2013年のゲーム・キッズ

第二十一回 家族の肖像

渡辺浩弐 Illustration/竹

それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。

第21話 家族の肖像

SHE FAR

通信販売で『シーファミリー』というペット飼育セットを買った。

パッケージには「シーファ」たちこびとのような小猿こざるのような生き物の家族が、マンガチックに描かれている。

彼らは大きな邸宅ていたくで暮らしていた。おじいさんはベランダで新聞を読んでいる。お父さんは庭で日曜大工。お母さんはキッチンでホットケーキを焼いている。お姉さんとボクは、リビングでボードゲームをプレイ中。仲良し一家の休日の風景だ。

開封する。大邸宅ではなくプラスティック製の飼育ケースを水道水で満たし、付属の小袋から粉末を注いで、よく混ぜる。電源を入れ、水が適温になったらその中に、ヒト細胞のかけらを落とす。

細胞は体のどこからとってもいいのだけれど、普通は口を開けてほっぺたの内側の粘膜ねんまくをスプーンで少しだけこそぎとる。

スイッチを入れる。水中でばちばちと火花が散る。

それから、数日待てばいい。

現れたシーファは、耳の形をしていた。

人や猿のようなものを期待していたわけではないし、むしろこっちのほうが生々しく、リアルだった。楕円だえん形の表面はつるんとなめらかで、裏面は迷路のように入り組んでいて、そう形も、大きさも、耳そのものだ。それが時折ぴくんぴくんとけいれんしながら、水中をただよっていた。

「すごい」

成功だ。僕は嬉しくなった。もっとやってみよう。

今度は体のいろいろなところから、細胞をとってみた。髪の毛を抜いて、根本の部分を切り取る。指の爪の甘皮あまがわをはぐ。その時ちょっと出血したので、その血液も使う。そういうふうに全身からちびちびと細胞をむしりとっては、水槽の中にどんどん放り込んでいった。そして、またスイッチ。小さな世界の、小さな雷。先住者の耳シーファはそのショックでびくんと縮んだが、すぐにまた伸びて、ゆらゆらと泳ぎ始めた。

そしてまた、数日後、次々と、新しいシーファ達が現れ始めた。最初に形がはっきりしてきたのは、昆虫のさなぎのような、太い棒状の肉塊にくかいだった。親指だろうか。男性器かもしれない。次にシュウマイのような形の乳首が生まれた。先端はきれいなピンク色だった。それから、赤くてぽってりと膨らんだタラコのようなものが二つ寄り添って現れた。きっとくちびるだ。なかなかセクシーで、いいものだった。

最後にできたものは、僕の一番のお気に入りになった。内臓の一部分だ。どうやら心臓のようで、それがとても小さくて本当にハート形をしていて、規則的に鼓動までしていた。

これはiPS細胞技術というものを応用した最先端の商品なのだけど、しょせんは玩具おもちゃだ。どんな生き物になるかは、出てくるまではわからない。例えば鼻の肉を入れたからといって鼻になるわけではない。けれどそこが面白いところでもある。

全部で、5匹。それらはとても仲良く暮らしているように見えた。皆ゆらゆらと自由に泳ぎ、時々おたがいに触れあったり、つつきあったりもしていた。彼らの談笑する声が聞こえるような気がした。

それはやっぱり、ファミリーなのだった。最年長の耳は、おじいさん。節くれ立った指は、たくましいお父さん。乳首は、やさしいお母さん。唇は、おしゃべり好きのお姉さん。そして心臓が、僕だ。きっとどきどきしながら、いつも何かを待っているんだ。

水槽の中の閉鎖空間に、素敵な家族が確かに存在していた。そこでは母親が家出してしまうことも、父が姉を殴ることも、姉が手首を切ることも、ないはずだった。

iPS細胞の技術で人間の全身をまるごと作り出すことは、法律で禁止された。つまり部分だけならOKという判断が明確になったわけだ。それで、こんな商品が出てきた。しかし今僕は、それぞれ一部分として生まれてきたシーファの一匹一匹に、しっかり感情移入することができていた。こういう存在を実験材料にしたり臓器移植の素材として使ったりすることは、とても残酷に思えるのだ。

とはいえこれはあくまでも、玩具なのだ。シーファ達はやがて弱り始めた。その表面にひびが入り、ぼろぼろと崩れ始めていた。体液と同濃度同成分の液体の中にいても、iPS生物はそれほど長くは生きられないのだ。

最初におじいさんシーファが、弾けるように壊れた。数日後にはお父さんも、続いてお母さんも、子供達も。

家族は粉々になり全体に散らばった。水槽は、揺さぶった直後のスノードームのようにシーファの破片できらきらと輝いた。僕は泣いた。

ところが、泣きながらずっと水槽を見ていたら、不思議なことが起こった。ちりぢりになったその破片が、お互いに引き寄せ合うように、1カ所に集まりだしたのだ、小さな固まりが、だんだんと大きくなっていった。ついには全ての破片がまとまって、野球ボールほどの大きさの塊となって、静止した。

それは正確な球体だった。家族が混ざり合い、溶け合い、一体化した、確固たる存在だった。とても、美しかった。宇宙空間にぽっかりと浮かぶ地球のようにも見えた。

僕は長い時間それに見とれ、やがて、笑った。心の底から笑うことができた。

その時、ノックの音がした。

ほどなくドアは壊され、数名の男の人達がどやどやと、入ってきた。

一番若そうな一人が、その場で吐いてしまった。部屋に転がっている真理子を見たせいか。

「ああ、それちょっと匂いますね、ごめんなさい」

と、僕は言った。その身体のあちこちから細胞を削り取ってからは、真理子のことは忘れてしまっていた。

それは僕がしたことですけど、でも気にしないでください。もう全体が腐ってしまって、使い物にならなくなってますから。耳も指も乳首も唇も心臓も、細胞ごとすっかり死んでいますから、シーファの材料としても、もう使えません。そいつはもう、ただの物体なんです。

ええ、僕は生きていた頃のそれ、真理子と、家族を作ろうと思っていました。大きな家を建てて、元気な子供達を育てるつもりでした。けど失敗しました。

でもね刑事さん、見て下さい、この水槽。ほら、ここに、僕の家族がいます。いつか実現していたかもしれない僕のもう一つの人生、もう一つの未来が、ここに、完璧に、できあがっているんです。ですから、ねえ刑事さん、大丈夫なんです、全てが、解決したんです