2013年のゲーム・キッズ
第三十三回 団醜の世代
渡辺浩弐 Illustration/竹
それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。
第33話 団醜の世代
UGLY BOOMERS
「いよいよ来週ね。母さんの50歳の誕生日……〝人生定年〟の日」
「そうそう、役所から記念品と手続書類と、それとお薬が来てたよ。お祝い会のことも頼めば全部用意してくれるみたいだけど、どうしよう」
「母さんは、内輪でやろうって言ってるわ。薬も、一人で部屋で飲むからって。それでいいんじゃないかな」
「寿命まで元気でいられて、本当に良かった。うらやましいな」
「けど、母さんいなくなっちゃうわけでしょ。私達の方は困ることないかな」
「大丈夫、遺族のことも役所がちゃんとサポートしてくれる。次の日からお手伝いさんが来てくれるらしいよ。寂しかったら母さんの映像もCGデータもたくさん残ってるから、いくらでも見られるし。映像ならいつまでも若いしね」
「昔の映像だけじゃなくて、今だって母さん、すごく若いよ。こないだも一緒に歩いてる時ばったり会った友達に、あらお姉さんいたっけ? なんて聞かれたわ」
「そうだね……けどさ、いくらなんでも50歳で10代に見られちゃうなんて、おかしすぎないかな。母さんが若くてきれいなのはうれしいけど。俺、ちょっと気になることあってさ。いいや、やっぱり気のせいかな」
「どうしたの? 今日の兄さん、ちょっとヘンだよ」
「うーん、聞いてくれるか。〝団醜の世代〟っていう、都市伝説があるんだ」
「だんしゅう?」
集団の団に、醜い。この世界には、特別に醜い、あさましい人達が、紛れ込んでいる。とんでもない違法行為を犯しながらこの平和な社会のあちこちに隠れて暮らしている、って話だ。
昔は、人が死ぬ年齢は決まっていなかった。よぼよぼのぼろぼろになっても、みんなに迷惑をかけながらでも、いつまでも生きている人達がいた。
人が50歳で死ぬことになったのは近代になってからだ。そのきっかけは、皮肉なことだけど、医学の発展でいくらでも生きられるようになったことだ。
2010年代に、クローンテクノロジーのブレイクスルーがあった。ほら今はケガや病気をした人のために臓器スペアを作るのに使われている技術だ。あれで全身を新しく入れ替え続けたら、何百年も何千年も生き続けることだってできる。
けどね、そうなって人類は初めて気づいたんだ。いつまでも生きることは、別に良いことではないと。
そもそも、生物の細胞には一定の時間で死ぬように時限装置がセットされている。無限に生きることは可能なのに「わざわざ」死ぬことを全ての生物は、そして人間は、選んでいたってことだ。
昔は誰もが死ぬことをこわがっていた。そして、どんなに弱っても醜くなっても、いつまでも生き続けることにこだわった。ところが意識の変革って、いきなり起こるものさ。ある日突然、みんな死ぬことがちっともこわくなくなったってわけさ。
そして、人生定年制度が提案され、すぐに実行に移された。今思うとそれまでなかったのが不思議だ。昔は人として人の役に立てる年齢をとうに過ぎても、それどころかもう動けなくなって垂れ流すだけになってからも10年も20年も生き続ける人がいて、そのために税金が湯水のごとく使われていた。一方で、多くの若者が困窮して自殺したりしてたんだって。
医学者や社会学者の意見をもとに、人間の寿命は50年に定められた。クローン技術で50歳までは国が責任を持って生かす。ただし、50の誕生日には安楽死させる。
この法令が施行されると、人口問題や失業問題や年金問題が一挙に解決した。いつまでも権力にしがみつき金やサービスをせびる年寄りがいなくなり、若い人のチャンスが増え、社会は活性化し、文明の進歩は加速した。子どもも作りやすくなり出生率も上がった。社会はとても良くなった。
冬が来るまでにキリギリスが死ぬように、人間だって老醜をさらす前に死ぬべきだったんだね。どこかで本能が壊れていたんだ。
世界じゅうの人々が、未来を子どもや孫に託して笑いながら死ぬようになってからも、依然として生に執着する人々がいた。死にたくない、いつまでも生きたいという妄執にとらわれた人が、ほんのわずか残っていた。
そんな人々も、泣き叫びながら、時には家族に無理矢理押さえつけられたりしながら、安楽死の薬を飲んだものだ。
ところが、やがて不気味なことが発覚した。密かに不老不死のオペレーションを受けて生き続けている人達がいるらしいってことだ。
50歳どころか100歳や150歳の人もいるらしい。
そう、今のこの世界の中にも、こっそりと紛れて暮らしている。彼らの見かけは若いから、気づかれることは滅多にない。
けど、近所に長年住んでいる人がいたら、やがてはおかしいと気づくだろう。だから、彼らは定期的に住居を移して、逃げ隠れながら生活しているらしい。
そういう人達を「団醜の世代」と呼ぶんだ。
「母さんがその一人じゃないかっていうこと? だって母さん住民票あるし。ちゃんと来週50歳になるって記録されてるじゃない」
「こわい話を聞いたんだ。一部の団醜が、逃げ隠れしないでも生き延びる方法を見つけたらしい。普通に結婚して出産する。そして、人生定年の時が来たら、子どもと入れ替わるんだよ。つまり、自分の代わりに子どもを殺す。翌日から、何食わぬ顔をして子どもに成り代わる。そしてまた結婚し、子どもを作る。それを繰り返せば、何百年も生きられるってわけだ」
「兄さん、まさか」
「そうだ。母さんは団醜だ。そして、殺されるのは、お前だ。なあ、オレを信じろ。明日、母さんが作った料理を絶対に食べてはいけない」
「ねえ、落ち着いて、兄さん」
「信じられないのはわかる。なら、こうしよう。1日でいいから、身を隠せ。そして明後日、警察に来てもらう。母さんのことは警察に始末してもらう」
「あのさ……聞いて。実は……気づいてたの。母さんが私を見る目。ずいぶん前から変だった。私を殺そうとしていること、ずっと、感じていた。けどね、私、それでもいいの。母さんの代わりに私が死んでも。ありがとう。母さんじゃなくて私を助けてくれようとしたんだね、予定を変えて。けどね私、もう薬飲んだの。教えてあげようか。死ぬのがこわいのって、団醜の人だけなんだよ」
「お前……」
「本当は私気づいてた。あなた達が、入れ替わった時から。兄さん……じゃなくて、父さん!」