2013年のゲーム・キッズ

第四回 エリートコース

渡辺浩弐 Illustration/竹

それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。

第4話 エリートコース

DEATHTINY

進路とか仕事とかを、自分で決めなくてはならない人達がいるらしい。信じられない。この世に何百何千と存在する職業からたった1つを選ぶなんて。それもある程度大きくなってから決めるから、それまではむやみやたらといろいろなことを勉強するらしい。ほとんどの知識は、全くのムダになってしまうというのに。

決めたとしてもその仕事が本当に自分に合っているかどうか、やってみるまで確証はない。合わなかったからといって簡単にやり直しはできない。それで人生大失敗ということになる。

僕は、小説家になる。なれる。生まれた時、いや生まれる前からそう決まっていた。だから、物心ついた時からずっと、文学の勉強だけに専念している。

僕たちは「DNAエリート」と呼ばれ、大人になるまでは雑菌ざっきん渦巻うずま世間せけんとは隔離かくりされている。山奥にあるこの全寮制スクールで、それぞれの専門分野を勉強するために、ムダの無い暮らしを送っている。もちろん刑務所けいむしょとは違うから、スクールの敷地しきちの中にいろいろなお店もある。買い食いだってゲームだって友達づきあいだって、自由だ。外の世界とはネットやテレビ電話で交流できる。

僕たちの養育費は「スポンサー」から支払われている。特定のXX遺伝子とXY遺伝子をDNAバンクから購入して人工授精によって子どもを作り、この施設に預けた人物のことだ。僕たちの場合それがつまり「親」ということになる。

ある日、僕に、母親と称する人物から電話がかかってきた。ここに入る連絡は全て検閲けんえつされているから、偽者はありえない。とすると、この女性はスポンサー、つまり金持ちの事業家か、それとも投資会社の担当者か。

「ちがうのよ、私は、私達は、恋愛をして、普通の母親と父親として、あなたを作ったのよ。それをちゃんと知っていてほしいの」

僕は画面の中の顔をのぞき込んで、少し落胆した。れぼったい一重ひとえまぶたの太った女だ。髪を派手はでに染め、フリルがたくさんついた少女趣味の服を着ている。ちっとも似合っていない。これが生物学的には僕の親なのか。

彼女は画面に写真を表示して「そしてこれがあなたのお父さん」と言った。

こちらは美青年だった。なぜか上半身裸のポートレート。鎖骨さこつから引き締まった胸筋きょうきんへの曲線はギリシア彫刻ちょうこくのようだ。顔は白く、鼻筋が通り、切れ長の目が印象的だ。

僕はこちらの人物には、少なからず興味を覚えた。

「この人は詩人なのよ。けれども認められず、失意のうちに世を去ったの。こんなに美しいのに

「ということは、故人こじんなのですね」

僕の父親は、もうこの世にいないのか。僕は死者の精子から生まれたのか。

「正確には、冬眠に入ったのよ。自殺の前にDNAバンクに登録していたからね。自分の才能を後世の誰かが認めてくれて、残しておいたDNAを使って自分を再生してくれる、目覚めさせてくれる。そんな可能性に期待をかけたってこと。その願いは叶った。私が、彼を見つけたの。彼が眠りに入って100年も過ぎていたけれどね。私はバンクのカタログを見ていて彼に気づいた。一目惚ひとめぼれした。全財産を注ぎ込んでも彼を呼び戻そうと決心したの」

説明は要領を得ないが、僕の頭脳は優秀なので、すぐに理解した。

「つまり、あなたは、過去の男性をクローン再生して、結婚した。そして僕を産んだ。そういうことですね」

「ちょっと待って。聞いて。彼を現実世界に再生させる前に、やることがあったのよ。彼の生前のデータをもとに、コンピュータの中に彼を再生したのね。彼と私が本当に愛し合うことができるかどうか、それを確かめるためのシミュレーションね。それは美しいCG世界で、眠りの国の王子様を私がくちづけで目覚めさせるところから始まったわ。長い眠りから覚めた彼も、私を好きになってくれた。成功ね。バーチャル空間で、時空を越えた愛が、成立したってこと。それから私たちは何度もデートした。春のお花畑で、夕焼け時の浜辺で、夜景を見下ろす摩天楼まてんろうの最上階でそれは素敵な時間だった」

しばらく、のろけ話が続いた。僕はひたすら退屈たいくつに耐えた。

「彼が現実世界に再生された後にはどんなふうに暮らしていくか、そんなことも話したわ。どこに住んで何をするか、どんな家庭を作るか、とかね。けどね、私にはわかっていた。バーチャルの方がずっと楽しいって。わざわざそこから抜け出して、汚らわしい現実に戻るなんて、イヤだった。だから私は決めた。彼はそのままバーチャル世界に置いておこうって。そのままで、私達は結婚できる。子作りさえもね、彼の精子も保管されていたから。それを私の卵子に人工授精させればいいのね。そう私達は、エデンのそのにいながらにして、汚らわしい肉体の接触を持つこともなく、愛を成就じょうじゅさせることができる、というわけ」

なんだかずいぶんロマンチックに脚色きゃくしょくされてはいるが、早い話、大金持ちのこの女性が、カタログショッピングで手に入れた男性の精子で、子どもを作った、それが僕、ということだ。よくある話じゃないか。

女性は一方的にしゃべり続けた。自分を主人公にした感動的な物語を。

「ところがある日、悲劇が起きたわ。私、ネットを調べていて見つけてしまったの、100年前当時の彼の写真を。DNAバンクに登録されていたこの写真とは、似ても似つかなかった。それから調べて、わかったわ。彼は整形していたのね。元は、とんでもない不細工ぶさいくだった幻滅げんめつなんてもんじゃなかったわ。私、悩んだ末に、決心したの。彼と別れることを。彼のデータを消して、そしてもちろん彼のクローン再生も、キャンセルすることを」

彼女は、子どもがほしかっただけだ。それならば、父親を生き返らせる必要はない。精子だけ買えばそれで良かった、というわけだ。

しかし彼女の次の言葉は、予想外だった。

「それにともなって、子どものシミュレーションも、中断することになったの。あなたはなかなかうまく育っていた。もう少し様子を見て、作家の才能を発揮することがあるなら本当に生まれさせてもいいと思っていたんだけどね。けどいくらいい小説や詩が書けても、ほら、あなた、お父さんの顔に、そっくりでしょ。今どき不細工な作家なんて、売れるわけないじゃない。今は整形したってすぐばれるしね。だから私あなたのことも、やっぱりナシってことにしたのよ」

ナシって、どういうこと? そう聞き返そうとしたが、声が出なかった。

「ほら、タイムマシンに乗って昔に戻ってお父さんを消したら、その子どもがぱっと消えちゃうってSFあったでしょ。それと同じ。あなたのお父さんがいなくなった以上、あなたもね」

ふと気づいた。僕の手から、体から、そして僕のいるこの世界から、色が失せ始めているということに。