2013年のゲーム・キッズ
第二十回 終わりの会
渡辺浩弐 Illustration/竹
それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。
第20話 終わりの会
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「起立、礼、着席ぃ。では終わりの会を始めます。まず〝今日のいいことわるいこと〟です。何かある人。はい、新島さん」
「えーとぉ、古田くんはお昼休みにぃ、トイレにこもって一人で何かやらしいことをしていました。そういうことは、いけないと思います」
「ちょ、ちょっと待てよ、おい」
「古田さん、起立して、答えてください」
「だ、誰にも迷惑かけてないし、それにトイレの中のことまで、なんで見てるんだよ!」
「監視カメラがあるから。音とか声とかでなんかおかしいってわかるもん」
「カメラから覗いてるなんて、ひどいよ。死者だからってそこまでしていいわけないだろ」
「覗くつもりがなくたって、ネットの中を流れる情報は自動的に全部見えちゃうんです。もしかして生者の人たち、そんなことも知らないんですかぁ?」
「ずるいよ!」
「ずるいと思うならあんたも死ねばいいじゃない」
「そうよそうよ。生者の人たち、いいかげんにしてよ。いつまで生きてんの。バカじゃない」
「バカって言った方がバカなんだよバカ!」
「老川さん、意見を言う時はちゃんと手を挙げてください」
「委員長も死者だからひいきしてやがるな、ふん。死んだ奴らにいろいろ言われたくねーよ。お前らなんか、パソコン画面から出てこられないじゃないか」
「私たちから見たらあなたたちの方が画面の向こう側なんだけど。生者の人達は、いつまでも生きてること自体くだらないと思います。今すぐ死んでほしいです」
「死ぬかどうかは個人の自由ってことになってるじゃないか」
「死ぬ勇気もないなんて、情けねえって話。教えてやるけど、こっちの世界マジいいぜ、リアル天国だぜ。悪いこと言わないから早く来いってば」
「そうそう、ほんとだよね。昔は、死んだら空の上の天国に行けるってみんな信じてたわけでしょ。けど科学が進歩して、そんな場所なんてないってわかってしまった。なら、その進歩した科学で作ればいいってことになって、本当にできちゃったのがこのシステム。習ったでしょ。ええと正式名称はなんだっけ、委員長、教えてあげてよ」
「〝死者再生システム〟ですね。現在、人は死んだら、DNAデータと、生前の全記録を組み合わせて、ネットの中に再生されます。基本的人権として、全ての人がそうされることが法律で決まっています。誰でも、死ねばすぐに生き返ることができます」
「死者って、いいよー。ネットの中には暑さも、寒さも、痛さも、ないから。お金もいらないし、病気もしない。眠くもならないし、おなかも減らない」
「おなかが減るから、おいしいもの食べられるんじゃないか」
「そのおいしさを、ここならさらに1000倍に設定して知覚することも簡単なのよ。1000種類のメニューを一度に食べることもね。そういうことが全部、数字設定だけでできちゃう。勉強も運動も、しなくていい。本当は死者はもう学校にだって来る必要ないんだけど、暇つぶしで来てやってるってわけよ」
「来なくていいよ。ていうかむしろ来んな。どうせパソコンとか監視カメラとかの中から俺らのこと覗いて、からかって遊んでるだけじゃん」
「まだ生きてる意気地なしに、教えてあげるために来てんの。死ぬのって、ちっともこわくないよーって。ねえ、なんで死なないの? 古田くんどうなのよ。意味ないじゃん、あなたみたいに成績悪くて運動もできない人、生きてても。薬はもうもらってるでしょ。人口抑制センターが、偏差値40以下の人には全員に無料で配ってるはずだから」
「私それ飲んで死んだ。ちっとも苦しくないし、一瞬だよ」
「古田にも俺にもかまうな! 死者と生者を差別してはいけないきまりだろ!!」
「差別じゃないわ。教えてあげてるだけ。はっきり言わせてもらうけどさ、いいかげんにしてよ、古田くん、老川くん。このクラスでまだ生きてんの、あんたら二人だけなんだよ。全員が死者だったら、このクラス、もっと自由にいろんなことができるはずなのに。修学旅行で宇宙行ったり……」
「うるさい。死人に、ゾンビに、そんな偉そうなことを言われたくない。くそっ。俺は信じねーぞ。お前ら、ついこないだまではみんな、生きてたじゃねーか。若宮だって、今西だって、ガキの頃から一緒に駆け回ってたじゃねーか。次から次へと自殺しやがって。この世界はそんなにひどいか。俺はそうは思わないぜ。若宮、お前はこの校舎の屋上から飛び降りて死んだんだ。血まみれのお前を、俺は見た。あれが本物の若宮だ。そこにいるお前は……」
「ふふっ。だから、重くて面倒な体を脱ぎ捨てて、自由になったんだってば、私は。ねえ、君らも早く。 ……あれ、古田くん?」
「あっ! 古田、どうしたそんなに泡噴いて。まさか薬を! おい。早まるな。死ぬな。死んだら生き返ることができるなんて、噓だ。画面の中のあいつらは、にせものなんだ。信じちゃいけない。ああっ。古田……」
「何? ん……? あれ、ここは……。ああ、画面の中に入ったのか。こっちが死者の世界ってわけか。そうか、僕死んだのかぁ。ああ、素晴らしい。こんなに気持ちがいいものだったなんて。なんでもっと早く死ななかったんだろう」
「古田お前!」
「ああ、老川、君も早く来いよ。こわいのは、わかるよ。僕も、そうだった。信じられなかった。画面の中に生き返った友達が、前の、生きていた頃の友達と、同じ人だって。きっとにせものだと思ってた。けど、今じゃそれがバカバカしいよ。ここは広くて、そして、気持ちいい。こわいものも、心配ごとも一気に全てなくなった。老川、なあ、もう残ったのは君一人だ。全員にバカにされながらその臭い汚い狭苦しい世界にい続けるのかい」
「いやだ。絶対に、俺は、死ぬもんか!」
「実はな老川、あのさ、ちょっとそこを見てほしい。画面の向こうを」
「誰だ。これは。こいつも泡噴いて。死んでるのか?」
「老川、それ君だよ。いや、1分前まで君だった……死体だ」
「じゃあ、ま、まさか俺も」
「そうだよ。休み時間に僕が買ってきて、一緒に飲んだジュース、あれに薬、入れてあったんだ。老川、だってもう、無理だよ生き続けるなんて。それにほら、今ならわかっただろう? みんなの言ってることは、本当だった。僕も君もちゃんと蘇って、こんなに元気だ。ここはこんなに気持ちいいじゃないか」
「ふ、古田」
「老川、なあ、そんなに怒らなくても」
「お前……ぶっ殺してやる!」