2013年のゲーム・キッズ

第十六回 ニートその輝ける未来

渡辺浩弐 Illustration/竹

それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。

第16話 ニートその輝ける未来

NEATLY NEET

>未来は、もう来ている。今が、未来なんだよ。

たとえばほら、人工冬眠。あれはもう、小説の中だけの話ではない。その技術は何十年も前に完成している。細胞の凍結破壊を防ぐ薬品を全身に注入して、体温を下げる。あとはきちんと保管するだけ。実はとても簡単なんだ。

それで誰でも、未来に行ける。不老不死ふろうふしとなる、宇宙をけめぐる、ありとあらゆる富や快楽や満足を無限に得る、そんな夢の未来にね。

ただし残念ながらこの技術を大っぴらにすることは、不可能だ。誰もが未来に行けるって話になると、こんな時代のこんなひどい世界に残ってちまちまと働き続ける人なんて、いなくなってしまうからね。

だから私は、意識の高い若者をいろいろな方法で探し続けている。これはという人物を見つけては、こうやって、そっと、誘っているわけさ。

まあ、信じるも信じないも、それは君の自由だけどね。

>勇気を出して返信します。あなたの本はずっと前から読んでいますし、人工冬眠のことならよく知っています。あれがもうSFじゃないってことも。

僕は一日中ネットをやってますからね。ネットっていちばん効率的に情報を受け取れる方法なんですよ。

僕は大学なんかに行ってるやつらよりずっと賢いんです。部屋で一人で有益なことをたくさん学んでいますから。ニコニコ動画って知ってますか。あれ、本当は僕が考えたんですよ。僕2ちゃんに書き込んだことがあるんです。テレビ見ながらネットで実況読むのかったるいから、画面にコメント重ねるサービスあったらいいな、って。その次の日にあのサービスが始まったんです。きっとパクられたんですね。特許とっとけばよかったなあ、って思いますよ。

バカ親のせいで今の僕はこんなですけど、本気出したらきっとすごい、ってことです。未来でなら僕も絶対光り輝くことができるはずです。

ちょっと気になるのは、費用についてです。僕あんまりお金はないので。

>このサービスは無料で受けられる。ある篤志家とくしかが運営しているプロジェクトだからね。金よりも大事なことがある。君が今のこの世界を本当に捨てられるかどうかだ。

君は今この世界の誰かに、肉親とか友人とかに、未練はないか。少しでもあるのなら、気が変わる可能性がある。早いうちにやめておいた方がいい。

>友達や恋人はいません。両親は揃ってクズです。親父とはもう1年顔を合わせていません。お袋はただの下女げじょとして、メシを作らせているだけです。両方とも僕にとっては虫以下の存在です。

>諒解りょうかいした。先に進もう。君が準備すべきことは3つだけだ。

まず、遺書を書きなさい。文面は用意してある。添付書類をプリントして、直筆じきひつでサインすればOK。君はこれから消える。それが事件として取り扱われたら困るから、遺書をきちんと残しておく必要がある。それは君がいなくなってから数日後に発見されるだろう。樹海じゅかいに行って自殺するという内容だ。肉親も含め、わざわざ捜しに行く人はいないだろう。

遺書ができたら、今、君のいるその部屋のドアを開けなさい。隙間だけでいい。白い封筒がある。それで組織の力については実感してもらえることだろう。

最後に、その封筒の中の錠剤を全て飲みなさい。数分で眠くなるはずだ。

スタッフが既に、君の家の前でスタンバイしている。家族に知られずに、君の部屋に侵入する。このメールを含め不都合な痕跡を全て消去した上で、君の体を安全に運び出し、人工冬眠体保管庫に連れていくのだ。

早速だが、今すぐに始める。10分間で全てを済ませる。

難しいことは何もない。これから10分後には君は眠りについている。眠っている間は死んでいるのと同じで、そこに時間は存在しない。つまり君は10分と1秒後には、もう未来で目覚めているということになる。

早急すぎることに驚いているかもしれない。しかし長引かせればそれだけ秘密が漏れる可能性が高まる。

君はこれまで外に出ることを極端に避けて暮らしてきたために、物事を熟考する習慣がついている。しかし瞬時に判断しなければならない局面というものは社会にはあるものなのだ。君が少しでもためらうようならば、我々は引き上げることにする。今しかない。今決断できないなら、君は永遠に決断できないだろう。ずっとそのクソのような現実に甘んじていればいい。

遺書を準備し薬を飲むことができたら、返信してほしい。飲めなかったら別にそれでもいい。このメールは消去して、全てを、忘れなさい。

>薬見つけました! 飲みました! 考える暇もなかったけど、大丈夫ですよね?

>安心していい。君の両親は眠っているし、スタッフの準備も整っている。眠ったら、一瞬後に君は未来だ。

>ああ。眠くなってきました。いつ目覚めるんでしょう。1万年、100万年、いや、どうでもいいか。どっちにしろ僕にとっては一瞬なんでしたね。

>そうよ、1万年でも、100万年でも、同じよ。だったらそれが永遠でも同じなんじゃないかしら。

バカとか虫以下とか言われながら、下女のような扱いを受けながら、将来の全くないあなたの面倒を見てきた。世間でもいい笑いものだったわ。

いつからか死んでほしいと願っていたのよ。それで方法をいろいろと探っていた。殺人で捕まるのはごめんだからね。

人工冬眠とか渡辺浩弐わたなべこうじとか、私は興味ないけどね、あんたがネットで何を読んでるかは知ってる。あんたがだまされやすい人間だってことも。

それで思いついた。殺すんじゃなくて、自殺してもらう方法をね。

あなたが渡辺さんだと思いこんでいた誰かさんとのメールは、全部消しておく。その代わりに、あなた自身が致死量ちしりょうの劇薬をオーダーした履歴を残す。もちろん、直筆サイン入りの遺書もあるわ。

私が誰だか、わかるかしら。

あらあら、もう痙攣けいれんが始まったみたいね。文字はもう打てないわね。振り返ることはできるかな。

できるものなら、私を、見てごらんなさい。

顔を合わせるの、久しぶりね。