2013年のゲーム・キッズ

渡辺浩弐 Illustration/竹

それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。

第36話 聖地

PARADISE

世界地図の中でその島国だけが単色でり潰されていた。大河も山脈も州境も描かれていない。記されているのはたった一つ「デジマ」という地名だけだ。

子供の頃からずっと憧れていた場所を、僕は今ついに訪れることができた。

この国は、「鎖国さこく」という政策を維持している。つまり全世界と国交を断絶しているのだ。ただし外国人観光客は特例としてその「デジマ」という人工島の中だけに滞在を許される。

そこは街の形態のテーマパークとなっていて、いろいろなアトラクションが設置されていた。カフェというスペースには、人気キャラクターのコスチュームに身を包んだメイドさんがたくさんいた。そして大量のマンガが、それもなんと本物の紙製の本が置かれていて、読み放題だった。映画館では、一度も見たことのないような最新アニメばかり上映されていた。ゲームセンターには目もくらむ美しさの最新ゲームがずらりと並んでいた。

僕にとっては、まさに天国としか言いようがない場所だった。何年もかけて貯金したお小遣いを使いきってしまう勢いで遊んだ。

ここが世界中のオタクから「聖地」と呼ばれるようになるまでの事情は知っていた。

この国は昔は、世界有数の貿易国家だったらしい。国土は狭く資源もとぼしく、資産といえば豊富かつ優秀な人材だけだった。そこから湧きいづるアイデアと技術力を裏付けに、輸入した資源を加工して輸出する、そんな産業を成立させ、確固たる経済力を獲得していた。

アイデアを生み出す力は、やがて文化産業でも結実した。特にマンガ、アニメ、ゲームを中心とするエンターテインメント領域で世界的な人気を博するシリーズ作品やキャラクターを輩出し、莫大な著作権収入を得るようにもなった。

しかし、技術やアイデアは模倣されると経済価値を失う。加工業は、人件費が安く土地が広大な、かつ原材料の生産地をかかえる国に太刀打ちができなくなった。

コンテンツ産業も、崩壊をみた。インターネットにおける著作権モラルが国際的に低下し、どんなコンテンツもネット上でいくらでもコピーされるようになり、収益力を失ったからだ。

21世紀初頭、この国は崖を落ちるように没落していった。

その対策としてこの国が採用した政策は、世界を驚かせた。

国をまるごと、閉鎖したのだ。外交を絶ち、食料も、資源も、工業製品も、一切の輸出入をやめた。さらには情報交換までをも遮断し、完全にひきこもってしまった。

ところがそれで、全てのことが好転したのだそうだ。

例えば海外の安い農作物に対抗する必要がなくなり、四季折々のものを地元の人々に適切な量だけ供給する、という本来の農業が復活した。

牛肉の不足そして高騰は、クジラ漁の復活によってすぐに解消された。

火力発電は水力と太陽光に置換することがまず試みられたが、石油の輸入が盛んだった頃には放置されていた天然ガス田を調査したところ有望なものがたくさん見つかり、エネルギー問題も一挙に解決した。

そしてコンテンツ産業の改革。これこそが、鎖国政策の肝といえた。

原盤やパッケージソフトの輸出入を止めただけでなく、インターネットも完全に遮断してしまったのである。

以来この国のお家芸ともいえるマンガやアニメやゲームは、一切ネットに上がらなくなった。

もちろん他の国でも、新しいタイトルは盛んに制作されている。しかし、僕らは知っていた。それらが、この国の昔の作品をなぞって作られているだけの、偽物にすぎないということを。偽物だから、進化していないのだ。

一方この国の内側で、本物はちゃんと進化を続けていた。この国のクリエーター達は休むことなくずっと新しい作品を創り続けていたのだ。だがそれらは、この国の中の人しか楽しめないのだ。世界中のオタク達はじだんだを踏んで悔しがるしかなかった。

ただし僕ら外国人にも、一つだけ方法があった。

それがこのデジマだ。ここに来れば、今や世界のどこでも見られなくなった最高峰の作品群を楽しむことができるのだ。

もちろんそれらはこの区域内だけの楽しみで、ソフトの持ち出しやコピーは厳禁。カメラの持ち込みも、厳しくチェックされた。

デジマにおける外貨収益は、既にラスベガスのギャンブル産業を上回っているらしい。ネット時代の文化産業の、これは正しいやり方だったのだ。

デジマ滞在の3日目。僕は計画を実行に移した。偽造IDカードを使い、デジマから本土に渡った。一般人が暮らしている区域に侵入したのだ。

僕は、満足できなかったのだ。デジマにあふれる作品群は確かにすごい。しかしそれらはあくまでも観光客向けのものだ。ここの国民はきっと、もっとすごいものを楽しんでいるはずだ。そう思った。

本土の、本物の街で、僕は最初に大人向けアニメ専門の映画館に入った。

ところが上映が始まってほんの数分で、席の脇に来た男に腕を引っ張られた。僕はあっさり捕まってしまったのだ。

政府関係機関らしき建物に連行され、僕は覚悟を決めるしかなかった。コンテンツはこの国の重要資産なのだ。その情報を探ろうとした僕は、つまり国家機密を盗もうとしたスパイと同じだ。

しかし、取調室で担当役人は、こんなことを言ったのだ。

「あなたの母国から、問い合わせが来たのです。観光ツアー客が一人行方不明になったと。国際条約に基づきあなたをお国まで安全に送り届けること、それが私達の仕事です」

それで僕は理解した。この国は鎖国しているが、諸外国と条約は締結している。この国のエキセントリックなスタンスは国際社会から注視されている。観光客を拘束したり重い罰を加えたりしたら、すぐさま大問題になるはずなのだ。

「この国には飛行機は就航していませんから、お帰りも船旅になります。特別にチャーターした船です。快適に過ごしていただけると思います」

僕はすぐに移送された。犯罪者としてではなく賓客としての扱いだった。その様子をずっとカメラで撮影されているのは気詰まりだったが、映像が国際社会に公開されることによって、僕の安全は保障されるのだ。

豪華客船の、広々とした個室があてがわれた。さらに驚いたことに、部屋の棚には本やディスクが大量に並んでいた。

まさかと思って調べてみると、見たこともない最新のマンガやアニメや、ゲームソフトだった。もちろん大画面テレビもプレイヤーも完備されていた。

僕は驚喜した。つまり2週間ほどの船旅の間、僕はこれらを見放題ということになるのだ。

マンガの1冊を手に取り、めくってみる。すごい。全て、未修正だ。デジマで見たものは、対外的に大きく修正されたものだったとはじめてわかった。

テレビをつける。やはりすぐ釘付けになった。これが、かの国の人々が今本当に見ているものだ。とんでもなく刺激的で先進的なアニメ、そしてゲーム。

僕はそれから狂ったように浴びるようにそれらを漁り、読んだ。見た。プレイした。

しかし

「うあああああああ」

翌日。揺れる船の中で僕は叫びながら頭を壁に打ち付けていた。プレイヤーを叩き壊し、本を破いていた。もう自分で自分がわからなくなっていた。

全てのマンガ本は、最終巻のラスト数ページだけが破り捨てられていたのだ。

アニメもゲームも、盛り上がったところでノイズ画面になった。その先は消去されていた。

僕は絶望し、その部屋で、首をった。