2013年のゲーム・キッズ
渡辺浩弐 Illustration/竹
それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。
第40話 史上最小の密室殺人
PCvsOA
「腕利きのハッカーとしての意見を聞かせてくれないか。刑事が探偵に相談するなど、恥ずべきことだとはわかっているがね」
「警察関係者から非公式に依頼を頂くのは初めてではありません。公務員としての業務にはどうしても制限がかかりますから、私のような立場のほうが有利に捜査できることもあります」
「お気遣いありがとう。まずこの画像を見てもらいたい」
「フィギュアですか」
「3体ある。いずれも、身長は20センチ弱。そして気味が悪いほどリアルだ。こいつらは、もともとは人間だったのだ」
「申し訳ありませんが、私は仕事中は冗談を好みません」
「冗談を言っているか、あるいは正気を失ったか、そう疑われても仕方ない。しかし、本当にそんな事件なのだ。街なかで人間が突然、本人そっくりの人形に変身した。一人目は、帰宅途中のサラリーマン。二人目は、ショッピング中の女子高校生。三人目は、散歩中の老人。事件は数日おきに連続して起きた。目撃者も複数いる」
「それらの人形は、最近流行りのコピーフィギュアです。とても精巧に作られた人形が本人とすり替えられただけの事件と推測します。時刻と場所を教えて頂けたら、監視カメラなどの映像が残っていないか調べます」
「あたってみたよ。二人目の女子高生だけだが、出てきたんだ。変身の瞬間の、決定的映像が。今、再生する。ほら、中央にいる制服姿の少女を見てほしい。時間帯は夕刻でやや薄暗いが、はっきりと映っている」
「繁華街……アーケードの一角ですね」
「そうだ。ここからズームアップする。彼女は自動販売機に歩み寄る。そして片手を伸ばす。コインを入れボタンを押そうとしているのか。ここからだ。スロウにするぞ。全身がひどくぶれる。砂煙のようなものを上げながら、ほら、わかるだろう、縮んでいる! この次のフレームでは、消えているんだ。そして、わかるか、この小さな物体」
「ああ、フィギュアですね」
「空中にいきなり現れて、地面に転がった。それを回収したのが、さっき見せた人形というわけだ」
「他の2件も、同様の状況だったのですか」
「ああ、映像はなかったが、目撃者の証言によると、ほぼ同じだ。人間から人形に、一瞬で変身している。顔も体型も、服装までもそっくりな人形にね」
「フィギュアは全て地面に転がっていましたか。高いところに置いてあったものはないですか」
「高いところ……そういえばサラリーマンのものは塀の上に、老人のものは電信柱に貼り付けてあった。なぜわかった?」
「普通の通行人にはぎりぎり見えない位置ということです。通常なら人が通らないところにまで一歩踏み込んで、さらに見上げると見つかる。背伸びして手を伸ばせばようやく届く。そんな場所に、フィギュアは置かれていたのでしょう。女子高生はそれを手に取ってから消えた。他の二人は手を伸ばしたけど持つことはできないうちに消えた。フィギュアは彼らをおびき寄せ、特定の位置に立ち止まらせるための餌だったんですよ。……これはプロの犯行です。理由はそれぞれでしょうが、彼らは依頼されて殺された。たまたま同一の殺し屋の手でね」
「詳しく説明してくれないか」
「もう一度、さっきの映像をスロウ再生してください。ほら、ここで彼女はケータイを耳に当てています。この時すでに自販機の上にフィギュアはセットされているのです。そのことを誰かが教えたのでしょう。自分にそっくりな人形があれば誰もが興味をひかれます。近づいて、背伸びして、手を伸ばして……この瞬間、彼女は犯人が想定した通りの場所に立っていたわけです」
「人間が人形になったわけではないのか」
「そうです。死角になっていますが、彼女の手が伸びた先に、あったはずです。ところが指先でつまんだその瞬間、取り落としてしまいます」
「そうだ、ここで体が縮みはじめているからな」
「縮んでいるのではなく、落ちているのです。非常に小さな穴が、足もとに出現したのです。彼女はそこに吸い込まれるように消えたというわけです。フタは遠隔操作で開閉したか、あるいは彼女の両足がその上に乗った時の重量に反応して開き、彼女の全身を飲み込むと自動的に閉まるような仕掛けだったかもしれません。彼女も穴も消え、後にはフィギュアだけが残ります」
「落とし穴! まさかそんな方法で」
「犯人はその日の早い時刻にまずターゲットの3D写真を撮り、データを得たはずです。日をまたぐと服装が変わってしまいますからね。コピーフィギュアの技術はとても進んでいます。モデルの人物には専用のマシンに入ってもらわなくても、全身を数台の3Dカメラで同時に撮影するだけで、3Dスキャニングは完了します。そのデータを3Dプリンターで出力すれば、即座にそっくりな人形のでき上がりです」
「そのことは調べた。大量生産されるようなアイドルグッズだけではなく、最近はプレゼント商品としての需要も大きくなっているらしいね。例えば誕生日に本人そっくりの人形をプレゼントするんだな。専用のマシンは、安価で誰にでも手に入れられる状況になっている」
「ターゲットの3Dデータを活用して、犯人がもう一つ作ったものがあります。フィギュアとは正反対の形状、つまり、穴です。こちらは等身大に作ったはずです。具体的には直径40センチ全長170センチ程度の円筒で十分でしょう。その内側に、ターゲットの人物と全く同じ大きさ、同じ形の穴が、くりぬかれているものです。犯人は当日、できたばかりのその円筒を持ってトラックか何かで現場に行き、車体で作った死角を利用して作業をしました。円筒を、あらかじめ開けておいた穴に挿入しました。しかる後に、ターゲットのケータイに電話して、その場所を正確に踏むよう導いたのです。落とし穴の内側はたぶん弾力のあるフォームラバー製で、かつ、オイルか何かが塗られぬるぬる滑るようになっていたはずです。特定の人間と同じ形の、ぴったり全身がはまってしまう大きさの穴です。中に入ったら最後、暴れることも、声を出すこともできません。だから、助けも求められなかったのです」
「ああ、地面をちゃんと調べるべきだった!! すぐに行かなくては」
「もう遅いですね。今から行ったとしても、確認できるのは円筒を抜き取った跡くらいでしょうね。被害者も、そして犯行の証拠も、見つかりはしないでしょう。この方法なら、準備も一瞬、後片付けも一瞬です。犯人はたぶんその日のうちに全てを済ませています。人が少なくなる時間帯まで待ち、また車で乗り付け、円筒を回収したはずです。そして被害者はその時点で間違いなく死亡しています。自分と全く同じ形の穴にすっぽりと入り込み、身動きできず、声も立てられず、呼吸すらままならず、弱っていく。あまりぞっとしない死に方ですね。殺し方としては、薬物も、銃器もいらない、白昼堂々証拠も残さない、実にスマートな方法ですが。……この事件はこのまま迷宮入りにしてしまうことをお勧めします。真相が明らかになっても、犯人は決して捕まらないでしょうから。きっと死体も戻りません。被害者のご家族には、そのフィギュアを差し上げたらいかがですか。見てください。本人そっくり、まるで生きているようにリアルです。その上、歳月を経ても劣化しません。本人は死んだのではなく、それに変身したのだと信じていられたほうが、ずっと幸せではないでしょうか」
第41話以降につきましては、2013年11月発売予定の書籍にてお楽しみください。