マージナル・オペレーション

第六章

芝村裕吏 Illustration/しずまよしのり

『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏が贈る、新たな戦いの叙事詩が今はじまるーー!

第6章 僕なりの戦争の終わらせ方

再就職

村に戻って僕は直ぐに族長と話をして、雇われる事にした。

罪滅ぼしとかそういうのではなく、これ以上の被害を減らすために働こうと思っていた。

オマルも、ついて来た。

僕が仕事に就けば君は戦わないでもいいかも知れない、掛け合ってみようかと言ったが、笑って断られた。

「アラタ、貴方は実際では銃も使った事が無いんだろう? 現場の実戦指揮官がいるはずだ」

そう言って取り合わなかった。オマルに深く感謝して、僕はいつか彼に本当の事を言いたいと思った。

早速部隊の編成を始める。

C班の人員を中核に戦術単位Sを作り直す。

基地キャンプ襲撃以降、勝手にというか職務放棄してこの村に帰って来ている少年兵、少女兵を集めて編成する。二個戦術単位S位にはなるだろう。

ジブリールを含めてこの子供達が棄てられたり売られたりすることが無いように、有用性を作る。村の防衛の役に立つ限りは、緊急事態につき子供達には手は出せないはずだと考えた。村にとっては廃品利用だから、簡単に乗って来るだろう。

オマルにそう打ち明けると、オマルは深く感動した面持ちで、確かに、それなら我々が戦う意味があると言った。

実際、すぐに許可が下りた。ジブリールの父が働きかけ、後ろ盾として後押しをしてくれた。

夜、部隊編成許可のお礼を兼ねた打ち合わせの後でジブリールの父は玄関まで僕を見送りながら言った。

「お前がジブリールを妻ではなく戦士にして使うというのは考えていなかった」

「戦士は途中結果です」

僕がそう言うと、ジブリールの父は何を思ったか、にやりと笑って肩を叩いた。

「まあ、勇者の妻は勇士でなければならんだろうな」

僕は微笑むだけで何も答えなかった。今は言わせるだけ言わせておけとそう思った。

そのまま、オマルの所へ走った。今僕とオマルは同じ家で生活をしている。

「オマル、許可が出た」

オマルはにやりと笑って僕の肩を叩いた。この仕草は万国共通のようだった。

「プランを聞いた時はいいアイデアだがうまくいくかと、思っていた。良く許可が出たな。やはり貴方は凄い」

僕は苦笑する。オマルは時々、僕を褒めすぎる。

「簡単だよ。彼らは僕の実力を過大評価している。具体的には僕の指揮官としての能力を高く評価している」

「実際高いと思うが。それで?」

「当然僕を使うには指揮をさせるのが一番だ。だが、外人の僕が村人に指示を出すとなると、いい顔をしない奴もいるだろう」

少し考えて、オマルは頷いた。

「まあ、この村なら、そうだな。当然だな」

僕も頷いた。口を開く。

「だから別部隊を作って僕にその指揮をさせればいいと説得したんだ」

「マジックだな。アラタ、貴方は手の無い種族にピアノが売れる」

「悪い奴なのは認める」

「今のは中国の古い褒め言葉だ」

「そりゃどうも」

僕とオマルは音もなく笑いあった。

どうあれ、取りあえず子供達が離散する事は防いだ。

まずはこれが第一歩だ。次はその子供達が銃撃戦で死ぬような事を阻止しないといけない。

一歩一歩這い上がる様に、いい結果を奪いとってやる。

弾と人命

翌日から、早速人と弾薬を集め始めた。

弾薬の多さは、どうかすると盾になる建物や塹壕ざんごうよりはるかに、子供を守る。

弾を撃たれると当たったらたまらないので、兵士は頭を下げる。頭を下げた状態で、つまり隠れながら撃ち返しても、命中はとてもおぼつかない。敵味方は普通、頭を下げあって互いに撃ち合う。この間はまず被害が出ない。五千発の銃弾で一人も死なないというのが、今の戦争の常識だ。

被害が出るのは敵が頭を下げない状態になった時。即ちこっちの弾切れや、隠れて敵が回り込んで来た時だ。

そういう意味で銃弾の備蓄と確保は、どうかすると塹壕や遮蔽物より子供を守る。僕はだから、銃弾の確保に全力をあげた。

この点については妥協のしようがない。弾が少ないとバンザイアタック、つまり無謀な突撃以外手がなくなる。

僕とオマルの家の近くに臨時の弾薬集積所を作ってもらい、方々から弾を集め始める。集めた弾薬のほとんどは中国製だった。話によるとこのあたりまで、中国のビジネスマンは足を延ばしていると言う。僕は中国の勢力が伸張している様と、世界の工場を自称するのが噓でない事を、思い知った気がした。

ともあれ、弾が集まるのはありがたい。それでも僕が目指す水準には至っておらず、オマルに頼み込み、訓練中は実弾発射をなるべく減らす様にしてもらった。弾が多ければ、人死には確実に減らせる。

弾薬集積所の床と天井が見えない位弾が欲しい。僕が腕を組んで考えていると、声がかけられた。

「アラタ、弾薬はここに集めるのですか?」

そう言って近づいて来る、再び銃を持ったジブリールを見て僕は目をそらしそうになったが、耐えた。ジブリールは両手で弾薬箱を一つ持っている。

もうここからは、誰かに騙されたという事も出来ない。目をそらすのも見なかったこともなしだ。ここから先はオマルとジブリール、僕の話。

今から僕は騙される側ではなく、騙す側。悪い奴から正真正銘の極悪人へランクアップだ。そう自分に言い聞かせた。

「ジブリール」

「はい」

「巻き込んでごめん」

「いえ、みんな感謝しています。我々はばらばらになる事も、売られる事もありませんでした。大丈夫です。私たちは大人に負けません」

ジブリールは、そう言って微笑んだ。

「苦労かける」

「大丈夫です。アラタ。私は貴方を支えます」

笑顔でそう言われて、僕は自分の判断が正しいかどうか迷いかけたが、貫こうと考えた。

地図作り

準備、続く。

敵がどのタイミングで二回目の報復攻撃を始めるかはわからないが、いずれ遠くもないだろうと考える。今になって、捕虜生活の怠惰な時間がとても無駄に、惜しく思えてきた。あんなに楽しんでいたのに、僕は勝手な人間だ。

敵は第一の報復として空爆をして来たのだが、谷底にあるこの村には被害を与えきれないでいる。空爆の次は陸戦だろう。敵が空爆だけであきらめてくれるとは、到底思えない。常識的にいって内部からの裏切りも演じたのだから、見せしめとして虐殺されてもおかしくはない。

実際の訓練はオマルが行い、僕は戦術地図を作り直す事にした。

僕の頭の中には地図が入っているが、みんなはそうではない。指示を出すためにも地図はどうしても欲しい。

この付近の地図は村の人々も持っておらず、僕が見ていた地図は衛星か航空撮影の結果だろうと考えた。Googleマップ。おそらくあれと同じ様に軍事用地図は作られているはずだ。

日本ならGoogleマップを近くのネカフェで印刷して軍用地図代わりにも出来そうなものだったが、あいにくこの国では山はあってもネカフェはない。そもそも人口が少ないエリアはGoogleマップは解像度が低い状態で提供されるから、結局は使えないだろう。僕はそう思って、自分を慰めた。

残念ながら僕には測量知識がない。それで地図作りは破綻はたんしかけたが、この村の出身者に、中央の大学で測量の技術を身につけた者がいるという話をききつけて、縁故のつてで駆けつけてもらう事になった。

主要な山道は米軍や我が社が抑えてしまっている。それで、最短ルートながら険しいゆえに誰も通らない道を選び、谷を越え、山を踏破とうはする形で使者を出した。

C班の一人の男の子が、自分の叔父だというムジャラフという人物は、五日もしない内にやって来た。口ひげも立派な、この村の人々よりは随分近代的な教育を受けているであろう彼は、僕の話を聞くと顔をしかめたが最終的には同意してくれた。村の損害を減らしたいという点では、まったく彼も同意見のようだった。

彼は旧ソ連軍の残した地図を大量にコピーして持って来ていた。

今から測量では無理だと思って、大学からかき集めて来たらしい。僕は地図というものはもっと簡単にできるものだと思っていたと、自分の不明を恥じつつ、コピー機も無いので、この機転に感謝した。

作成は一九六〇年代と、少し古すぎやしないかと思ったが、それでもこれが最新らしい。僕は我が社やアメリカ軍の情報装備との差を思って慄然としたが、足りない所は僕の記憶で補う事にして、良しとした。文句を言っていても始まらない。

族長との話し合い

族長やジブリールの父の所へ足繁あししげく通って、打ち合わせをする。

僕の業界の用語ではOOマネージャーである立場の族長が、最後の一兵まで戦うとか言って、無意味なバンザイアタックを繰り返すようでは子供達を守れないし、村人が大勢死ぬ。

戦うなら何のために、どこで戦い、戦った結果どんな譲歩を引き出すかを考えるべきだと僕は毎日説得を行った。

戦争とは、意見の違いで起き、戦争を終わらせようという意見の一致で終わる。

今回の場合、民族自治区であるこの地域を横切る形で輸送路が設定されたのが意見の違いの大本おおもとだ。この国の政府はアメリカにいい顔をしようとし、この地域との十分な話し合いも無く、強行した。強行の結果が武力衝突、軍事活動だ。

だが軍事というものは限界が低い。いつ迄も勝つ事は出来ないし、いつ迄も戦い続ける事も出来ない。僕はそう主張した。意見の一致が必要だ。出来れば早期で。

族長は腹を立てたが、ジブリールの父は面白そうに頷いた。

「では、どうするのだ」

ジブリールの父は言う。僕は彼を見て口を開いた。

先ずは戦闘を行うかどうかです。行うならどのタイミングで開始するかです。そしてどう終わらせるか、想定しておくことです。

敵である政府軍やアメリカ軍であろうと、いつまでも戦えるわけがない。僕はそう主張した。いつまでもここにこだわっても居られないだろうと。会社が請け負っている戦争や紛争だけで両手両足の指では足りない。アメリカ軍なら、もっと忙しいはずだ。

「敵の戦争の終わらせ方まで心配してやるのか」

ジブリールの父は手を叩きそうな顔でそう言った。

「我々が被害を最小限にするためなら、そうです」

僕はそう答えた。

しばしの沈黙。

うめく様に族長が口を開いた。

「最初から降参するのと何が違うんだ」

「降参した方が被害は大きいと思います。敵に必要なのは見せしめです。降参したからといってその事情は何一つ変わりません。彼らは、敵は見せしめと彼らなりの親切を、車輪の両輪として我々に当たっています。好意的ならまあ、彼らなりの親切をほどこし、敵対的なら虐殺だってやる」

ジブリールの父が苦笑して言う。

「気狂いだな」

「どうでしょう。この村も兵士を差し出しつつ、刺すタイミングを計っていたわけで、我々と同じ様に、向こうも複雑なだけだと思います」

ジブリールの父は僕を見て笑っている。ランソンを思わせる、出来の良い息子を見るような顔だった。

「勇気だけの勇者ではないという奴だな。本当にこの地に暁でも呼ぶか」

「なんの事です?」

ジブリールの父は僕の質問には答えず、口を開いた。

「戦争の始め方や終わらせ方に、案はあるのか」

「あります。聞いてください」

僕はそう答えた。

物干し場での握手

僕は会社にいた頃のように、兵をパトロールさせる事にした。

もっとも規模が小さいので、班単位だ。戦闘は厳禁、走って逃げる事と厳命した。武器も持たせない。どうせ勝てないなら軽いほうがいい。

無関係を装う非武装な人間を撃ってくるようなら、この地の治安や戦況はこれまで以上に泥沼化する。住民感情が極度に悪化するためだ。僕は敵の良心ではなく、良識や常識を当てにした。

「まったく、どんどん自分がいやしくなるな。いくら戦力がないからといって、敵の常識にまでつけ込むというのは全くいただけない」

僕が戦闘を前にネクタイと上着を洗濯して干しながらそう言うと、銃をみがくオマルが、笑った。

僕がオマルを睨むと、オマルは僕を真面目そうに見ていた。

「軍事的才能って奴は、軍事でないと発揮されない」

「それが?」

オマルは銃を膝の上において僕に告げた。

「貴方はずっと平和の中にいた。だからその才能は、ずっと眠っていた様に思う」

「ずっと眠らせておけと、今思ったよ」

「だが目覚めたおかげで、子供達の被害は減る」

「子供達に銃を持たせてね」

僕は発作的にそう言い返した後、頭を濡れた手で冷やして口を開いた。

「ごめん。オマル。ナーバスになっている。君には感謝している。すごく」

笑うオマル。

「俺たちは友人だろう」

「ありがとう。その言葉がなければ、今までやって来れなかった」

僕はそう答えた。

それで、どちらともなく二人で握手した。

僕は深呼吸して口を開く。言うとしたら、今しかないとそう思った。

「オマル。僕が新人研修を受けていた時、あの廃村とまったく同じような状況に出くわした事がある。あれは、僕がやったのかもしれない。訓練キャンプで別の国だから、実際どうかは確かめようがないが」

「だろうな。豪胆な貴方が、あの時だけは変だった」

オマルの返事は思ったより平静だった。目元に至っては、優しそうだった。僕は泣きそうになった。

「僕は豪胆じゃない。間抜けなだけだ」

「同じ事だ。人の価値は自分が決めるんじゃない。周囲が決めるんだ」

オマルは言った。

「俺は貴方の友人である事を誇りに思っている。それが周囲の評価だ」

前哨戦

子供達が作る哨戒網しょうかいもうに敵がひっかかり始めたのは、基地キャンプの襲撃からきっかり一月経った日の事だった。

哨戒網は外側にいくに従って薄くなり、最外縁近くでは道沿いに限って張っている。一番遠い哨戒線は四十kmの位置にある。

そこに、反応があった。長い車列を作って、トラックと装甲車が進んでいるという。山道だ。平均時速は十五km以下に落ちているようだ。

僕は無線でその報告を受けると、哨戒網を畳む事にした。

最小限の人員だけを敵に張り付かせ子供達を村まで撤退させる。彼らを今度は戦士として使う。

村に連絡する。

今日のこの日までに、夜の間に少しずつ、村の人々は遺跡の方へ避難させている。

夕方にかけて、続々戻ってくる子供達。

僕はリュック一杯に弾を入れてやりながら、無駄遣いしていいよと子供達に言った。そして各配置に送り出した。

子供達と一緒に移動を開始するオマルが大丈夫さ、と言った。なんの根拠も無かったが、僕は微笑む事にした。現状に微笑んだのではなく、オマルに微笑んだ。

僕自身は村に残り、鼻歌を歌いながら子供部屋の一つの壁に地図をたくさん貼っていった。相棒は無線二つ。傍受ぼうじゅやジャミングが無い事を祈ろう。もっともそんな凄い電子兵器などは、オマルの話でしか聞いた事がない。今日は出会いたくない気分だった。僕の仕事の半分がなくなってしまう。

窓から見ればオマルがドンキー、壊れたロボットではなく、村からもらった本物のほうつまりロバを中心にして子供達と移動を開始している。

それはさながら黒人の陽気なお兄さんに先導されて子供達がピクニックに行くようで、僕は苦笑した。

僕は干していたネクタイと上着を取り込むために玄関から外に出た。

玄関の下、四段の階段を下りたところにジブリールが膝を抱えて座っており、僕は洗濯物を取り込むから手伝ってと言った。

はいと言って慌てて立ち上がり、ついてくるジブリール。

僕は偉い偉いと頭を撫でたくなったが、我慢した。自分が子供だった時代はそうされて憤慨したものだったからだ。

日差しが強かったせいか。きっちり乾いているのは気分がいい。

僕がネクタイを締めているとジブリールがちょっと近すぎる距離で僕を見ている。具体的に言うと手が届きそうな距離で、ジブリールは僕を見ていた。

「ネクタイを締めるのが珍しいかい」

「すみません」

照れて恐縮するジブリール。

「今、貴方の背に翼が見えました。イヌワシの立派な翼です」

「なんだいそりゃ」

僕は笑った。イヌワシが可愛い顔をしているのかおっかない顔をしているのかも分からない。あるいはジブリールの部族の伝説なのかもしれない。

「そう言えば、僕にイヌワシと良く言うね」

「強く空を飛ぶ生き物です。暁を連れて来ます」

ともすればネガティブな事を言いそうになる自分を黙らせ、上着の袖に腕を通し、ジブリールに背を見せて肩の部分がきちんと伸びているかいと尋ねた。ジブリールは随分控えめに僕の上着の背を引っ張り、大丈夫ですと言った。

僕はジブリールを見ないで言った。

「この戦いが終わったら、日本に戻ろうと思う」

僕は不意に顔を赤くした。今ここの段に至って、ソフィがそういうつもりで日本について行っていいか聞いていた事に気づいた。思い至った。

ジブリールは、悲しそうに被り物を両手でずらして顔を隠した。

僕はそりゃ引っ叩かれるなと軽く当時の自分の鈍感さに絶望しつつも、ジブリールの様子に気づいて微笑んだ。

「ああいや、実は日本で民間軍事会社でも興そうと思ってね。オマルの言うには、僕には軍事的才能ってやつがあるらしい」

ジブリールは何も意味ある音声になる事は言えず、何度も頷いた。

「オマルはついて来てくれるらしい。僕もみんながついて来てくれると嬉しい。まあ、とりあえずは日本に渡る文字通りの軍資金を稼がないといけないんだけどね」

ジブリールが被り物の位置を戻した。僕を見る。涙目だった。

「その、いやらしい意味でとってくれないと嬉しいんだが。来ないか」

「それでもいいです。いきます」

肝心な処で英文を間違えたかなと僕は思いながら、僕は頷いた。いやらしい意味でどうだいとか取られていたらどうしよう。

それはともかく涙目からちょっと笑顔になった事に打たれ、我慢出来ずに僕はジブリールの頭をなでた。大人というのは、どうにも我慢出来ないで頭を撫でるのだなと、そう思った。

まあ、誤解は後で解くにして、まずは仕事をしよう。

ソフィが理想論をいえるのは、そういう気候風土の国にいるからだと、僕は考えていた。だったらジブリールや、棄てられる子供達を、そこまで連れて行けばいい。ソフィみたいになればいいというか、自分で自分の道を決められる様にしてあげたい。

戦闘の開始

僕は子供部屋で無線を片手に壁の地図を眺めていた。

「こちらオマル。配置についた」

「OKオマル。落ち着いていこう」

「問題ない。慣れたもんだ」

「OK、レッツゴー」

僕は無線の送話ボタンから手を離して地図を眺めた。

声を聞きながら想像する。

村まで二十kmというあたりで、敵は行軍を停止。

道にばら撒かれた地雷に気づいたからだ。被害は一輛と、大量の交通渋滞らしい。

交通渋滞で車間距離がぐっと縮まる。

そこで、上と下から、ロケットによる射撃が開始される。

BINGOと言うオマルの声。派手にトラックが爆発炎上したらしい。

敵襲となった時点で兵士はトラックから飛び降りているだろうが、そのせいもあってなおのこと山道上は大混乱だろう。

そこに機関銃の弾がばら撒かれる。

そんなことはきちんと前後左右を歩兵で押さえて哨戒していれば、防げたのだろうが、村から離れたこの距離で仕掛けられるとは、思っていなかったろう。

そもそも山道だ。展開幅が狭いので歩兵を左右に散らせて哨戒しながら前進すると時速は三km位に落ちてしまう。敵の脅威下近くに入るまでは、ぎりぎり乗車して移動すると僕は踏んでいた。

新人教育中でやられた嫌なことを僕はここでやり返した。目的地までまだ距離がある、大丈夫と思っているとこうなる。

それでも基地キャンプがあってパトロールが頻繁に行われていれば良かったのだろうが、あいにく、この辺りは僕のいた基地キャンプの管轄だ。

A班の子供達の報告。機関銃で敵兵に損害が出ている。

僕は報告を聞きながら想像する。

軍事的には機関銃は通常、相手に被害を与えられない。

相手に頭を下げさせるのが目的の兵器だからだ。それが相手に損害を出しているという事は、敵は隠れる事も十分に出来ていない事を示している。

「銃身が焼けてもいい。弾を使い切ってもいいので撃ちまくってください」

今が稼ぎ時というやつだ。まあ、十分位かな。

後方側のまだ無事な車列から降りた兵が迂回を開始しているというD班の報告。僕は対応した攻撃開始を指示。

D班は射撃開始。迂回部隊は足止めを食らう。あの班には腕利きを集めて狙撃班としている。訓練された歩兵にとっては弾がばらまかれる機関銃よりも、よく当たる狙撃の方が怖い。だから足も良く止まる。損害を許容し、強行して迂回する根性を見せれば、見せる訳がない。敵は最近の狙撃銃が連射式であるという事実をよく知っている。部隊は簡単に全滅しうる。

予想通り、報告によれば敵の動きはとまった。敵には良識がある事を、僕は喜んだ。これで敵味方の被害は最小限になるだろう。戦争が荒っぽい対話の一手段であるのなら、今回の敵は話の分かる奴だ。仲良くやりたい。

足止めに成功したとはいえ、敵は絶対数に勝る。別の迂回を開始させられたらそれでおしまい。最終的には包み込まれて終わる。

十分。敵は混乱から立ちなおりはじめようというところだろう。

僕は戦闘終了を宣言、各部隊を撤退させる。被害が出ないうちに逃げる。

機関銃は打ちっぱなしのまま放棄させた。扇風機のように自動で首を振る機能はないので敵はこっちの意図に気づいてしまうかも知れないが、まあそれはそれでいいと、僕は考える。

もう機関銃は使わないので、全部放棄。ロケットもうち尽くすように指示している。なんならロバも離していいと、伝えてある。

身軽になった子供達は山に紛れて撤退。山の雄大な事に比べて人の小さな事よ。だが人間が小さい事にも、軍事的意味はある。見つかりにくい。

敵には戦闘の続きがあるから、装備を放棄するような事はしないだろう。その分味方は相対的に身軽な状態で逃げられる。山ではこの差が、とても大きい。

僕は敵が時速四kmとしてまあ、三、四時間は余裕があるなと考えた。

とりあえずは小便に行こう。子供達の前で漏らしたくはない。

長い回想の終わり

敵は順調に村に近づいてくる。

村に至る道には戦術単位を置いて居ないので当然だ。そうでなくては困る。

村の大人達は村の防衛を放棄させて、敵の背後に回って貰っている。

後はお好きな様に。攻撃してもいいし、しないでもいいとは伝えてある。ただ、捕虜は出さない様に厳命してある。捕虜になる位なら、村の将来のため、死んで貰った方がいいと伝えた。

これだけ言って攻撃するようなら、僕では面倒見切れない。

僕自身、予定到達時刻の二時間前には食事まで終わらせて、余裕でジブリールと一緒に移動を開始している。村を出て、棚田の様なものを見上げた。

微笑む。感傷で戦争はやっていられない。だから、背を向けた。氾濫の様には今でも少し、興味があったけど。

そして、村から随分離れたところに配置をとった。

村を守らないように配置された、敵の進撃予想地点の逆の場所に作った塹壕だった。交通路もあれば予備塹壕もあり、偽塹壕まで揃っている。機関銃座も三つあるオマルの自信作、中々の本格陣地だった。それが村を見下ろす場所に作ってある。

そこには、一個戦術単位Sが準備をしている。この戦術単位は、僕自身が指揮をとる。難しい事はやらないので、僕でも大丈夫というわけだ。

敵は谷の入り口でストップした。村まで二kmもない。

僕が気楽に構えていると、不意に拡声器の物らしい声が聞こえて、のけぞった。

なさい」

女の声だった。しかも英語だ。聞き覚えのある。エルフの英語。

「繰り返し、警告します。捕虜を、アラタを解放しなさい。死んでいるなら遺体を引き渡して。それが出来ないなら、村を攻撃します」

ジブリールが目を大きく開いて僕を見ている。

僕は頭が痛くなった。ソフィ。どうして君はやることなす事外れているんだ。

知らずと苦笑が出る。あの声を聞くと、戦争する気分がえる。いや、最初から戦争に対して誠実であろうと思った事はないが。

おそらく志願して政府軍のOOをやってるな。僕はソフィとその背景を想像する。仕事をやめてきたか、あるいは会社も嚙んでるか。

後者だな。と僕は思う。企業的な実績として、報復は必要な所だろう。でも戦力や請負人に被害は出したくないので、OOを貸し出すと。

放送に耳を傾ける。ソフィが今までにない真剣で悲痛な声で、僕の死体ボディを返せと言っている。

気づけば袖を握られていた。ジブリールだった。小さく頭を振っている。

「悪魔の所にいってはだめです。アラタ」

「悪魔じゃないよ。ジンみたいなものさ」

「悪いジンです」

頭が悪いジン。いや、間の悪いジン。はてまた勘の悪いジン。どれでもいいがイビルって意味の悪いじゃないなと、僕は思って苦笑した。

ジブリールは一瞬が永遠の様な仕草で、息を止めて僕を見ている。

「大丈夫、いきゃしないよ」

被り物を被ったまま、手の甲で涙を拭くジブリール。

「よかった。本当に良かった」

「しかし参ったな」

さすがに僕は無事だよ。敵に回ってるけど、などと連絡することも出来ない。戦争に誠実であろうと思った事はないが、ここで名乗り出ると計画が無に帰してしまう。

少し考える。ソフィにはものすごく悪いが、ここは黙ってやるしかない。

実際、ものすごく悪い事をしている気分になる。ああもう、これだからソフィは。

参った。ソフィとはあらゆるところで嚙み合わない関係だったが、友情めいた感情は僕の中にもあった。

とはいえ、しかし。僕が会社に戻ると村の将来も、この子達の将来もくらいものになってしまう。今後の計画が崩壊する。

結局、まだ心配そうなジブリールの顔を見て、僕は腹を据えた。子供達と女の子なら、子供達を選ぶのが三十歳の筋だろう。もっとも、女の子とか言っているがソフィと恋人になるというのは想像もつかないというか、震え上がる想像だが。付き合いだしたら紙ヤスリで精神を削られ殺害されるまでそれが続くような毎日が続くに違いない。

泣きそうなジブリールの頭に手を置く。ここは三十歳の演技力の見せ所だろう。三十で良かったと、僕は思う。十代の純真な自分、二十代の状況に流される自分では、今この時は切り抜けられないに違いない。

「作戦は続行だ。プラン通りに」

僕は威厳をこめてそう言った。僕を見て凍っていた子供達が動きだし、配置につく。

ソフィの我慢が切れたのは、それから十分後だった。

砲撃。ひゅるひゅるという間延びした音。村はずれ、随分離れた場所で爆発している。

会社にいた頃は一度も見た事がないが、これが迫撃砲というものらしい。

簡易な砲という事で、発明からこちら、今でも多用されているらしい。そういえば日本でも昔、どこかの過激派が皇居に向かって撃ったとか撃たなかったとかいう話を聞いた。

その迫撃砲が、どんどん放たれている。盛大に、と表現してもいい。この盛大なひゅるひゅるは紙鉄砲に並ぶ戦場の音楽みたいなもので、僕はこれだけ撃てばそのうち村にも命中しはじめるなと考えた。

あるいは古代も、こういう間抜けな戦争音楽を聞きながら殺し合いでもしていたんだろうか。まあ、今となってはどうでもいい。考え事は後。もしくは前だ。

僕は耳あてをつけて、自分なりに威厳を込めて言った。

「戦争を終わらせる方法については何度も考えた。今のところはうまくいっている。最後までうまくいくように、落ち着いていこう」

周囲の少年少女がそれぞれの表情でうなずく。この瞳だけは、裏切りたくはない。

似合いもしない威厳を込めようとしたのは、まったくもってそのためだけだった。僕は、フォーメーションを指示しながら、ちょっと前を思う。

まだTOKYOで、何も持ち合わせていなかった、あの頃を。

僕は微笑んだ。過去は失敗ばっかりで、今もいいとは到底言えない。

だがそれだけでは終わってはいられない。

「一つの戦争が終わっても次がある。合流場所だけは、きちんと把握しておく事」

僕はそう言って手を振った。開始の合図。

砲撃がついに村の建物に命中しはじめた。火災も起きているし、吹っ飛んでもいる。もう十分だという程度には色んなものが吹き飛んでいるように見えたが、ひどい目にあった反動か、あるいは弾に余裕があるのが、入念に砲撃が繰り返されていた。

家屋破壊弾という奴だなと、僕は見ながら考えた。

家屋を破壊するのは意味がある。普通は村に籠って籠城戦、建物一つを巡って銃撃戦が延々と繰り返されるだろうから、その手間を省くのは重要だろう。建物が重要でなければ、壊せばいいと思うのが我々の業種の考え方だ。

村に装甲車が突入してくるのが見える。装甲車の砲塔が動いて発砲している。カーテンの一つでも揺れているのを誤認したか。

村には一人もいないのになと、僕は思って微笑んだ。家を壊されて子供達はいい顔をしてないが、僕は言った。

「人が死んでいないならそれでいい」

僕はどうやら物という物について冷淡な性質らしい。変える気はないが。

村を壊してもらうのは戦争を終わらせるための重要な儀式だ。僕はその模様をのんびり眺めた。

後続が続々到着。装甲車から歩兵が降りる。

左右を見渡している。さあ。今だ。

僕は手を振った。村を見下ろす様に、一斉射撃が開始される。

家が燃え、煙を出しているせいで視界が悪く、命中などおぼつかないが、まあ敵の死体を見たい訳でもないのでいいかなと僕は思った。ソフィのスコアを下げるのも可哀想だ。

予想外の場所からの攻撃にこの日二度目の大混乱が起きている。

こちらの位置を把握しても装甲車の砲はこの角度を撃てるほど仰角ぎょうかくを取れないし、棚田を上がって来ようとすると上から一方的に狙い撃たれるという展開だ。敵が次にやるのは迫撃砲の狙いを変更だろう。

十分まつ。迫撃砲が着弾を開始する。弾はまだ西に流れている。東からの風が、今日も強い。航空爆弾もそれで西に流れていた。

迫撃砲の着弾と爆発で、さらに煙があがる。この煙をスクリーン、すなわち盾にして敵は上がってくるんだろう。

まあ、僕たちもこの煙を待ってはいたんだが。

ソフィが最初に村の退路を立つ様に動いてくるような僕の様な奴じゃなくて本当に良かった。

僕はそう思いながら、煙に紛れて撤退を指示した。

完全撤退だ。武器はこの際、全部捨てていい。

人的被害を最小にしつつ、敵に政治的な勝ちを譲る。それが、僕の考えたプラン、戦争の終わらせ方だった。

戦争が政治的な目的を達成する一手段であるのなら、敵は政治的な目的を達成出来れば戦争を続ける意味を失う。そう考えたのだった。具体的には敵はある程度の損害を受けつつ、拠点である村を破壊し、大量の武器弾薬を押収、敵の敵である我々を撤退させる事で、良しとするだろう。それで十分。上に説明する政治的な戦果をあげた事になる。

この際敵が我々を何人殺したとか、民間人をどれだけ殺害したとかは、どうでもいい。後者に至っては居ようと居まいと上には報告されない。ゼロでも構わないわけだ。

僕はソフィの後ろでふんぞり返って居るであろう敵の指揮官の立場を考える。敵がある程度の損害を受けている以上、指揮官は保身の必要から激戦の末、敵の本拠地である村を破壊したという事実を最大限主張するだろう。それでいい。向こうは勝つまで戦争をする気だろうが、勝った後まで戦争をする程暇ではないはずだ。

敵としてもここは地図上、単なる通過点にしか過ぎない、この地の泥沼化は避けて通りたいだろう。村の攻略を済ませたら、さっさとこの忌まわしい土地から離れるに違いない。

一方で村の人々にしても、村は壊されたが人的被害があるでなし、敵には相応の痛撃を与えたという事実がある。村は村で、勝利を主張できるわけだ。それで、双方が嚙み合わない勝利を宣言して戦争終了。この辺が落とし所だ、それ目指して頑張ろうというのが僕のプランだった。

後はそれぞれの担当者が、現実的に判断する事に期待する。

僕はそう、総括した。この先までは心配はしてやらない。

以後僕は僕と僕の周りの心配だけをする。そう決めている。

僕は地図を一枚、陣地に残しておくことにした。裏に英語で、ソフィ、元気でと、書いた。

気づかれないかも知れないし、気づいたところで余計に悲しませるだけかも知れないが、何もしないよりはマシだと、思った。

僕は塹壕を繫ぐ交通壕を中かがみで歩きながら、ネクタイのまがりを直した。演技の微笑みを作る。控え目に手を差し出すジブリールがまっている。その手を取って煙にまぎれて脱出。弁当だけ持った子供達と、ちょっとした遠足を開始する。

いつかはそう本当に、日本の野山で、この子達を連れてロバもつけて、僕は心の底から本気で遠足をしようと考えている。

今日はそれの、予行演習のつもりだった。

日本へ戻る

飛行機から見る日本の姿は相変わらずで、僕はそれが、どうにも不思議だった。いや、変わらないのが日本という国なのかも知れないが。

後ろの席を見る。二十四人の子供たちはちゃんといる。

これらの子供たちは観光ビザでの入国だ。

一部は緊張し、一部は銃がなくて落ち着かなそうで、一部は前後不覚に眠りこけて、一部は僕を見ている。 見ているのはジブリールだ。

まあ、みんな不安なのかも知れない。飛行機に乗った経験が、子供たちにはない。日本と言えば話の中で出てくるアニメの国だ。

もうすぐ着陸だ。僕は微笑んで前を見た。

着陸する。ようこそ日本へと日本語が書いてある。

成田空港という奴は、日本の玄関の割に羽田空港よりしょぼい。

僕は羽田空港こそを見せたかったなと、益体もない事を考えている。

「思ったよりおとなしいだろう」

僕がスーツケースを引きながらそう言うと、被り物をした少女は、目がくらみそうですと言った。

「そうかな」

「はい」

僕は微笑む。まあ、立派な空港を見せたいとか、まるで幼児のやりようだ。もっと大人にならないといけない。でなければ、ジブリールなどが急いで大人にならないといけなくなる。

「先行しているオマルは?」

「テンプラというものを食べるそうです」

「なるほど。我々も食べるとしようか」

ジブリールは、はいと言って僕について来た。

そして空港を行き来する、顔を露出させて歩く周囲の女性を見た後、恥ずかしくありませんかと小走りに駆け寄って僕に尋ねた。

僕は少し考える。苦笑する。

「本当の事を言うとちょっと恥ずかしい。長く日本から離れすぎていたな」

僕はそう言うと、日本への帰還ではなく、日本への進出を開始した。

竹島だなんだとこの国には潜在需要はたくさんある。ネットにはこれらの問題に対する武力行使に、カンパをしてもいいと思うような潜在顧客もたくさんいる。日本への進出は、きっとうまくいくだろう。

マージナル・オペレーション01 了