マージナル・オペレーション

02 第一章 2

芝村裕吏 Illustration/しずまよしのり

『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏が贈る、新たな戦いの叙事詩が今はじまるーー!

天麩羅と少年少女

予定が随分狂ってしまった。ホテルに連絡することすら遅れてしまった。

今日の宿は浅草橋あさくさばしの旅館をかねた安ホテルだ。もっとも、まだそこまでたどり着けて居ないのだが。時刻は現在十五時くらいか。

今、千葉の警察署にいる。空港で取り調べるにも事件が大きかったのだろう。短い距離ではあるがマイクロバスに乗って移動してきた。警察署から駅まで近そうなのが、少しのいいところ。

生まれて初めての取り調べ室は、殺風景さっぷうけいだったがテレビで見るよりは随分今風で、落ち着いた色をしていた。

通訳立ち会いの下、礼儀正しい警察の制服を着た人に滞在中の連絡先など事細ことかに聞かれる。何故通訳がいるのかは、良くわからない。少年少女のほうに必要なのはわかるのだが。

こういうときはスーツを着た刑事に聞かれるものと思っていたので、そこは少し予想と違っていた。何事も経験だなと考えた。

ねぎらいの言葉などは期待していなかったが実際になく、カメラで負傷者を撮影していた人間達と合わせ技で、僕はもう十分日本を堪能たんのうした気になった。

日本に居たときは意識していなかったが日本とはこういう国だったことを認識する。

逮捕以外の次善じぜんの策として日本で警備会社でも立てようと思ったが、その気が急激に薄れたのを感じた。この国は、子供たちの教育に悪い。

今後の予定を聞かれて僕は観光計画を話した。実際、しばらくはそうするつもりだったし、あちこちに当面の宿も確保していたので、この方面の追及はさほど厳しいものではなかった。

とはいえ、さすがのお役所仕事。うんざりするほど時間がかかった。

ご苦労様でしたと言われて解放されたのは十七時過ぎ。ご苦労というのは目下めしたに使う言葉だよなと、そんな事を考えて微妙に腹を立てる程度の気持ちにはなっていた。もっとも、こうなることを分かった上で教育のためにと動いたんだから、人間というのは勝手なものだ。

僕より先に解放された子供達は取り調べがあった警察署の廊下ろうか、壁際に置かれたベンチで並んで眠りこけている。西日が差していたが落日というほどでもない。柔らかい、人によっては眠い光だと僕は思った。中央アジアの落日は空気の乾燥のせいで酷く強く、酷くあざやかで、そして一瞬で終わるものだった。日本では、そういうことはない。良くも悪くも日本は穏やかな国だ。自然は優しいと言ってもいいかも知れない。

一番端のジブリールは、年少の子供たち三人に寄りかかられて顔を傾けて眠っている。その手に突撃銃がないのが、僕のちょっとした自己満足だ。

ほめてあげないとな。僕はそう思った。天麩羅を食べるならエビの一本も追加してあげなければいけない。

僕が微笑んでいると、壁に背を預けていた人物が動いて僕に近づいてきた。

「あの」

僕は子供達から目を引きはがして、声をかけて立ち止まった人物を見た。束ねた綺麗で長い黒髪には見覚えがある。空港で僕たちの前を横切った、地味めなスーツ姿の女性だった。

よく歩くのか、ハイヒールを履いてないせいで背は低く見える。それでもまあ、ジブリールよりは背が高い。最近比較基準が全部ジブリールなのは自分でもどうだかなとは思っているが、中々やめられないでいる。

「ありがとうございました」

勢いよく頭を下げられて、僕はびっくりした。日本ではじめて受けた、まともな戦場の作法だった。助けられたらお礼を言う。これが、次があると皆思っている日本では、中々ない。

「いえ。生きていて良かった。あなたも同じ方向に向かっていたので」

僕がそう答えると、彼女はびっくりして僕を見た。

「あなたとすれ違ったのです」

僕はそう答えた。厳密には前を横切っていったのだが、説明が面倒なので、そのように答えた。

「そうだったんですか。あの、スゴい記憶力ですね」

彼女は、ちょっと顔を赤くしてそう言った。主として赤いのは、耳の先だったが。

「いえ、髪が綺麗だったんで、たまたま覚えていただけです」

僕は正直にそう言った。彼女は耳を隠した。

「なにか?」

僕はそう尋ねた。

「いえ、なにも」

彼女は耳を隠したまま言った。

「なるほど」

分かっていないまま、僕は分かったような事を言った。話題を変えようと考える。

耳といえば僕とは相性が良くない。なので、話題であっても余り近づかないようにしている。

僕は彼女を観察する。彼女は言葉を待っている。年齢はいくつだろうかと考えた。少し下を見る彼女を観察し、僕よりはいくつかは下だろうと見当をつけた。

「ひょっとして、ずっと待っていてくれたんですか」

「あ、はい」

お礼を言うために? と言いかけて、僕は黙った。子供達の面倒も見てくれたのかも知れない。

日本にもまともな奴は居るんだなと、僕は思った。いや、僕が日本に居たときから、まともな人間も居たんだろう。僕の見る目がなかっただけで。

「ありがとうございます」

僕はそう言った。久しぶりの日本語は、どこか恥ずかしかった。

「いえ、お礼を言うのは私のほうです。助かりました」

彼女はまた頭を下げる。距離が心持ち近い気がする。間合まあいが日本人の常識や僕の所属していた業界と違うなと、そう思った。そういう人物なのかも知れない。世渡りはうまくない方だなと僕は結論をつけた。

僕ならジブリールや子供達、オマル以外はその距離にいれたりしない。

気付けば彼女は、僕をまっすぐに見ている。

「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」

彼女はそう言った。耳を隠しながら。

「新田と書いてアラタです。アラタ、良太」

「アラタさん」

「はい」

彼女は、背筋を伸ばした後、隠した耳からゆっくり手を離して、肩から下げたショルダーバッグから名刺を取り出した。

「私は、このようなものです」

個人名だけの簡素な名刺だった。紙は硬く、はじくといい音がでそう。昔、仕事を選ばない小さなデザイン会社にいたので分かるのだが、これらはから名刺というものだった。

空名刺を使う顧客にはどんなのがいたかなと、僕は思いだそうとした。

彼女は僕を見ている。

「何か」

「読みはいとう ゆきえ さんでいいですか」

「ええ、はい」

彼女は少し気恥ずかしそうにそう言った。イトウさんは、変なところで言葉がよどむ。

紙質がひどくいい上にフォントにも凝っている。僕は考える。金がかかっている。空名刺を使う顧客と言えば水商売か政治家か。金のかかり具合は後者よりだ。僕はイトウさんを見直した。とても水商売をやっている様にも思えないが、政治家もやれそうにない。

「あの、やっぱり何か?」

「あ、すみません。名前だけしかない名刺だったんで」

僕は正直にそう言った。

「そうなんですよね。すみません。うちの仕事の関係で」

「なるほど、仕事ですか」

「はい。あの、NGOの方ですか?」

「そうなんですが、何故、それを?」

「あの子達に

イトウさんは、ベンチに並んで眠りこけている少年少女を見た。寝ている姿は天使のようだった。実際、天使の名前を持つ子もいる。

僕は微笑んだ。微笑んだつもりはなかったが。

「ああ。世話してくれたんですね。ありがとうございます」

「修学旅行、ですか」

彼女は慌てて耳を隠しながら、その言い方が適切なのか分からない顔で、そう言った。

言わんとしている意味は分かるので僕はうなずいた。

「日本を見せてあげたかったんです。いずれ、この子達が大人になって国や村や子供を作った時、ここで見たことがためになるんじゃないかなとそう思っていました」

「そうですかすみません。貴重な初日を使わせて」

イトウさんは頭をさげた。耳を隠したまま。顔が赤い。

「いえ」

「すごい統一行動でした。日本の子供達も学ぶところがあるのかもしれませんね」

僕は苦笑しようと思ったが、出来なかった。口を開いた。

「どうでしょうね」

「え?」

「この子達の動きがいいのは、戦乱があったせいです」

「あ

彼女は口に手を当てて黙った。恥ずかしそう。

「すみません」

「いえ。では、ホテルに向かわないと」

「あの、アラタさん」

「なんでしょう」

「携帯か、何かお持ちではないですか」

「ああ、欲しいんですけどね。まだ契約していないんです。短い期間だけ使えるといいんですが」

「あ、そうか。そうですよね。あの、その」

彼女は言いよどんだ後、僕を見て言った。

「また、ご縁があれば」

「ええ」

僕は笑顔を浮かべて彼女と別れた。

子供達をどう起こそうか考える。肩を揺らすか、頰をつつくか。

僕は我慢出来ずに頰をつついて起こした。被り物の奥でジブリールの瞳が、瞬きするのが見えた。慌てて起きる。

「そういうことですか」

なにがそういうことだろう。僕はそう考えながら、皆を起こした。

残念ながら子供が子供を起こすので、半分も頰をつつけなかった。残念だ。二度とない機会だったのに。

「お腹がすいたな。今度こそ天麩羅にしよう」

僕はそう言った。ついでにそう、オマルを探さないといけない。どこにいったんだ、彼は。

オマルを探さず

警察署を出て、オマルをどう探そうかと考えた。偉丈夫いじょうぶの黒人、しかも大人だから心配はしていないが、とはいえ合流しないのも不便だ。

空港内で携帯電話のレンタル契約をしておけば良かったと僕は考えた。いや、オマルの番号がわからなければ意味がないか。

最終的には宿で合流できるだろう。

僕はそう結論づけた。その程度の判断なら、彼はたやすくやってくれる。

僕は後ろを振り向いた。あくびを隠さぬ子供達に、ごめんごめんと謝って、さあ、ホテルに行こうかと言った。

皆がうなずく。うなずかないのは一人だけだった。ジブリールだった。

僕は後ろ髪引かれそうな気分になりながら、前を見る。ジブリールをというか、後ろを見ながら歩くことは出来ない。

ジブリールが不機嫌な気がする。

食事は大事だからなと僕は思って微笑んだ。どんな精強せいきょうな軍隊も、食料がないと三日で疲弊してしまう。

警察署から近くの駅へ。散々な目にあったが日本の土は懐かしく、僕は数百mを大事に歩いた。季節は五月。ゴールデンウィークが過ぎて少し。

そう言えば日本は休みが多かったと思った。毎月のように祝日があると聞いたら、子供達もオマルも、変な顔をするだろう。日本という国のちょっと変わったところだ。

「鉄の箱が一杯あります」

ハキムという年少の元少年兵がそう言った。

僕は重々しく頷いた後、あれは自動販売機というお店だよと言った。

ハキムはよく分からない顔をしている。

「自動販売機は日本では昔からあってね。飲み物を売るお店なんだよ」

「どこに人がいるんですか」

「機械なんだ」

「壊れたり間違ったりしませんか」

ハキムがそう言った瞬間、子供達が集まって質問を沢山口にしはじめた。僕とハキムの会話は、彼らにとって興味深いどころではない話だったらしい。そういや基地キャンプにもなかったな。僕はそう思った。

「どうやって飲み物を作るんですか」

「泥棒はどうするんですか」

「休日はどうしてるの?」

彼らにとって休日は神聖なものだ。仕事してはいけないという雰囲気すらある。僕は説明に苦慮くりょした。日本という国は、想像以上に不思議の国らしい。僕はジュースを一本買って、ハキムに渡した。缶のオレンジジュース。冷たいのが衝撃だったか、ハキムは缶を落としてしまった。

「冷たい!」

子供達はその言葉に騒然となった。僕の場合、日本人の例にもれず冷たい飲み物は冷たい飲み物でいいと思うんだが、彼らには異様に映るようだった。酒に氷を浮かべようものなら一生噂になるレベル。

「冷たい飲み物も温かい飲み物もある」

「体が冷えます」

ジブリールがジュースを迷惑そうに拾い上げてそう言った。

日本より暑いというか日差しが強い中央アジアだが、地方になると体を冷やすのは健康に悪いと信じて疑わない。生ぬるい水をわざわざ出すほどだった。冷たい水を飲む風習は、中央アジアからさらに西に行ってイランやイラクまでいかなければない。

説明することが多いな。僕はそう思いながら歩いた。歩いて少し、駅の改札でオマルを見つけた。

黒人の偉丈夫は、目立って助かる。ついでに頼もしい。

僕は笑って、オマルに並んだ。待ちくたびれた様子のオマルも、最終的には笑った。僕が国外で得た大事なものの一つだった。

「天麩羅はうまかったろうか」

「最高だった。騒ぎがあったのはわかっていたが、うまくて席を離れられなかった。それぐらいだ」

「じゃ、もう一回いけるよな」

僕はそう言った。オマルがサングラスをとって僕を見直している。僕は笑った。

天麩羅たけなわ

浅草のかみなりもんから、ちょっとはずれたところに、たけなわという店がある。老舗しにせなのか知らないが、かなりうまい天麩羅屋で、僕はここで定食を食べるのが好きだった。三年勤めていたデザイン会社も、ほど近い。もっとも、その会社は今はつぶれてしまっている。

電話で予約をいれておいて助かった。人が一杯だった。

しきりも個室もなにもない座敷ざしきスペースに座る。元少年兵や元少女兵たちは苦労せず座る。元々の部族社会でも、床に絨毯じゅうたんを敷いて生活していたので特に違和感はない。オマルだけが、慣れていない様子だった。ついでに彼は大きいので、一人窮屈きゅうくつそうだった。

天麩羅が続々届く。元少年兵も元少女兵も、はしには慣れていない。僕が箸を使ってみせるのを見て、目を丸くしている。中には既に泣きそうな子もいる。オマルが笑って手づかみでしいたけの天麩羅を食べた。

皆が競って真似をした。僕はちょっと苦笑して、店員さんに詫びの目線を送った。

天麩羅は大人気だった。大皿が一瞬にして空になる。おかわりが来る。それも消える。僕は微笑んだ。

米はあまり、人気がなかった。うまいと思うんだが。

戦術単位Sの内、Aに属していた少年達が、オマルに起きた事件の話をしている。僕の話をしているようだが、僕は話を意図的に聞き逃した。彼らはたいてい僕のことを過大評価する。

「相変わらず、行ったこともない場所を手に取るように分かっているんだな」

オマルは物静かに、そして真面目にそう言った。武器になった看板のことらしかった。

日本ではたいてい店先にあるんだよと、僕は答えた。ジブリールを見る。

ジブリールは被り物を深くかぶって、落ち込んでいるように見える。

「天麩羅は苦手だったかな」

僕がそう言うと、ジブリールは僕を上目がちに見た。半眼はんがんだった。

「ごめん。事前に聞けばよかったね」

僕がそう言うと、ジブリールはあらぬ方向を指さした。僕はそちらを見る。和服を着た女優が微笑む、アサヒビールのカレンダーだった。目を戻す。

皿を見れば食べ物は減っている。食べるところはあまり見せたくない、そういうところが彼女たちにはある。僕はそうかと納得した。

「持ち帰れるようにしよう」

僕がそう言うと、油で手を光らせた少年達が歯を見せて笑った。まだ食べる気か。

それで、僕も微笑んだ。僕が思春期だったころ。食べっぷりがいいと、祖母が目を細めていたことを思い出した。あの時の祖母の気持ちが分かったような気になる。

お金さえあれば、ずっとこんな風に過ごせるんだがなと考える。

この一年、ユーラシア大陸をさまよいながら子供達の安住の地を得ようと、皆で良く働いたつもりだが、あんまり豊かになった気がしない。理由は下請けだった。傭兵業界は下請けが蔓延していて、下請けの下請けのまた下請けあたりが実際作業していることが多かった。下請けになるほど賃金は当然やせ細り、僕たちが受ける程度の仕事は日本のコンビニでバイトした方がどうかすると高いときがあった。子供達が働き手ということで、足下を見られている部分もある。

だから、日本だ。競争相手がほとんどいない唯一の先進国である日本で民間軍事会社を設立したい。子供達を使うには法律の壁があるにしても、競争相手はいないし、紛争ふんそうの程度も低い。悪い話ではないはずだった。

お金が欲しいお金が欲しい。僕はこの一年、考えてきたことをもう一度考える。一年がんばってお金を貯めた。二十六人もいれば賃金が安くてもまとまった額にはなるもので、おかげでこうして日本にいる。だがそれが良かったのか。僕は悩ましい気になった。脳裏では犯罪の現場を携帯で撮影していた人々の姿がよぎっている。あとご苦労さん。

この国はこの子達を幸せにするだろうか。文句を言える筋合いじゃないが、もっと若い内にこの国を良くするように動いておくべきだったなと思う。たとえばありがとうをちゃんと言う。人の不幸を記念撮影しない。そういうところだ。それぐらいなら、僕がニートでも失業者でも出来ていたはずだ。その輪を広げることも。

さすがに皆満腹か。僕は満足して六万円を払い、皆を連れて店を出る。そこで待てと指示したあと、コンビニまで少し走って、ウェットティッシュの詰まった筒を買った。

天麩羅で油ぎった皆の手を、これで拭いてあげないといけない。

戻ろうと走り出すと、ジブリールが小走りに近づいてくるのが見えた。並ぶ。ジブリールは一歩下がる。僕がジブリールを見ると、ジブリールは被り物を引き下げて一切の表情を隠した。どうも今日は、機嫌が悪いように見える。

「一緒に歩こう」

僕はそう言った。ジブリールは葛藤するかのようにじっとした後被り物の隙間から綺麗な瞳を覗かせて、私も髪は黒ですと言った。

なにを言っているのかさっぱりわからなかった。

テレビデビュー

戻ると、少年少女が店の前で二列に並んで僕達を待っていた。

オマルも何故か整列していて、まあ、通行の邪魔にはならないだろうなと考えはした。

「オマル、なんで皆並んでいるんだろう」

「待てと言ったからじゃないか」

「そうか」

僕はウェットティッシュを一枚取り出して渡しながらそう答えた。当たり前の話ではあった。ただし、僕の元いた業界での話だ。

日本に戻ってごく短時間で、日本の常識、業界の非常識を取り戻している気になって、僕は複雑な気分になった。あとここに何日いれば、僕はどこにでもいる日本人になってしまうのだろう。

皆が僕の発言を待っている。何の因果か、僕は彼らのオペレーターだ。それが嫌ではない。でも、時々不安になる。

悩んでいるな、僕は。そう考えた。悩む材料に事欠かない。それは初めての経験だった。これまで仕事で悩んだことはなかった。悩まないことを、ちょっとの誇りにもしていた。

「手を拭いて、ホテルへ行こう」

僕はそう言った。皆が笑っている。

「どうしたんだ?」

「テレビにでていたぞ」

オマルが皆を代表して言った。

「なにが?」

僕は聞き直した。

「貴方が、俺たちが」

「天麩羅屋でも撮影にきてたのか?」

僕がそう言うと、オマルは大げさに皆を見て、皆と笑った。

「うちのOOは戦争では英雄だが」

「何でも上から見るイヌワシの目を」

「誰も思いつかない所へ連れて行く強い翼を持っているのに」

オマルと元少年兵、元少女兵達が、うたうように言った。彼らは宗教的に音階おんかいを持った歌を持たないが、代わりに見事な抑揚よくようを持った謡を持っている。

彼らは笑った。元少女兵の一人、おきゃんなジニが言った。

「地上ではかわいい」

皆が大笑する。声を出しての笑いではない。白い歯を見せて、笑顔を向けている。僕は瞬きした。酒を飲めないのに騒げる彼らの方が余程すごいと思った。いや、僕は酒を飲んでも騒げない。

僕を守るようにジブリールが前に立った。

「事情がわかりません。教えてください」

ジブリールは僕の守護天使のように言った。まあ、少し小さすぎる気もした。僕はそれで態勢を立て直した。悩みが判断を遅らせている。危険だなと思った。戦場でなら部下を殺している。

オマルが優しく言った。

「さっきの天麩羅屋に、TVがあった」

「あったね」

「ニュースがあった」

「僕が出るとき、あった気もするね。ちょうど二十一時頃だったし」

僕はそう言った。オマルは大きくうなずいた。

「成田エアポートが出た」

僕はようやく事態を理解した。

「それで僕たちがちらりと出たんだね」

「日本進出における、最初の偉大なる戦果だ。我々は何十万ドル分かの宣伝を間抜けな素人を一人とらえることでやった。貴方のオペレートは正しかった」

オマルはそう言って優しく微笑んだ。真面目で実直そうな直立姿勢。

「我々は誇りに思っている」

僕は気恥ずかしい気分になった。少なくとも天麩羅屋の前でやる会話ではない。僕は、そんなことはどうでもいいから、宿に行こうと言って歩き出した。

「あの通り魔はカルト教団の一員で離婚が原因でああなったらしい」

オマルは大ざっぱすぎる解説を僕にしてくれた。