マージナル・オペレーション

第五章

芝村裕吏 Illustration/しずまよしのり

『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏が贈る、新たな戦いの叙事詩が今はじまるーー!

第5章 虜囚の生活

ナイル川

祭りの翌日と翌々日には空爆があった。

もっとも、僕は飛行機の飛翔音ひしょうおんを聞いただけで、実際の現場は見ていない。僕は室内にいて、具体的にいえば軟禁なんきん状態だった。

幸いなことに村には直撃弾は一つもなく、ジブリールが言うには、爆弾はおりからのこの季節特有の風に流されて谷の外、西側に落ちたという。不発弾があるといけないので、その辺りには立ち入りが禁止されたということだ。

この村は谷の底にあるので、上手く爆弾を落とすのは大変なのだろうと僕は見当をつけた。逆にいえば、この村以外は大変だったろう。

当面の軍事的な報復ほうふくはそれで終わりだった。僕は職業的興味から何処が爆弾を落としたのか気になったが、気になっただけで終わった。

それから、さらに十日経つ。

軟禁は緩められ、村の中なら割と自由に動き回れるようになった。

お目付けとしてジブリールがついてくるが、被り物をしているとはいえ見目もかわいい女の子、気楽なものだ。

僕は会社を辞める気満々だったので、正直にいえばこの待遇には不満が無かった。

人を害しないでいい立場というのは、王侯おうこうに同じだと思う。それはとても幸せで、それだけで満ち足りた物だ。

この気持ちと比較すれば、年収六百万円は安いな。と僕は考えた。

割に合わない、仕事だった。

続いて日本に帰ったら何をしようかとも考えた。まあ、職を探すのが最初だろうが、その次だ。

心残りはソフィやランソンだが、僕は彼女達が極高い確率で逃げ延びる事が出来ていると思っている。方向的にもルート的にも悪くは無かった。

これはもう、単純に偶然なのだが、僕はこの村に避難させるのではなく、最寄りの基地キャンプに誘導していた。元はこの村が標的にならないようにした配慮のつもりだったが、期せずして大正解になったわけだ。

それで僕は、結構満足して村にいる。

谷底の村は、実際には谷底の左右の村といえるような構造になっている。本当の意味の谷底は小石や岩が転がる荒れ地で、建物自体は左右に分かれて建っていた。

元は片側だけに建物があったところ、ソ連崩壊後に人口が増え始め、拡張したのだという。

谷底に建物を建てないのは、元々ここが川だったからというのもあるだろうが、別のこともあるのかもしれない。

棚田の様な畑を登り降りして、麦の様子を見る。穂に触れるとちょっといい気分になる。

食料事情が良い上に、ある程度の自由もあるので、僕は日々運動をする事にしている。棚田の見回りはその一つで、一番上に行くと息が切れる程度にはいい運動になった。

ここだけ仕事の時の習慣が残っているが、僕はそれをよしとした。健康にいいのはいい事だ。

僕が登っているとジブリールが追いかけてくる。彼女が監視としてどの程度有用なのかは分からないが、熱心なのは確かだった。少し髪を伸ばし始めたかなとも思ったが、被り物もあってよく判らない感じだ。

僕と同じく村を見下ろしながら、ジブリールは口を開いた。

「ここが好きなのですね」

「好きだね」

「日本に似ているからですか」

「それも少しある」

僕は微笑んだ。実際棚田に行った事がないとは、言えなかった。

だから関係のない事を言った。

「バカと煙は高いところが好きだっていうよ」

「アラタは煙ではないと思います」

「まあ、バカのほうだよね」

僕がそう言うと、なぜかジブリールは僕を睨んだ。

「それは思いつきもしませんでした」

そう言う。

僕は思わず微笑んだ。彼女が僕をバカにしていないのは良くわかる。過大評価だとは思うが。それで、バカの方は最初から無視していたに違いない。

僕が笑うとジブリールの目が伏せられるのに気づいたが、何も言えなかった。

「毎年、川が現れる頃になると、この畑は土砂で押し流されます。すごい眺めです」

ジブリールは村を見ながら言った。彼女が小さい時から見た光景。

「石組みはさておき、また耕すのは大変そうだね」

僕がそう言うと、ジブリールは被り物の下で微笑んだ。

「でも、お陰で毎年耕作出来ていると、族長はいいます」

「麦は連作障害れんさくしょうがいがあるからね。そうか、ナイルと同じか」

僕は歴史の授業を思い出した。なんだ、高校も役に立つな。

「アラタはナイル川を知っているんですか。私は伝説で聞いたことがあります」

驚くジブリール。僕は慌てて打ち消した。

「僕も話だけだよ。学校で習ったんだ。そう、ヘロドトスだ。エジプトはナイルの賜物たまものだと。ナイル川が氾濫はんらんするお陰で、毎年麦がよく取れるんだ。そうか、ここはナイル川と同じなんだな」

僕はそう言って微笑んだ。土砂で連作障害を押し流す。それは確かに、きっとすごい光景だろう。

まあ、いつ帰れるかわかったものじゃないし、ひょっとしたらその光景を見る事ができるかもしれない。

家賃の決着

捕虜になって十日目くらいで気づいたが、今月の家賃を支払い損ねていた。TOKYOの部屋のことだ。

しまったとは思ったが、それも一瞬。一月位は滞納を許してくれるかも知れないが、僕はもう部屋を維持しようとは思わなかった。

はからずもフィギアやアニメ、ラノベとは一旦繫がりが切れてしまった。まあ、それでいいやと思ったのだった。

最近、僕の後ろを小走りでジブリールがついてくる。オマルという友人もいる。

小さな世界だがまあ、それでもういいかなと、最近は思う。未だに夢も展望もないまま生きているが、新たに大事なものは出来ている。

逆転の発想はどうだろう。僕はジブリールが息を切らさずついてこれるように、ゆっくり歩きながら考える。

僕には夢や希望がない。それはいい。僕はそれまでの人間だったという事だ。

その上で、ジブリールやオマルの夢や希望を手伝うというのはどうだ。

優越感や可哀想とか、そういうのではない向き合い方で、それが出来たら、それはそれでアリなんじゃなかろうか。

いや、アリだろう。自分にしては上出来だと思った。

「どうしましたか。アラタ」

「君の成長する姿を見てみたいと思った」

にわかにジブリールがよろけた。よろけた後、ずれた被り物を被って両手で被り物を引っ張って言った。

「私は十分大人です」

僕は笑う。そう言ってる間は子供だよと。

今まで認めたくはなかったが、自分には軍事的才能があるという。会社でも、村でもそう言われている。

いまだに僕の中にあるという、その才能の実在については疑っているが、他人がそう言っている事実を利用する点では僕は遠慮はいらないと思った。

せいぜい積極的に利用させて貰おう。一度派手に負けるまでは、いい感じに使えるに違いない。

後はチャンスだけだ。予想ではあまり待たせる事はないはずなんだが。

捕虜生活

捕虜生活、続く。あの日からもう半月になる。

月を見ることでおおよその時間の流れがわかる。月齢というものは偉大なもので、過去にはもっと重要だったんだろうと僕は思った。僕ぐらいの素人では、太陽より月の変化の方が分かりやすい。

捕虜生活とはいえ、僕はそれをたのしんでいたが、オマルはこの二週間で僕とは違って随分やつれているように見えた。

「疲れているようだけど、大丈夫かい?」

朝、顔を洗った際に僕がそう言うとオマルは苦笑した。

「貴方のふてぶてしさには感嘆する」

「気に病んでも仕方ない。みんなはうまく逃げだしたさ」

僕はそう言ってオマルを慰めた。

オマルは顔を洗った後、タオルで顔を拭いながら僕を見る。

人の良さそうな目だと僕は思った。

「これからどうなると思う? OOとしての意見が聞きたい」

オマルの言葉に、僕は物凄い違和感を感じる。そういや僕はOOだったなと、そう思った。一年に満たないくらいの短い時間だったが。燃え尽き症候群ってこれかなとも思った。

オマルは真剣そうな顔で僕を見ている。彼は貴重な友人だ。それで僕は、少しやる気を取り戻した。

「OOは預言者よげんしゃじゃないよ」

僕はそう前置きした後、口を開いた。

「厳密にいえば僕たちは軍人じゃない。主要な国際条約の枠外だ」

「アメリカ陸軍は俺たちを捜さないだろう。会社も動くとは思えない」

「そうだね」

「状況は絶望的に見える」

そういうものかなと、僕は思った。僕自身に軍務の経歴がないせいで、アメリカ軍による捜索という奴に、有り難みを感じていないせいかも知れない。会社に至っては最初からなんの期待もしていない。

僕はどう言ったものかと考える。

「単純に、アメリカ軍や会社が動いて助けられるというケースがないだけで、絶望的とはいえないかな」

オマルは真剣そうに僕の話を聞いている。二度目の顔洗い。

オマルと僕は普段引き離されていて、顔を洗う機会は数少ない顔を合わせるタイミングだった。

オマルは言う。

「“他”があるという事だろうか」

僕は頷く。僕も二度目の顔洗いをした。水が冷たい。

「もちろん。アメリカ国籍の君はともかく僕は捕虜としての価値はないと思うし、それについて彼らも把握しているだろう」

僕はそう言った。

「殺すならもっと早くやっているだろうしね。正直にいえばまだ僕たちをどうするか、扱いを考えている最中だと思う」

「どういう結論になると思う?」

「労働力として働かせるか、穀潰ごくつぶしを解放するか、どこかに引き渡すか、最終的にはそれ位しかない」

僕がそう言うと、オマルは身を固くしていた。

「アメリカ人に恨みを持つ連中に引き渡されるのは嫌だな」

「普通に考えれば労働力として働かせると思う」

僕は常識的な話をした。

族長にしてもジブリールの父にしても、ある程度のリスクを負った上で僕達を助けている。引き渡す位なら最初から助けなければいいし、基地キャンプ襲撃で捕虜を得ていればそれで間に合うはずだ。

僕はそう言って、朝食へ向かった。

なに、そんなに待たせないと思うけどね。とそう付け足した。

岩の上の船頭

予想以上にやつれて、ネガティブな事を言うオマルの心配をしながら、僕は族長の家から程近い岩に身を預けて日光浴をしていた。最近日光浴に、はまっている。

すると、ジブリールの父がやって来て、岩の上に座り込んだ。

そういや前もこんな構図あったなと僕は思った。

ジブリールの父は、狙ってそれをやったらしい。僕を見るとにやりと笑った。

「どうだ、娘を貰う気になったか?」

開口一番がそれだった。僕は、なんでこの人はこんな事を言うんだと思いながら反論を探した。

「ジブリールは、とてもいい娘だと思います。それはそれとして、何故僕なのかがわかりません」

「あいつは一度お前たちやアメリカに差し出した子だ。汚れてしまっている。もう村の男に嫁がせる事は出来ないだろう」

僕が顔をしかめると、ジブリールの父は微笑んだ。

「そう、その顔だ。前も親父が、族長が言った時も、お前は顔をしかめていたろう」

「当たり前です」

「そう、当たり前だ。当たり前の事を当たり前の様に言う、お前はまともだ。だからだ。他の奴は狂っている。族長も、アメリカも、多分俺もだ」

僕と同じような事を思う人がいる。僕はびっくりしながらジブリールの父を見た。ジブリールの父は僕を見返す。

「お前は族長やお前の会社がまともだと思うか」

「いいえ」

「そうだ。俺としても、娘をやるなら少しでもマシで、まともな奴を探したい」

その結果が僕程度なのかと思って、僕は腹を立てた。ジブリールがあまりにも可哀想だとそう思った。僕はジブリールの父を見て言い返した。

「オマルは清廉潔白せいれんけっぱくな人物ですし、この村から兵士を雇ったのは、政治的な意図です。会社はトラブルを避けるために、この村というか近隣と友好関係を結びたかったんだと思います。そこで預けられた子供をその」

レイプとかいう言葉を考えただけで口に苦い物を突っ込まれた様で、僕は顔をしかめた。

小さく頷くジブリールの父。

「わかっている。そうであればいいなとも思っている。酷い目に遭う様ならば、俺の娘だ。教えにそむいて自殺だってするだろう。だがどんなに俺が言おうとも、お前が言っても、ジブリールはこの村の男と結ばれる事はない。だからだ」

ジブリールの父はそう言った後、僕を見て言った。

「だからお前だ。お前が相手なら、まだ納得してやる」

それは親の本音という奴で、僕はそれに刺されて身動きが取れなくなった。ジブリールと言うより女性全般が何を考えているのか全然分からない僕だったが、ジブリールの父の考えはよくわかるし、だから突き刺さった。

「考えさせて下さい」

僕がそう言うと、ジブリールの父は痛みに耐えるように目を伏せた。

「急いでくれ。あまりもう、時間はない」

思索と散歩

あまり時間がないとは、どういう事だろう。

僕はそう考えながら、散歩をしていた。

この半日でオマルを超える位にやつれた自信がある。

考えがまとまらない。

自分の結婚とかはこの際どうでもいい事にしても、なんとも後味が悪かった。苦い。

僕はこれまで無意識に悪いことをしていた。

今、僕だけのせいではないにせよ、そのせいで見知った少女が酷い境遇にいる。一時にせよ金をもらって人を害する立場にいた人間が何をと自分でも思うが、僕は自分の良心ぽいなにかのためにも、どうにかしてやりたかった。心から。

もう少しジブリールが自分の意思で幸せになるような、そんな方法、展開がないものかと考えた。

これがOOの仕事ならどうにか出来そうな気もするが、残念な事にこの話は軍事とは程遠い。思えば軍事に出来る事など限定されているもいい所で、僕はそれを思い知って、ため息をついた。軍事より政治が上にあるのは、わかる話だ。

唐突に、ソフィならなんと言うだろうか。

と、思った。

笑うだろうか。難しい顔をするだろうか。

まあ、普通に考えてソフィなら文句を言うだろう。それっておかしいとか、そんな事を言い出すに違いない。彼女の現実の無視っぷりは苛々いらいらすることもあるけれど、理想論としては間違っていないように思う。

都合よく現実と理想の中を行き来している僕よりは、徹頭徹尾てっとうてつび理想論の中の人物であるソフィの方がよほど立派な気がする。

そこまで考えて、何かひっかかる所がある。

僕はそう考えた。

顔をあげれば、実際引っかかっていた。後ろから背広の上着を引っ張られていた。ジブリールだった。

「どうしたんだい、ジブリール」

「この先は村の外です。アラタ」

「ああ、そうか、ごめんごめん」

考え事をして歩き過ぎるという経験は小説では読んだ事があったが、自分でやるとは思っておらず、僕はちょっと恥ずかしい気になった。

引っ張られた背広の上着を直し、うん、まあ戻ろうかと言う。ジブリールは頭を振ってうなずいた。かすかに被り物が衣擦れする音を聞いた。

一緒に歩く。基地キャンプでは別にどうとでもない光景だったが、この村では男女は一緒に歩かないものらしい。それでジブリールは、少し後ろを歩いた。

僕はなんとも落ち着かない。

「父は何か言っていましたか」

後ろからそう声がかかる。僕は歩きながらどう返すか考えた。

考えた後で英語で作文をするせいで、時間が随分かかる。まだ無意識に言葉が出るには程遠い。

「君の事を案じていたよ」

僕はそう言った。これは噓ではない。

ジブリールはそうですかと答えた後、黙って歩いた。

どう言葉をかけていいのか、心の底から迷う。

そもそも英語が悪いと思う。いや、まずもって日本語でどう言えばいいか分からないのだから、作文以前か。

「気にしないでください。私は、遠くに行っても大丈夫ですから」

僕は慌てて振り向いた。そういえば、ジブリールの父も、あまり時間がないとか言っていた。

「遠くってどういうことだい?」

「村には、居られないのでどこかに行きます」

僕は立ち止まって言葉の意味を考えた。

自分の意思でどこかに行くわけでは無いのは明白だ。

追放というよりは棄てるというほうがぴったりな事を村は考えているのだろうか。

「君だけじゃなく、かい」

「はい」

C班の皆を思って僕は身も表情も硬くした。これは、僕には嫁ができればいいって話でもない。

気付けばジブリールは口に手を当ててどこかに走って行っており、僕は追いかける事も出来ずに立ち止まる事しか出来なかった。

オファー

思ったよりは随分またされた。具体的にはその日、僕がジブリールや子供達について考えながら与えられた家に戻る内に、使いが来ていた。

それで、オマルと僕は一緒に一室に案内された。前には族長がいる。

天井には相変わらず、輝くペットボトルがある。あれはなんだろうと僕はいつも思っているのだが、話題に出来ないでいる。

族長は口を開く。

「お前たちは傭兵だ」

「会社は違うと言っていましたが、そうですね」

族長に、僕はそう答えた。

族長はしわ深い顔で頷く。言葉を続ける。

「だったら、どうだ。この村に雇われるというのは」

僕は腕を組んだ。それは少し予想外だった。農作業で駆り出される位を想像していたが、随分違う。

族長は不思議そう。

「どうした?」

「いえ。軍事的脅威があるのですか」

「アメリカ軍が来る。その下でお前たちのいた会社もくるだろう」

僕はああ。と理解した。僕の戦いが終わっただけで、実際にはなにも終わってない事に気づいた。それもそうか。空爆だけで終わると思うのは虫のいい話だろう。

「裏切れという事ですか」

オマルの顔は険しい。

族長は少し顔を和らげて、裏切るのではない、今度は我々と契約をするのだと答えた。どこが裏切るのと違うのかとオマルが言う前に、僕はオマルの腕をつかんだ。

「友よ、最後まで話を聞こう」

僕がそう言うと、オマルは我に返って僕にすまないとだけ言った。

族長は笑顔になる。思うにこの人物は、正直だったり男くさい友情だったりが好きらしい。マチズモだな、と僕は思った。これこそ本物だ。好きには到底なれそうもない。

「まあ、実際来るのは政府軍だろう。アメリカの支援を受けた、な」

「なるほど」

僕は頷いた後、考える。それこそグリーンベレーの指導を受けたようなやつらを相手にするわけか。

僕は族長を見て口を開いた。念頭にはC班やジブリールの事があった。

「最初に、雇われるのは全然いいんですが、いくつか確認させてください」

「なんだ」

族長は思ったより僕があっさり乗って来たせいか、多少驚きながら言った。

僕は疑問を口に出す。

「あなた方はアメリカに痛撃つうげきを与えようとした。それはいい。だが攻撃する前に、こうなる事をつまりは報復される事も分かっていたと思います。どの辺でどう決着をつけるつもりですか」

「それと雇われるのに何の関係がある?」

「いい仕事をするためには雇い主の意向を理解しなければなりません」

それは半分本当の事だった。残り半分は、情報収集の必要だ。

立場の違いのせいなんだろうが、かつての敵すなわちゲリラ側からすれば勝ち目のない戦いをしようとしているのではないか、僕はその点が気になって仕方なかった。

それは一度敵にあったら尋ねて見たいと思っていた事で、僕は今その機会を得たと考えていた。

族長はため息とも深呼吸とも取れる息を吐いた後、僕達を見た。

「ここから山一つ越えた所に、村があった」

長老は言葉を続ける。

「この村が、今から四ヶ月前にアメリカ軍だか、お前たちの会社だかに襲われた。知っているか」

僕の心臓が跳ね上がるかと思ったが、僕より先にオマルが先に口を開いていた。

「初耳です。本当ですか。村を?」

苦々しく頷く長老。

「見たいのなら歩いていかせてやる。非協力への見せしめのつもりだったんだろうが、あれで我々、近隣の部族は腹を決めた。最後まで戦う。個別に虐殺されるよりはそっちがマシだ。あいつらは逃げ出す女子供まで撃った」

「噓だ」

オマルより先に、僕がつぶやいた。時期はあう。いや、でも山があるから電波が届くとは思えないと思う。噓だ。そんなバカな。

「明日でも見に行かせてやる。だが正直に答えたぞ。お前たちはどうだ」

蒼白な僕を見て、オマルは族長を見た。

「にわかに信じられませんが、少し考えさせてください。本当であれば、自分にも考えがあります」

オマルにかばわれたな。と、僕はちらりと思った。オマルへの感謝と一緒に、吐き気が止まらなくなるのに気づいた。

全部俺のせいか。壮大な自作自演か。ともすれば発作的に笑いだして止まらなくなりそうなのを吐き気と一緒に抑えながら、僕は族長が出て行くのを見た。

「知っているか」

「いや、知らないが。想像したら気持ちが悪くなった」

僕は噓をついた。気持ちが悪い。何重にもわたって気持ちが悪い。

「確かに」

好漢こうかんとしかいいようがない表情でオマルはそう言う。

僕は立ち上がった。吐いて来ると終いまでは言う事が出来なかった。

朝まで何度も吐いた。

廃村まで

翌日、護衛というよりは監視の兵を何人も連れて、僕とオマルは村があったという場所まで歩いて行った。

途中の事は、何も覚えていない。眠かったのは幸いだった。眠くなかったら気が狂っていたかもしれない。

眠気で意識を失い、途中で何度もオマルに助け起こされた。

「自分の事についてはあんなに豪胆ごうたんなのに、村一つが虐殺されたとなるとびっくりするぐらいに弱るんだな」

僕の代わりに元気になったようなオマルが、静かに言った。好意的な響きを感じた。

違うんだよ。オマル。僕は思う。全部間違いだ。豪胆に見えるのは実感がないだけで、気持ち悪くしているのも自分の事だからだ。

そう思ったが、何も言えなかった。言えないのが、苦しい。自分がどんどんひとでなしになっている気がする。

一方で苦しくなってどうする。と冷めた僕が言う。確かめるためにお前は仕事をやめずに、ここまで来たんじゃないかと。

それはその通りだ。僕は今、望んでここにいるはずだ。確かめるために、このままじゃ一生後悔すると思ったから、日本に帰るのを蹴っている。

でも、吐き気がする。

シャウイーも居ないのに、こんなにボロボロで僕はどうするんだと思う。いっそジブリールにでもすがるか。

できるか、そんなこと。と思う。自分が最低の部類の人間だということは重々分かっている。だがそれをよしとして思った事は一度もない。

廃村はいそんについた。

OOの仕事でいつも見ていた地形図と光景が重なる。

僕の記憶力とは関係なしに、あの時の地図は忘れようとしてもそうそう忘れられるものじゃない。

弾痕だんこんも生々しい村の建物、手榴弾に吹き飛ばされた窓に屋根を見て僕は暗澹あんたんたる気分になりながら、村の外周を回っていいかと、監視に尋ねた。

死体が無いのは、近隣の村々が人を出して埋葬したからだと言う。

僕は埋葬してくれた事と、死体を見ないでよかった事に二重の感謝をしながら、村の外周を回った。南側から、東側に。

風が土埃つちぼこりを巻き上げて、地面に模様を作っている。

僕は模様を踏みつけながら、黙って歩いた。

この先に少しでっぱりのような丘がある。丘の上から道が見えて、そこからなら避難民を好きなだけ撃てるはずだった。

丘も、道も、あった。

見下ろせば道の脇に集団墓地が作られている。

いざとなると吐き気もなくなるなと思いながら、僕は丘から降りて墓地の前にへたり込んだ。涙が出て仕方なかった。

僕はなんて事をしたんだろう。