは何かと言うと「正義」なんですよね。

丸茂 タイトル通りだ!

石川 「正義」をテーマに据えるのはいいんですが、今「正義」を書くのに、こんな単純な価値観や構図になるか? と悪い意味で驚いてしまいました。

丸茂 たとえば勧善懲悪な『半沢直樹』は人気じゃないですか、そういう感じでもない?

石川 たしかに『半沢直樹』は善悪の構図がわかりやすいくらいわかりやすいです。でも、視聴者に押し付けてくるのではなく、あくまで「舞台」の上でエンタメに昇華されたものとして善悪の価値観が存在しますよね。だから、フィクションの中で正義とか善とか悪を大上段から語られる怖さはさほどない。この作品では、主人公は(理由はありますが)「正義とは正義だから正義なんだ」というトートロジーで「正義」を盲信しています。けれど、肝心の「この作品において正義とは何か」という視点が甘いし中途半端なんですよね。タイトルのような勢いで、それこそ『半沢直樹』みたいに笑える方向に突き詰めるでもなく、シリアスに考えることもできていない。漫画ですが、もはや倫理学の教材レベルな『Pumpkin Scissors』だったり、ジャンプなら『僕のヒーローアカデミア』や『呪術廻戦』だったり、「フィクションの中で正義を描くこと」に真摯な作品を読んでみてほしいです。もうひとつ、悪い意味で単純だと思ったのが世界の在り方です。ロボットという異能を手に入れる人間が現れて以降、世界は二分されます。

岡村 世界が二つに分かれること自体は全然悪くないでしょ?

石川 もちろんです。例えば『コードギアス』もシンプルに分かれた世界が舞台ですが、優れた作品であることは言うまでもありません。じゃあ何がまずいかというと、本作では「既得権益を守りたい先進国連合」vs.「既得権益を奪いたい途上国連合」という形で二分されるんですが、世界ってこんなにシンプルな二項対立で出来ていないですよね。だからこそ、この二分を納得させるための設定なり描写なりが必要だったんです。それがない。テーマも世界観も、単純なのが悪いわけではありません。ただ、表に出てこない部分も含めて考え抜いた結果の単純さ、というふうにならないと、この2020年に勝負することはできないと思います。

歴史をなぞるだけではなく、オリジナルの要素を!

櫻井 次は『麒麟児の夢』『ナチスと戦う子どもたち』の2作品をお願いします。両方とも、歴史物です。どちらも、たくさんの資史料を参照して、よく勉強されて書いているということが伝わってきました。それは良いんですが、史料や史実以上のおもしろさになっていないというのが、共通する問題点なんです。私は元々歴史を専攻していたのでより強くそう思ってしまうのかもしれないですが、歴史上の出来事や1シーンを忠実に書いた小説よりも、その史料や解説書を読むほうがおもしろいと感じます。「事実は小説より奇なり」とも言いますので。大なり小なり嘘を混ぜて味付けしないと、エンターテインメント作品にはならないと思います。歴史上にこういう事があったんですよ、というだけでは、長編小説として読ませるのは難しいですね。

岩間 たとえば、司馬遼太郎さんの歴史小説を読んでいると、司馬遼太郎さんの世界だからこそ出逢える歴史上に実在した人物の新たなキャラクター像があります。歴史を下敷きにはしているけれど、その上でオリジナルの物語があるんですよね。ただ、専門書や資料を要約し、歴史をなぞるだけでは、創作とは言い難いと言うことでしょうか。

櫻井 岩間さんは例として司馬遼太郎さんの名前を出されましたが、誤解を恐れずに言うと、今、ご応募いただいたお二方が司馬遼太郎さんを参考にしようとしても、司馬遼太郎さんを超えることはかなり難しいと思います。

丸茂 最近の時代小説の書き手、たとえば朝井まかてさんを追えということ?

櫻井 まずは「読者をどこに置くか」を考えるべきだと思いますよ。歴史好きを読者と想定するのであれば、確かに司馬遼太郎を超えようという気概は必要ですけれど、今その手法をそのまま真似ても上手くいくかどうか。良くも悪くも誰もが情報を容易に手に入れられる現代では気が遠くなりますね。そうではなくて、小説を書いていく上でもっと広い意味での目標が必要です。とにかくベタに、歴史物のなかに現代に通ずるテーマをはっきりと織り込むというのでも良いです。両作品に言える事ですが、選んでいるネタがすでに一ジャンルになりそうなくらいありふれたものなんですよね。『麒麟児の夢』は織田信長の小姓という時点で既視感があり、『ナチスと戦う子どもたち』に関しても、同じようなテーマの作品があふれています。この作品だからこそという新しさはありませんでした。決してベタが悪いわけではありませんし、中途半端な知名度の歴史的人物しか出てこない作品よりも、ストレートに誰もが知っている有名人を扱うほうが良いと思います。しかし、読者があっと驚くような頭ひとつ抜けるアイデアはないといけない。

丸茂 いかに美味しく調理したところで、限界があるアイデアの種というわけですね。

石川 これは歴史に限らない話ですけど、何かを書くときに種になる物はありますね。史実ならば歴史物になるし、現実の事件から着想を得る事もあるでしょう。元ネタの種選びの時点で勝負が決まる部分があります。その次に、それをどう料理するかが重要ですが、素焼きで美味しい物は、もうそうそう転がっていないでしょう。先ほど、司馬遼太郎さんの例が出ましたが、当時の研究の水準だったからこそ美味しいみたいな部分はあったでしょう。歴史物の先駆としては紛れもなく偉大な作家さんではありますが、最先端としてやるには手法は学べてもそれをそのままやるのでは、この領域で勝負したい人にとっては足りない戦術になるのではないでしょうか。ただ、勉強するではなく、料理の仕方についても考えぬくことができるといいですね。

丸茂 もちろん前提として、たとえば山田風太郎さんからその先のFateまで勉強するのも歴史のエンタメへの昇華として大事だと思います。

櫻井 やり方を間違えると危険ですが、最新の研究成果などから、ニッチだけどおもしろいものを見つけられたら勝ちだと思います。ノンフィクションですが『武士の家計簿』なんかまさにそれですよね。一見地味そうな、帳簿から当時の人々がどんな生活をしていたのか考えるという研究が非常におもしろくて、それを原作に映画にまでなりました。それまでは到底小説のネタにはならないだろうと思われていたものをもとに小説が書けたら、とてもおもしろいものになると思います。頑張ってください。

編集者の指名はお控えください

片倉 内容的には紛うかたなき1行コメント作品なのですが、『不老不死』について少し触れたいと思います。この作品、キャッチコピーを見たときに笑ってしまいました。「太田様は神」です!! 

一同 ざわざわざわ

片倉 最後まで読んだけど、太田様という登場人物は出てこなかったのですキャッチコピーがまったく作品の売りを伝えていません

岩間 太田編集長が主人公の話かと思ってしまいました。

片倉 肝心の中身はといいますと、大天使ミカエルが人間アバター「神エル」を操って人生ゲームに興じる、という話でした。それはさておき、過去の座談会でもお伝えしている通り、編集者をご指名いただいての投稿は受け付けておりませんので、応募規程はきちんと守りましょう。そして、編集者だけに通じる内輪ネタではなく、一般の読者さんが読んでおもしろい作品を送ってきてください!

文章表現の研究を!

岩間 今回は、4作品が上に上がっています。まずは私が担当した『旅春組大作戦』からお願いします。学校にテントを張って住んでいる変な頭脳派・男子高校生が地元の小規模な事件を解決するお話です。本作は、地方都市のヤンチャな高校生2人が主人公で、何かあると暴力で解決したくなってしまう気質の武闘派と非暴力での解決にこだわる頭脳派の正反対な少年ふたりの日常の中で発生する小さな事件が描かれています。特に、頭脳派少年の設定がおもしろく、家はテント、食糧は自給自足、道具も自作、目の前の事件をDIYや理系の知識を使って非暴力的に解決していく様子がスカッとして好感が持てました。水戸黄門パターンで事件が起こって、最後に頭脳派少年が知恵と行動力で解決するというフォーマットのショートストーリーですが、絶対に少年たちが勝つとわかっていても、毎回「こう来たか」と思わせてくれる意外性があり、楽しめました。キャラクター設定とプロットを評価して推した作品です。文章力に関しては不充分だと感じる点もありましたが、私としてはそれをも上回るキャラクターへの魅力を感じています。みなさん、いかがでしょうか?

丸茂 岩間さんがおっしゃる通り、一定のキャラクターのクオリティーはありますし、メインキャラふたりが事件を解決する話という骨組みはできています。ですが、僕だったら上げなかったかな変人気質のキャラクターの描き方としては力不足で。事件解決も人情ものにまとめたいのか、ヤンキー活劇にしたいのか掴めませんでした。片倉さんはどうでしたか?

片倉 これ、読んでいて共感性羞恥をくすぐられました。

丸茂 えぇ!?(笑) それは、どういうところですか?

片倉 主人公が該博な知識を使ってさまざまなピンチを解決していくという話ではありますが、解決の仕方が、いわゆる「イキりオタク」っぽいんですよね

丸茂 わかるかもしれない(笑)。

片倉 主人公は頭脳派という設定なのですが、作品内で描かれている頭のよさはポップカルチャーで消費され尽くしたテンプレート以上ではなく、そういったミームがネタ化した今から読むとダサく見えてしまうんです。『MASTERキートン』で粉塵爆発の演出が鮮やかにキマった後に、いろいろな作品が粉塵爆発をマネした結果、このギミックの斬新さが薄れ、一気にダサいものになってしまったというのが典型例ですね。この作品のキャラの描き方はオタク文化圏で「かっこいい」「頭がいい」とされている仕草を模倣しているだけで、読んでいてこのキャラが頭がいいようには思えないんです。共感も尊敬もできないどころか、「オタクが考える最強の頭脳派」の妄想を読まされているように感じてしまいました。いずれにせよ、キャラクターが魅力的に描けていないのがもったいない点だと思います。櫻井さんはどうでしたか?

櫻井 非常に私的な見解ですが、今現在、ヤンキーものというジャンルの評価軸では『HiGH&LOW』シリーズがベンチマークになると思っています。この作品は残念ながらそこには達していなかったかと。

丸茂 でもこの作品は『HiGH&LOW』みたいな、ある種ファンタジーに割り切れてないですよね。

櫻井 小規模でもヤンキーものはもはやファンタジーだと思っております。それから本作はバディものでもありますが、「そこに萌えはあるのか?」ということもはずすことができない重要なポイントです。私は残念ながら萌えを感じなかったんですよね。淡々としてしまっているんです。女性が萌えるようなキャラクターの魅力があったら、さらに良かったのではないかと思います。

石川 創作物においてヤンキーはファンタジーですからね。もちろんギャルも。それはそれで良いんですよ。

丸茂 この描き手の方は、ファンタジーヤンキーではなく、かつてあったリアルな空間を描こうとされていたという印象が僕はありましたけど。

石川 なるほど。ファンタジー路線かリアル路線かのどちらにせよ、これはキャラクターとその関係性を好きになってもらえるかが勝負の作品だと思うんですけど、その前段階として、小説を構成するあらゆる要素が水準に達していないと僕には思えました。作中にたくさん映画が出てくるので、映画はよく観ているのかなと思うんですけど、小説を読んでいるのか、単純に疑問に感じてしまったんですよね。もちろん、小説を読んだら小説が書けるとはまったく思わないですが、小説を読まずに小説が書けるのは一握りの天才だけだし、「小説の作法」というものはあるわけです。物語については、それこそ映画のように他のジャンルからも大いに吸収できますが、文章の組み立てや表現、そしてそれが商業作品レベルたりうるかどうかは、やっぱり小説を読まないとわかりません。そこが足りていないのではないか? と感じます。仮に小説を読む人だとしたら、これを書き終えて読み返してみた時に、これは達していないと自分で思うはずなんですよね。もし読み返していないんだとしたら、それはそれで問題ですし。

岡村 僕は、物語の展開のはやさと、テンポよく進んでいく文体には好感をもてました。一方それ以外の要素、特にキャラの内面や物語全体の描写に関しては軽すぎるため、もっと考えぬく必要があります。

岩間 みなさん、ありがとうございます。今回は残念でしたが、投稿者さんには、また是非、小説の書き方を研究してご投稿いただければと思います。

作品の「売り」を明確に!

片倉 次は自分が上げた『玉虫色の信仰』です。お金持ちだけど孤独な家庭環境で育った少女が謎めいた学園都市に引っ越し、そこでオカルト趣味を持っている少女たちと仲良くなって、その街で噂される「七不思議」的なさまざまな謎を追って探検していくというお話です。そんなオカルトごっこに興じていたある日、少女たちが主人公のお屋敷で見つけた隠し扉を開いたところ、怪しげな禁書を発見します。おそらく禁書のモチーフは「ネクロノミコン」でしょうね。その後、探検していた少女の一人が好奇心から禁書を持って帰ったところ、なんと自殺してしまったのです。その後、残された少女たちが、少女の死とそれにまつわる学園都市の秘密を解いていく、というのがメインストーリーです。この作品の魅力は、何と言ってもミステリアスでオカルティックな雰囲気です。舞台が昭和30年代なのですが、当時の日本では三島由紀夫までもがUFO研究にハマって「日本空飛ぶ円盤研究会」に入るなど、一大オカルトブームがありました。このような史実と禁書のような古典的・西洋的な創作オカルトが入り混じっていて、設定に説得力が生まれています。オカルトの描き方も小栗虫太郎のようにペダンティックになるのではなく、一般読者が「ちょっと不思議で気になるな」と読み進められる範囲に収まっていて、高踏趣味とエンタメがきちんと両立していたのも好感を持てました。そしてこの作品で一番魅力的だと感じたのは少女たちの関係性です。オカルト趣味でつながったクラスメイトが力を合わせて探検していくという友情の、百合的に読めなくもない絶妙なバランスがすばらしかったです。

丸茂 少女たちの関係にうるさい石川さんはどうでしたか?

石川 少女たちの関係にうるさい僕としては悪くなかったと思います。好感を持って読みました。良い意味でライトなのがよかったですね。あらすじだけ取り出すとすごく深刻そうに見えますが、少女たちの話として気楽に読めるリーダビリティーがあったと思います。ある意味ではバカ小説っぽいというか。

丸茂 ある程度、話半分で受け止めても良いという空気がありましたよね。

石川 良い意味で滑稽な、半分笑いながら読み進められるところもあり、その一方で軸もきちんとありという感じで、そこに関しては素直によかったと思います。ただ、ジャンルなど何小説にしたかったのか、よくわからなかったんですよね。

丸茂 それは同意です。ストーリーをドライブする力もあり、キャラクターの描き方もそれなりで、クトゥルー神話の意匠に頼ってるけど謎めいた雰囲気を出せているという感じに平均点は高いけどミステリーでもホラーでもなくて、強いていうなら「クトゥルーもの」になってしまう。

石川 あるいは伝奇とかでしょうかね? 良い意味でライトという表現をしましたが、ホラーとか伝奇、クトゥルーものの系譜でこの作品を捉えた場合、そのライトさがプラスに働くかマイナスに働くかというのは、本当にさじ加減一つです。その点ではあと一歩かなと。

丸茂 僕はある程度、謎に対してロジカルな解決がつく物語を求めてしまうので、この曖昧なことが許されてしまう世界でも、論理的に解決できる謎と満足のある真相はほしかったです。

石川 少女たちに見えていた現実と、実際の現実にズレがあって、どんどんおかしい方向にハマっていったみたいな精神面を謎のフックに使うのもありですよね。

丸茂 片倉さんとしては怪奇幻想として推したいのかな。でも僕はその路線は厳しいと思うんですよね。

片倉 確かに、おっしゃっていただいた通り、この作品のアピールポイントをどこに設定するかが難しいところなんですよね。自分は、キャラ文芸に寄せていったら、Innocent Greyの美少女ゲームのような雰囲気にできるのではないかと思いました。

丸茂 それなら、ミステリー要素はもっとほしいですね。

石川 そこは丸茂さんには強い思いがありますからね

丸茂 補足しておくと、Innocent Greyは僕がノベライズを担当させていただいた『FLOWERS』をつくったゲームブランドです。

片倉 とはいえ、この作品は作者さんの描きたいものが前面に出ていて、現時点での極大値を提示していただけたように感じています。どうすれば出版できるレベルまで引き上げられるのか、ご相談させていただければと思っている次第です。

丸茂 僕はブラッシュアップしても伝奇風味の小説に落ち着いてしまうのではないかと思います。改稿は苦しいかな

片倉 伝奇要素を減らし、ロジックの理路を整理して、ミステリーとしての完成度を上げていくのがいいんでしょうか?

丸茂 伝奇を捨てる必要はないと思うんです。ロジカルに展開される謎解き要素も根幹にほしい。ただ、これは僕がミステリー好きだから感じてしまうことです。怪奇幻想好きの片倉さんとしては、どういうメルクマールを目指せばいいと考えてますか?

片倉 この作品はリーダビリティ重視で設定の緻密さが今ひとつ弱いので、怪奇幻想の方向で煮詰めていくと、設定の詰めの甘さが出てしまいかねません。なので幻想文学としての強度を高めるよりも別の方向に伸ばしていくべきだと思いました。そして、自分の読後感としては先ほども述べたように、キャラ文芸的な可能性があるように見えるんです。現状、キャラクターの人間関係はあっさりと描かれていて、作品の主軸はストーリー展開に置かれていますが、もう少し人物同士の関係を掘り下げていって、変わり種のキャラクター文芸を目指すのがいいと思うんですよね。

丸茂 その結果、どういう作品になるという具体例やビジョンはあったほうがいいですよ。

片倉 うーん、具体的な作品のイメージは何か、と言われると難しいです

太田 デビューさせるかどうかというと、この投稿者さんに関しては本作ではないと思います。とはいえ、片倉さんが可能性を感じているのであれば、一度話しに行ってみてはどうでしょう? 

片倉 そうさせていただきます!

自己変革を通じた世界変革とは?

丸茂 実ははじめて自分が割り振られた作品を上げたので、けっこう緊張しますね。僕は2作品あげまして、まずは『こたつでまるくなる理由』からご紹介します。主人公は理系大学生。彼が謎の幽霊「フェルミ」と共に生活をしている不思議な世界を提示するところから始まります。ある日、彼が通う大学の美術展で猫の絵が盗まれ、その絵のコピーが大学周辺で破り捨てられるという不可解な事件が発生。ただ、これは主人公にとっては心当たりがあるもので、彼は幼いころ猫の連続惨殺事件を経験していました。それが絵によってなぞられていることに、彼だけは気づくわけです。猫の惨殺事件を追った幼いころの曖昧な記憶を手掛かりに、記憶に現れる幼なじみの女の子と何があったのか? 猫の絵が破られる事件は誰が何のために行っているものなのか? そしてフェルミという幽霊は何者なのか? という3つの謎を読み解く青春ミステリーです。この作品が優れているのは、謎をはっきり提示していること。猫の惨殺事件は珍しくないですが、絵を破ってそれを再現することのホワイダニットは一定の引きがあるものだと思いました。ほかにも大きくふたつの謎がある。先に謎を提示しておいて、それを引力に読ませるストーリー構築はエンタメの基本ですが、意外と難しいんですよね。文章もリーダビリティーが高く、キャラの爽やかな描き方には好感を持てました。

岩間 女の子キャラクターが可愛くて魅力的でした。すべての女の子キャラクターに嫌味がなく、何よりフェルミがとても可愛い!

丸茂 ラノベっぽさに、森見登美彦さん的なおかしみが加わった軽快な文体で、あざとくなく可愛い女の子を描いているのがいいですよね。あと最後、泣かせようとしてくるじゃないですか。ベタだしずるいけど、これはタイトルにも繋がり一定の読者をウルッとさせると思います。

太田 そうですね。ただ、序盤は冗長だと思います。みなさん、どうでしょう? 

岡村 僕はキャラクターに興味をもつタイプなので、「フェルミ」というのは何なんだろう? という視点で興味深く拝読しました。なので、序盤が冗長だとは思わなかったです。

櫻井 私は決して入りづらい冒頭だとは思いませんが、冗長だとは感じました。これは諸刃の剣ですね。

岩間 序盤に関して、冗長ではあるかもしれませんが、極端に読者を狭めるようなキャラクターの描き方はされていないので、その冗長さが気になることはありませんでした。

石川 特に説明もなしに「フェルミ」という名前を出して物語を始めるあたりは、センスを感じました。普段丸茂さんとそういう話をするんですが、今、丸茂さんは「ベタ」と言われることを恐れずに泣かせる話を作りたいと思っていますよね。そこからすると、路線的にはそういう作品がやれる人だと思います。ただ、この作品は構造が綺麗すぎないですか? 予想外が一つもなかったんです。冒頭10分の1くらいを読んだら、全員の真相と役割がだいたいわかる。たぶんこれは、編集をやっているからわかるとかではなくて、エンタメに触れている人なら誰でもそう。それは決してダメなわけではないんです。ベタに泣ける作品は、虚をつかれて揺さぶられるというよりは、ある程度わかっていた、予感していた結末に対して「そうなっちゃうよね」と思わせる感傷の持っていき方をすると思うので。ただ、すべて読めてしまうとそれはそれで興醒めなので、予想を裏切る部分がどこかでほしい。この作品は、謎自体のユニークさはあると思うんです。だからこそ、その真相も含めて、綺麗に小さくまとまりすぎているのがもったいなかったなと。

丸茂 石川さんの言った通りですね。僕はこの作品を上げましたが、ミステリとしては物足りないです。なんとしてでも受賞作として推すという気持ちはありません。ある程度の情報が揃った時点で真相が想像できますし、基本的にフェルミという幽霊の正体については2択なんですよ。過去の事件についても、多重人格設定を便利に使用しすぎている印象でした。短編なら勝負できたネタかもしれませんが。

石川 あと気になったのは、現在と過去が交互に語られるじゃないですか。両方とも主人公の「僕」の一人称なんですが、それは話の筋を考えるとおかしいんですよ。「僕」は過去の一時期のことを忘れてしまっているという設定なので。それなのに、過去のシーンも「僕」の一人称で鮮明に描けてしまうのは設定と乖離してますよね。

丸茂 僕も気になりました(笑)。記憶の思い出し方は都合が良いですよね。

石川 仮にこの構成でやるのであれば、過去パートは三人称にするなどの工夫が必要だったと思います。

丸茂 でも、仮に三人称にしても作為的に感じちゃうと思うんですよね。「誰が語っているの?」と突っ込むと、作劇上の情報開示の都合でしかなくなる。

石川 もうひとつ、「妖精さん」というキャラクターがいますよね。あらゆる言語的なコミュニケーションでエラーを起こしてしまうという設定なんですが、そこも中途半端というか都合が良い。主人公たちの呼びかけに対して、確かに声では返していないけれど明らかにノンバーバルなリアクションはあって、それってどう考えても言語的なコミュニケーションなわけですよ。書きたいストーリーがあるがゆえに、そういった細部がすごくなおざりになっているなという印象でした。その割にというか、そのせいでというか、全体の構造は小さく整頓されすぎてしまっている。そのあたりが、どうしても評価が渋くなってしまうところです。

丸茂 憶測ですが、あれは伏線をはるために喋れない彼女を言語的なコミュニケーションができないと説明しちゃったんじゃないかな? と思ってます。不自然ですよね。

太田 僕は、序盤でつっかかってからもずっとあまりピンと来なかったんですよね。魅力がわからなかった。力のある人だとはわかるので、僕はこの「作品」の良き読者ではないんだと思う。

石川 太田さんがピンと来ないのはよくわかります。太田さんのこれまでの仕事の影響下からは現れづらい作品だと思います。

岡村 受賞させるかという判断になると、微妙なラインです。壮大なこともないし、圧倒的なキャラクターが出てくるわけでもない。多重人格の人も出てくるけれども、まっとうといえば、まっとうなんですよね。ですが、この作品はエンタメとしてのポイントはしっかりおさえていると思います。

石川 確かに、岡村さんの言う通り基本は出来ているんですよね。まだまだ良くなるはずですが、筆力もある。だからこそ批判も正面からできるというのはあります。全部ボロボロだと逆に難しいじゃないですか、どこから手を付けたらいいかわからないので。

丸茂 磨いたら商業出版レベルには達すると思います。ただヒットする可能性があるかと問われると厳しい。

岡村 今回上がった4作品の中では、僕はこの作品が1番良かったです。小学生のような感想なんですけれども、この作品の良いところはしっかりと謎をつくってそれを解き明かすために自然にキャラクターが動いているところと、ちゃんと主人公がモテることです。

丸茂 わかります! 嫌みなくモテるの大事!

岡村 主人公がモテなくてもおもしろい作品はあります。でも、モテるとモテないとでは、モテるほうが良いです。読者は主人公に自分を大なり小なり投影するので、身も蓋もない言い方ですけど、モテたほうが読んでいて気持ち良いでしょう? これは、エンタメとしての1つの要素にすぎないんですけれども、最近、作り手も読み手も小説というものに対して構えて求めすぎなんじゃないかと思うんですよね。たとえば、漫画だったら良いけど、小説だったらダメ、みたいな感覚があるけれども、そこはもう少しハードルが下がってもいいんじゃないかと。そういった点では、僕はこの小説が好きです。とはいえ、丸茂さんを押しのけて僕が受賞させたいかと言うと、そうでもないんですけれども、才能がある方だとは思います。

太田 僕にはよくわからないんだけど、ちょっとした「癒し」ってやつなんでしょうか? 僕はきっと「癒し」ってなんなのかなぁ食べられるのかなぁ? と思うタイプの人間なんですよね。

岡村 別に、癒しがあってもいいじゃないですか!?

太田 世の中の人は、小説に癒しを求めているの?

丸茂 需要はあると思いますよ。あと付け加えておきますが、べつにこの作品は「癒し」を目指した作品ではないと思います。

岡村 太田さんは、小説に何を求めているんですか?

太田 僕は、小説にはある種の自己変革を通じた世界変革を求めています。

丸茂 おお僕のなかの太田さんみたいな発言だ。僕も基本的には「傷を付けられたい」と思いながら小説を読んでますよ。

岡村 それ自体はすごく良いことだと思うんですけども、それ以外があっても良いですよね?

太田 それはもちろん、どんなものでもあっていいと思うんですよ。少なくとも書いた人にとっては、それがすごく大事なものだから。僕がわからないからダメな小説だ、なんて思ってはいません。

岡村 しかし、とにかく小説って「そういうもの」が求められがちじゃないですか? たとえば漫画なら、ベッタベタのラブコメを描いてもOKですけれども、小説だとそれはちょっととなります。そういう雰囲気がありませんか?

太田 そういう雰囲気があるということについては、同意します。小説というものの特殊なバリアみたいなものですよね。決して漫画の程度が低いと言うのではなくて、そこは小説がちょっと特別なんだと思うんですよ。たとえば小説って、基本的には版元やレーベルに準拠しないものですよね。しかし漫画は、出版する版元やレーベルによって表現に枠や方向性が自ずとあることが多いように思います。そして、それはやっぱり100%の「自由」ではないと僕は思うんですよね。しかし小説はそれこそ、どこの出版社、どこのレーベルから出ようがおもしろいものはおもしろいと評価される可能性が高いように思える。ハードカバーなんかは特にそうですよね。売り場も、新刊台のどこに置かれるかということは基本書店さんが決めていて、出版社が決めることではない。その中で、小説が読者を獲得していくというのってすごくフェアな感じがするんです。

丸茂 なるほど。

太田 そして、そんなフェアな世界だからこそ小説が自分の考える小説であるかどうかについてはいち読者としてもいち編集者としても自分なりに慎重に判断して評価してみたいんです。そしてもうひとつ。さっき僕がつい口にしてしまった「自己変革を通じた世界変革」についてなんですけれども、僕自身には読者として小説を次々読んでいって癒されるという経験がたぶんまるでないんですよね。なので、「癒し」というキーワードが出た際に、それは、小説でやることなのか? と反射的に疑問に思ってしまうんです。ページターナーという意味において、続きが気になる癒しの物語って何かありますか?

石川 ページターナーな物語は得てしてサスペンスフルで、ということはある種のストレスが読者にかかるわけなので、確かに癒しとは対極にあるのかもしれません。ただ、サスペンスフル=ページターナーなストーリーの結末で泣いたりして癒されることはあるでしょうし、これは良し悪しですが、読む上でストレスがかからないので半自動的にページをめくってしまう、という意味での「ページターナー」な作品もあると思います。この『猫』は、どちらかといえば後者かなと。

太田 なるほどね。こういう点は投稿作を読む良さですよね。自分で読むものを選ぶのであれば、僕は今作を読まなかったでしょうから。しかし、絶対にこの作品をどうしても推したい、という熱い編集者が誰もいなかったのは紛れもない事実です。今回は僕が合う、合わないをおいておいて、残念ですが受賞はなしとさせてください。この方に関してはもう少し先を見てみたいと思います。

衝撃の本格ミステリー! しかし受賞には届かず

丸茂 この作品がラストです、『令和の夏と黄金密室』。

太田 これは、もう本当にすごいと思うんだよね。

丸茂 ザ・本格ミステリです。キャッチコピーは大上段に「人類最後の密室 究極の意外な犯人」でした。探偵業を営んでいる主人公が、後輩から金塊消失事件の調査依頼を受けて彼が勤める会社へ向かいます。社長室、それから金庫という二重の密室状況にあった金塊が消失し、そして金庫内になぜか再出現したと。訪れた会社は仮装パーティー中で怪しい人物だらけな状況で聞き込みを進めるなか、社長の死体が発見されます。先に金塊が消失した二重の密室状況にあった金庫の中で。その不審死の謎に探偵が挑むストーリーです。文章ははっきり言って読みにくい。僕も持って回った口ぶりとザッピングされる時事ネタに嫌気が差しながら読み始めたのですがみなさん最後まで読めましたか?

片倉 最後まで読みましたが、正直なところきつかったです。

石川 冒頭を読んで、正直嫌悪感のようなものを抱いてしまいました。

丸茂 そうですよね。ただ数ページ読み進めた時にあったほんの一部の描写が鮮烈で、この方はハードボイルドな文体もあるけど、あえて読者を脱臼させるような言い回しを積極的に使おうとしていると感じまして、とりあえず文体は差っ引いてこの作品を評価することにしました。ミステリーとしてのクオリティーですが、みなさんこの二重密室についてちゃんと把握できましたか?

岩間 私も、正直なところ、ミステリー部分の凄さというのはよくわかりませんでした。

櫻井 ミステリー以前のお話になってしまいますが、私はこの方の文章が苦手で細かなミステリーの部分が頭に入ってこなかったんですよね

丸茂 まあそれもそうですよね座談会の読者の方のために念のため言い添えますと、岩間さんや櫻井さんが手を抜いているということでなく、この作品は本当に読みにくいんです。この文体を僕は正直良く思っていませんし、かなりカロリーをかけて読みました。それでは、この作品の密室について解説を。状況はシンプルで、人体が通過するような脱出経路がない2重の箱の中で死体が見つかるわけです。自殺以外なにがあるのかと。しかし、以前にあった金塊消失-出現事件と、殺されてしまった社長が因縁を持っていた怪盗団の情報や社内の人間関係を追っていくと、ある程度の選択肢が見えてきます。後半のロジックの絞り方がおもしろかったですね。密室のパターンを解説した『天城一の密室犯罪学教程』を引きながら、この作品の密室は何に当てはまるのかを考察する点は読みごたえがありました。「人類最後の密室」というコピーについては大上段すぎると感じましたが、真犯人に関しては意外性があり、ロジックも通せていると思います。ストレートに密室殺人を描いた作品として一定以上のクオリティがあり、これは文体の評価がいかに悪かろうが上げなくてはならないと思いました。

岡村 「ついてこれるやつだけついてこい」という文体は賛否がわかれると思うのですが、この作品に関しては僕はついていける派でした。僕が気になっているのは、本格ミステリ好きの方々は、ミステリ部分だけが秀逸であれば高い評価をしたり、他の人に本を薦めてくれるのかというところなんですよね。僕は正直、ミステリの部分に強い興味があるタイプの読者ではないので、ミステリ以外のところでも楽しめることを期待して読んだのですが、そこは特に他作品と比べて優れているとは感じなかったです。

丸茂 悩みどころはそこなんですよね。僕はある程度ミステリを読まれている方にも「魅力的な謎」を提示することは必要だと思います。その点、この作品は非常に攻略の難易度が高い不可能状況を扱っているのですが、一企業の社長が密室殺人されるのって読者がそこまで気になるかと問われると自信がないです。そして作品として、密室の謎のほかに引きになる部分も乏しいと思います。

岡村 それは、僕ら読者が一社長が殺されるのに興味を持たないということ?

丸茂 そうですね。

岡村 なるほど。ただ、その点に関しては「そういうもの」として読めましたよ?

丸茂 読み始めてくれた読者には、それなりに満足のいく真相を見せてくれると思いますよ。ただ、まず手に取ってもらわないといけなくて、帯に「二重密室」としかこの作品は書けないです。それでは勝負しがたいと僕は思います。

太田 そう、華がない。舞台としての魅力的な謎、にはなっていない。そこがこの作品の弱いところです。また、人間ドラマも薄い。

石川 レベルは高いけれど、ミステリのフック的にもキャラクターのフック的にもプッシュできないということですよね。

丸茂 そこのセッティングができていれば、僕はこれを確実に受賞作として推しました。

石川 すごく苦手な文体の方ではありますが、今後の可能性を一番感じたのはこの作品でした。ただ、文体文体言っていますが、冒頭が下品で読みづらいだけで、それが一貫しているわけではないですよね。そこを乗り越えると割と普通というか。

丸茂 そうなんですよ。最初と、あと途中のヤバイ下ネタバトルは目に余るかなそこに目を瞑ればわりと普通です。リーダビリティもちゃんとあってドライブ感を損なわない文章は、このひと書けると思うんですよね。

石川 個人的には文体よりもむしろ、固有名詞の扱いがキツかったです。ただ、それも終盤まで読めば単なる「ネタ」としておもしろがっていたわけではないとわかる。なので、すごく無理をしていると思ったんですよね。無理して露悪的な書き方にチャレンジする必要はないんじゃないかな。文体含めて一貫できていて、売りになるものであれば別ですが。

太田 僕は、この方、ちゃんと文体があるし、全然問題ないと思いましたね。読んでいて、出逢ったころの舞城王太郎さんを思い出しました。

一同 えぇ!?(驚)

太田 そんなに驚くことはないと思う。舞城さんも、そもそもこの方のような個性的な文体でしたよ? 厳しいことを言わせていただくと、あなたたちは今の舞城さんのブランドがあるから読んでいる。つまり小説そのものじゃなくて情報を読んでいるんじゃないですか? ちょっと暴言を吐くと、そういう作品が五大文芸誌なんかに掲載されているから「良い」と言っているだけなんです。僕個人としての感想ですが、今回の応募作ですと、この方だけ、文体があると思いましたよ。

丸茂 ともあれ、僕はこの方とお話だけはさせていただきたいのですが、ご連絡してもいいでしょうか?

太田 いいのではないでしょうか。作品全体の感想について述べると、僕もほぼ丸茂さんと同じです。厳しく申し上げると、文体のあるミステリーマニアの書いた論文以上、小説未満。ただしその論文のレベルが高い。しかし華はない。次回作の課題は、この人の頭の良さをストレートに小説として活かせるかどうかだと思います。ペダンティックな方向だけに流れていくと先は無さそうです。てらいを捨てて、ずぶといエンターテインメントを書いてください。ともあれ、楽しみにしています!

おわりに

太田 今回は受賞作なしです。また、賞金が積み上がります。

丸茂 受賞作はありませんが、新しい出逢いがあったのが嬉しいです。

太田 そうですね。今回のように受賞まであと少しという方は、編集より声をかけさせていただくこともあります。僕たちと一緒に頑張りたいと思ってくださる方、ぜひ投稿してください。

片倉 最後にお知らせです。次回より応募規程が変わります!

太田 僕と片倉さんで、星海社10周年の機会ということもあり、今回はじめて応募方法を見直しました。これまでは印刷した原稿とデータ入りのCD-ROMを送ってもらっていましたが、次回からはメール送付形式に変更します!

片倉 次回応募される方は、原稿を送る前に応募規程を確認してくださいね。

岩間 今回、応募2回目以上の応募者さんでも、応募規程を満たしていない方が多くいらっしゃいました。過去にも座談会で取り上げられた話題ではありますが、良い悪い以前に、単純に損か得かで考えた時に損になります。もちろん、私たちは応募規程を満たしていない原稿もしっかり拝読いたしますが、どうしても応募規程を満たしている方の方が印象はよくなります。

片倉 字数規定や送付メディアなどの応募規程は賞ごとに異なります。新人賞の要項は、応募者さんと編集部のカルチャーがフィットするかを見る最初の試金石ともいえますので、将来お互いに気持ちよく仕事できるよう、当たり前のことではありますがご一読をお願いいたします。

太田 これは新人賞に限らないんだけど、ご活躍されている作家さんほど、依頼内容をしっかり読んでくださっているんですよ。仕事でも遊びでも、円滑にコミュニケーションがとれる方のほうが印象が良いですよね。作家と編集者も同じです。

片倉 第31回の応募要項はこちらです。新しい作品との出会いを楽しみにしています。

一同 それでは、次回もご投稿をお待ちしてます!

1行コメント

●『知らない星の重神兵』

この作品を書くに至ったひらめきは面白かったです。しかし、作品を読んでみると、宇宙を舞台にしたオーソドックスで古典的なSF冒険ものという印象を受けました。ご提示いただいたコンセプトを活かすなら、パロディ要素をもっと作品全体にちりばめてコメディ色を強くするのがベターだと思います。(片倉)

●『デビルズシティー』

主人公の内面を描いたシリアスな心情描写と、ストーリーのご都合主義的な展開の取り合わせが悪く、読者をどういう気持ちにさせたい小説なのかが定まっていない印象を受けました。(片倉)

●『秘密の勇者のドリル』

最近のエロコメの流行りとかけ離れすぎているかと。ギャグを乗せるとしても、なにか最近流行りのジャンル展開に上書きしていただきたいです。『出会ってひと突きで絶頂除霊!』や『この素晴らしい世界に祝福を!』あたりを読んだうえでご思案いただくと、チューニングできるのかなと。(丸茂)

●『トータリタリリズム!』

作風がコメディにまで昇華されておらず、荒唐無稽な内容だけが悪目立ちしてしまう印象でした。(岡村)

●『僕とヤマンバギャルと1999年の旅』

全体を通して、どこかでみたことがあるお話になってしまっており、勿体なかったです。タイムリープ+αオリジナルの要素が加われば更におもしろくなったのではないかと思います。(岩間)

●『ガンズ&キャットパウズ』

文章は読みやすいですし、作中で何が起きているかもわかります。ただストーリーが進んでもキャラクターの内面に興味が持てませんでした。(岡村)

●『咎(とが)なることばの絡繰(からくる)草子』

矛盾なくしっかりまとまった物語でした。一方、強いセールスポイントを見出すことはできませんでした。(岡村)

●『ホワイトテスト沖縄』

非日常感にノることができず、メロドラマ的展開にも感情移入することができませんでした。(櫻井)

●『オルタナティヴ・クオリア』

設定には驚かされました。ただ、活かしきれておらず、勿体なかったです。奇をてらった設定はなしで、王道の物語も読んでみたいです。(岩間)

●『タカチホブラッド』

どこかで見たような設定ばかりで、この作品ならではの魅力が今ひとつ伝わってきませんでした。(片倉)

●『加虐(かぎゃく)のイディオム』

この作品独自の用語や設定が説明なくいきなり登場していて、世界観についていけなかったです。情報開示を丁寧にしないと作品の魅力が読者に伝わりません。(片倉)

●『魔法少女はパブリックオフィサー』

ミリタリーに明るくないのですが、〈魔法〉の設定とうまく融合させ、専門用語にひっかからずに読ませる書き味とてもよかったです(やや設定の説明に冗長さを感じた部分もありましたが)。不穏さを醸す殺人事件を見せておく導入もいい。キャラの造形や掘り下げも、ベタさはあるけどそれなり。章転換前の一文にかなり気を遣われているのも分かる、非常にレベルが高い作品だと思います。一方で瑕だったのは、サスペンスとしての重さとお仕事ものとしての軽快さがうまくマッチしていなかったところ。個人的には自衛官の話にこだわらず、〈魔法〉がある上での刑事ドラマのようなテンションに伸ばせたのではないかなと。またミステリの趣向自体はおもしろいものの、そんな動機に回収されてしまうのかと物足りなさもありました。デビューに申し分ない実力があると思います。もう一歩いま流行っている作品を意識しつつ、また新しい作品を投稿していただきたいです。(丸茂)

●『黒いマリア』

精神異常という状況を理解させるための文章力が不足しているように感じました。全体的に読み進めるのが大変でした。(櫻井)

●『彼女は地球、ぼくは月』

キャラには愛嬌がある(ただし古い)のですが、友情ものなのか恋愛ものなのかどっち付かずにストーリーを滑らせてしまっている印象でした。(丸茂)

●『グローツラング』

荒唐無稽な設定とリアリティある細部描写の組み合わせ、面白く拝読しました。実力は十分ある方とお見受けしたので、次はぜひ、もう少し一般向けのテーマで挑戦していただければと思います。(片倉)

●『永久ノ蕾(えいきゅうのつぼみ)』

なぜ知能戦の舞台が小学校のクラスである必要があるのか、理解できなかったです。設定に「このストーリーを描くならこういう設定が必要だ」というような必然性があった方が、総体としての作品の魅力は上がります。(片倉)

●『彼女が俺を知らない世界と俺が彼女を知らない世界』

タイムリープものとして目新しさを感じませんでした。『君の名は。』と比べて遜色ないギミックや情感が、いまこのジャンルには必須だと思っています。(丸茂)

●『混沌の庭』

505枚を書ききったのはお見事。設定・構成共に整理が甘く、アイデアをすベて詰め込んでしまった印象だった点は勿体ない。エピソード量を検討し、書きたいことを取捨選択すれば、より完成度が高い作品になったはず。(岩間)

●『かすみ燃ゆ』

設定に凝りすぎている印象を受けました。世界観に入り込めないと読み進めるのが辛くなってしまうのでほどほどにして、現実世界とリンクする要素を物語の中心に据えると良いと思います。(櫻井)

●『血啜(ちすすり)テンプション』

設定に好感が持てました。ただ、1番魅力的だったのがあらすじで、本文の構成はせっかくの設定を活かしきれておらず勿体なかったです。(岩間)

●『和泉慧(いずみけい)の隠し事』

登場人物が多く、設定も多く複雑で、詰め込みすぎだと思います。描出するストーリーはなるべくシンプルにし、メインテーマが伝わりやすくなるよう工夫をしてみてください。(櫻井)

●『我が手より迸れ死光線放出≪デス・レイ≫ 我、電子を加速せり』

960枚の大作基本的に私たちは200〜300ページ前後での出版を検討するので、そこから逸脱するものはハードルがかなり上がります。1冊として送り出す構成を考えて文量をご調整いただきたかったところです。俺TUEEEE系が溢れるなかで、埋もれないフックがあるかと言うと、弱い印象でした。(丸茂)