2020年冬 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2020年1月14日(火)@星海社会議室

受賞至らず。しかし、投稿者の今後に期待!

はじめに

太田 FICTIONS新人賞座談会も今回で28回です。張り切っていきましょう。

片倉 今回の投稿数は33作品です。

櫻井 前回より少し減りましたが、今回も半数くらいが新しく投稿してくれました。

太田 新しく投稿してくれる方がたくさんいるのは嬉しいことです。それでは始めましょうか。

コンセプトは良いが、目新しさに欠ける

丸茂 まずは僕が読んだ『「ありえません」と、わたしは唄う』ですが、これはミステリーとしてコンセプトがはっきりあってよかったです。探偵役の男が、目視で直感的に殺人者がわかるという設定になってます。

岡村 ほう! 

丸茂 ただこの探偵は「殺人者が分かる」けど「推理が必ず外れる」という特性もあるんですよ。だから助手の女の子が主人公の推理を否定することで真相に迫るという形にしたせいで、変に複雑になっています。どっちかに絞るべきでした。さらに辛口な意見になりますが、「犯人が瞬間的に分かる」探偵は既存のミステリーにもそれなりにいます。たとえば『FGOミステリー小説アンソロジー カルデアの事件簿 file.01』でご執筆いただいた天祢涼さんのメフィスト賞受賞作『キョウカンカク』の探偵・音宮おとみや美夜みやは「声を聞くと殺人者か分かる」特殊能力の持ち主。なのでハウダニットとホワイダニットに焦点を絞って意外性がある推理が展開されて、さらに大きいギミックも入ってくる。そんな先行作品と比べると、あまりに真実が拍子抜けです。 どっちかと言うと井上真偽さんの『その可能性はすでに考えた』みたいなことをやりたかったのかもしれませんが、技量が足りてないという印象でした。

もう少し振り切ってもよかった

片倉 次は『人工知能、ギャルゲーをやる』です。すごいタイトルですが、僕が読んだ中では一番面白かったです。

一同 マジで!

片倉 話のあらすじはタイトルの通りで、現実と少し世界線がずれた世界が作品の舞台になっています。VR技術が少し早く発達し、ギャルゲーとVRがうまいこと噛み合った結果、VRギャルゲーが非常に流行った世界の2040年からストーリーは始まります。まず、ギャルゲーが世間に蔓延して少子化問題が深刻化したという理由で、ギャルゲー禁止令が敷かれてしまいます。そこで、どうしてもギャルゲーがやりたい古参オタクの天才博士が人工知能にギャルゲーをやらせようとする。人間は法律でギャルゲーをやってはいけないことになっていますが、人工知能がギャルゲーをやるのはOKというロジックです。法の網をくぐり抜け、主人公の人工知能が博士の遺志を継いでギャルゲー内の世界に入り込み、女の子を攻略していく。

石川 博士はそれで良いんですか? 自分でプレイできなくて

片倉 博士はこのゲームの面白さを知ってほしいんです。

太田 編集者的なマインドを感じますね。

片倉 博士自身がプレイしようとしても、ギャルゲーを手に入れた時点ですぐに警察に捕まってしまうので、人工知能にインストールするんです。それが見つかって博士が逮捕されるところから話が始まります。

岡村 人間がギャルゲーをやってはいけないのに、ギャルゲーは存在するの?

片倉 昔は普通に合法だったので、今では麻薬のように違法な手段で入手して

丸茂 アンダーグラウンドでは流通しているんですね!

岡村 電子ドラッグみたいな考え方だね。

片倉 人工知能がゲーム内で、主人公の男の子になりきって女の子を攻略していくんですけど、いかにもギャルゲーにありがちなテンプレートのやりとりが展開されて、それに対する人工知能のちぐはぐな反応が面白いんです。しょうもない選択肢を人工知能が無駄に考えすぎて空回りしていく様子がクセになりました。こういうネタに完全に振り切っていたら、ぜひこの作品を全体会議に上げたかったです。

ただ、この方の衒学げんがく趣味がネガティブに発揮されているのが減点要素でした。ギャグ系の作品なら、作品の設定をロジカルに裏付けなくても「こういうお約束です」と割り切って描けばOKなのに、人工知能がこういう思想的位置付けで、システムはこうなっていて、と本筋に関係ない設定をきちんと描きすぎなんです。この設定に哲学要素が加味されているのですが、この作品は、最先端のAIが全力を尽くしてバーチャルな女の子を攻略しているというバカみたいな展開が持ち味なので、全体の構成として、バカゲーっぽいパートと哲学パートがミスマッチで、要素同士がケンカしてしまっているんです。衒学的な要素はバッサリ切り捨てて、ネタに振り切ってほしかった。

丸茂 ギャルゲー自体は流行りが去っているように思えますが、最近だと『マジカル★エクスプローラー』という作品が人気です。これはエロゲーの友人キャラに転生してしまった主人公が、ゲーム知識のもと完璧な立ち回りで成り上がっていくストーリー。ギャルゲー的な世界観をテンプレとして利用するライン自体はまだ可能性があると思います。

設定は丁寧に

櫻井 続いては『拳客 The Knuckle Athlete』です。

片倉 前回お送りいただいた方ですね(前回の座談会を参照。編集部内で「BLにすると良いのでは?」と、盛り上がりました)。

櫻井 今作は、もちろんBLではなかったです(笑)。そういうことは全然問題ではないんです。

ただ、私個人としては、残念ながら前回ご応募いただいた作品ほどピンと来ませんでした。

キャッチコピーは「血湧き肉躍る、格闘×青春×本格ミステリー」。

一同 すげぇ面白そう!

丸茂 僕もちょっと読んだんですけど、立ち上がりは『喧嘩商売』っぽいんですよね。「どういうミステリーが始まるんじゃろかい!」と期待していたんですが

櫻井 私が読んだ感想は、格闘8、青春1、本格ミステリー1だと思いました。

岡村 そうなると、青春や本格ミステリーの要素は中途半端になっちゃいますね。

櫻井 あらすじを紹介すると、主人公は19歳の元プロボクサーの青年。プロの世界を追われてしまい、ストリートギャングで拳客けんきゃくをやっているという

片倉 どういう世界が舞台なんでしょうか?

櫻井 世界観的には『池袋ウエストゲートパーク』に近いものがあります。

石川 特殊な世界ではないけれど、殴ったり殴られたりは身近にある、ということですね。

櫻井 吉祥寺やその周辺の街にストリートギャングがいてそれぞれの縄張りを仕切っています。そこかしこで殴り合っているわけではないですが、主人公が狭い路地を歩いていると得体の知れない車に煽られて轢かれそうになったりするくらいの治安の良さです!

石川 なるほど、それは治安が良い

片倉 おしゃれタウン吉祥寺が

櫻井 そうです。まずその世界観に突っ込まずにはいられませんでした。それはさておき、この世界の吉祥寺を仕切っているのはラビットボーイズというチームで、主人公はそのお抱えの格闘家をしているわけです。

片倉 ネーミングセンスがまた独特ですね。

櫻井 そうですね。他のチーム名もベルベットパンサーとかドルフィンテクノとかです。ラビットボーイズは「ナックルストリート」という総合格闘技の試合をシノギにしているのですが、それはチーム同士の抗争を解消するためにも利用されています。その関係者たちの間で殺人事件が起こり、それを解決しながらストーリーが進んでいきます。主人公は色恋に興味がなくてストイックで、元プロボクサーだけあってナックルストリートではかなり強い男の子。彼を好きな女の子がマネージャーのような感じでセコンドについたりして、相棒ポジションにいるんですけど、これがいわゆる「設定」になってしまっているんですよね。なぜその子が主人公のことを好きなのかというのが読み手にはあまり伝わりません。他にも過去に絡んでいた女の子がもう一人ヒロインポジションにいていい感じだけど、なぜいい感じなのかがわからない。とりあえずかわいいヒロインを置いておきました感が否めません。それで、殺人事件があって主人公と若干関わりのある男の子が殺されちゃったから、その事件の犯人を突き止めていこうとするんですけど、今作をミステリー作品として着地させるとしたら突っ込みどころが多く、再考の必要があると思います。そういえば前回もミステリーというより数学的パズルを使った暗号解読ミステリーでしたね。また、警察無能問題というのもあります。捜査は指紋を採取するところまでしかしないという職務放棄っぷりには憤りを感じます。ホテルの中で起こった事件だけど、犯人の侵入、逃走経路がわからない、指紋も拭かれていてないみたいな。監視カメラぐらいあるでしょう!って突っ込みたくなりました。

丸茂 あの殺人トリックが解けなかった警察は、確かに無能ですね。

片倉 監視カメラは存在する文明社会なんですか?

櫻井 現代の吉祥寺なんですよ? 監視カメラくらいあるはずです、たぶん。

岡村 とはいえ、ストリートギャングがいる吉祥寺ですよね?

丸茂 設定が1970年くらいなら通用したかな

櫻井 そういう問題ではなくない? 警察がそんなていたらくだから、主人公が「俺が解くしかない」と、独自に聞き込みを始めるんですよ。なぜ警察はもっと踏みこんだ捜査をしようとしないのか。おそらく、今回は格闘技を書きたかったのではないかと思います。全体の比率で見ると、格闘技8割なんで。格闘シーンの方はしっかり書かれています。一方、謎解き部分がオマケになってしまっているんですよ。そういう部分はすごく残念です。原因は、寡黙な主人公がすべての役割を担うというチグハグな作りのせいもあると思います。たとえば、主人公は拳客として戦うことに集中させ、ヒロインを探偵役にするなど、役割を分ければ良いのにと感じました。あと、主人公の過去が謎を解く過程でだんだんわかってきます。実は主人公と被害者のお父さんには面識があり、事件との因果関係もあったということなんですが、そこの描写が非常に雑なんですよね。とってつけたような後出しになっています。そのくらい情報開示がうまくいっていない。後になって、「あ! 俺、こいつのこと知ってる!」みたいな。

片倉 「たまたま思い出した!」みたいなご都合主義的な感じで設定が出てくるんですね。

櫻井 そうなんですよ。非常に残念な減点ポイントでした。

一同 うーん(悩ましい)。

丸茂 格闘小説、いまの売れ線ではないですよね。

櫻井 格闘技の描写はすごく良かったです。それだけに青春とミステリーの部分のダメさが目立ちます。

岡村 今、格闘純度100パーセントの小説を出したとしても、商業小説として売っていくのは難しい。だったら、なにかと組み合わせなくてはいけないというのはわかります。ただその組み合わせが、本作ではうまくいっていなかった。

櫻井 多分、要素の掛け算が苦手なんだと思います。掛けるのではなく、ただ置いておくだけになってしまっていて、うまく絡み合っていない状況です。前回の作品もそうでした。暗号とストーリーがあまりうまく絡んでいなかった。これがこの方の課題なんじゃないかと思います。なにか掛けあわせようというのは凄く良いんですけど、どちらかに注力しすぎて全体としてまとまりがなくなってしまう。

片倉 今作はストリートギャングのお話でしたが、ヤクザや格闘などハードボイルドなものを書くのは得意な方かもしれないですね。今後の創作で活かすとしたらそこだと思いました。

石川 読んでいて頭の中で絵が動くし、格闘描写はよかったですよね。最近の格闘技ものだと、これはアニメですが、『あしたのジョー』の枠組みをオリジナル格闘技が主軸の近未来SFに昇華した『メガロボクス』は秀逸だったと思います。味付けや掛け合わせの仕方として、参考になるかなと。

丸茂 どうなんでしょうね。『メガロボクス』みたいな作品を小説でやるってなかなか難しい気がします。

石川 それはメルクマール的な作品がないから難しく思えるだけで、出てきたら「なんで今までなかったんだ」ってなるんじゃないかと思うんですよね。

丸茂 もちろん遡れば夢枕獏さんの『餓狼伝』とかあるわけですが、格闘小説が今流行るかというとやはりピンとこないです。

石川 でも、那須川天心のようなスターも出てきたりして、現実の格闘技人気はまた盛り上がっていますよね。僕としては、可能性はないわけではないと思いました。実際にやるのが簡単かどうかは別の話として。

太田 今回のこの作品は僕は未読ですが、格闘小説の可能性はあるのではと思っています。漫画でこれだけ市場があるジャンルなのに、小説が取れていないのは素直におかしいと思います。我こそはと思わん人はぜひ奮起をお願いいたします。

魅力的なキャラクター作りを

片倉 『幽霊会社』は前回も送って下さった方の作品です。前回は『妹を救え』を投稿いただきました。プロデビューもされていて、ミステリー系の賞の選考にも進んでいるという方です。この作品、今回二番目に面白いと思いました。

石川 前回は僕が読みましたが、筆力のある方ですよね。経歴は伊達じゃないというか。

片倉 この作品は幽霊が出てくるミステリーです。霊能者の女子高校生がいて、彼女のところに三体の幽霊がまとわりついてきます。その幽霊たちは、霊が見える能力を持つ人を探してその子のところに行ったんですが、どうやら三体の霊は同じ会社に恨みを持っているらしいと分かる。彼女が幽霊の言葉を聞いて、幽霊を成仏させるために彼らが恨んでいる人物に復讐し、恨みを晴らしていくというお話です。彼らが生前働いていた会社はとても悪い会社で、マネロンもやっているし労働環境もブラック。その悪い会社を、幽霊が霊能者の女子高生と共に成敗しに行くわけです。

こういった作品で一番面白いのはサスペンスの場面で、悪い人が女子高生と幽霊によって成敗されるところが見せ場になるはずなのですが、この作品では全く見せ場になっていないのが問題だと思いました。

石川 どうやって成敗するんですか?

片倉 マネーロンダリングをしていた証拠を突き止めて警察に突き出そうとします。

石川 想像以上に真っ当だった。

片倉 犯人を追い詰めたはずが、主人公の女子高生が逆にその犯人の殺人の濡れ衣を着せられそうになったりというドタバタ劇があるんですが、問題なのは、恨みを晴らそうとしている幽霊のキャラクターです。恨みを持って死んだ幽霊って、読者が感情移入して同情したり、かわいそうだと共感する対象だと思うんです。しかし、この作品の幽霊は全く共感できない。この方について、石川さんが以前指摘していたのと同じく、キャラクター造形がネックだと今回読んで思いました。例えば、登場する幽霊の中にセクハラをされてイラついていたら車にひかれたOLの霊がいるのですが、「おっさんムカつく」と悪口を言ったりしていて、同じ穴のむじなだと感じてしまって同情できない。他のキャラもそんな感じで、非業の死を遂げたはずなのに自業自得感があるんです。霊能者の女子高生も、幽霊に協力する理由が「幽霊がまとわりついてウザいから、早く成仏させたい」だったりします。

石川 うーん、今の片倉さんの話だけだとキャラクター造形の難はあまりピンと来なかった主人公の行動原理も悪くはないと思いました。ただ、今回の作品は読んでいないので的外れかもしれないのですが、「キャラが立つ」ためには細部のセリフとか描写で肉付けしてあげることが重要で、この方はそこの向上が必要なのかな、と。

岡村 でも、片倉さんの中では高評価だよね。それはなぜ?

片倉 話の構成がすごくまとまっていて、ストーリーを追う上では本当にストレスがないんです。その点を評価しました。

岡村 確かに、話はまとまっているね。

片倉 まとまってはいるんですが、恨みを晴らした後にラスト、幽霊が綺麗に「ありがとう」と言って成仏するといいなと思います。

丸茂 え? 成仏しないんですか!?

片倉 整形して美人になって帰ってくるんですよ。

丸茂 幽霊が整形?????

石川 え? ちょっと待って。作中では、幽霊はどのようなものとして捉えられているんですか?

片倉 普通の人とはコンタクトが取れなくて、霊能者というチャネルを持っている人を見つけることで、ようやく現実に意志を行使できる人なんです。

岡村 幽霊の整形、というのがよくわからないのですが。

片倉 作中では整形外科医の幽霊に手術してもらったと書かれていました。その辺の世界観には意表を突かれました。

石川 その設定はすごいな。

片倉 全体を通して、キャラクターに愛着が持てないのが課題だと感じました。ただ、僕はこの方の文章やストーリーテリングには好感を持てました。六十代でこれから作風を変えるのは難しいと思うので、僕個人としては、描写をすればするほどキャラクターを嫌いになっていくという文体を活かして「イヤミス」を書いてはいかがかと思いました。

石川 なるほど、イヤミス!

岡村 需要あるかな?

片倉 湊かなえさんの『告白』みたいな感じですね。

丸茂 好みは分かれると思いますが、「泣ける」小説と同様に需要はありますよ。実際に湊かなえさんは人気作家じゃないですか。「イヤミス」と表現すると揶揄やゆっぽく感じる方もいると思うので、僕は湊さんは単なるイヤミスの作家ではないと思ってますと付け加えておきますが。

石川 でも、イヤミスだからといってキャラクターの問題が解决するかというと、そんなに簡単な話ではない。キャラクターを“好きになれない”のはイヤミスに生かせるかもしれないけれど、キャラクターの“魅力”は別物として大事ですからね。『悪の教典』の「ハスミン」も魅力はめちゃめちゃあるわけで。

片倉 イヤミスならイヤミスで、そっち方向のキャラクターの魅力が必要ということですね。ぜひまた、キャラ造形を工夫した作品を送っていただきたいです。

多少破綻していても、飛び抜けた魅力がほしい

石川 次は『木獣屋敷の亡霊』です。3回目の投稿で、ここ数年は大きなミステリー系の賞で何度も惜しいところまで進んでますね。そんな中でまた星海社に送ってきてくれたのは、手代木正太郎さんの『不死人アンデッドの検屍人』から刺激を受けたからだそうです。

丸茂 嬉しい! 手代木さんに伝えますね。

石川 主人公は二十代後半の中学教師。関係は悪いものの唯一の肉親である父親が余命いくばくもないとの知らせを受けて、休職して長野の実家に帰ります。その屋敷で、奇妙な出来事が起こるんです。誰もいないはずなのに足音や物音がしたり、扉が少し開いていたり。その謎を、父親の面倒を見てくれている幼馴染の女性と、とあるきっかけで知り合った霊能力者の女子高生と一緒に解決していくのが物語のメインですね。さっきの作品といい、霊能力者の女子高生、流行ってるのかな

さておき、謎について主人公は仮説を立てます。主人公が生まれる前に屋敷の中で事故死したという兄と、屋敷の中で誘拐されて行方知れずになった主人公の双子の弟の幽霊なのではないか。結果としてその予想は的中していました。そして、兄のほうは不幸な事故だったものの、弟の死には秘密があることがわかります。

この家はいわゆる田舎の名家で、父親は跡継ぎをつくらなくてはいけないという強迫観念に囚われていました。やっとできた跡継ぎが兄だったのですが、その子が死んでおかしくなってしまった。新しく双子をもうけると、「兄の幽霊が一人で遊んでいるのはかわいそうだから、遊び相手をつくってあげないといけない」という理由で、同じ年の頃まで育てた後、双子の弟のほうを殺してしまいます。

丸茂 誘拐は狂言だったんですね。

石川 そうなんです。他にもいくつかの真相が明らかになるんですが、気になったのは、とにかく話が小さいんですよね。

片倉 言ってしまえば家庭問題止まりで、そこから大きな話に結びついていかないんですね。

石川 よその家との因縁だとか、田舎のお家のいざこざはうまく取り入れられていたと思います。家庭問題止まりだからといって、大きな話が描けないというわけでもないですし。それよりも残念だったのは、「予想→検証→解決」になんの困難も起こらないことですね。全部、霊能力者の子を通して幽霊にコンタクトを取るとわかってしまうんです。その幽霊についても詰められていなくて、幽霊の存在があまりにも当たり前に受け入れられていることにも違和感を覚えました。「幽霊という装置を使ったミステリー」にするならば、もう少しそこに説明があるか、もしくは幽霊がいそうだなあと思わせる世界観にしておいてほしかった。

丸茂 調べたらわかったという形だと、ミステリーのカタルシスとしては弱いですよね。

石川 弟の死因には意外性があったので、その点は面白かったです。そういう驚きも、もっと大きなスケールでほしいなと。お話としてまとまっていればいいかというと、そんなことはない。多少破綻していても、飛び抜けた魅力があったほうがプッシュしたくなります。手代木さんがお好きなら、もっと外連味のあることもできる方なんじゃないかと思いますし、今後に期待しています。ぜひまた投稿してきてください!

ネタに負けている

石川 次は『平成の殺人史』。これはねぇ

片倉 めちゃくちゃ面白そうなタイトルです!

丸茂 ペンネーム「中上ジャクソン」ですよ! これはいい! 

石川 めっちゃ力がある筆名ですよね。この方は商業デビュー経験があって、投稿は3回目です。

丸茂 あのひとですか、非常にゼロ年代に縛られている方!

石川 丸茂さん、どの口で言ってます? この方はデビュー作も、過去2回の投稿作もそうなんですが、どれも同工異曲なんです。語り口もそうだし、内容も同じような青春の鬱屈について。そこからの今回原稿を手にしたときの僕の期待感をわかってもらえるでしょうか!? 読む前から「満を持して」という言葉が頭をよぎりました。これはタイトルからわかるように、「平成の殺人事件」についての小説です。

丸茂 史実の事件について話しているということですか?

石川 はい。神戸連続児童殺傷事件や地下鉄サリン事件など、10のセンセーショナルな事件が取り上げられています。平成生まれの著者が、この令和の時代に、平成を再説するかのようなメタフィクションを書く。これは、すごい試みになるんじゃないかと思いました。ところが結果的には“いつもの”だったというか、試みの大きさを御しきれていない印象でした。

丸茂 事件について語っていくというのは、単純に第三者として回想していく感じですか。

石川 いえ、キャラクターとしての主人公がいたり、当事者の語りを“騙る”ことがあったりしますね。

丸茂 フィクショナルに語るということ?

石川 そういうことです。

丸茂 構想は素晴らしいと思いますが、事件をフィクショナルに語る部分がどれだけ「真実より真実らしいか」にかかっていると思います。

石川 そこは残念ながら処理しきれていなかった。もし仮にこれがすごい作品だったとしても、商業出版するにはハードルが高い題材です。さすがにそれをわかっていないとは思えない。悪戯半分、面白半分でこのテーマにしてきたとも思っていません。ただ、「ネタ」が「ネタ」でしかなかった。現状だと、悪趣味リストみたいになってしまっています。

丸茂 厳しい言い方ですが、シンプルに実力不足だったと。いや、これは新人離れした恐ろしい膂力が必要だと思うので、責めるつもりはないのですが。

片倉 ストーリー構成より、モチーフとして出した個々の事件のインパクトが勝ってしまっているということでしょうか?

石川 そう。なにが面白いってあらすじが一番面白かったですね。

丸茂 「キッチュなネタとしてしか、平成に生まれた僕たちは殺人事件という現実を消費できない悲劇」みたいなものはあるかもしれませんが、そうか

石川 この人はほぼ僕や丸茂さんと同年代。興味の持ち方はわからなくもない話だと思います。ただ、作品化の仕方がもったいなかったですね。このままではブレイクスルーは難しいのではないかと思うのですが、“なにかある”人なのは間違いないので、一度話をしてみたいと思います。

目新しさがほしい

櫻井 『エゴイスティック・ヒュプノ』は、このミステリーがすごい!に応募し、講評でメフィスト賞向きと言われた作品とのことです。いわゆるメタミステリーというものです。SFっぽいお話で、主人公たちは謎の巨大な敵と戦うために超能力を鍛える学校で生活しているのですが、そこで殺人が起こってしまいます。しかし、犯人捜しが進んでいくうちに、主人公だと思っていた人物はこの作品の主人公ではなかったということが発覚していきます。

石川 読者が主人公だと思わされていたということですか?

櫻井 まあそうです。「主人公」は◯◯であり、これは「主人公」を殺人事件に夢中にさせるために起きた事件なので、その殺人自体がじつは起こっていなかったという展開です。

丸茂 目新しさはありませんね。

櫻井 そうなんです。私も目新しさを感じませんでした。応募作品には、この作品だからこそある目新しさを求めています。筆力のある方だと思うので、新しい作品に期待しています。

短編のアイデアを長編に落とし込むのは難しい

石川 次は『神☆ギャル〜LUNAとHIROの狂詩曲ラプソディ〜』。圧のすごいタイトルですが、この人は「ゲンロン 大森望 SF創作講座」の出身なんです。

一同 ほほう。

石川 この作品も、SF創作講座で提出された作品が元になっています。講座について簡単にお伝えすると、最初に課題が出され、それに対して梗概を提出するんですね。その梗概から優秀なものが三つほど選ばれ、選ばれると実作を書いてくださいという流れになります。それに対して点数をつけていくのですが、この作品の元になったネタは梗概審査を突破していて、実作審査でも2位になったらしい。そういうわけで、非常に期待をして読みはじめました。

キャッチコピーは「世界初! ハードSF×ギャル。巷を騒がす『ゲンロン 大森望 SF創作講座』発秘密兵器、ここに推算!」。ある日、お馬鹿なギャル・瑠奈のところに一通のメッセージが届きます。すると、瑠奈は秘められていた能力を開眼させるんです。世界のすべてが直感的に“理解”できるようになる。元々そのメッセージは、もうひとりの主人公である研究者・河田がある計画のために送ったものでした。開眼した瑠奈は、河田の計画に協力しつつ、自身も主に数学や量子物理学の分野でどんどん名を成していって、ギャルの天才科学者として世界的な存在になります。そして、「神」を超越するための壮大なプロジェクトを立ち上げる

丸茂 それ、ギャルの話なんですか!?

片倉 ギャルは、「マジウケる」とか言ったりする、いわゆるテンプレギャル的な設定なんですか?

石川 最初の方はギャルらしい口調でしたが、途中から変わっていきます。本人にしか到達しえない科学的な説明をしないといけないですからね

片倉 口調も神になってくるということですね

石川 ところどころでギャル口調は挟まれますけどね。で、瑠奈のプロジェクトには、こちらも世界を崩壊させるようなレベルの横槍を入れられ、最終的にはある方法で世界を「リセット」します。文字通り「神」になるわけですね。一読して思ったのは、たしかに「ハードSF×ギャル」という狙いは達成しているし、面白いか面白くないかと言われれば面白い。ただ、超越者が現れるタイプのSFとしては、もう一歩二歩食い足りなかったということでした。

丸茂 短編向きのアイデアですしね。

石川 短編を長編化したことでこうなってしまったということはあると思います。あとは、全ての創作が真面目であれとは思わないんですが、ギャルをフックとして使うのであれば、もっとギャルのことを知ってほしいんですね。ギャルがあまりにも作り物すぎていて。

櫻井 ギャルである必然性はあったんですか?

石川 必然性はなかったと思います。

丸茂 ギャルだからこそ面白いところは?

石川 それはありますね。全知全能から一番遠そうなところにいるじゃないですか。そういった意味ではギャルだったから出せた面白さはあったと思います。出会い頭のインパクトで言うと、狙い通りでしょう。

太田 石川さんがギャルに合わなかったんじゃなくて?

石川 いや、僕ギャル好きですからね!

丸茂 とはいえ、やはりラストの部分がエモく落とせていたらうまくいくと思うんですよね。構造は整備されているけれど、やはりちょっとエモい部分がないと楽しめない。そういうところまで練った作品を求めています。

受賞には至らずだが可能性を感じる

太田 さて、座談会も後半戦、今回の担当推薦作品は1作品ですね?

櫻井 はい! 私が推薦した『わがディベート部に青春なし』です。推薦しておいてなんですが、この作品は面白いけれど万人受けはしない作品だと感じたのですが、どうでしょう?

太田 確かに、万人には受けないかもしれませんね。

櫻井 一言でいうとディベート小説です。高校のディベート部を舞台にした作品で、本文もディベートが9割という潔さです。

片倉 むしろ、他の要素がなかった

丸茂 ディベート以外、彼らにはないんですよ、潔い!

太田 ディベートの青春小説ですね!

櫻井 そうなんです。作者自身も長きにわたって競技ディベートを行っていて、かなり豊富な知識と経験をお持ちの方です。なので、はたから見ると「なんでこんなことに夢中になっているんだ!?」と思えるくらい本気でディベートをやっている人たちの姿が描かれる青春小説だと思います。ただし、こういう場合はついディテールを書きすぎるというのがよくある落とし穴で、この作品も若干その落とし穴にはまってはいると思います。でも、今作のキャラクター造形は評価したいです。主人公はディベートに熱中するあまりこじれてしまった感が否めませんが、真面目だし彼なりに青春を謳歌していて好感が持てます。なおかつ、ライバルの先輩が良かった。パンチのある登場シーンからエモさ溢れる最終対決まで、ずっと強かった。ふたりのライバル関係をきちんと維持し、時には距離を縮め、最後には「くそっ」と悔しがって終わる。すごく青春している小説だと思いました。ただ、内容が議論の検討に寄りすぎていて、途中脱落者を多く出しそうな点はやはり減点要素ですね。でも、最初のディベートのテーマ「ドラえもんは未来に帰るべきである。是か非か」という話の中で飛び出した「ドラミがやってくる」という展開はすごく良かった。

太田 あそこは良かった!! ドラえもんは、ドラミの劣化コピーなんですよ。妹の方ができが良いけれど、おそらくドラミが現代にやって来たらのび太はのび太ではなくなってしまう。衛生的なのび太になると思う。

丸茂 綺麗なジャイアンみたいな?

太田 そうそう! 僕は読んでいる時に「瀧本哲史さんが生きていたらこの原稿を送るのに」って、思っていました。冒頭だけでも読んでほしいと。「本物のディベートでいうと、これはどれくらいのレベルなんですか?」と、問いたかったんです。

櫻井 作者は数々のディベートの大会で優秀な成績を残していて、その時の審査員の一人が瀧本哲史さんだったそうです。文末に参考文献がたくさん記載してありますが、数あるディベートの入門書の中でも最も優れているのが星海社新書の『武器としての決断思考』だ、とも。そういう縁もあってこの原稿を星海社に送ってくれたそうです。

丸茂 他にも星海社新書をたくさん読んでくださっている、ありがたい!

太田 ドラえもん問題は、救急車を有料化するかどうか問題と同じように、もしかするとオリジナリティのない問いなのではと思うんです。そこが僕にはわかんないんですよ。

櫻井 オリジナリティがない問題ですか

太田 ディベートでは研究され尽くしている、箱庭の中の問題。それかどうかは調べてみないとちょっと難しい。

岡村 ディベートの題材に興味があるかないかで、読者の感じ方が大きく変わってしまうと思いますね。もちろん、ディベートを通して主人公は成長しているんですけど、内面を深く描いているわけではない。

片倉 厳しくいえば、ディベートの技術がレベルアップするだけですからね。

岡村 僕も、どの題材が面白かったかといえば、『ドラえもん』なんです。あれを見ていて思ったのは、ちょっと種別は違うけれど『逆転裁判』。

一同 あぁ〜。

岡村 あとは『空想科学読本』。これは実はこうだった! というやつです。作中では『ドラえもん』でしたけれど、例えば「『進撃の巨人』のエレンのエルディア人以外の人間を滅ぼすべき、という考えは是か非か」みたいなテーマだと僕は面白く読めるので、工夫のしがいはあると思います。

櫻井 ラブコメ重視などに対して、本小説はディベート議論特化型であると。

丸茂 多分この人は先ほど太田さんが言った、使われているからダメ、ありふれているからダメという考えとは真逆で、「ありふれた、使い古された問いだからこそ、ディベート入門的には良い」と考えているのでは。

石川 普遍的な題材を使って、オリジナリティのある構成を作るということですか?

太田 それはね、性善説すぎるよ。ある普遍的な問題があるんだったら必ず模範解答が山のようにあるわけですよ。この作品はそのパッチワークなんじゃないの? という疑念がどうしても晴れない。

櫻井 それはそうだと思います。しかし、こういう議論はそもそも蓄積されていくものじゃないですか? 競技としては、どちらが場の流れを支配するのかで勝つか負けるかが決まるわけです。取り上げられているどのテーマも、究極的には正解がないわけじゃないですか。最後の「愛か金か」の議論でも、最後は先輩がエモさで勝つわけですよ。ともするとエモさで勝ってしまうというのが、スポーツなどにも通じるなと思いました。

岡村 例えば『もしドラ』はドラッカーのマネジメント理論を読者に摂取しやすくするために小説という物語形式に落とし込んで、見事にその目論見は当たったわけですよね。この人もディベートというものを、小説という形式に当てはめてとっつきやすくしてます。でも、そういう小説って得てしてキャラクターが自然に生きているというより、役割を果たしている印象を持つことが僕としては多いのですが、この作品はそうではなく意外とキャラクターができてると思います。

太田 僕は断じてそうは思いません! キャラクターができているところなんて、千行読んで一行しかない!

丸茂 太田さんとしては、割合が少なすぎるということですか?

太田 少なすぎるよ! しかも、この人がよくないのは、その千行に一行が面白いんだよ!だったらもっと増やせよ! と思う。

岡村 あれ? それ、太田さん高評価じゃないですか?

太田 はい、高評価です。

櫻井 じゃあ、その千行を削って書けば?

太田 それなら良いと思います!

一同 (爆笑)

太田 この人が千行に一行書く人間はたいへんに印象に残る一行で、相当なセンスがあると思います。とはいえ、千行に一行だから。なんでこうなるの?と、思う。冒頭も3分の1くらいに削って良いし、その後、こいつらディベート部の連中がなにか事件に巻き込まれるとかなら面白かったと思う。だけど、実際にはずっとディベートをやっているストーリーが続く。

岡村 完全にディベートですね。たとえば、『ぶっカフェ!』は仏教がいわゆる作品の味付けですが、あくまで主体はキャラクターです。だけど、今作は味付けとしてディベートを使うというつもりはないですよね。

太田 そうなんだよ! 初めてのデートでコーヒーを頼むか、紅茶を頼むかみたいなところで議論が始まってみたいな。そんなストーリーだったら良いと思うよ!?

丸茂 僕はこのひと自身が挙げられていましたけど、ディベートラノベの先行作『彼女を言い負かすのはたぶん無理』が振るわなかったから、その路線は駄目なんだなという判断でディベート本編に焦点を当てたのではないかと思います。書こうと思えば書ける方ですよ。

岡村 じゃあこの人、救急車に関するディベートの部分とかを読み手が楽しく読んでると思ってるんですか?

太田 そうそう! そうなんです! でも、正直辛かったの。『ドラえもん』のあたりは良いのよ。まだ、興味もあるし。だけど、その後のところが飛ばしたいところもあるの。

櫻井 いまはとてもアンバランスなんですよね。でも、これはディベート小説なんだから方針は間違えていないんですよ。たとえばサッカー小説なのにラブコメシーンを多く書いたら、やはり「もっとサッカーを書けよ!」 となるじゃないですか。

岡村 僕はストーリーや情報開示の順番といった要素よりも、やっぱりキャラクターを楽しむタイプなんですが、この作品のキャラクターはところどころクスッと笑えるところがあって好感を持てました。

太田 立っていますよね。あと、読書家だったらニヤッとするところがたくさんあると思う。

岡村 わかります。ドストエフスキーの言い回しだとか。

太田 『賭博者』のところのババァとかね。お金に関するところで。ババァは最初すごい冷静なんだよ。ところが一発やって、もうヤバイという感じになってしまって。そういうのが、一行じゃなくて五十行くらいあると凄く良いのになあ。

岡村 もう少しディベートの部分を絞った方が良いんじゃないかと思うんですが。

太田 そう思う。でも、いまのままだと、難しすぎて多くの人に面白いと思ってもらえる作品ではないと思います。

岡村 『ドラえもん』だろうが、金のある愛だろうが、救急車の問題だろうが、全ては題材だと。それはそれで良いんですけど、たとえば漫画の超訳だってある程度ネタを絞っているでしょう?

太田 絞っているね。

岡村 あれだってある種のディベートみたいなものです。

太田 このディベート部の人たちの中で、殺人事件が起こるのなら、二重丸をあげたいと考えていました。部活の中で殺人があって推理合戦が始まるんです。たとえば岡村さんが太田を殺す事件が発生した際に、それは許されるのか? みたいな話をディベートするんです。そういう話だったら、面白いと思います。

石川 ディベート探偵ですね。

丸茂 『ディベート探偵』うーん『ルヴォワール』シリーズ的な感じは向かないような。やっぱり裁判とディベートって別物ですし。

岡村 犯人と探偵が分かれていて、ディベートするところがあるとか?

太田 告発するか、しないかをディベートで決めるとかね。そんなのがあったら、俺、面白かったと思った。でも、それをやりたくなかったから、こういう小説になったんでしょうね。

岡村 本当にディベートをやりたいのであれば、僕はマジで『逆転裁判』みたいに、みんなが知っている題材をネタにしたりする。別に『ドラえもん』を扱っているのなら『鬼滅の刃』とかね。少なくとも、ディベート部はめちゃくちゃしっかりしているのはよくわかるじゃないですか。この表現は『ドラえもん』20巻の何ページに記載してあるとかきちんと典拠が書いてある。

太田 そう。そこはめちゃくちゃ、ちゃんとしている。

石川 それは必要なんですよ。この大量の脚注に書いてありましたけれど、ディベートは口頭での要約はダメで典拠を示してその通りに言わないといけないという。

太田 それは、若干厳しい見方だけど、過去もののパッチワークだとすると、やっぱり評価は下げざるを得ないな。面白いんだけどさ、あなたが発明したものじゃないと言わざるを得ない。それを払拭するにはオリジナルなディベートの議題で、オリジナルなディベートをしないといけなかったんだよ。それも典型である『ドラえもん』ディベートよりも面白いものを。それが、作家性、創作です。

石川 この方は、現実の競技ディベートに準じ過ぎているという理解でよかったですか?

太田 その通りです!

岡村 現実と競技ディベートに準ずるのは必要じゃないですか?

太田 それは、必要です。しかし、いまのままではいけません。面白いものにならないと見切りをつけたなら、僕もこんな風には言いません。でも、この作品に関しては面白くなる可能性があった! だから、憤っているんです。なんでそこを書かないの?  せっかく面白いのにもったいないじゃん! と、思うんです。その点について、もしかするとこの方はディベートを通じているから面白みが出ていると言うかもしれません。でも、僕は違うと思います。キャラが立っているところは、本当によく立っている。先輩も、いまでも十分によいけれど、もっとよく書ける。

丸茂 僕はこの方には『ナナマルサンバツ』と『ちはやふる』をおすすめしたい。目指すべきは愚直な文化系青春ものとしてディベートの世界を描く路線だと思います。

石川 あとは、この方がどうなりたいのかではないでしょうか? ディベートの伝道者になりたいのか、「小説家」として商業デビューしたいのか。

太田 昔、メフィスト賞に全て五七五で書いた作品を投稿してきた方がいたんですが、それに近いなにかを感じます。

石川 偏執的ではありますよね。

太田 面白くないわけではないから、困っている。

櫻井 私個人としても「受賞までもう半歩」と思っています。

太田 ディベート的に解決するんだけど、最後をディベートで勝負をつけるとか、そんな流れが王道かなと思う。オリジナルの設問も必要でしょう。ディベートを外から見るところがありそうでないんです。

片倉 最初から主人公がディベートが好きだから、客観的な目線がないんですよね。外からの、一般読者に寄り添った目線がほしかったです。

太田 小説なのだからどうせならディベートを使って外のでかい世界を書くべきなんですよね。これだと、ディベート内小説になっている。ディベート小説でもない。たとえば、池井戸潤さんが書く銀行が舞台の小説って、銀行のことを書いているだけではなく、銀行を通じて人生だったりを書いているし銀行内小説では断じてない。そういった意味で、僕はこの小説は正しく「ディベート小説になるべき」だと思う。ディベート内小説じゃなくて。池井戸潤さんが中小企業とか町場の工場とか銀行を外から見て書くようにディベートを扱ってほしい。

丸茂 太田さん的には、たとえばこれがディベート甲子園を目指す『ちはやふる』みたいなのになったらOK?

太田 そう考えています。

石川 一見そんな風に見えないギャルが異様に強いとか?

丸茂 そうそう、やっぱり異能力バトルも現実の競技も一緒で、強者としてキャラを立たせられると思うんですよね。

太田 先輩がいるじゃないですか。あいつが、肝心なところでギャルに次々やられていくみたいな。

岡村 先輩の不良の女の子はちょっとそれっぽいですね。めっちゃ頭良いですけど。でも、やっぱなにかすごいぶっ飛んでいる子なんで。

太田 そういう要素はほしいな、と思います。

丸茂 『リーガル・ハイ』みたいなはじまり方してほしいな。主人公がヒロインに言い負かされるところからはじまる! 遺恨を抱えてディベート部の門を叩くんですよ!

岡村 まさに、裁判って弁護士と検事が裁判官に対してディベートをし合うというものだと思うので。『リーガル・ハイ』ってなにに対して裁判を起こしているかっていう面白さではなくて、主人公の「どんなことをしてでも勝つ」キャラクターが圧倒的に濃くて、そこが面白いんだよね。

丸茂 ただディベートは、やはりニッチなジャンルだと思います。エンタメ・青春ものとして仕上げられたとしても、商業作品としての売り方は考えないといけないかと。

櫻井 じゃあ、いまっぽい話題にすれば読める?

石川 『天気の子』とか?

丸茂 「帆高(ほだか)くんの選択は正しかったのか? 否か?」とか。

岡村 話題になっている映画のようなコンテンツを作者と読者が一緒に消費するという目の付け所はすごく良いと思う。

丸茂 設問はもっと選びようがあったと思いますね。うまくチョイスできればバズりそうな感じがあります。

岡村 目次にたとえばさっき出てきた『天気の子』の帆高の選択は是か否か? みたいな章タイトルがあるといいのかもしれません。

太田 10個くらいあると良いね。宇宙のはじまりはとかさ。僕と君のあいだに特別な感情が生まれたのはいつ? みたいな、そういう問題が10個。場合によって、きっちりフルスケールのディベートになっているところもあるし、そうじゃないところもある。

丸茂 現実の競技に合わせず削っていくんですね。

太田 大きなバトルは2個くらいでいいと思います。最初と最後。『ドラえもん』のところは、これを3分の2くらいに整理した方が良い。試合は最初と最後だけ。

丸茂 パンチ力がある論説だけ見たい。エンタメじゃないですが『東京プリズン』のディベートもそんな感じでしたね。

太田 「そういえば、そうだ」「言われてみれば」みたいなうまい設問やディベートがある気がします。

石川 ディベートにはまりすぎて、彼女に振られるところから始まるとか。

太田 というわけで、議論百出で、残念ながら受賞ではありませんが、この方をぜひ編集部にお招きしたいと思います。もし、なにか進捗があった場合には、読者の方にもお伝えします。

おわりに

太田 今回は受賞作なしです。また、賞金が積み上がります。

櫻井 受賞作はありませんが、新しい出会いがあったのが嬉しいですね。

太田 そうですね。今回のように受賞まであと少しという方は、編集より声をかけさせていただくこともあります。僕たちと一緒に頑張りたいと思ってくださる方、ぜひ投稿してください。

一同 それでは、次回もご投稿をお待ちしてます!

1行コメント

『輪廻崩壊』

実際にあったことをテーマにするなら、フィクションならではのオリジナリティを打ち出してください。この作品は現実の二番煎じです。(片倉)

『幸せすぎて不幸になった男』

冒頭は素晴らしく、物語にグイグイ引き込まれました。ただ中盤以降の勢いと話のまとめ方が肩透かしな印象でした。(岡村)

『カミツキ姫の御仕事』

プロフィールで挙げられていたファンタジー諸作品への憧憬は感じるものの、それを異能力バトル設定に落としこめていない印象です。エンタメにチューニングするなら『喰霊』や『東京レイヴンズ』、あるいは『魔法使いの嫁』あたりを参考にしていただけたら。(丸茂)

『光と闇のあしおと

テーマに対しての調査力や、それを物語に落とし込む筆力はきちんとある方だと感じました。マイナーな歴史人物をありのままに描いていて意外性がないのが今後の課題ですが、『のぼうの城』のように意表を突く描き方ができれば面白い作品ができると思います。現状、調べたことを全部書いていて長すぎるので、描くテーマを絞って素材を取捨選択してください。(片倉)

『リーパーは弧に斬り裂く』

異能バトルものとして、設定もストーリーもキャラも地味です。とくに設定の説明が唐突なので、初見の読者として置いてけぼりにされてる感がありました。(丸茂)

『とある少女の鎮魂歌』

物語としては丁寧にまとまっていると思いました。一方、キャラクターの言動や心情に対して、「もっとこのキャラクターを読んでいたい」と思えるような描写や驚きなどが特に無かった、というのが正直な感想です。(岡村)

『日本橋小伝馬町高校歴史研究会へようこそ』

タイムスリップの設定や終盤の解決編はこなれていて面白かったです。序盤の導入部や中盤のトリビア部分が冗長だったので、全体の構成を考えて書いてみてください。(片倉)

『正義と、正義じゃないものと〜ヨシカズ奮闘劇〜』

ヒーローとメタ視点という掛け合わせは面白かったのですが、思想的な問いかけから小説に昇華することができておらず消化不良でした。(おそらく作者が抱えている)疑問を読者に投げっぱなしにしたまま終わるというラストは、非常に雑に感じました。(櫻井)

『黒髪』

この作品はストーリー展開で読者を楽しませるというよりも、登場人物の魅力で勝負するタイプの話だと思います。ただ、キャラ造形のレベルがそこまで達していませんでした。(片倉)

『土星の森』

幻想文学的な香りのする作品でしたが、ではその幻想性だけで勝負できるかというとそこまでは達していないので、もう少し具体的な状況説明・描写とのバランスをとったほうが読み味は上がると思います。(石川)

『ワールズエンドの歌姫』

全体的に若干たどたどしさはありましたが、まっすぐで好感の持てる物語でした。ただ、この内容でこの分量は長すぎる。半分にできると思います。(石川)

『ちっぽけな箱庭を抱いて』

独特のリリカルな世界観と言えば聞こえはいいのですが、まとまりがないファンタジー世界とも評価されると思います。せめて骸骨なのか、魔女なのか、登場する空想物を絞るべきだったかと。改稿いただいてもいい評価になるとは感じませんので、新作の投稿をお願いします。(丸茂)

『とある超能力者の日常』

つまらないかおもしろいかで言えばおもしろいですし、キャラクターが立っていて読んでいて楽しいです。ただ驚きや心を打たれるような描写はなかったので、楽しさに何かプラスアルファが必要だとも思いました。(岡村)

『UDN47ぷらすワン』

作品のノリが全く合わず、面白さがわからなかったです。(岡村)

『RedWing〜光翼のクレイン〜』

まとまりのある作品でしたが、突出しておもしろい点に欠けます。硬派に突き抜けるのであれば、人種差別、戦闘機という要素を備えた優れた作品に『86エイティシックス』があるので、研究してみては。(丸茂)

『冷たい蛇は十字架の上に佇む』

作中の出来事はしっかりと描写されており、物語も破綻なく書かれています。ただ、登場人物の内面に魅力的な個性や特徴を見出せず、続きを読みたいとは思えませんでした。(岡村)

『トガイノバラ』

1つ1つのシーンが間延びしている印象です。もっと文量を削ったり、シーンそのものをカットできます。読み手を退屈させないためには何が必要で何が不要か、ということを突き詰めてみてほしいです。(岡村)

『未来に戻って、俺をぶん殴ってやる』

この作品の設定と私の年齢がドンピシャなのでネタはほぼ共感できましたが、冗長というかややクドく、作品全体の見せ方が荒い印象でした。ラストの主人公の決意は、読んでいて前向きな感情を抱かせる良い締めでした。(岡村)

『風巡りアカデミカ』

ストーリーの起伏がゆるやかで全体的に地味な印象が否めません。本題に入る前のキャラクター紹介や情報開示に紙幅を割きすぎているため、もっとコンパクトにまとめて頂きたいです。また、現実世界を映す鏡としてのファンタジーという視点からは、作中でのジェンダーや格差といった問題の扱い方が古いなと感じました。(櫻井)

『夢で逢えたら

小粒にまとまり過ぎています(これは好みですが、サイバーパンクをやるなら個人的にはアクションを読みたいところ)。「夢空間」の扱いが自由すぎてなんでもありな感じがしてしまうのが瑕でした。『ID:INVADED』が似たモチーフにおもしろく法則を設定している好例なので、ぜひチェックしてください。(丸茂)

『ダメ仙たちと退屈な僕』

全体的な品のなさや会話文のノリで、楽しむことができませんでした。(石川)

『この世の理』

説明なしで突然この作品独自の用語が出てくるなど、読者が置いてきぼりの印象です。文体やテーマも星海社の読者とはズレているのでそれを意識して、合わせるなら合わせる、もしくは意図的にズレを逆用するなどして書いていただきたいと思います。(片倉)

第四階層の殺人Level 4 Murder Case処女/探偵/降誕』

SFファンタジーとして世界観の立ち上がり方に惹かれる部分はあったのですが、構造を練ることに集中されていてストーリーがおろそかです。メタではなくベタに、おもしろい物語をまず読ませてください。ベタがあってこそのメタだと思います。(丸茂)

『夜の手紙』

新興宗教を舞台としたジュブナイルサスペンス。貫井徳郎さんや中村文則さんの諸作品と比べて、宗教を巡る心理や実存について響くものに欠けます(凄まじく高いハードルではありますが)。おそらく描きたいと考えられているだろう青春の不安は、別の舞台(あるいはジャンル)での表現を模索されたほうがいいと思います。(丸茂)