2013年のゲーム・キッズ

第二十二回 運の良い石ころ

渡辺浩弐 Illustration/竹

それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。

第22話 運の良い石ころ

ROLLING STONE

むかしむかしあるところに、小さな石ころがありました。それは宙に浮かんで、あっちにくるくる、こっちにころころと動いていました。そうして他の石ころとぶつかったり、熱くなったり冷たくなったり、ぬれたりかわいたり、とけたりかたまったりしているうちに、そこに「いのち」が出現しました。

いのちとは分子の組み合わせパターンの一つです。それは自分自身をコピーしながら、どんどん高度に複雑になっていきます。そんなものが現れたことも、そして温度や湿度がそれを死にたえさせるレベルに一度も達せずに何億年ものあいだ安定していたことも、ものすごく運の良いことでした。

いつしかその石ころの表面は水と緑におおわれていました。奇跡的なその石ころの中でもいちばん奇跡的な場所は、最も大きな水面部分の隅に細長く連なる、とある島々でした。

いのちの進化の先頭にいた生物「ヒト」の進歩にとって、ここには最高の環境がありました。いたるところで地中より湧き出す水は、そのまま飲めました。これも偶然ではありえないほどの幸運でした。明確に季節=春夏秋冬の変化があったこと。それは島々に暮らすヒトに様々な感性や情緒を喚起し、文明を加速させました。

暑さと寒さの落差は時として過酷でしたが、それはほとんどの場合致死的なところにまでは至らず、逆にそれぞれの気候に応じた食物をもたらしました。

さらに地面から温かい水が湧き出すところもありました。雪深い地域でも、そんな場所を拠点にして生活を維持することができました。これも運が良いことでした。というか、ここまで来ると、いくらなんでも、良すぎでした。確率的に「絶対にありえない」レベルだったのです。

ありえないことがあった時は、それは偶然ではなく、誰かがそっと助けてくれていると考えるべきです。つまりいつかはそのおかえしを求められるはずなのです。おかえしの義務、それは「使命」と言い換えても、いいでしょう。

その島々のヒトたちはそもそもの最初から使命を自覚していました。奇跡に対して日夜、感謝し、暮らしていました。

やがてかれらはことばを話しはじめ、複雑な概念を獲得し、有用な植物や動物を自ら育てるようになり、そしてこみいった道具や機械を作り操るようになりました。ところが便利になった反面、頭の中が、こんがらがってきました。その結果かれらは、よその場所から入ってくることばをやたらと気にするようになりました。火の力の使い道、食べ物ではないいのちを殺す楽しみ。ヒトなのにヒトを殺す喜び。そういうものを知ってからは、恐れたり、怒ったりすることが多くなりました。

かれらはすっかり使命を忘れ、豊かな緑をこわしきれいな水を汚すようになりました。地面を掘ると黒い石が出てきました。それはよく燃えて、ヒトにぬくもりを与えました。黒い石は、かれらが寒さをしのぐために使うだけなら、100万年分、埋まっていたのです。

かれらは豊かな美しい島々をほったらかしにして、よその土地をほしがりました。よそのヒトをたくさん殺してまで。

けれどもそんなことは長くは続きませんでした。やがてかれらの故郷、あの奇跡の島々の真上に、毒の爆弾が2つも落ちました。

かれらはたくさん死にました。そしてまとまりを失いました。よそのヒト、とりわけ毒爆弾を持ったヒトにおどされて、いいなりになるようになりました。

奴隷どれいとして働かされるようになりました。朝から晩まで働いてやっと、ちょっぴりお金がもらえましたが、それはすぐに「燃える水」の代金としてまきあげられました。それが、次の日に働くために必要だと言われたのです。

そう、地面からは温かい水も、燃える石もいくらでも出てきていました。けれど、よそから買わないと手に入らない燃える水だけを使わされたのです。

やがて「光る石」を買わされるようになりました。こちらはほんのちょっぴりでとんでもなくたくさんの火をおこすことができるものですが、燃える水よりもずっとずっと高いものでした。

かれらは、これが、かつて自分たちの仲間や家族をたくさん殺したあの毒爆弾の原材料だということにすぐ気づきました。しかし奴隷の立場です。言われるまま、この危険な石を、買うしかありません。それを使って発電所を作って、そこから火や光をとって、さらに働き続けました。

ある日、そんな発電所の一つが、爆発しました。そして、毒の光が、以前の2個の毒爆弾よりもたくさん、広い範囲に、まき散らされました。

全部の発電所をすぐに止めて始末すればよかったのですが、そうはしませんでした。2つめが、ほどなく3つめが爆発しました。4つ。5つ。この島々のすみずみまで毒の光が回りました。多くのヒトたちが即死したり、病気になって苦しんで死んだりしました。

かれらは外に逃げだすことができませんでした。かれらの体も毒で汚れていると言われ、差別され、追い返されるのでした。

島に残るしかありませんでした。今やそこにいるだけで早死にすると言われる土地に。毒の光が降り注ぐ中でかれらはなんとか動植物を育て機械を作りましたが、それらはもちろんよその国のヒトたちには一切、買ってもらえなくなっていました。

そんなことになってしまったかれらにも、よその国に認めてもらえる仕事が一つだけありました。光る石の、発電所のことでした。かれらのおかげでそれがどんなに危険なものかはすっかり理解されていたはずなのに、それはまだ、世界中で使われていたのです。

その発電所をかつてさかんに使っていた経験、そして爆発させてしまった経験、さらになんとかそれを直し、しかる後に廃した経験。この島のヒトたちの財産は、それだけでした。また、すでに毒で汚されてしまっていたヒトたちですから、危険な場所で働かせるには、もってこいだと思われました。

かれらは、世界中に出稼ぎに行っては、毒の爆弾と毒の工場の仕事をしました。造ったり、掃除したり、直したり、片付けたりしました。かれらの存在はどこでも重宝ちょうほうされました。過酷な仕事でした。かれらの経験と努力のおかげで大きな事故は起きなくなりましたが、小さな事故はしょっちゅう起こり、そのたびにまき散らされる毒をかれらはまともに浴びながら、始末しました。それで多くのヒトたちは早死にしました。

けれどもかれらの苦労の代償として、世界はこの発電所のおかげでますます発展しました。夜は明るく、冬は暖かく、夏は涼しくなりました。

ちりぢりになりつつ、どんどん減りつつ、たまに故郷の島々に帰ってきては、かれらは、勉強と研究をしました。光る石のこと、毒の光のこと、それを使う発電所のこと。かれらが生きのびるためには、それしか、なかったからです。

やがて世界中の発電所は、同じ仕組みのものになりました。全ては、この島のヒトたちによって作られたものです。

ある時、かれらのうちの一人が、大事なことに気づきました。

全世界の全ての発電所を、ある波動を送ることによって、いっせいに爆発させることが、可能だということに。

同時に、かれらは、思い出しました。それもみんなでいっせいに。

そう「使命」のことを。数千年ぶりに。

だからかれらは、迷いなく、波動を使いました。

大爆発がありました。毒が広がりました。それで世界中のヒトたちがいっせいに、死に絶えました。

もちろん、島のかれらも。一人残らず。

ただし、この石ころの上にはまだ、いのちのかけらが、残っていました。それはとても原始的なものだったので、毒の中でも生き続けることが、できました。数十万年後、あるいは数千万年後、また進化を始めることができるはずでした。