マージナル・オペレーション

02 第一章 3

芝村裕吏 Illustration/しずまよしのり

『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏が贈る、新たな戦いの叙事詩が今はじまるーー!

地下鉄にて、守護天使との会話

子供達は夜でも動いている自動販売機が珍しくて仕方がない様子だったが、僕は駅に急がせた。

子供達が偶像ぐうぞうだと顔をしかめるかみなりもんを皆で見て、すぐ近くの地下鉄の駅に入る。

都営浅草線でほんの二駅でホテルのある浅草橋まで一直線だ。

歩いても良かったが、皆を地下鉄に乗せようと僕は考えていた。何せ子供達は、地下鉄に乗ったことがない。

いや、歩いた方が教育にいいかなと考える。まあ、昼に散策しようと考え直した。子供達は赤い提灯ちょうちん異教いきょうの偶像について話をしている。

電車の車両、入り口付近ではなくて席の前に並ばせた。半分の子供は手すりに手が届かない。届く人に摑まるようにと僕は言った。

僕の目の前の席に座っている老婦人が微笑んで修学旅行ですかと日本語で尋ねてきた。僕はええ、そうなんですと答えた。お騒がせしてすみません。老婦人は、いいえ、元気があって楽しいわと言った。

僕は微笑んだ後、背筋をのばした。だらしなく立っていると、子供達や、オマルに悪い気がした。

黙っていると、僕の服のすそが控えめに引っ張られた。ジブリールだった。

「そうか、ジブリールには少し吊り革が高かったね」

僕がなるべく優しく、微笑んでそう言うと、ジブリールは被り物を引き下げて表情を隠した。やっぱり、機嫌が悪い気がした。

「どうしたんだい?」

「アラタは」

ジブリールは皆に聞こえぬよう、僕の名をささやくように言った後、心持ち声を大きくして言葉を続けた。

「時々、私を子供扱いします」

それでもいいと、この娘は一年ほど前に言っていたんだが、と僕は思った。僕は、記憶力だけはいいと良く言われる。日本ではほとんどそれだけの人間だった。ただまあ、記憶力がいいから就職できたかというと、そんなことはなかったから、役立ったという実感はあまりない。この時もそうだ。

僕は難しい顔をする。あえて作らないでも難しい顔になっている気はした。一年前の言葉なんて、この子達は覚えてないかも知れない。僕だって親戚から言った覚えがない幼少の頃の言葉を言われて恥ずかしい思いをしたことはある。

「そうかな」

僕は結局、それだけを言った。

「そうです」

ジブリールはそれだけではなく、もっと言いたそうだったが、二駅の話だ、もう着いてしまった。

僕は、さあ、降りるよと言って、率先して降りた。

ホテルと浴衣ゆかた

駅近くのホテルに入る。ホテルというか、旅館と言った方がしっくりくる。平日のせいか、元からこうなのか。僕たちしか客はいなそうな雰囲気があった。昭和の時代の鉄筋三階建て。

ホテルは安いだけあって、古びた上にうらぶれていた。もっとも、僕達に不満はない。一つもない。トイレや風呂が共同の方が慣れているという事実もある。トイレと風呂は無防備になるので、集団の方が安心する。

以前は個別の方がいいなと思っていたのに、変われば変わるものだ。

大部屋に小部屋に中部屋も取っている。女の子たちを中部屋に、大部屋に男の子と僕たち。小部屋は今のところ使うあてはないが、夜中まで子供達が騒ぐならそしてそれくらいは許そうと思っていた僕とオマルはそこで寝る予定だった。

実際には僕たちはすっかり眠くなっていて、歩哨ほしょうを立ててぐに寝る気になった。

「私が歩哨をします」

ジブリールがそう言った。僕はうなずいた。この国では歩哨はいらないよと言おうと思ったが、到着直後の事件もある。何を根拠に日本が安全というのか、僕には子供達に説明する自信がなかった。単に日本や日本で起きる事件に慣れているだけという気はした。

「他に一人を選んでくれ。三時間交代だ」

「わかりました」

いつもの僕なら、大丈夫かい? 眠くないかいと言うところだが、地下鉄の中の件もあって、僕は言葉を飲み込んだ。眠くないかというのは、子供扱いのような気がした。

背後の大部屋では子供達が、浴衣ゆかたを持ち上げたり広げたりして難しい顔をしている。僕はそっちも気になったが、同じくらいにジブリールが気になった。

「どうせ眠れませんから」

ジブリールはそう言った。

僕はジブリールの表情を見ようとした。被り物で見えないが、せめて目くらいはと。ジブリールはそれを防ぐかのように被り物を両手で引っ張って表情を完全に隠した。

「あんまり引っ張るとのびてしまうよ」

僕がそう言うと、ジブリールは、何も言わず駆けだして行った。

オマルが顔を出す。

「どうした?」

「最近ジブリールが不機嫌だ」

僕がそう言うと、オマルはうなずいた。

「思春期だな」

「日本以外でも思春期があるのか」

「アラタ。貴方は今英語でpubertyと言った。今はあまり使わない少々古めかしい単語だが」

「そうか、英語で思春期というくらいだからあるのか」

僕は間抜けの極みのような事を真面目に言った。オマルは微笑んだ。実直な彼だけができる、懐の深い笑みだった。

「生き延びて大きくなっていけば、そういうこともある」

僕はそう言われて、参ったなと思った。いや、ジブリールが、皆が生き延びてくれたことは嬉しい。できれば全員が大人になってくれればいいと思う。

思うが僕は、思春期の女の子の相手をしたことがない。

「なるようになる」

オマルは静かに言った。僕は彼に感謝した。彼と引き合わせてくれた、彼の神にも。

「そうかも知れないが、心配だよ。僕は」

僕がそう言うと、戦場以外では貴方はそうだな、それでいいと思うと、オマルは言った。浴衣を観察する子供たちを指さした。

「あれはキモノだろう」

「まあ、ナイトガウンみたいなものだけど」

「着せてやったらどうだ。きっと喜ぶ」

「そうだな。オマル」

「どうした。友よ」

「ありがとう」

オマルは微笑んだ。

「そういえば、この国は〝すみません〟は多くても、〝ありがとう〟が少ない」

オマルはそう言った。

「僕も、そう思った。長く君たちと一緒に行動しすぎたな」

「今のアラタが、好ましいと思う」

「だといいんだが」

僕は少年たちが立ち上がって浴衣を広げて見る中に入った。上着を脱いでネクタイをはずし、浴衣を受け取って身につけて見せる。おびをしめる。少年たちが目を輝かせた。

「戦闘にはあまり向いていない気がします」

少年の一人が、そう言った。僕はうなずいた。

「その通りだ。だからみんな、着ていないだろう?」

僕がそう言うと、少年たちは興奮した。

「とはいえ、着る分には異国風で楽しいね。みんなで着てみよう」

子供たちは喜んだ。単純な僕は、なんだ、日本に来て良かったなと考えた。

気付けば隣室の少女たちが、僕たちの様子を障子しょうじを少しあけて見ている。僕は微笑んで、方法を教えるから、服の上から着てみるかいと言った。

明日の計画

少女たちは隣室で着替えを楽しんでいるようだ。声だけが聞こえてくる。僕は微笑んで、ジブリールも後で楽しむといいんだがと考えた。まあ、被り物をとることはないだろうが。被り物と着物の組み合わせを考えて、僕は苦笑する。

それにしても思春期か。難しいなと考えた。悩みもそうだが、最近考えることが多い。がむしゃらに仕事した、自覚のないまま成績が出た。成績が出た後、成績に沿ったらしい出世をした。

でも出世先は前とちょっと変わっていて、それで僕は、がむしゃらに仕事するだけではダメなような、壁に当たったような気になった。

難しいなと考える。僕だけの問題というわけでもない。人生と違って転落を楽しむというわけにもいかない。

「明日はどこに行こうかな」

僕はそう言った。少年たちはすでに半分ほど並べた布団に入り、寝てしまっている。

「明日は観光だと思ったが」

オマルが寝ころんでそう言った。僕も寝ころんだ。

「そうなんだけどね。行き先さ」

「どこでも喜ぶさ」

「知ってる。だけど、もっと幸せになって欲しいんだ」

時差のせいで、眠くて仕方がない。僕は睡魔に引き込まれながらそう言った。

オマルが微笑んで、貴方に逢えたのが、皆の幸運だと言った気がしたが、それが夢か現実かまではわからなかった。

眠るのも早かったが、起きるのも早かった。カーテンの隙間から光がもれて来ていない。まだ夜か。夜だとしたら、何時だろうか。

僕は日本に戻ったら腕時計と運動靴は買わないといけないと考えていた。後スーツ。

そう、どこに観光に行くかも決めないといけなかった。

開業から十年経っても、相変わらずの人気観光スポット、東京スカイツリーに昇ってもいいなあと考える。考えながら、皆を起こさないように廊下に出て、トイレに向かった。

廊下の窓際に、浴衣姿のジブリールがいる。月明かりかネオンの光かに照らされていた。被り物の模様のせいで、直ぐわかる。

「歩哨の交代をしていなかったのかい」

僕が歩み寄りながらそう言うと、ジブリールは頭を振った後、僕を見た。

「眠れません」

時差ボケかいと、僕は言おうとしてやめた。思春期はどこを踏んでも地雷だらけという言葉を思い出した。

「困ったな」

僕はそれだけ言った。直ぐ戻ると言って、トイレに行った。

水場で手を洗い、水が冷たい事にちょっと満足した。しかもこの水はきっとそのまま飲める。この辺はすごいなと思った。そうだ、浄水器も買おう。買い物メモを作るかと考えた。

ゆっくり廊下に、窓際に戻った。ジブリールは窓際に立って僕を待っている。

「不審なことは?」

「今のところありません。ただ、偵察ていさつされている可能性があります」

「どうしてそう思った?」

頭が急にはっきりする。ジブリールは、窓の外を指さした。ビルとビルの隙間は狭く、そのままでは外は見えない。首を動かし、ビルの隙間、その外の道を見た。まだ夜だったが、街灯は明るい。

「そこに、人が一人立っていました。ぐに位置変換をかけた様子でしたが」

「僕達を監視する必要があるかどうかから考えないといけないな」

入国管理局が動いているという可能性を、僕は考えた。いや、さすがにそれはないか。

「ほかには?」

「ありません。実際に偵察だったかも、わかりません」

「わかった。歩哨は増やしている?」

「四名に増員しています」

「ありがとう。完全な対応だ」

僕は自分がYシャツ姿だったことに気付いた。だらしないなと考える。

民間軍事会社に勤めだしてからこっち、僕はずっと、スーツ姿だった。

ジブリールは不意に被り物をとった。頭を振って、髪を整えた。地味なことだが頭を振るだけで髪が整うというのは、凄いと思っている。

少し、髪が伸びたなと僕は思った。顔は瘦せぎす。前はもう少しふっくらした頰だった気もするが、僕のイメージである可能性は十分にある。

ジブリールは僕を見ずに、自分の髪に手をかけて言った。

「私の髪も黒です。アラタ」

それがとても大切なことのように、ジブリールは言った。

「知ってるよ」

僕はそう言った。ジブリールは、僕を見た。目線を少し下に向けた。

「それならば、いいのです」

僕は、恥ずかしそうなジブリールの頭をなでたいなと考えた。思春期にとっては地雷だろうか。難しい。難しいがジブリールがもっと成長すると、頭なんてなでることは出来なくなるだろうと思い、僕は頭をなでた。

この瞬間は、二度と無い。ジブリールは、悔しそうだが黙ってなでられた。

「休むんだ。ジブリール」

「命令ですか。アラタ」

「命令はしたくないな」

ジブリールは悩んだ後、乱れた髪の間から僕を見上げた。

「もう一度なでてくれたら、眠ります。もっと優しくなでてください」

「ごめん。痛かった?」

僕は気をつけてなでた。髪が整うようになでた。うんうん、うちの子は可愛いと自己満足した。

それで、寝直した。寝られる時に寝るのは、プロの仕事だ。

朝と幸運

朝になった。目が覚めた。まだ眠いと言っている身体を、体操して起こした。体操の重要さは、傭兵になると分かる。

そうだ。ラジオ体操を録音しておこうと僕は思った。英語版があるならそれが欲しいと考えた。きっと業界で大ヒット間違いない。

時刻は六時。八時になったら二階の広間、座敷にいけという。朝食というわけだ。起きてから朝食までの間が二時間空いているのは気になった。

無駄としかいいようがない。全員がそう思うことだろう。

「散歩を行う。各自、軽装で準備出来次第玄関に集合。荷物は置いておけ」

全員が五分で玄関に集合した。ジブリールは何事もなかったように被り物をかぶり、かぶっているんだから当たり前だが、表情は分からなかった。

僕は手癖てくせでホテルのロビーで入手していた付近の地図四枚に赤ボールペンでルートを書いた。

戦術単位Sごとに行軍こうぐんルートを示す。

「今日中には無線を手に入れるが、それまでの連絡手段はホテルへの電話で行う。番号は配布した地図にあるとおり」

全員がはいと言った。僕はうなずいた。

「偵察を受けていた疑いがあると歩哨が報告している。この任務は日本の地形状況、交通状況を確認すると同時に偵察や尾行びこうの確認も行う。日本での交通ルールや信号については皆に教えている通りだ」

いずれも真面目な顔の少年少女ばかり。僕はうなずいて微笑んだ。

「地域住民と交戦するな。待避たいひを優先しろ。以上。解散。出発は六〇秒後、三〇秒刻みでA、C、D、E。コードは昨日の割り当てをそのまま使う。オマルはAの指揮を」

地域住民と交戦するなは冗談のつもりだったが、笑う者は居なかった。全員が指示通りに行動を開始した。

僕は一人、ホテルのロビーに残った。ロビーに置かれたピンク電話の近く、新聞を手にとってソファに座る。頭の中では各戦術単位が、散歩ルートに沿って動いている。オマルは雷門へ移動中、ジブリールは隅田川すみだがわ緑道公園に向かって行軍しているはずだ。ジニは秋葉原あきはばらへ向かっている。この戦術単位Sだけはチェックポイントの通過時間を遅めに切ってある。走らないで進んでいるはずだ。イブンは狭い路地を走るように指示している。彼の昇級テストをかねての指示だ。地図が読めてその通り動ける人物でないと、戦術単位のリーダーにすることは出来ない。

新聞に目を通すふりをして、僕はIイルミネーターと統合情報表示が欲しいなと思った。昔、アメリカ系の民間軍事会社に勤めていたことがある。その頃歩兵はすべて情報的に統合されており、僕たち銃を使わないオペレーター、OOの手元の情報端末に表示されていた。

あれと同じものが、欲しい。あれがあれば相応に分散、連携して戦う事が出来る。僕はそう考えた。

日本では直接の武器は売ってないが、この種の情報機器現代では直接の武器よりはるかに脅威度が高い武器はほとんど制限されずに売られている。

次善の策としての日本での軍事会社の設立、あるいは次善の次善として装備の調達と技術者の確保を考えていた僕は、今日は買い物をしようかと思いはじめた。

電話が掛かってくる。

僕は電話に出た。

「こちらジニです。異様な看板があります」

「無視して進め」

「了解」

電話は切れた。僕は片方の眉を持ちあげた。買い出しで今日は秋葉原に行こうと思っていたが、彼らにはちょっと刺激が強すぎるかも知れない。

難しい顔をして新聞を見る。ホテルの人がおはようございますと声をかけてくる。僕は笑っておはようございますと言った。新たに新聞を貰う。僕が見ていたのは、昨日の新聞だったらしい。このホテルは起きるのが遅い。他人の商売ながら大丈夫かと考えた。

気を取り直し、今日の新聞を読む。新聞を読む趣味も癖もないのだが、ロビーで時間をつぶすにはいいものだと、僕は思った。

成田の事件が載っている。僕は参ったなと考えた。気恥ずかしさに、読むのをやめた。暇つぶしには最適だが、今日は向いてない。

今日は買い物に行こうと考えた。秋葉原で全部すませようと思ったが、電気街と言われた昔ほどではないにせよ今でもメイドさんが立っていることもあるし、ジブリールはそれでさらに機嫌を悪くしかねないと考えた。

思春期は親にとって地雷原突破に似ている。

ロビーを再度見渡す。いいものがあった。貸しPCというか、貸しインターネットだった。僕は百円玉一枚を入れて十分の利用を開始した。

思えばインターネットは久しぶりだった。昔、これがないと死ぬと思っていた時期があった。気のせいだった。

秋葉原の状況を知ろうと昔、毎日見ていたアキバブログを見る。

「リアルエルフキター」とあって、僕は目を瞬かせた。もう少し画面をスクロールする。秋葉原で喪服もふく姿のリアルエルフが出てきて、寂しそうに歩いていたというものだった。

僕は閉じるボタンを押しそうになって、身を震わせた。いや、ここで閉じたら、決定的局面で奇襲があるかも知れない。オマルなら陰気に口笛を吹くだろう。ジブリール地雷原は連鎖的に爆発すること疑いない。

画面に映っていたのはソフィソフィアだった。耳のとがった森妖精エルフが好きで、実際自分の耳を整形したというアメリカ娘だ。この一点で既に常識の範疇はんちゅうから解き放たれた、しかし友人で、同僚だった。同僚のみ過去形だったのだが。

確かに喪服を着ている。彼女には似合わないおとなしい、黒い服、顔にはレースまでつけている。うつむいてはいるが、確かにソフィだった。カメラを向けられたらとりあえず笑顔になる娘だと思っていたのに。

インタビュー記事まで載っている。

日本人の恋人が死んで、彼が連れていくと約束し、彼が好きだったこの地に来たと書いてあり、僕は我慢がまんできずに閉じるボタンを押した。僕は息も絶え絶えの様子だった。

一体どこをどうすれば彼女と僕は恋人になるんだろう。あるいは来日時期が重なったあたりはどんな運の悪さだろうと考えた。彼女が新聞を見るなんて高尚こうしょうな趣味を持っているとは思えないが、TVを見ている可能性は十分にあると考えた。昔ほどじゃないけれど秋葉原には今もって大型電器店がのきを連ね、テレビが並んでディスプレイされている区画もある。

秋葉原はやめよう。

僕はそう考えた。ソフィには悪いが、盛り上がっている彼女と再会することは出来ないなと考えた。テンションや温度の差が激しすぎて、たぶん僕は砂漠の道ばたにおいた屋根瓦のように、気持ちよく割れる。

ジブリールは彼女の宗教のせいか、それとも素朴な人間感情としてか、耳を改造するソフィを嫌っている。思春期を迎えたジブリールだけでも一杯一杯の僕としては、火薬庫に火を入れるような真似をしたくなかった。

問題はどこに買い物に行くかだ。しかもエルフとはち合わせするような、そんな悲劇に見舞われることなく。

元オタクで、言い換えれば秋葉原から離れると、途端に情報に暗い僕だ。どこで買い物すべきか、いきなり困った。いや、こういうときこそインターネットだろう。僕は検索し、買い物に向いた場所を探す。

欲しいのは腕時計と靴だ。どういう検索ワードにすればいいか悩みつつ、結局ほぼそのままを入力した。アメヤ横丁よこちょうなるものが出てくる。

アメヤ横丁、アメよこか。年末のニュース番組などではおなじみだったが、僕はそこまで行ったことは無かった。上野御徒町うえのおかちまち近くか。上野公園には、上京してすぐ位に、行ったことがあったなと考えた。それ以外では、花見。小さなデザイン会社に所属していた頃、花見で上野公園に行った覚えがある。あの頃はそういう付き合いが、とてもきつかった。

今はどうだろうかと考える。あんまり変わらない気もしたが、付き合える気はした。だからといって何でもない。小さなデザイン会社はつぶれてしまったし、僕は民間軍事会社という名前の傭兵会社に就職した。その後は人生転落まっ逆さまだ。それを楽しんですらいる。

僕は閉じるボタンを押す。人生を派手に転落した奴にしか分からない喜びもある。そう考えて、またソファに戻った。

よろしい。ならばアメ横だ。