2019年冬 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2019年1月15日(火)@星海社会議室
賛否両論の期待作続出!長年の努力が結実した良作が、新風を吹き込み堂々受賞!!
はじめに
櫻井 フィクションズ新人賞も今回で25回目となりました。
岡村 前回の受賞作『傭兵と小説家』は、現在刊行に向けて鋭意準備中です!
石川 前々回の受賞作である“異世界×おっパブ×ハードボイルドファンタジー”『PUFF』の続編も準備していますので、お楽しみに!
太田 昨年は3人受賞者を出しましたので、今年もその勢いを継続させるようがんばっていきたいですね!
丸茂 今回の応募作は32作品です。
一同 よろしくお願いします!
超長編には山場と引きの連続を
平林 じゃあまずは、林さん担当の『杉里村、全村民虐殺計画』からいってみよう。
林 これは1000ページ以上の大作です。タイトルの通り、国家ぐるみのホロコーストが起こるのですが……200ページ以上読み進めないと何も起こらない!!!
岡村 え、それまでは何をしてるの?
林 ずっと主人公の日常パートです。村八分にされている自分を純粋に愛してくれる同級生と出会い、ありきたりだけどかけがえのない日常がある、みたいな描写が200ページ続きます。どう考えても構成のバランスが悪い。ページをめくってもめくっても虐殺が起こらないので、非常にストレスを感じました。
平林 本題に入ってからはどうなの? 前振りを短くすればいいだけなら、なんとかなりそうだけど。
林 感染するとスタンドみたいな超能力を発症するウイルスが発生したから、日本政府は秘密裏に全村民抹殺を命じ、覚醒した主人公VS自衛隊という対立構造になります。でもこれ、ロジックとしてかなり強引なうえに、隊長がキャハハ系のサイコ野郎だったり、自衛隊の描写もゆるかったりで、非現実に非現実が重ねられすぎてつらかったです。主人公のキャラも変化がなく「愛してる」「守りたい」「ウオオオオ!!」が続くのも退屈でした。
丸茂 長い前段のあとにそれはつらいですね。
石川 おもしろくなるかどうかわからないまま200ページも読んでくれる我慢強い読者はいないですよね。
太田 この座談会で何度も言っていますが、冒頭の30ページでどんな話なのかをわかるようにする、というのが小説をわかりやすくする鉄則ですね。
平林 僕の担当分にもとにかく長いものが多かったのですが、どれも及第点には届いていません。『守城のタクティクス』、『ウォーウルフの叫び』、『白鳳の光と影』と今回3作品長いものを読んだのですが、全部同じ問題を抱えていました。長い作品には読者におもしろく読み進めてもらうための「親切設計」が絶対に必要です。その第1のハードルが、冒頭で十分に読者の興味を引くということです。それができていないのに、さらに500ページ以上読んでくださいっていうのは、読者に過重労働を強いているようなものです。
林 長編がダメっていうわけじゃない。物語のカロリーに応じたページ数にすべきです。
櫻井 すでに『花園』っていう奇作がありますからね!
林 そうなんです! 『花園』は全体がすごく長いけど、短いスパンでおもしろさが持続するように工夫されているんですよね。ラグビーチームを結成する、蜥蜴人間を捕まえる、練習試合をする……という感じで、最終目標に至るまでに、次々と小さなミッションが現れる。次々美味しい小鉢が出てくるコース料理みたいな感じ。
丸茂 小さい起承転結が絶えず続いていく、ウェブ小説っぽい作りですよね。
林 これがうまくできていない作品は、たいていひとつのミッションが長すぎることが多い印象です。30分アニメ×3話くらいのカロリーを250ページにまとめる、というイメージで構成すると丁度良いのではと思います。アニメは次週も見てもらえるように引きを作っているので、良いお手本になるのでは。
平林 アニメでたとえるなら、長い作品はガンダムを目標にして構成を練ってほしいですね。ガンダムは1年かけて放送するアニメだったけど、1話毎の作りも素晴らしい。
太田 そう、特にガンダムの第1話は「究極の第1話」なんですよ! 主人公がロボットに乗って、戦って、敵をやっつける。かつ、最後にかっこいい最強のライバルも登場する。これが初回で完璧にできているロボットアニメはガンダムだけだと言って良いと思います。みんな、ガンダムを見よう!
平林 そういえば、丸茂くん担当の『暁月ノ宙』も、ダンボール箱で送られてきた超大作じゃない? どうだった?
丸茂 例に漏れず、ダンボール箱に入れるほど長い時点でちょっとどうかなって感じなんですが、文章力も構成力も足りていない。『空の境界』の伽藍の洞みたいな、陰陽師の事務所をベースにした連作短篇なのですが、やはり『空の境界』はエンタメとしては参考にし難い特殊な構成をしていると思います。視点人物を変更し描き出す世界を変えていくなかで少しつながるものがある、という形はこの方にはまだ力不足だったかなと。短期で引きとオチをつけていく構成という点で、連作短篇自体はけっこうオススメなんですけどね。
平林 手前味噌ですが、僕が担当している柴田勝家さんの『ワールド・インシュランス』は、すごく引きの作り方が上手いので、ぜひ参考にしてほしいです!
林 椎名寅生さんの『花園』もぜひ参考にしてほしいです!!
前代未聞の一万札円視点小説!?
平林 次は櫻井さん担当の『私は一万円札である』だね。
太田 タイトルいいじゃん!
櫻井 そうなんです、これは端的にいうと「吾輩は一万円札である」なんですよ!
平林 どういうこと?
櫻井 一万円札視点の小説です!
平林 なるほど。一万円札が造幣局で生まれてから廃棄処分されるまでの話かな? ノンフィクションとしておもしろそうだね。
櫻井 まさにその通りです!
丸茂 平林さん、読んでないのによくわかりますね!?
櫻井 すごく勉強になったしおもしろかったんですけど、でもよくよく考えると、私はこれを小説としては読んでいなかったな、と思ったので、今回受賞候補としては推しませんでした。
太田 ええ!? おもしろいならいいと思いますけど!? どんな話なんですか?
櫻井 ある一万円札が様々な人々の手を渡っていくなかで、オムニバス的に人間ドラマを描いていきます。たとえば、ある時は孫のお年玉になったり、ある時は高級ホテルのレジの中で香水を吹きかけられたり、もちろん他のお札との出会いもあります。そして随所に貨幣史や経済史の小ネタもうまく挟み込まれています。
平林 これは新書で出したらいいんじゃない? 『キヨミズ准教授の法学入門』みたいな形で。
櫻井 私も「小説タッチで読みやすい教養本」という体裁が合っていると思いました。それに、作者は東大の経済学部卒でホスト経験アリという方なので、ノンフィクションの著者としても十分目を引くと思います。
林 その経歴おもしろすぎるでしょ!
櫻井 あらすじに書いている以上の事件は起こらないので、読み進めていく高揚感はないんですけど、それでも飽きさせないだけの筆力があります。第一章の冒頭をちょっと読んでみますね。
私は壱万円札である。名前はFP878423Fという。人間たちよ、今もしお手元に財布があれば、札入れの中から私たち壱万円札を取り出し、オモテ面左上部分をよおく見てご覧なさい。10000という数字の右下あたりに、ほら、アルファベットと数字の羅列が、まるで名札のように小さく印字されてあるだろう。そう、それさ。それこそが私たちの名前である。あなたがたはときどき私たちのことを万券とか諭吉とか気安く呼び捨てにするが、それらの呼び名は極めてとんちんかんだ。ヒト、ヒューマン、これらがあなたがたの名前ではないように、万券も諭吉も私たちの名前ではない。私の名前はFP878423Fである。くれぐれもお間違えなきように注意されたい。
太田 おもしろいじゃん! ……、というわけで僕も読んでみました。これは櫻井さんに同感です。作者の才能は疑いなくあると思うのですが、現時点でこの作品のままでの刊行は、惜しいと思いました。
岡村 人間でおもしろいキャラとかはいるのですか?
櫻井 基本的に、出会いと別れの連続なので、特別キャラが濃い人は出てこないですね。並々ならぬセンスがあるのは間違いないですが、私は小説として売るのは難しいかなと感じました。
太田 ラストに至る道のりが少し弱いんですよね。経歴的にも、2作目が書けるかどうかが少し不安な気もします。しかし、着眼点はある種の転生小説として読んでみても過去類例のないものだと思うので、これは一度著者に連絡を取ってみることにしましょう。
読者を戸惑わせない配慮は必須!
岡村 『レッスルプリンセス~優しい月とかぐや姫~』はけっこうおもしろかったので、みなさんの意見を聞きたいです。男の子が女装して女子プロレスに参戦するというストーリーです。
丸茂 野暮ですが、バレないかヒヤヒヤの設定ですね(笑)。
岡村 この作品の良いところは、話の筋がめちゃくちゃわかりやすい点と、ビジュアル映えしそうなところです。主人公は20代前半の男性、ヒロインは幼なじみの女の子で女子プロレス界の若手で一番強いスターっていう設定です。最終的に、女装した主人公とヒロインが戦うっていう話なんですけど、だいたいそういう展開になるなってことが冒頭30ページでちゃんとわかることが、逆にすばらしい。王道をしっかりやっていると感じました。そこに至るまでの過程を他のキャラも絡めながらおもしろく描いていくという、明確かつ親切な作りです。
林 普通に考えたら女装してる男性のほうが圧倒的に有利なので、ピンチにならなくないですか?
岡村 ヒロインが若手最強って設定だから! でも、ギャグの部分がベタなボケとツッコミの応酬なので、読む人にとってはけっこうきついかもしれないという懸念もあります。あと、これは僕の知識不足のせいかもしれないんですが、プロレスのルールがあんまりよくわからなくて……。
丸茂 プロレスってそんなに難しいルールがあるんですか? 細かい反則のこととか?
岡村 いや、そうではなくて……。そもそもプロレスってどこまで真剣勝負をしてるのかってところです。
平林 ああ、プロレスには基本的にブック(台本)があるよ。
林 結果じゃなくて、結果に至るまでの“ガチさ”を楽しむのがプロレスですよ!!!
平林 ブックがあることが知られてなかった頃は、新聞のスポーツ欄に野球やサッカーと一緒に載ってたけど、今は載ってないでしょ。つまり、真剣勝負ではない。
岡村 やっぱりそうですよね? 可能性としては、そういう事情も含めてプロレスを描くこともできるじゃないですか。実際に「勝ち負けを決める」という部分に関しては真剣勝負ではなくても、リングの上でのレスラーの鍛え上げた肉体と技の応酬は紛れもなく真剣で、だからプロレスに魅了される人もたくさんいるわけですよね。でもこの作品では、そこを特に説明せずに、主人公たちがガチンコ勝負するっていう流れになっているんです。だから読みながら「僕が知ってるプロレスとは違うのか?」って思っちゃったんです。
林 真剣勝負のプロレスしか存在しない『キン肉マン』的世界なのか、お約束やブックはあるけど主人公達はあえて真剣勝負をしている『刃牙』的世界なのか、そこはちゃんと説明してほしいですね。本当に選手が死んでしまう危険性がある、とか。
岡村 ずっと疑問を引きずったまま読んでいたので、読後感がすっきりしなかったのが残念なところです。
太田 僕は、この作品は漫画だったらもっとおもしろかったかもしれないと思いました。内容的にも、要は「男の娘プロレス」だから、細かいところを気にさせないくらい振り切ってしまったほうが良かったかもしれません。ただし、現時点でもウリになるポイントがしっかりあるし、文章力もあるので今後が期待できます! ぜひ別の作品も投稿してください。
あと一歩、“強み”に欠けた佳作
平林 次は、石川くん担当の『六壬神課プロファイル』だね。
石川 僕の担当の中ではこれが一番良かったですね。作者は、自費出版系の電子書籍レーベルでTL系の作品を発表しているそうです。コンパクトに序破急がまとめられていて、とても書き慣れている人だという印象を持ちました。まずこの作品の設定なんですけど、「第二次世界大戦に日本が参戦していなかった」という世界線なんです。なぜかというと、真珠湾を攻撃する直前に第二次関東大震災が起きて、それどころではなくなってしまったから。で、その混乱の隙に海軍が覇権を握り、舞鶴に遷都して、現在に至るというわけです。
林 じゃあそのまま軍が支配する日本なんだね。
石川 そうです。で、第二次関東大震災は実は「電子妖異」と呼ばれる怪異の仕業だったんです。電子妖異は他にも人に対して様々な災いをもたらすので、それに対抗するための組織が「六壬神課」。十二神将のような12人の戦闘要員と、彼らに使役される味方側の「電子妖異」みたいな存在がいます。端的にいうと、式神を使って戦ううちにいつのまにか世界の核心に迫ってしまうという、『東京レイヴンズ』『C』みたいな話です。この作品は、なんといっても情報開示が的確にできている点がとても素晴らしいです。世界観が凝っている作品ほど説明がくどくなりがちですが、自意識を抑制して文章が書かれていて、とても好感が持てました。ただ、展開自体は王道をいい意味で外れるところがないのではと感じました。どこかで1点突破があれば……と思いつつ、今回は推しませんでした。
丸茂 王道を行っているという評価にはならなかったんですか?
石川 王道に徹するのなら、キャラや構成、アイディアといったものも含めた総合点で、90点くらいは取らないといけないと思います。この作品は65点くらいなんですよね……。つまり、王道を目指すなら全体を底上げする必要があるし、そうじゃないならパラメータのどこかを突き抜けさせたほうがいいと思います。ウリをはっきりさせるという意味でも後者をおすすめします。ぜひまた新作で挑戦してほしいですね。
転生ものの新境地、拓ききれず
林 『ブラッド・パレット・バーサス』は異世界転生ものだったんですけど、どんな人が転生したと思います!?
櫻井 もうだいぶ転生し尽くした感がありますけど……。
林 ヤクザです!!
平林 ヤクザはけっこう転生してない?
林 いやいや、ただのヤクザじゃないんですよ。現世で頂点に登りつめたヤクザが英霊となって魔術師に召喚されるという、異世界転生かつFGOフォロワー作品です!!! ただしちょっとやりすぎ感があって、宝具とかレアリティの概念まで同じなんです!!! ヤクザ召喚した主人公が「なんだ星1〜」って言うんです。
岡村 FGO好きは楽しめるかもしれないけど、それ以外にもこの作品ならではの魅力が必要だと思います。
林 そもそもなんでこの主人公が英霊になれたのかもちゃんとトリックがあって、途中に細かい山場もちゃんとあって、最後まで一気に読みました。異世界の設定もしっかりしているし文章力も高かったです。
平林 けっこう評価高いね。
林 だからこそ、もっとオリジナリティを追求してほしかったなあという気持ちです。あと、このおもしろさは私がFGO好きだからこその高評価だと思うので。キャラクターもやや類型的だったり、もっとひねれる部分があるはずなので、この方にはぜひまた投稿をお願いしたいです!
歴史ものには大胆さを
平林 次は櫻井さんの担当『銀は血に濡れて』は?
櫻井 これ、私は大好きなんですよ! 古代ローマが舞台だから!!
一同 ああ〜(笑)。
櫻井 しかも、すごくちゃんと書けているんですよ! 「こんなんあり得ないわ!」ってツッコミたくなるところがほとんどない。本当によく調べていて、作者の誠実さを感じました。でも推せなかったのは……すっごく地味だから!!
一同 ああ〜(2回目)。
太田 実際の歴史を下敷きにするときに陥りがちな罠にはまっている感じですね。
櫻井 ストーリー展開はわりと壮大なんですよ。地中海世界を股にかけた冒険ミステリで、ディテールの描写もすごく素敵です。でも、いかんせんキャラが地味です。
太田 しっかり調べて書いているというのはとても評価できますね。でも、歴史クラスタ以外の興味を引くためには、どこかで派手さが必須で、大きな嘘をつくしかないんです。よくあるやつだと「信長は女だった!」とか。
林 誰かが転生してくるとか(笑)。
櫻井 私はそこまでやらなくてもいいと思っていますが、現状、歴史好きのための小説になっていて、広く読まれるエンタメ作品としては過不足があるんです。しっかり勉強しているからこそ、フィクションを混ぜるときのさじ加減がうまくいっていない気がします。でもせめて、誰でも知っている有名な人物か、それに匹敵するような濃いキャラクターを主人公にしてほしいです。
岡村 主要登場人物に、世界史の教科書に載っているような人はいないの?
櫻井 全然いないんです。人名に限らずですが、紙面が見慣れないカタカナだらけになってしまうと、普通の人にはとっつきにくいですよね。
平林 歴史ものは、みんなが知っている時代、人、事件を、なんらかの形で絡めないと厳しいね。
太田 この作品は「小さい人物を小さいまま丁寧に書く」という方向性では成功しているのかもしれない。でも、多くの人、誰もがおもしろいと感じるのは「大きいものをより大きく書く」か「小さいものを膨らませて大きく書く」作品です。
櫻井 確かにこれは玄人好みで、西洋古代史ファンからは絶賛されるかもしれません。でも、さすがにそれでは客層がピンポイントすぎます。
岡村 マイナーな人が主人公でも、『のぼうの城』みたいに「こんなにすごい人がいたんだよ!」っていう描き方なら良いんじゃないかな。
平林 『のぼうの城』は、敵方が石田三成だから十分派手だと思うよ。三成に対抗する主人公は、自ずとすごい人ってことになるしね。
櫻井 そういう書き方はひとつのお手本になりますね。この方は確かな筆力と考証力をお持ちなので、ぜひ、もっと大衆に向けた作品にチャレンジしてみてほしいです!
太田&丸茂、ミステリガチ勢の闘い
平林 次は今回の岡村くんの推薦作品『孔雀の箱』だね。正直これは、「受賞に反対する人いるの?」ってレベルだと思う。
石川 何回か送ってきている方じゃないですか? ペンネームを見たことがあります。
岡村 今回が3回目の投稿ですね。前回は2015年の投稿で、石川くんが読んでいますね。一行コメントだけどけっこう高評価です。経歴を見ると、たくさん書いて色々な新人賞に応募していて、他社からも近々出版予定があるようです。上から目線な言い方になってしまい申し訳ないですが、コツコツと着実に力を付けてきた人だと思います。
平林 努力型の人なんですね。この作品が面白いことに異論はないけど、どうやって売り出したらいいのかな?
林 もし私が担当するならイラストを豪華にしたいですね。登場人物が個性的なので、魅力的なキャラクターが描ける力のあるイラストレーターさんにお願いしたい。
平林 僕も絵が重要だと思う。キャラデザをちゃんと起こしてもらって、挿絵も多めにして、ライトノベル風に仕立てるといいんじゃないかな。
岡村 そうですか? 僕はカバーだけ豪華な1枚絵を描いてもらうようなイメージでした。
太田 ちょっとちょっと、待ってください!! なぜかみんな手放しで高評価だけど、僕はまだ半信半疑です。確かにこの作品のライトノベル的な掛け合いのおもしろさは高得点ですが、ミステリとしてはかなり危ういレベルではないですか?
丸茂 僕もかなり気になりました。「本格ミステリ」としては売り出せないし、キャラ小説としてはこなれてない感じがする。もし僕が読んでも議論の俎上に載せたとは思うのですが、商業レベルではあるけれど強みがないという、正直なところネガティブな評価です。
岡村 そういう面では僕はきちんと評価できていないかもしれないので、やっぱりみなさんの意見をうかがいたいです。僕はミステリ的な部分はあまり気にならないので……。
太田 僕は気になっちゃうタイプです!
石川 ラノベをたくさん読んできた岡村さんからするとミステリっぽく見えて、ミステリをたくさん読んできた太田さんや丸茂さんからするとこれはミステリではないという評価なんですね。仮に僕が誰のお墨付きもなしでこれを読んでいたら、たぶん途中でラノベっぽさに眉をひそめただろうし、ミステリ部分にも気になる箇所がいくつかありますね。岡村さんほど高く評価はできなかったかもしれません。
平林 僕は、これはミステリではなく「ミステリ要素のあるキャラクター小説」だと思っています。岡村くん寄りの読み方ですね。それぞれの登場人物の役割がしっかりしているのが良い。特に探偵役のキャラクターが多重構造になっていて、それがストーリーの構造とも有機的につながっている。高度なテクニックだと思います。僕が担当でも、きっと受賞候補として推していました。
丸茂 でもやっぱり必要最低限は直したほうがいいと思うんですが……。
太田 たとえばトリックとして簡単に書いてあることだけど、〇〇〇を作るってけっこう大変だよ!? それに〇〇〇のところとかも、今の技術だったら3秒で犯人がわかっちゃうよ!?
平林 もちろん直せるところは直した方がいいと思います。この人はずっと地道に努力してきた人だから、根気強く改稿作業ができるはずですし。ここからまだまだおもしろくなるということじゃないですか。
岡村 太田さんと丸茂くんは、ミステリ部分にちょっと疑義があるってことですが、これはいわば、推理小説ではなく探偵小説なんだと思います。読者も一緒に謎解きするんじゃなくて、探偵の言動を楽しむタイプの作品です。
平林 冒頭のシーンでちゃんとリアリティラインを下げているから、そういう意味でもやっぱりキャラクター小説として成立しているよね。
櫻井 私がこの作品に関してすごいと思ったのは、主人公以外ほとんど女の子しかいない、ハーレムものの構図にもかかわらず、女の私でもあまり不愉快さを感じなかったところですね。個々のキャラクターを追いかけながらおもしろく読めました。
平林 しかも百合要素まで入っているのに、ジェンダー的な差別を感じさせないよね。
林 私もあのラストを読んだら、純粋に続編が楽しみになりました!
太田 色々な意見が出たけれど、やっぱりおおむね高評価ですね。努力家タイプの作家さんみたいだし、ミステリ的な弱点は改稿時に直してもらうとして、ここはひとつ受賞ということにしましょうか!
一同 おめでとうございます!
おわりに
櫻井 新年早々また受賞作が出て、幸先がいいですね!
太田 昨年は3人受賞者が出る豊作の年でしたので、今年もその勢いを維持していきたいと思います。今回の受賞作も岡村さんが担当となりますが、改稿作業含めて、しっかりディレクションお願いしますね!
岡村 承知しました!
林 最近の投稿作の傾向は、やはり超長編や異世界転生ものが多いですね。でも、こういったものはすでにやり尽くされた感があるので、そろそろ新機軸を考えなければいけない時期に来ています。
丸茂 今回の受賞作はそのどちらでもないので、ある意味、新機軸なのでは? 改善点はあるにしろ、軽快な読後感が今の時代に合っていると思います。
石川 普遍的な文章力だけでなく、流行や時代にキャッチアップしていくことも重要ですよね。
太田 座談会は、新しい才能との出会いの場であり、次世代の小説を一緒に作っていく場でもあります。我々も感度を高く保っていきましょう!
一行コメント
『人生ゲーム』
前回読んだ作品よりも、作中で何が起きているかが、よく理解できませんでした。(岡村)
『ライフ25』
不老不死が実現した世界、という設定はおもしろいのですが、その舞台でどういうテーマの物語を描きたかったのかが、わかりませんでした。(岡村)
『氷結時代の終わり』
読み応えあるSF長編だったのですが、SFファンに向けるには落としどころが素朴すぎ(AIについて、最近のSFはより深いところへ手を伸ばしています)、SFを読まない読者には硬すぎると思いました。筆力は確かなものを感じますが、文章が説明に割かれすぎている点が気になります。ガジェットは平凡なものでも構いませんが、より万人に感情的に響くストーリーをご一考いただけるとうれしいです。(丸茂)
『四次元の箱庭』
リアルな病気を扱うのは倫理的な難しさがありますが、それを回避するためだったとしてもファンタジー要素はいらなかったと思います。あるいは完全にファンタジー小説として世界を編んだほうが良かったかと。サナトリウム小説的なものを書かれたいのであれば『半分の月がのぼる空』を目指していただきたいところ。お仕事小説を書かれたいのであれば(相当な取材が必要だと思いますが)『神様のカルテ』を参考にされてはいかがでしょうか。(丸茂)
『デュエルへ行こう!』
テーマの本質に迫るまでの前段が長く、展開がよくわからないまま読み進めるのがつらかったです。群像劇ではなく、メインの登場人物を丁寧に書く方向で研鑽を積むほうが良いと思います。(櫻井)
『イタンガリ』
どこかで読んだことのある設定や文章のタッチで、新鮮味を感じませんでした。(櫻井)
『露の国、からくりの君』
「復讐」=母を継いで星を見つけるという明快かつ特異な目的を主人公に持たせている点、スチームパンク風の世界観の構築と相まってセンスを感じました。今回の私の担当作ではいちばんおもしろかったです。ただ、説明が多すぎる点はマイナス。クライマックスも暴力沙汰になってしまったところは残念でした。荻原規子さんの『西の善き魔女』や桜井光さんのスチームパンクシリーズを研究していただきたいところです。ぜひまた投稿してください。(丸茂)
『その喝采が嘘だとしても』
主人公たちの会話が上滑りしていて、読者を置いてけぼりにしている感があります。どこをおもしろがって欲しいのか明確にしてから書くと良いのではないでしょうか。(櫻井)
『月影町奇譚~異形の街の金貸しJKと僕~』
『闇金ウシジマくん』をコメディタッチのラノベにするというコンセプトだと思うのですが、あの人間の腐った性根を酷薄に暴いてゆくハードさを消してしまっているので大きく失敗していると感じました。(丸茂)
『ハナヒメ』
国、軍、貴族といった、根幹となる世界観の設定がゆるすぎます。架空の事物だとしても、先行作品やモデルとなるものの勉強をもっとしたほうがいいです。(櫻井)
『タイム・キーパー』
独りよがりの作品になっているので、もっと読者に寄り添った表現を模索していただきたいです。(櫻井)
『十全世界崩壊~魔法少女連続殺害事件~』
“大きなこと”をやろうとしている意気は伝わってくるのですが、全体的に独りよがりで大雑把な印象のまま終わってしまいました。(石川)
『三つ巴のネメシス』
展開のわりに文章が軽い(安っぽい)ので、シリアスなシーンも迫力がなく滑っている印象です。上遠野浩平さんを読み込んでいただけたら。(丸茂)
『アンナ☆ナンバー33』
丁寧なことは良いことなのですが、オフビートかつマイペースすぎて読み進めるのに忍耐力が必要でした。(岡村)
『花夜の薬売り(フルール)』
設定はおもしろく、工夫が感じられました。ただヒロインにかわいい以上の説得力がないのが気になりました。(林)
『白閃伝』
一文一文が「あらすじ」のようで、没入感を著しく阻害していました。(石川)
『旅立ちの魔女と旅立つ者たち』
設定だけ先走っている印象です。展開がご都合主義的なので、読者が納得感を得られるようにする必要があると思います。(櫻井)
『或る針鼠の棘』
主人公の生い立ちや対人関係は妙に生々しいのですが、よくある「不幸」「孤独」のイメージを脱してはいなかったように感じました。結末も、こんな簡単に救いを得てしまっていいのだろうかと疑問です。この重々しさを表現する、あなたにしか書けない文章・物語を模索してください。(丸茂)
『いのちとりんご』
音楽のように自意識を掻き鳴らしていくスタイルは、私好みでした。ただ現状読みにくさが勝っていて、読者を乗せる口語体には一歩届いていない。自意識を垂れ流しているようでも洗練された文体になるよう、もっと無駄な独白を削り、ストーリーを読者にも把握させるよう留意した次回作を読ませていただきたいです。(丸茂)
『世界を売った男が胡蝶の夢を見るか』
ポストアポカリプスの乾いた空気感はよく書けていると思いますが、もう少し物語(主人公)の向かう先・目的が早くにわかると、より作品を読み進めようという気になります。あえてやっているのだと思いますが、通常はヒラく(ひらがなにする)ところまで漢字にするのは、よほどうまくやらない限り読み味には貢献せず、ただ素人っぽさが出てしまうだけなので避けたほうが無難です。(石川)
『黒幕は隣の席に居るなんつって』(太田)
何度も何度も文中で繰り返される「……(フルフル)」や、「(コクッ)」のあたりがどうしても気になります。そのあたりはやはり文章で表現すべきではと考えます。また、中学校の「昭和感」も拭いがたく、肝心のお話しがどうしても頭にスッと入ってきづらく感じました。