『ひぐらし』とは何か?
07th Expansion製作のPC用ノベルゲーム『ひぐらしのなく頃に』(以下、ひぐらし)が世に出たのは平成14年8月10日、同人誌即売会「コミックマーケット62」でのこと。一般流通する商業作品ではなく、同好の士が集って自主製作した作品を発表する場である。これがすべての始まり、『ひぐらし』の原点だった。一作目である『鬼隠し編』は頒布数50枚。しかし平成16年8月13日、「コミックマーケット66」で四作目『暇潰し編』を発表する頃には2000枚近くを頒布するまでになっていた。
「凄い作品がある」という噂がインターネットで広まり、爆発的な『ひぐらし』ブームが巻き起こるのはその直後のことである。同人サークル07th Expansionを率いる竜騎士07(りゅうきし・ぜろなな)氏が書いた物語、ノベルゲームならではのサウンドやグラフィックが、それだけ強くプレイヤーたちの心を揺さぶったのだ。やがて漫画やアニメを始めとするメディア展開で若年層のファンを獲得していったのはご存じの方も多いだろう。
インターネットで大きな話題となった理由の一つに、『ひぐらし』が持つ推理要素がある。原作の裏ジャケットにはこのようなフレーズが印刷されていた。
「惨劇に挑め。」
「屈するな。君にしか、立ち向かえない…!」
「正解率1%」
「選択肢でなく、あなた自身が真相を探るサウンドノベル」
そう、『ひぐらし』には選択肢が存在しない。プレイヤーは否応なくたった一つの結末に向けて一本道のシナリオを読み進めることになる。「これをゲームと呼んでいいのか?」という異論が起こったのも当然と言える。
だが『ひぐらし』はあくまでもゲームだった。プレイヤーが謎を考え、インターネットで議論するという「現実世界でのゲーム性」を有していたからである。謎を媒介にしたコミュニケーションがそこかしこに生まれ、やがて大きな渦となっていったのだ。
もちろん小説版『ひぐらし』にもこのゲーム性は存在する。読者が自分なりのスタンスで謎に向き合った時、あるいは友人と『ひぐらし』について語り合った時、すでに新たなゲームが始まっているのだ。この文庫版で初めて『ひぐらし』を読まれる方にも、ぜひ当時のプレイヤーたちが熱狂した謎と物語に没頭していただきたい。
最後に一点。実はノベルゲーム版『ひぐらし』には元になった作品がある。竜騎士07氏が平成12年頃に執筆していたという舞台劇用脚本『雛見沢停留所』である。それを変更・発展させて完成したのが『ひぐらし』であるというのだ。
平成22年現在、『雛見沢停留所』の詳しい内容はまだ謎に包まれたままである。