2013年のゲーム・キッズ
第二十六回 人生支援課
渡辺浩弐 Illustration/竹
それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。
第26話 人生支援課
PERFECT SERVICE
「呼出状をもらった時はびっくりしたわ。何にも悪いことなんかしてないのに、って。けどネットで調べて、ほっとした。ここって、困った人を助けてくれるところなのね」
「はい。人生支援課は、全国民に『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』を保証するために設けられた部署です。悩んでおられる方々に、敏速に、救いの手を差し伸べているのです。あなたの場合は、ここ数ヶ月にわたってあちこちの掲示板に『死にたい』と書き込んでおられます」
「えっ、どうしてそんなことを」
「はい、国民総背番号制が導入されたおかげで、こちらのコンピュータからは全ての人のネット履歴を参照できるようになっています。掲示板に犯罪自慢を書き込む人がいますし、あなたのように自殺の予告をする人もいます。本当に自殺されたりしたら、わかっていて放置していたのは怠慢だ、と役所の責任を追及されますからね。まあ、あなたの場合は俗に言う〝かまってちゃん〟です。最初のうちはたくさんの人が心配したり励ましたりしてくれていますが、10回、20回となると本気で取り合う人もいなくなっています」
「まあ、失礼ね。私本当に死のうと思ったのよ。見て、この手首」
「文房具のカッターでつけた、かすり傷ですね。本気で死ぬなら肉切り包丁を使わないと」
「ねえ、死にそうになっている人が来てるんだけど。なんとかしてくれるんでしょう」
「ではまず、あなたのお悩みやご要望を具体的に確認させて下さい。なぜ死にたいなどとおっしゃっているのですか」
「いろいろあるけど例えばお金ね。お金が足りなくてねー、大変なのよ。生活保護とかくれればいいと思うわ」
「あなたは健康上の問題は特にないにもかかわらず、ずっと、働いていませんね。ご両親ともに既になくされていますが、多額の遺産を受けとられ、かつてはそれで生活されていた。しかし、最近はネットでギャンブルに熱中しておられる。そうですね」
「ギャンブルじゃないわ。ロトくじよ」
「合法ですからいくら購入されてもご自由ですが、その結果、口座のお金は底をつき、それどころか既に大変な額の借金をかかえておられます。そろそろ働かれてはいかがですか」
「働き口がないのよ。そうだ、ここでいい仕事を紹介してちょうだいよ」
「求人情報なら、調べればすぐにたくさん見つかりますよ。特に肉体労働や接客業務は常に人手不足で、未経験者も歓迎しています。まだお若いのですから、どちらも可能なはずです」
「どっちも、苦手だわ。汗かいたり、頭下げたりするのは」
「では、お得意なジャンルから検索すれば……」
「自分が何をやりたいのか、それがなかなかわからないの。私は、自分が輝ける仕事をやりたいと思っているんだけど」
「いろいろと短期の仕事をお試しになるのはいかがでしょう。無料の職業訓練もありますから、資格をとってみるとか」
「そんな、時間をどぶに捨てるみたいなことをすすめないでよ。ムダになるかもしれないのに資格とったりいろいろ仕事したりなんて。だいいち疲れるわ」
「これまでに一生懸命やってきたこととか、ないですかねぇ」
「『風』のことならなんでも知っているんだけどなー。あ、男の子5人組のアイドルグループね。できればその関係の仕事に就きたいの」
「芸能界やマスコミは競争率が高いですし、未経験者は難しいと思われます。というかあなた、事務所にもう何度も履歴書を出して、断られていますよね」
「……。そうだ、私を助けてくれたいんだったら、いい方法が他にもあるわ。結婚相手を紹介してくれればいいのよ。風のジュンくんみたいなタイプで、お金持ちの独身男性、探してよ」
「確かに場合によってはここで結婚相談も行っていますが、一般企業が運営しているマッチングサイトを活用なさった方が効率的ですよ」
「それがうまくいかなかったから言ってるの。結婚することだって、国民の権利でしょ。私にぴったりの人を見つけてくれるのは国の責任じゃないかしら」
「わかりました。あなた様のご相談は大きくは二つ。お仕事と、ご結婚。これを基軸に、正式に入力と分析をしてみます。しばらくお待ちいただけますか」
「あれ? 早かったのね」
「全てコンピュータが処理していますから。あなたの状況ですが、調べたところ、もう詰んでいました。あなたは30歳になっています。容貌はこれから向上することはありません。一方であなたが出会い系サイトに入力している相手の条件は、全くそれに見合いません。理想の人が来てくれることは、未来永劫ありません」
「ひどい……」
「コンピュータの出した結果をそのままお伝えしているだけです。コンピュータはもう将棋で人間に勝てるようになっています。何十手も先まで読むことができますからね。人は実人生の中で常に自分の可能性について考え、未来を予想しています。けれどもたいていの場合その計算は拙く、わかった時には歳を取りすぎていて、手遅れなのです。コンピュータなら、人間が60歳や70歳にならないとわからないことも、30歳の時点でわかります。容姿だけではありません。能力もです。あなたが現在持っている知識はネット上に存在することばかりです。生まれつきの才能にも、特にみるべきところはありません。つまりですね、あなたは今後結婚して子どもを生むことも、仕事で社会のプラスになることも、ありえないということがここに明白になったというわけです」
「あんた、いい加減にしなさいよ、訴えるわよ……」
「感情的にならず、どうかご理解ください。こうして明らかになった以上、我々としては仕事を進めなくてはなりません。国には感情は、ないのです。例えば貧しいからかわいそうだといって泥棒を見逃すなんてことは、個人ならあるかもしれませんが、国家の立場ではありえません。生活支援もかわいそうだからするのではないのです。国にとって必要な人物に対し、必要な措置をとるだけです。結論を言います。あなたに自死を勧告します」
「えっ」
「安楽死の幇助態勢は万全ですからご安心ください。あなたの臓器は全て、移植用に提供されます。それは金銭に換算されて、あなたの借金と相殺されることになります。今すぐ自死された場合、その収益から借金総額を引くと……よかったですね。黒字になります。500円」
「500円?」
「ええ、あなたの価値は、500円です。あなたは人生を清算し、おまけに500円を受け取ることができます。自死を拒否された場合、あなたの市民権は剝奪されます。そして昼間は肉体労働の提供を、夜間は医療用の血液の提供を、強制されます。その方法で借金を返済されるおつもりなら、労働所に50年以上は拘束されることになります。ご自身でおわかりだと思いますが、あなたには、そんなことは耐えられません……何をやっているんですか?」
「ケータイで、ロトくじを、買ってるの。ちょうど500円分。ちょっと待って。これ、すぐに結果が出るやつだから。……出たわ」
「どうされました?」
「10億円、当たったわ」