2013年のゲーム・キッズ
第三十二回 選ばれし男
渡辺浩弐 Illustration/竹
それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。
第32話 選ばれし男
THE CHOSEN
パソコン画面にいきなり美少女が現れ、「こんにちは」と言った。
「あんた誰」
「私は宇宙人です」
「ああ、そうですか」
「信じていませんね」
「もっとすごい出方してくれなきゃ。空から裸で落ちてくるとかさ」
「地球人は、非現実レベルの現象を見たら自分の正気を疑うか気絶してしまうかのどちらかです。私たちとしては信じてくれようとくれまいと構わないのです。ただ話を聞いてもらえれば」
「そういえばオレまんまと話聞いちゃってるな。ちょうどヒマだし、付き合うよ。話しなよ」
「10分ですみます。まず、私のことを説明します」
「もう知ってる。宇宙人ってんだろ」
「というのはあなたたちの知識の中で一番近い定義です。ただし今あなたがイメージしているような、遠い星の住民、というわけではありません。私たちはあなたたちが知覚している物質世界とは別の、振動体によって構成された宇宙にいます。すなわちCHO分子ではなく波動によって構成されている生命体で……」
「わかんねー」
「大事なことは、私たちが、あなたたちよりずっと進化した知性だということです。そして、これまで、あなたたちの進化を見守っていたのです」
「オレたちを見てたの。どこから?」
「位置的には重なり合っています。といっても難しいと思いますが、こう考えてください。私たちは実験室の科学者です。そして、あなたたちは、私たちが試験管の中で培養している細菌です」
「細菌って、ずいぶん失礼だなあ」
「進化の段階で言うと本当にそれくらいの違いがあるのです。そして私たちはあなたたちの様子を、繁殖する細菌を見る科学者のように、観察していたわけです」
「うーん。ええと、あんた何歳なの」
「100億歳を超えています。ただし私たちはあなたたちの言葉で定義すると不老不死の存在ですから、年齢は関係ないのです」
「げー100億歳って。本当はあんたすげーババアなんだな」
「続けます。私たちはあなたたちを、地球上の生物の進化の歴史を、ずっと見守ってきました。最初に単細胞生物が出現してから、人類の文明が地球上を覆う現在まで、私たちにとっては一瞬でした。あなた方がどう進化し、どんな文明を生み出すか、それを知りたかったのです。ここまで、わかっていただけましたね? ここから、重要な話になります。地球は、もうすぐ滅亡します」
「おいおい、やべーなそりゃ。どうしてだよ。原子力とか核兵器とか、そのあたりのこと?」
「その通りです。ただし事故がもう起こったというわけではありません。まもなく全生命が滅亡するレベルの状況になることが確実となった、ということです」
「な、なら止めてやれよ。核兵器作り始めたテロリストがいるなら急いで殺せ。危ない原発があんならとっとと止めろ。ていうかそんなことをなんでオレなんかに……あっ、わかったぞ。つまりこれからオレに地球を救え、ってことか。これからオレにヒーローに変身する能力をくれて、それでオレ、嫌々ながら全人類のために……って流れ。わかってる、そういう設定みたことあるし」
「いいえ、私たちは地球の滅亡を救うつもりも、救わせるつもりもありません。いったん始めた実験です、現象に干渉したりはしないのです。この形式の生命は、40億年程度の進化段階で自爆的に全滅してしまう。そういう事実がわかったというだけの話です。ただし、今の私たちは、実験の成果を抽出する段階に至っているのです。試験管の中から、これまでの進化の頂点、最も進化した一部分を、取り出そうとしているわけです。進化の頂点にいる人類から、最も優秀な者、まあ世界で100人程度の存在を選別し、滅亡の前に救い出します。そのために、今日あなたにもこうしてアクセスしているわけです」
「ちょっと待て。人類の中で最も優秀な100人? オレが、その選ばれた1人、ってことかい?」
「そうです」
「まさか。なんでオレがそのベスト100なの。オレ勉強だめだし、スポーツも全然だぜ。うちただのサラリーマン家庭だし……」
「いいえ、あなたたちの世界で評価基準となっている頭の良さや運動能力の高さに、進化史的な価値はありません。例えば後天的な努力でいくら頭が良くなろうが、それはDNAに関係のないことです。あなたの特殊能力は、あなたが生まれた瞬間から、あなたの中に備わっていたものなのです。それは、地球生命の進化40億年の、最終的な成果です」
「え、何? マジでオレ進化の最先端なわけ? そんな特殊能力があるってことかい。それで、人類が死に絶える時に助け出してもらえる、って。すげー。で、何なのその能力って」
「確かにあなたは人類1位の能力を持っています。しかしこれまでそれに気づかずに生きてきました。身体能力です。それも筋肉や心肺の強さといった些末な要素ではありません。極限状態における細胞の耐久性です。簡単に言うとあなたは真空状態、つまり宇宙空間で生き長らえる能力に長けている。わかると思いますが、普通の人間は生身で宇宙空間に出たとしたら、20秒から40秒程度で死にます」
「なんてこった。そこでオレは生きられるわけ。すげー。奇蹟じゃん。知らなかったけど、オレってスーパーマンじゃん」
「そうです。あなたはすごいのです。あなたの場合、2分程度は生き長らえる可能性があります」
「えっ。2分たったらやっぱり死んじゃうのか」
「いえいえ、2分というのはとんでもない数字です。ここに、新しい形態の細胞システムと、次に地球上に置く生命体の可能性を、私たちは感じています。もちろんあくまで現段階ではシミュレーションで弾き出した数字であり、実験により、さらに良い数字が出る可能性もありますが」
「数字? 実験? ちょっと待てよ。どういうこと?」
「今からあなたを宇宙に連れていき、全裸で真空空間に置きます。そして生命活動を終了するまでの様子を観察させてもらうわけです。厳密に言えば観察はもう始まっています。告知を受けたあなたの今のその反応も含めて、私たちにとっては貴重な資料なのです」