マージナル・オペレーション

02 第一章 1

芝村裕吏 Illustration/しずまよしのり

『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏が贈る、新たな戦いの叙事詩が今はじまるーー!

日本へ戻る

飛行機から見る日本の姿は相変わらずで、僕はそれが不思議に思えて仕方なかった。いや、自分が変わったからといって国も変わっていると思うのは間違っている。それくらいは分かっている。

一年ぶりの日本は、空からみる限り何の変化もなさそうだった。

昔、住んでいた部屋を思い出す。フィギュアにマンガ、ラノベで一杯だった部屋。自分がオタクだった時を思い出して、僕は苦笑した。今となっては、中々思い出すことも出来ない。心からあいつらを楽しむには、僕は悪いことをやりすぎてしまった。金のために。最低だなとは、自分でも思う。もとはささやかな趣味であるマンガやフィギュア、そのための再就職だったんだが。

僕は変わってしまった。ニートから就職を経て失業者になって、食うに困って外資系の民間軍事会社に就職、銃を使わない傭兵ようへいになった。その傭兵もやめて今はまた失業者。しかも二十四人、子供が増えた。子供たちは元部下の少年兵や少女兵だった。

大出世だなと僕は思った。あるいは大転落か。

失業者の上結婚もしてないのに扶養ふよう家族が二ダース増えたのをどう評価したものかと僕は考えたが、みが先に出たのでそれでよしとした。

人間、転落はしてみるものだ。と僕は思う。とりあえず状況を楽しめる。

後ろの席を見る。二十四人の子供たちはちゃんといる。

これらの子供たちは観光ビザでの入国だ。

一部は緊張し、一部は銃が手元にないのが落ち着かない。一部は前後不覚に眠りこけていて、一部は僕を見ている。見ているのは天使の名前を持つジブリールという少女だ。僕はもうすぐだよと口だけを動かした。ジブリールは僕にうなずいた。何度も。

まあ、みんな不安なのかも知れない。僕はそう考えた。寝ている子にしたって乗る前は顔を青くしていたわけで、今寝ているのはその反動だろう。飛行機に乗った経験が子供たちにはない。日本がどこかを知る者もほとんどいなかった。彼らにとって、日本と言えば話の中で出てくるアニメの国だ。少し前は電子製品の国だったんだがと僕は思う。こうして考えると、日本も変わっていっているのかも知れない。

もうすぐ着陸だ。僕はもう一度子供たちを見回した後、首を前に向けた。心が躍るのは何故だろう。国に戻ったからか。違う気がする。子供が出来たせいだろうか。それも少し違うな。僕は微笑んだ。やっぱり転落を楽しんでるな。勢いよく転げ落ちるのは楽しい。口に出せば狂っていると言われそうだが、そんな時には好きでやっているんだからほっといてくれと言い返してみたい。

とりあえず、逮捕されるかなと考えた。

いや、いきなり逮捕はないかな。尋問じんもんかなと考える。

子供二十四人をまとめて入国させれば、一悶着ひともんちゃくも起きるだろうとは思っている。アフガニスタンで便宜上の国籍や旅券りょけんをこの子たちに買ってあげたけど、どの程度信用できるかは怪しかった。その程度の価格だった。

まあ逮捕されても、僕の勝ちだからどうだっていいんだが。

僕はそう考えた。偽パスポートが発覚して子供たちがどこの国の子供でもないと分かってから色々な騒ぎがあるだろうが、僕の勝ちは揺るがない。日本に入国すれば、それで勝ち。どうあれ子供たちが銃を持って戦場をかけずり回ることはなくなるだろう。

着陸する。ようこそ日本へと日本語が書いてある。

僕は笑みを浮かべて二十四人と空港に降り立った。人の流れに乗ってエスカレーターを上り、入国ゲートへ。さあいよいよだ。

なんのおとがめもなかった。あっさりと入国できた。

少しあてがはずれて、僕は拍子抜けした。残念だなと僕は思う。楽できると思っていたんだが。

子供たちが僕を待っている。僕は心の中で作戦オペレーションを切り替えた。何、ポケットの中には作戦なんていくつでもある。

成田空港という奴は日本の玄関の割に羽田空港よりしょぼい。

僕は子供たちに、羽田空港をこそ見せたかったなと益体やくたいもないことを考えている。

「思ったよりおとなしいだろう」

僕がスーツケースを引きながらそう言うと、二十四人の子供たちのリーダー格である被り物をした少女、ジブリールは、目がくらみそうですと言った。

「そうかな」

「はい」

僕は微笑む。まあ、立派な空港を見せたいとか、まるで幼児のやりようだ。もっと大人にならないといけない。

でなければ、ジブリールなどが急いで大人にならないといけなくなる。

三十一になって分かった事がある。子供の席というものは有限で、誰かが卒業しないと新しい子供はその席に座れない。

子供を子供の席に座らせるために、僕は早くそこから出なければ。

最近、今頃気付くなということばかりに気付いてしまう。僕は大人の反省を楽しみつつ、その重みに耐えかねて他の大人にも背負わせることにした。具体的には、僕以外の唯一の大人である謹厳実直きんげんじっちょくな友人にして協業者オマルに愚痴ぐちを言うことにした。

「先行しているオマルは?」

「テンプラというものを食べるそうです」

「なるほど。我々も食べるとしようか」

ジブリールは、はいと言って僕についてくる。

僕から見て空港内を横切るように颯爽さっそうと歩く、スーツを着た女性を見た。彫りが深い顔ばかりを見慣れたせいか、控えめな顔立ちを斬新に感じる。でもまあ、長い黒髪は素敵だな。

同じ人をジブリールも見ていたとみえて、いや、彼女はもっと広い範囲を一瞬で見て取って危険とそれ以外を峻別しゅんべつしているに違いない彼女は被り物を一層深く自らにかぶせて、小走りに駆け寄って僕に尋ねた。

「恥ずかしくありませんか」

僕は少し考える。苦笑する。

「女の子のことかい? そうだな。本当のことを言うと、ちょっと恥ずかしい。長く日本から離れすぎていたな」

ジブリールは被り物の奥の瞳を、満足そうに輝かせた。

「それでいいのです」

何がいいのか分からないが、僕は子供たちを集めて行進を開始した。

天麩羅屋に二十五人が座れるかなとは思った。

空港内の案内板、地図を見る。天麩羅屋を探す。四階か。

スケールが書いてないのが元の職業柄わずらわしい。僕は目をやって近くの電話ボックスを確認。目測の距離から案内版のスケールを計算した。

先ほどの黒髪の人と同じ方向へ曲がる。エスカレーターに乗った。

「何を食べるん、ですか!」

元少年兵の一人が、はにかみながら英語で言った。ジブリールに隠れている。

小柄と言っていいジブリールよりさらに背が低い少年。それもそのはず、十歳だった。何を食べるのかと言った声は高く、二十代の僕ならうるさいと言っていたことだろう。三十一の僕には、不快ではない。

「日本フライだね。ごま油で魚やエビ、野菜を揚げるんだ」

元少年兵たちがうへぇという顔になった。食文化の違いか、揚げ物はあまり人気がない。もっとも、基地で食べていた自称揚げ物は、僕でも出来れば遠慮したい食べ物だった。どんな技術で作ったのか、胸焼けしないのだけが売りの食べ物だ。

「高級食でおいしいと言う人が多いね」

僕が付け加えてそう言うと、元少年兵たちは目を輝かせた。彼らは驚きを目の光で表現する。元少女兵は被り物をしているのでよく分からない。

「でも、エビという生き物は、クモです」

十歳の彼は、そう言う。片言にしても、随分な簡略化した内容だった。

この元少年兵たちの故郷からはアラル海がほど近いはずだが、食材は入ってきていないのだろうかと考える。どうだろう。高いのかも知れない。

「随分種類は違うよ。見た目もね」

僕はそう言って笑った。十歳の彼は、恐縮した。

食前の運動

笑いながら、レストランのある四階、大きな窓のせいで明るい展望フロアについた。

直後に聞こえた、短い悲鳴。散開さんかいして身を伏せるのが僕の習い。見れば元少年兵と元少女兵が同じように行動している。僕にとっては頼もしい限りだが、まだ危機感がない日本人からは奇異きいの目で見られた。

何が起きたかを考えながら耳を澄ました。銃声はしない。悲鳴は続いている。刃物を持った誰かだなと僕はあたりをつけた。通り魔だと考える。

今頃騒ぎ出した日本人を見て間抜けだなと笑い返してやろうかと思ったが、実際には何も言わなかった。ジブリールたちが四個戦術単位Sを個々に編成して増強一個戦術単位Pの指揮を僕にゆだねたからだ。

「アラタ。指示を」

ジブリールは文字通り僕に運命を委ねた顔で言った。

委ねたからといってばちになったわけではない。あきらめたり受け入れたというわけでもない。ただ、自動的に命令を待っている。そんな顔。

僕は微笑ほほえんだ。まあ、食前のちょっとした運動でもやろうかと思う。

「無線や携帯はまだ装備していない。目視で連携をとる。以降戦術単位SごとにACDEとつける。SD、SE。付近のゴミ箱を当たれ。爆発物の確認。なければ缶を拾って投げつけられるように回収。一人二個。特に指示がなければ手榴弾しゅりゅうだんの得意なものが統一して投擲とうてきするものとする。急げ」

僕は回れ右して逃げる事も考えたがやめた。敵が僕なら入り口をまず押さえるからだ。敵の間抜けに期待するほどには、僕はまだ敵と分かり合っていない。そもそも敵がいるのかも分からないが。

「SC、指揮ジブリール。この場で待機。SD、SEが戻ってきたら指揮を取れ。SAの支援を頼む。自分で考えてやるんだ。いいね」

「はい」

ジブリールは小さくうなずいた。どこか誇らしげに、僕を見ている。僕はそれを無視した。彼女は時々、僕を過大評価している。

「よし。SAは僕とピクニックだ。レッツゴー。敵はB1と仮称する」

僕は壁際に沿って歩き出した。有事の際はどう言うわけか壁際に沿って走る人はあまりいない。それを利用した。

逃げ出す人が多数。悲鳴。人が次々と倒れている。刃渡り四十㎝ばかりのナイフを持った人物が走っている。逃げ遅れた人物を背中からさしているようだ。

「素人に見える」

僕はSAの少年に言った。少年は片目をつぶってナイフを持った人間を見ている。

「素人ですね。バックアップがない」

僕はもう帰りたくなった。脅威度はあまり高いとは言えない。

助けないのですか。

ジブリールの声が聞こえた気がした。僕は顔をしかめる。ジブリールは本当に天使だなと考えた。最近そばに居ないでも、時々僕に注意してくる。

一秒考える。まあ、教育上、見殺しも良くないかなと考えた。傭兵やっておいて教育も何もあったもんじゃないと思いはするが、この子たちにはより良い大人になって欲しい。

「一個前の曲がり角の右。イタリア料理店とラーメン屋の看板がある。それをもってきて武器とする。急げ」

二人の少年が駆けだした。

僕は壁を叩いた。軍事的には素人の犯罪者と目があった。

勢いよく叩き過ぎて、僕は手が痛いと考える。手をふって見せる。

敵、B1はナイフを持って近づいてきた。スキンヘッドの二十代後半か三十代前半。ようするに僕と同じくらい。偏見で申し訳ないが失業者かニートの男だなと僕は考えた。まあ、夏が暑かったからとかそういう程度の理由でどこかで見たような大量無差別殺害を考えたんだろう。傭兵になるのとどっちがましだったかは、僕には分からない。

僕は笑顔で下がった。少年たちも一緒に下がる。そのまま、相対したまま下がる。

何が気にくわないのか、相手は走り出してくる。

僕はあらあらと考えた。こっちは素手だが僕を抜いても四人いる。元少年兵たちは散開して囲む。突出しすぎた事に気付いたか、犯人はしきりに後ろを気にしながらナイフを振り回した。近寄らせないための戦術らしかった。稚拙ちせつとしかいいようがない。こんなのに怪我をさせられたのではたまらないなと僕は考えた。

「遅くなりました。支援に入ります」

後ろからの声が終わらぬ内に缶が投げつけられ始める。一斉だった。

囲んでいた元少年兵が巻き込まれるのを嫌がって離れる。

ジブリールが僕を守るように前に立った。

何かを叫んで、B1が僕の方へつっこんで来ようとして、転んだ。

缶を踏みつけていた。足下を良く見ないからこうなる。

直後に立看板を持った少年兵たちが首と右手を看板で押さえつけた。A班の一人が膝を勢いよく踏みつけて脚を折った。

このまま腕を折って拷問ごうもんのフルコースというのも少しは考えたが、僕はやめさせた。犯罪者に対する慈悲じひではない。教育上の見地けんちからだ。

「武器を押収。警官をまて」

空港職員と警官たちが一斉にやってくる。

そのまま逃げるのは難しそうだと僕は考える。子供たちの情操じょうそう教育の代価は取り調べということになるだろう。

異様だなと思ったのは、逃げていた野次馬などが携帯を取り出して僕たちを撮影し始めたことだ。彼らは狂っているなと、思う。僕はジブリールに負傷者の救護に入るように言った。