2013年のゲーム・キッズ
渡辺浩弐 Illustration/竹
それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。
第39話 ショートカット
SHORTCUT
「強盗だぞ! 」
大声に驚いて、僕はほおばったハンバーガーを吹き出しそうになった。
叫んでいるのは、カウンター前にいる若い男だった。
「動くな、全員、手を上げろ」
声が裏返った。ひょろひょろにやせた体は少し離れたここからでもわかるほどがたがた震えていた。
「お客様、落ち着いて下さい」
店長とおぼしき男性が奥から出てきた。
「動くなと言っただろう!」
男は手をぎくしゃくとジャンパーのポケットに突っ込み、抜いた。
そこには。
……何もなかった。彼は人差し指を伸ばし親指を立て、そう子供がよくやるように素手で拳銃のマネをしていたのだ。ところがその姿を見て誰も笑わなかった。店員も客も、目を丸くして、凍り付いていた。
「殺されたくなかったら、金を出せ」
男は銃口に見立てたその指先をまず店長の顔につきつけ、そこからゆっくりと下げていった。胸、腹、足。
「早くしろと言ってるんだ。俺は気が短いんだ」
「あの、その、お金は、す、すぐには」
「うるさい。バーン!」
バーンというのは、男が口で言ったのだった。
「バーン、バン、バーン」
男はさらに3発撃った。ただし口で。
「うわあ」
なんと店長はその素手の拳銃で撃たれたように、大げさにうめいた。撃たれたらしき足のすねのあたりを押さえながらうずくまっていた。
傍らの店員が、あたふたとレジを開けお札や小銭をカウンターの上にぶちまけはじめた。慌てているせいかもたもたと時間がかかっていた。
これは防犯訓練なのか、それとも何かの悪い冗談なのか。そっと周囲を見回す。店員だけでなく、客も皆、恐怖の表情だった。
やがてサイレンの音が聞こえてきた。なんと本物のパトカーが店のすぐ前に止まった。数人の警官がなだれこんできた。男は全く抵抗せずおとなしく手錠をかけられ、出て行った。
それでおしまい。店長は立ち上がり尻をはたくとまた奥に戻っていった。何事もなかったように店員たちは仕事を、客たちは食事と談笑を再開した。
「面白いものを見ることができましたね」
ふいに、隣の客に話しかけられた。スーツ姿の親切そうな中年紳士だった。一人呆然としている僕の様子に気づいたのだろう。
「あの……今のは何だったのでしょう。訓練か何かですか? ええと、さっきの人、拳銃持ってましたか?」
もしかしたら自分の頭がおかしくなったのかもしれない。それが不安だった。
「そうか、あなたご存じないんですね。ショートカット法のこと」
紳士は呆れたような口調で言った。
僕は無職で友達もいないせいで、世間の情報から取り残されることがよくあった。
「最近は刑務所に入りたがる人が増えてるんです。今のもそのたぐいでしょう」
そういう話なら聞いたことがある。「ひきこもるなら刑務所で」というスレッドがネットでも人気だった。
司法権力が意識操作に大失敗した結果だ。数年前から、有名な文化人やタレントに微罪で実刑を科す例が増えた。一罰百戒の見せしめ効果を狙ったものだったらしいが、逆の効果を生んだ。刑務所に入った有名人たちは皆、出所してくるなりその体験を面白おかしく喋り、書いた。前科タレントはバラエティー番組に引っ張りだことなり、手記本はベストセラーになった。
昨今は人権団体の活動もあり、刑務所の環境は過酷なものではない。その真相がつまびらかになると「結構いいものなんじゃないか」と考える人々が増えた。刑務所ならただで三食保証されてぬくぬく暮らせる。なら、必死に働いてかつかつで食っていく必要なんて、ないじゃないか。僕もそんなことを考えたことがあった。ただし無名人が確実に刑務所へ入れてもらうには相当の重罪を犯す必要があり、僕にはそんな度胸がなかっただけだ。
「犯罪のための犯罪が激増したんですね。お金がほしいわけでもないのに盗みに入る、誰かが憎いわけでもないのに刃物を振り回す、そうやって刑務所行きを目指す犯罪者がね。それは大変に無駄なことです。だから急遽施行されることになったんですよ。ショートカット法、つまり未発犯罪更生法ってやつです。刑務所に入りたい人は、そのためのプロセスを、スキップすることができる。誰かに被害を与えるような犯罪を、やったことにして済ませることができる。そのための形式、約束事が、決められました。例えばほら、さっきの男が手で作っていた形。あれが拳銃ってことになっているんですね。あのパフォーマンスを監視カメラのある場所で行うことで、彼は面倒な裁判もすっとばしてすぐに処罰してもらえる、つまり明日からは刑務所に入れるって寸法です。彼は本物の銃を入手する必要がなかった。お店の人はそれで撃たれる必要がなかった。いいことだらけでしょ?」
なるほど、と僕は感心した。いや、感動したといってもいい。なんだか元気が出てきた。
勇気も湧いてきた。僕は立ち上がった。拳銃の形に作った手を掲げて。
「覚悟しろ、僕は犯罪者だ。ばーん!」
近くにいる店員に狙いをつけ、存在しない銃を、撃った。
「ばーん、ばんばーん」
胸に、顔に、頭に。存在しない拳銃の弾丸がなくなるまで撃ちまくり、そして僕はゆっくりと座った。すぐにまた警察が来るはずだ。
みんなが今度は僕に注目していた。横を見るとさっきの紳士も、驚愕の表情で僕を見ていた。
「あなた、な、なんてことを」
「心配ご無用です。実は僕もね、刑務所に入りたかったんです、ずっと」
「なら……なんで、殺したんですか」
殺した? 僕が首をかしげると、紳士は震えながら続けた。
「あなた今、あの人の頭と胸を何発も撃ったでしょ。絶対に殺してる……と、いうことに、されてます。あなたが受けるのは、懲役刑ではない。死刑です」