2019年春 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2019年5月21日(火)@星海社会議室
全会一致で絶賛の傑作到来!! しかし、まさかの受賞ならず!?
はじめに
太田 今日は26回目のFICTIONS新人賞座談会です。みなさん、張り切っていきましょう!
一同 はい!
丸茂 今回は座談会の前に、新メンバーの紹介をしないといけませんよ。我々がかつて味わった洗礼を受けるがいい(陰惨な笑みを浮かべて)。どうぞ!
片倉 今年から編集部に合流した片倉と申します、よろしくお願いします!
石川 ……それだけですか?
片倉 えーと、オフィスに来た初日に「貴族エディター」の称号をゲットしました。ティーカップ持ち込んでスイーツ買ってきて、編集部で一人お茶会してただけなのに……。
太田 貴族は貴族でも、鳥がつく方の貴族じゃないよね?
片倉 鳥がつく貴族って何ですか……???
一同 トリキを知らない……これはヤバい!! やっぱり貴族だ!!
公開座談会は編集者の戦場
太田 それでは気を取り直して座談会を始めましょう! 『革命のプレリュード』はどうでした?
片倉 これは吹奏楽がテーマの部活ものです。『響け!ユーフォニアム』の二番煎じ感がありました。
石川 なるほど。『響け!ユーフォニアム』の名前を出されると冷静ではいられなくなってしまうのですが……それはさておき、「二番煎じ」がきちんとできているのなら、それなりに力があるようにも思えます。
片倉 この方は以前も投稿頂いていて、そのときも指摘があった通りネーミングセンスがすごいんです。主人公たちが目指す大会の賞が「ゴールド金賞」なんです。重言……「頭痛が痛い」。
石川 いやいや、それは正しいんですよ! さては『響け!ユーフォニアム』をちゃんと観てないか読んでないですね? 「金」と「銀」が音では紛らわしいので、聞き分けるために「ゴールド金賞」って言うんですよ。
太田・丸茂 それはダメだろ!!! 今日中に読めよ!
林 先輩二人からの猛烈なダメ出しが。
片倉 作者さんすみませんでした!
石川 それはそうとして、ネーミングセンスだけだと致命的な感じは受けませんが、どの辺がダメだったんですか?
片倉 ストーリーかキャラか、どちらかにもう一味ほしいんです。現状、ストーリーは小さい世界で完結しているし、登場人物は多い割に個々のキャラが立っていない。例えば『響け!ユーフォニアム』は二次創作で百合に発展するくらい人間関係が濃密なのが持ち味ですよね。全体的に淡白すぎて特徴が薄いのがこの方の課題だと思いました。
太田 次は『リリーズ・オフロード』ですね。先輩の威厳を見せてください、石川さん!
石川 これは来たな、太田さん僕に振ってくれて本当にありがとうございますと思っていました。読む前から。タイトルからわかるように、これは僕の大好物である百合小説なんです。そのうえ終末ものなんですよ。1億2000万人が好きと言われている終末百合です。
丸茂 (聞き間違えて)全国2000万人もファンがいるんですか、僕は好きですけど。
石川 1億2000万人ですよ!(食い気味に)
丸茂 ええーーーはい、すいませんでした。
石川 それだけじゃないんです。この方、思春期に桜庭一樹さんの『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』に影響を受けているんです。
丸茂 お、これは我々と同族の匂いがプンプンしますね。
岡村 (この二人、百合のことになるといきなり早口になるな……)
石川 プロフィールにはさらに、中里十さんの『どろぼうの名人』で百合を強く意識した、とあります。『砂糖菓子』から『どろぼうの名人』。これは百合小説英才教育の裏街道なんですよ。邪悪な英才教育と言ってもいいですね。
一同 ???
片倉 表街道はどういうルートなんですか?
石川 たとえば『マリア様がみてる』ですよね。もちろん、『マリみて』がただ陽当たりのいいものだというわけではないですよ。けれど、どこか斜に構えたような人間が辿る百合の道で人格形成をしてきたと思しき作者さんなんです。もうこの時点で期待度が高まりすぎました。が、読んでみたら……(下を向く)。
林 パンッパンに張った期待がすごい勢いでしぼんでいく。
丸茂 英才教育はされてるはずなのに、無念ですね。
石川 こういうことがやりたいんだろうなあというのは垣間見えるんですが、ストーリーが弱く、舞台設定を活かしきれていない。キャラクターも作れていないわけではないですが、向上の余地はまだまだありますね。
林 じゃあ、この方は何を読んだらいいと思います?
石川 百合作品は息をするように読んでいるはずなので、一度書き方のトレーニングを積んで整理してみるのもいいかもしれませんね。『ミステリーの書き方』で創作の勘所を押さえたり、優れたメジャーな映画を「物語の作り方」に重点を置いて鑑賞したり。それが結実した百合小説、ぜひまた送ってきてください!
残念、偉大な先行作品を越えられず
太田 『少女マンガに恋をして ~元ヤン幼馴染みの恋愛模様~』はどうでした、丸茂さん。
丸茂 これは編集者の男性が苦手だった幼馴染み(元ヤン)のマンガ家と再会してタッグを組む、マンガ家と編集者のラブコメです。文章を書き慣れている感じはしましたし、ラブコメとして王道に舵を切れているんですが、すべてのパラメーターが商業レベルには及ばずという印象でした。『バクマン。』とか『妹さえいればいい。』とか、創作業界ものの先行作品をもっと読んでいただきたいです。
太田 次も丸茂さん担当『クグツ・ドライヴ』。
丸茂 グレードが落ちた『装甲悪鬼村正』でしたね。劔冑ではなく、クグツと呼ばれる機体を操作して戦う忍者たちのバトルもの。
太田 どのくらいグレード落ちてるの?
丸茂 アマチュアレベルくらいに。
太田 うーん、アマチュアはよくないな。でも、今こそ『装甲悪鬼村正』みたいな作品がほしいなあ。
丸茂 僕は巨大ロボットとかモビルスーツにフェティッシュがないんですけど、それでも『装甲悪鬼村正』は格好良かったですね。クグツのギミックをもっと中二心疼かせる感じにしていただきたかった。あと、この作品のような現代忍者ものだと僕は手代木正太郎さんの講談調を読んでいるので、どうしても生ぬるい印象を受けてしまいました。あるいは『隠の王』みたいに爽やかに描く路線が忍者にはフィットする気がしますが、いずれにしても設定が浅い。これを読んで、改めて「手代木正太郎は面白い」と確信しましたね。手代木さんによるファンタジーミステリ『不死人の検屍人 ロザリア・バーネットの検屍録』、星海社FICTIONSより好評発売中です!
太田 誰かの作品を落としながら誰かの作品を上げるのは上品じゃないけど、気持ちはわかります。それでは、林さんの『ラティーンセール・オン・ブルーオーシャン』はどんな感じでしたか?
林 USJのアトラクションにもなっている映画『ウォーターワールド』のような壮大さがある、すごく心が清い少女版冒険小説でした。
太田 いいじゃん!
林 ただ、意外性がいまひとつでして、新人賞に上げる作品ではないかな、と思いました。
太田 まあ、よくある話なんだよね。似たようなテーマでも例えば『翠星のガルガンティア』は斜め上のSF感があるじゃない。
林 『翠星のガルガンティア』は古典を踏まえつつ新しさがありますよね、組み合わせが面白いというか。平和的なディストピアなんだけど、でも実は違って、みたいな。この作品はそういう意外性や新しさがなくて純粋に物足りなかったです。
片倉 ラストはどうなるんですか?
林 「それでも私はこの世界で生きていく」みたいな、ポジティブになって冒頭に戻る感じのエンディングでした。
太田 もう一つアイデアがほしい作品だったね。
文章はうまいけれども……
石川 次は僕ですね。『Good night, Rain man』、文章は悪くありません。それゆえに最初から最後まで読めてしまうんですけど、内容やキャラクターに関しても「悪くない」としか言いようがなく……。
丸茂 そうそう。今回、文章もストーリーも読むのがつらいほどではないけれど、抜群に面白いとは言えない作品がとても多かったです。
石川 明確な瑕疵はない反面、明確な推しどころもない52点くらいの作品で、これが一番難しいんですよね……。改善していけば60点はとれるかもしれないけれど、先がパッと開けるわけでもないので。ところで今回、この方も含めて「カクヨム」投稿者の作品が結構届いています。で、「読める」ものが多い。「カクヨム」には「小説家になろう」とはまた違う力学がはたらいていると思いますが、十数万字の長文を書く力の養成に一役買っていることは間違いない気がします。
丸茂 ただ文章が読めるようになったとしても、それが面白いか面白くないかはまた別の問題ですよね。
石川 ですね。『重力アルケミック』の柞刈湯葉さんのデビュー作『横浜駅SF』や、ハヤカワSFコンテストで優秀賞を受賞した三方行成さんの『トランスヒューマンガンマ線バースト童話集』などは「カクヨム」掲載作でした。尖った才能・作品が出てくる土壌でもあると思うので、うまく活用していってほしいです。
太田 なるほど。あくまでもひとつの傾向としてだけど、「小説家になろう」のメインストリームよりも「カクヨム」のメインストリームのほうが星海社の文化圏に近いんだろうね。
死体が生き返る? 和製『ペット・セメタリー』
太田 『女王様と復活の石』、林さんどうでしたか?
林 これは今回のアイデア賞です!! 私の中で。主人公がある日突然不思議な石をゲットして、その石を持っていると死んだ生きものに触れて生き返らせる能力が手に入るというストーリーです。
太田 『ペット・セメタリー』じゃん。
林 そうなんですよ! リメイク楽しみ!!
太田 相変わらず林さんはあらゆるホラー映画の話についてきてくれるなあ。
林 『ペット・セメタリー』と違うのは、仮に真っ二つになった生きものに使うと、二体になって生き返る点です。
太田 怖いね。面白い。
林 この話の肝は、友達に足に障害がある妹がいて、彼女が死んでしまったときに石の力で復活させるところです。普通に死体を生き返らせると足の障害はそのままなんですが、死体の足を一回切断してから再生させると足の障害がなくなる。妹は健常者として生き返ってめでたしめでたし、というつもりが間違って切った方の足からも再生させちゃって、もう一人足が悪い妹ができちゃうんです。
片倉 切った足の方からもニョキニョキ生えてきちゃう。
林 そうそう。しかも、不自由な足から生えてきた方はちょっと挙動がおかしいんです。脳が新品だから赤ちゃんレベルの思考しかできなくて、その子を世話しないといけないどうしよう、という事態に。
太田 面白い。
林 身体は女子高生、精神は赤ちゃんの人間を24時間世話しなきゃいけないんですよ。介護疲れでその子を殺しちゃったところから事件が始まります。
太田 いいじゃん!
林 このネタで一本書いてくれたらいいんですけど、この話は3分の1くらいで終わっちゃうんです。
太田 え、なんで?
片倉 残りはどういう話なんですか?
林 この蘇生させる石の存在がバレて日本政府が所有することになって、政府の管理下で使われていくんです。国がこんなことするわけないって展開ばかりで読んでてかなり萎えました。
太田 大きな話に結びついていっちゃうんだね。
林 スケールはでかくなるけど話が横に横にずれていく。前半の素敵なアイデアがどんどん薄まっていく……読みながらストップ! ストーーップ!! って叫びたかった。最初のアイデアをうまく見せるための構成をしてほしかったです。
太田 でも、最初のエピソードは面白いじゃないですか、またやってほしいですね。小説でもいいし、マンガでも面白いよね。
林 友達やその死んだ妹のことを思った善意の結果が死体バラバラ、っていう善悪のグラつく感じがすごくよかったです。でも、割とそこの描写が淡白だったので、その描写にもうちょっと力を入れてもいいかなと思います。
奇抜なアイデア、続々!
片倉 『スズメはトンボになれない』は、これもアイデアが奇抜で面白かったです。トンボが巨大化した世界が舞台なんです。
太田 それはヤバい。あいつら肉食だし。
片倉 巨大トンボが暴れて世界が荒廃しちゃって、自衛隊が頑張ってトンボ撃墜ロボットを作るんです。操縦者の遺伝子が適合しないとロボットが操縦できないので、適合したクズ男を引っ張ってくる、と。それが主人公なんですよね。後々、主人公の遺伝子が適合するのは過去の事故で主人公の遺伝子にトンボのものが混じってしまったからだ、と判明するんです。ただ、アイデア一発勝負で細部が粗く、設定に矛盾があったのがマイナスポイントでした。
太田 それ、仮面ライダーじゃん!
片倉 えー、そうなんですか!? 知らなかった!
太田 片倉さんは仮面ライダーのネタが埋まってても分からないかもしれないね。読んでみよう。仮面ライダーは、石ノ森作品は編集者として読んでおかないといけないよ。変身物のある種の元祖だから。
岡村 マンガ版の初代仮面ライダー、テレビとは違ってかなり暗いテイストで、比較してみると面白いです。
林 本郷猛が10人くらいのショッカーに囲まれて普通に死んじゃうんですよね。
太田 テレビみたいな子供っぽい感じじゃなくて本当はこうなんだと思って、石ノ森先生はマンガ版を描いたのかもね。デビルマンのマンガ版とテレビ版もおおむねそういう関係だったかな。もちろん方向性が違うだけで、どちらも、優れた作品ですが。
エンタメに寄せる努力を
太田 次は『棚ボタンX』、櫻井さんだね。
櫻井 これは色々な意味ですごく悲しい気持ちになる小説でした。社会の底辺の日常をずーっと書いている私小説的な作品です。
丸茂 前にも、うどん屋さんをテーマにした似た作品がありましたね。
櫻井 そうそう。あれは本当に私小説だったんですが、この作者さんには一歩踏みこんで不思議なフィクションにしようという意図が見えるんです。出だしがすごくて、主人公の先輩の男が道で大きな土佐犬に噛まれて内臓を食べられるシーンから始まるんですよ。えーっ、と思うじゃないですか!
林 そのレベルでリアリティ設定するんだ。貧困描写はリアルなのに。
櫻井 それで、「どうなってるのこの世界!」と思って読んでいくんですが、そこから何かが発展したり謎が解けたりするでもなく、いわゆる社会の底辺の人々の生活やちょっと常軌を逸したような行動が延々と続き、最後は何の救いもなく終わるっていう……。資本主義社会の搾取に対する批判を頑張ってエンタメにしようとしているのに、まだ昇華が十分じゃないんですよ。
片倉 描写が素朴すぎて、ひたすら悲惨なんですね。
石川 社会への報復として凶悪犯罪を仕掛けるとか、あるいは徹底的にストーリーを暗くして泥水をすするような話にするとか、面白くしようはあったと思います。
櫻井 そうそう、どっちかの方向にカタルシスが欲しいんですよね! 主人公が何かを成し遂げるか、あるいはどうにもならないで滅亡するか、どっちかがいいじゃないですか。ところがこの小説のラスト、主人公は特に変化しないんです。クズみたいな自分の兄が、突然行きずりの女に結婚を迫られたところで「この二人は結婚するんだろうな」と思うシーンで終わるんです。
片倉 純文学!?
要素は盛りすぎず、ほどほどに
櫻井 お次は『デメテルの娘メドゥーサの息子』。私が読んだ中ではこれが一番面白かったです。この方の投稿は去年の夏くらいに石川さんが読んで、割とよかったって言ってました。文章はうまいです。一言でいうと超能力バトルをする少女マンガ。超能力を使える女の子が主人公です。手放しで褒められないのは構成や見せ方に甘いところがあるからなんです。超能力で実際に戦うのは終盤で、それまでは主人公の女の子が少女マンガみたいにめっちゃモテるパートなんです。基本的に出てくる男の子全員から好かれて、どの子とくっつくかという話。しかも親友とのちょっと百合っぽい要素を含むどろどろ三角関係もあります。
丸茂 ハーレムいいじゃないですか。性別なんて関係ないです。
櫻井 だけど、これ小六女子が主人公なんですよ。頭がよくてちょっと周りから浮いてる女の子なんです。そういうませた子は確かにいるけど、時々言ってることが三十代OLみたいなんですよ。男子を値踏みして「将来商社に勤めて出世しそうな奴だ」なんて言う小六女子には、さすがに戸惑いませんか!?
太田 小六はまだ足が速いやつがモテるよな。いや、今どきの小六は違うのか?
林 それで、この話のゴールは何なんですか?
櫻井 終盤に謎の敵との超能力バトルはあるけどそれは主軸じゃなくて、お決まりなんですが主人公を慕ってくれる男の子の中で一番ミステリアスでかっこいい子と相思相愛になって、お互いを支えあいながら戦っていきましょう、っていう終わり方なんです。
太田 俺たちの戦いはこれからだ、パターンだね。
櫻井 実は、超能力を持っていると早く死んでしまうという設定があり、それを克服するためには戦わなくてはいけない。主人公は超能力者を利用する組織に所属することになるのですが、そこにある因縁なども最後にパパパッと説明して終わります。最終的に彼氏と「一緒に頑張っていこうね(キラキラ)」で終わるんですけど、この小説一番の盛り上がりは、主人公のことを憎からず思っている義理の兄と親友の女の子との三角関係なんですね。本当に色々な要素がてんこ盛りで……。あ、あと、この主人公の親が同性カップルなんです。本当のお母さんはちっちゃい頃に亡くなっているので、ずっとパートナーだった人と暮らしてるんだけど、そのパートナーも死んでしまったってところからこの物語が始まるんです。
太田 現代的だね。
片倉 タイトルにあるデメテルとメドューサも話に出てくるんですか?
櫻井 デメテルの娘っていうのが主人公の女の子で、メドゥーサの息子っていうのがヒーローの男の子。血は繋がってないけどこの子たちは義兄弟で、男の子は一緒に暮らしてたパートナーの実の息子なんです。ぶっちゃけ最後にならないとタイトルの意味は分からないしあまり重要な意味もない……。
石川 要素いっぱいなのは前回もそうでしたね。そのときのコメントで「削ぎ落とす勇気を持ってください」って書いたけど、削ぎ落としてくれなかったなあ。
櫻井 少女小説っぽい雰囲気でハーレムもので、でも一番の核となるエピソードは親友とのいざこざで、最後は超能力バトル。
林 よく座談会で「読者が飽きないようにサービス精神を入れてほしい」と提案しますが、要素やジャンルをいっぱい入れてほしいわけではない。
櫻井 そう、要素を一つに絞った上でサービスしてほしい。この作品は少女小説好きな人にも、異能バトル好きな人にも、百合っぽい展開が好きな人にも向けてるしで、ちょっといっぱいすぎるんです。それぞれが消化しきれていない感じでもったいないです。そこさえ絞れれば、例えばハーレムならハーレムに徹して超能力の設定を序盤からきちんと織り込んでうまくまとめる、とかだったらすごくよかったなと思います。
石川 『若おかみは小学生!』の令丈ヒロ子さんが「百合と異界は児童小説の伝統」だとおっしゃっていたのを思い出しました。作者さんとしては、自分が読んで育ってきた少女小説・児童小説の要素を自然に取り入れているだけで、ひょっとしたら詰め込んでいる意識は薄いのかもしれないですね。いずれにせよ、整理は必要だと思いますが。
太田 人によってはアリかもしれないよ。丸茂さん、読んでみて。
自分の持ち味を活かしましょう
太田 さて、座談会も後半戦、これからは各担当推薦作品を見ていきましょう。
片倉 『いつか、あなたと手をつないで』は大航海時代の話で、破産寸前の貧乏貴族が持参金目当てで非モテ令嬢と結婚するも、二人は次第に惹かれ合い……というストーリーです。新大陸産のジャガイモをうまく育てて領地経営を立て直すのが物語の筋で、全体的にこぢんまりしていて地味なストーリー展開なんですが、主人公の令嬢と旦那の関係が非常に丁寧に描かれています。ハーレクイン文庫なんかにあってもおかしくないテイストだと思いました。この方は以前も投稿してくださっていて、そのときは古代ローマが舞台の歴史小説でしたね。
櫻井 あの人か! 分からないくらい作風が全然違う、すごいライトになってしまった! うーん、前の作品の方が好きでした……。前回は、古代ローマに興味ないときびしいくらい歴史にフォーカスしてたんです。
岡村 こちらからのコメントを受けて、エンタメ志向の作品を送ってきてくれたのかな。
太田 じゃあどっちなの? って思ってるかもしれない。
櫻井 作者さんごめんなさい!
石川 でも、ライトにするのとエンタメ性を高めるのは別ですよ。
櫻井 たしか前回の座談会で、歴史に対する考証力はそのままに、主人公を歴史上のメジャーな人物にするか架空の派手なキャラクターにしてくださいって言ったつもりなんですが、それがこれか……キャラクターの派手さがまだ足りない! やはりまた「小さいものを小さく書く」になってしまってますね。
丸茂 ところでこれ、どこが面白いんですか?
片倉 現時点で完璧に素晴らしいというよりは、伸びしろが見えるんです。『逃げるは恥だが役に立つ』が流行っている今、結婚ネタって一工夫すればいい感じになると思うんですよ。
丸茂 『逃げ恥』が流行ったのけっこう前じゃないですか。しかもこの作品は現代日本舞台じゃないし、結婚をテーマにするとして読者が「わかる〜」ってなる部分をつくれますかね。あとやはり星海社FICTIONSは青春小説系の読者がメインですから、「結婚」はかなり外れていると思います。
太田 幸せになってるしな、この人たち。
丸茂 そう、ちょっと波乱は起きるけど、めでたしめでたしなエンディングじゃないですか。文の端正さは評価できますが、どう楽しめばいいのかわかりませんでした。
片倉 手を加えれば『ダウントン・アビー』みたいな感じにできるのかな、と。
石川 なるほど。でもそれは可能性の話ですよね。この作品の評価については丸茂さんに同意です。
片倉 それはその通りです……。
櫻井 この方は、きっと古代ローマの一割も近世のこと好きじゃないんじゃないかなぁ。
太田 片倉さん、いわゆるジャガトマ警察って聞いたことある? 絶対知らないでしょ。片倉さんは、この小説を読む上で必要な「なろう小説」系の文脈を知らないで読んじゃってるのよ。それは編集者として勉強不足で、責められてしかるべき。
片倉 ジャガトマ警察?
太田 一時、ジャガイモさえあればヨーロッパの飢饉が解決するっていうネタが「なろう小説」で猛威を振るったんです。『MASTERキートン』で長崎尚志さんが粉塵爆発をネタにしてから、みんな粉塵爆発をやったのと同じ。その歴史を知らないで読むのは編集側の手落ちなんです。ミステリでいうと、有名なトリックを前提にして読むから面白いものを、知らないで編集者が批判してるとダメ、みたいな話に近いです。そこで大きな減点があるわけ。
岡村 ジャガイモをネタにするならいいんです。例えばトラックにはねられて転生するのは一つの様式美になっています。でもこの作品は真面目にジャガイモを描いてはいるけれど、新しい味つけに昇華できていないのが問題なんです。
太田 前回古代ローマできちんと書いてきてくれたにもかかわらず「これくらいでいいだろう」感覚で書いたのならば、いわゆる「なろう小説」に対しても失礼な感じもする。「ジャガトマ警察に本当のポテトを見せてやる、私はジャガトマ自衛隊だ!」くらいのノリだったら面白かったんですけどね。ただ、リーダビリティはすごく高い文章だった。
岡村 そこは全く同意見です。女性から見てこの物語はどうなんですか?
林 うーん、薄味だけどけっこう楽しく読みました。減点法だと高得点という印象です。こういうハーレクイン作品の読者は新しさよりも王道を求めていると思うので、これはこれで正解なのかなと。
太田 際立った減点がない、そこがつまらないと言えばつまらないんだよね。
櫻井 私は、引きのつもりで作った修道女殺しの設定とかを、もうちょっと深く考えてほしかったですね。あと『北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし』に似ていると感じました。これは北欧貴族が妻をめとって過酷な雪国で生きていく日常を描いているんですが、一年の半分も太陽が昇らないような土地での生活、具体的には狩りの方法や保存食の作り方、市場で売るための工芸品のこととか、そういう未知の文化を紹介してくれるのでとても面白く読めます。あと、二人は仮面夫婦なんです。慣れない北欧で本当に結婚生活を維持できるか分からないから一年お試し婚しようよってことなんですが、じわじわと距離が縮んでいくのがもどかしくて良いんです。ただこれは北欧という舞台設定だから成り立つのであって、近世のジャガイモの話は歴史好きでなくとも何の新しみも感じないのが残念です。前回のアドバイスとは真逆になりますが、細かい描写ができそうという意味では、まだ古代ローマで『北欧貴族と〜』みたいなことをやったほうが良かったかもしれません。なにも付け焼き刃の近世の話にしなくてもよかった。
太田 まとめると、見所はあるんだから「持ち味をイカせッッ!」ってことかな。勇次郎風に言うと。
衝撃の問題作、受賞なるか?
太田 ラストは岡村さん推薦の『俺、桑田真澄。親友の清原和博を救うために何度も野球人生をループしているが、どうやってもバッドエンドを回避することができない』! これはまずタイトルが素晴らしいよね。
岡村 この話は何かって言ったら、ぶっちゃけこのタイトル通りですからね。
林 このタイトルとあらすじだけで、ツイッターで大バズりしそう。
岡村 端的にこれ、とても面白かったです。ゴールデンウィーク中に読んで本当に笑いました。こんな愉快な気分にさせてくれてありがとう、という感謝しかない……。ストーリーを詳しく説明しますと、親友・清原の「引退後に犯罪に手を染めてしまう」というバッドエンドを回避するために、桑田は自身のタイムリープ能力を駆使して、ドラフト会議前の十七歳のPL学園在籍時に戻り、プロ野球選手生活を何度もやり直します。桑田は清原を清廉潔白かつ球史に名を残す大打者に導くために、清原を全力でサポートしていきます。数多のバッドエンドを経て、運任せのドラフト会議でようやく清原と同じ西武ライオンズに入団できた世界線に辿りついた桑田は、清原に悪影響を及ぼす先輩投手を早期退団に追い込んだり、逆に史実では不祥事を起こして解任に追い込まれる清原にとって有益な打撃コーチを助けたりと、裏からありとあらゆる手段を使って清原を最強スラッガーへと育て上げます。さらにその後にまた衝撃のオチがある……というお話です。この作品はまず文章がとても読みやすいです。淡々と事実や心情を述べていく文体で、読み手の頭にスラスラ入ってきます。それが突飛な内容との落差でギャグに思えて面白い。清原に対する桑田の一途さもいいんですよね。その献身ぶりは読んでいて、泣けます。あと桑田が清原以外の他人に対して冷徹かつ計算高すぎて、途中からは『DEATH NOTE』の夜神月(ライト)にしか見えなくて、笑えます。
櫻井 私も『DEATH NOTE』だと思いました!
石川 最初は文章がちょっと説明的で稚拙かなと疑ったんですが、これはノンフィクションの文体で、この文体こそが作品にマッチしているんだと気づいてからは、読み終えるまで一息でした。
岡村 この文章、プロ野球好きにとってはうなるしかないサービス要素がそこかしこにちりばめられているんです。例えば、選手によっては異なる世界線で阪神に入団すると大成しないとか、このへんの設定がめちゃくちゃリアルで読んでいて説得力があるんですよ。
太田 あの時代の阪神はひどかった。この作品は一流の野球批評にもなっているんです。
岡村 いまいちピンとこない人もいるかもしれませんが、ここに出てくる監督や選手のエピソード、実際にあったことばかりなんです。選手の後年のインタビューなどを調べた上で書かれた、リアリティのある話なんですよ。タイムリープできるというフィクションと、リアルな事実が組み合わさっている、かなり稀有な作品といえます。『シン・ゴジラ』もそういう作品で、ゴジラ自体はフィクションだけど自衛隊のシミュレーションはリアルに描かれているじゃないですか。
林 嘘を二個つかない、かつ嘘じゃない部分はリアルに描く。だからこそ嘘が面白くなるわけで、嘘が複数あると途端にとっちらかって読者の興味が薄れちゃうんです。面白い物語の基本ですね。
岡村 そう、「大ウソ×超リアル」のバランスが絶妙なんです。そもそも阪神という球団の恐ろしいところは……
(太田と岡村、野球について熱弁)
林 この作品は『アベンジャーズ/エンドゲーム』なんですよ。分かってる人はとても楽しめて、知らない人でもそこそこ以上に面白い。気になってアーカイブを遡りたくなる。情報の整理力がすごい。エンドゲームの最速上映のために埼玉まで行った私が言うんだから、どれくらいすごいか察してほしい!
岡村 僕も、FICTIONS新人賞史上、過去最高に笑いました。うちから出している本だと佐藤友哉さんの『転生! 太宰治』くらい面白かった。
片倉 プロ野球を一回も見たことないド素人が読んでも面白かったです。
太田 また、転生するのが「桑田」っていうのも野球ファンのツボを押さえていて最高だよね。それにしても、なんで野球小説がうちの編集部に届いたのかな。『花園』みたいな狂った小説を出してるから、きっと受けてくれそうな感じに見えたんだろうね。でも、実在の人物がああいう形で出てきたりするし、出版は難しいかなあ……。
岡村 出版が困難なのは仰る通りです。身もふたもない言い方をすると、1990年代プロ野球を舞台にした二次創作なので、数行読んだだけでこれは権利上難しいな、と思いました。でもこんな面白い作品を僕の中だけに留めておくのはもったいなさすぎるので、みなさんにも読んでいただきました。どうにか出版できないか、プロ野球や法律などに詳しい人たちに相談してみてもいいですか?
太田 そこまで言うんだったら、よろしくお願いします! これがもし出せたら受賞作にしましょう!
おわりに(後日)
岡村 ダメでしたわ。
太田 ええーーー!!
岡村 プライバシーの侵害、名誉毀損、パブリシティ権の侵害など、法的リスクてんこ盛りでした。投稿者の方にも権利関係でこちらが調べたことをしっかりお話ししたところ、快くご納得いただけました。ただこの投稿者さんはすごく才能がある方だと思いますので、ぜひまた別の作品を送っていただきたいです!
丸茂 振り返れば、今回もいろいろな作品がありましたね。
石川 ご応募いただいたみなさん、ありがとうございました!
櫻井 ただ、欲を言えば次回はもう少し応募数が増えてほしいですね。
林 次の締め切りは2019年8月5日(月)です。座談会をご覧のみなさん、奮ってご応募ください。
一同 お疲れさまでした!
一行コメント
『性癖主義者たちのタンタロス』
舞台設定にリアリティがなく、登場人物たちの内面描写も浅いと感じました。官能小説ほどは必要ないにしても、性的嗜好というナイーブなものを主軸としているのに文章からエロスをほとんど感じないのも不自然だと思います。(櫻井)
『M国式罪名作法』
「奇をてらう」のにも技術と作法が必要です。読者との対話が成立してはじめて「作品」だと僕は思います。(石川)
『Rebellion to…』
データを付けてご投稿をお願いします。ファンタジー作品として、Web小説寄りでも、ラノベや一般文芸の王道でもなく、定番を外しすぎている印象です。細音啓さんの作品をお読みいただけたら。(丸茂)
『僕のヒステリシスな夏 Our Mystery of Summer』
話の作りや心情描写など、全体的に丁寧な作品でした。ただ、小さな世界で完結しているので読後感としては若干物足りないです。エンタメ性を意識したら一般受けする作品が作れるのではないかと思いました。(片倉)
『シャーペンを竹槍に、ラケットを剣に』
作中で起きていることはわかりますが、どういう面白さを伝えたかったのかはわかりませんでした。(岡村)
『Undergraound Idol』
地下アイドルについて、わかりやすく、読みやすく描かれていて勉強になりました。ただこれが例えば「小説という形式を使って地下アイドルを説明する」という目的なら良いのですが、「地下アイドルを題材にしたエンタメ小説」としては、キャラクターが立っておらず、展開なども粗が目立ってしまう出来だと思いました。(岡村)
『虚無式サマーバニラスカイ』
作中で起こる出来事や展開に対する説得力が弱く、話に入り込めませんでした。ただキャラクターは立っており、魅力的でした。極端なところが品が無いような印象を受けてしまうので、そこを解決しつつ、このキャラ立ちを維持できれば良い作品が期待できると思いました。(岡村)
『幻の口述師』
発想は面白かったです。悪文というわけではないのですが、本作では現実と幻覚の境界が分かりにくい部分があったので、一層伝わりやすい文章を心がけて頂ければと思います。(片倉)
『西暦生まれの男』
「地球の上層と下層の断絶」「新エネルギー源」とベタながらいくらでも面白くできる素材だけに、料理の仕方が残念でした。細部に気を配るだけで、「世界の姿」の立ち現れ方はまったく変わってきます。語り口も少々軽薄すぎるように思いました。(石川)
『アッフルガルド』
MMOを軸とした世界観とストーリーは悪くない素材だったと思うのですが、戦闘描写に気が抜けてしまいました。川上稔さんを研究してください!(丸茂)
『僕らはIで、』
登場人物たちの行動や思想信条に興味が持てずじまいでした。妙な「道徳臭さ」も気になります。(石川)
『魂市』
作品としては成立しているのですが、この作品ならではの強い「売り」がなかったです。(岡村)
『使い捨ての花、機械仕掛けの鬼』
ストーリーは既視感が否めないものの、よくまとまっていたと思います。読んでいて設定の矛盾が目立ったので、世界観設定をきちんと詰めることを次の目標にして頂きたいです。(片倉)
『蒸気の街からほど近く』
描きたいイメージやシーンのパッチワークのように感じました。1つの物語としてきちんと山場を作り、読者を面白がらせることを意識してみてください。(櫻井)
『都加留半神姫譚』
世界観やキャラクターが、読んでも頭の中に入ってきませんでした。特に現代ではないファンタジーが舞台の場合、序盤で読み手に興味を持たせるようなつくりにしないと、読み進めるのはつらいです。(岡村)
『遥かな理想郷への一歩のために』
文章や構成がしっかりしていて、分量が多くても苦労せず読み通せました。ストーリーの既視感が今後の改善点だと思います。過去作の改稿よりも、新しい作品の方が編集部としてはありがたいです。(片倉)
『人の身にして精霊王 誇りに塗れた英雄譚』
まずは読みやすい文章を書くことと、ストーリーを短くまとめることを意識してみてください。(片倉)
『星海女王伝・1~故郷の≪緑≫の丘~』
なんとなく壮大な物語の一部であることはわかりました。しかし、外伝から始まり本筋が動き出すところで終わってしまっているので、何も知らない読者でも楽しめるような作品を投稿していただきたかったです。(櫻井)
『果たしてこれは恋なのか?』
「恋愛相談部」という謎部活の設定は好きでした。ラブコメの王道要素と「恋を学んでいく」目的は設定できているのに読むのが辛かったのは、キャラクターの精神年齢が低すぎるからでしょうか。『やはり俺の学園ラブコメは間違っている。』『弱キャラ友崎くん』などを研究してください。(丸茂)
『怪奇浪漫こぼれる世界のアリスの御話』
もっとナイーヴな感覚を表現できたらよかったのですが、情景を描写しつつ、しっかり地の文でツッコミを入れる、こなれた文体は延ばしてほしいです。世界観とストーリーが凡庸で足をひっぱりました、非現実的な要素は抑えめでよいと思います。ラブコメ路線で新作を読みたいです。(丸茂)
『銃と魔法とポストアポカリプス。』
リーダビリティは悪くありません。ただ、全体的に(特に会話で)軽妙洒脱なトーンを出そうとしていたと思うのですが、「クサカッコいい」と「ダサい」のどちらかと聞かれると後者、というのが率直な感想です。(石川)
『壮途の青年と翼賛の少女』
あらすじがわかりにくいのが、この作品のストーリーの脆弱さを象徴していたと思います。テーマと言いますか、なにを読者に楽しんで読ませたいのかが伝わってきませんでした。(丸茂)
『梨沙と湖安の伝言者』
敵のゴーストが登場するまで100ページもかかるとは……魔法ものとしての物語が動き出すまでにページを使いすぎです。(林)
『idア・idル・idンティティー』
歌に過度な魅力を設定しているのに劇中歌が垢抜けていないのが致命的だと思いました。(林)