一無所有崔 健

ロックミュージックが生まれる場面に立ち会いました。無数のキャタピラでほじくり返されてデコボコになった大通りの地下のライブハウス、週末午前0時過ぎに演奏が始まる。息も出来なくなるような人、人、人の熱。エレキギターが爆発する。その場には「好き」も「有名」も「カネ」も「夢」もない。命懸けで、叫び、踊り、涙し、命懸けでよろこぶ。人間は弱く、何者にも勝てず、いとも簡単に踏み潰されてしまいます。それでも、人間は歌うのです。汗を流し笑顔で歌うのです。僕はここで、ものを語るということの基準を得ました。

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荒木経惟

人にはそれぞれ自分にとっての本物の空があります。本物の青空というものを見ました。それはもう空なんかでなく、宇宙への底が抜けてしまっていました。頭上全部に開いた大穴でした。金属のブルーでした。地球の色でした。砂埃の街に大の字になって見上げた僕は、そのまま自分の身体が深い青の向こうまで真っ逆さまに落っこちていくと感じました。怖くて、指で、地面を強く掴みました。

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東京物語小津安二郎

焼きついてしまった幾つかの人の表情があります。もう取り返しのつけようもない、愛する人、愛したかった人の表情が、僕という人間に焼きついています。肉に、骨に、焼きつき、どんなことをしても多分、一生消えない。そして、消してはいけない。生きている者の義務です。僕の心にはしあわせな顔たちも、もちろんたくさんあります。でも、泣いて逃げ出したくなる時、力ずくで人生に踏みとどまらせてくれるのは笑顔よりも、もっと厳しい眼差しの顔たちです。

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