Fate/Zero 1 第四次聖杯戦争秘話

第25回

虚淵 玄(Nitroplus) Illustration/武内 崇・TYPE-MOON

あの奈須きのこがシナリオを担当した大人気ゲーム『Fate/stay night』の前日譚を虚淵玄が描いた傑作小説『Fate/Zero』が星海社文庫の創刊に堂々の登場! 1巻目となる「第四次聖杯戦争秘話」は『最前線』にて全文公開!

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肉を切り裂くのみならず深々と地を穿つ、無数の宝具の轟音を、遠坂時臣は自室の安楽椅子にくつろいだまま聞き届けた。

「さて、首尾は上々と」

独りそう呟いた魔術師の横顔を、シェードランプのそれとは違う黄金の輝きが照らし出す。

ただ居合わすだけで周囲の薄闇を払わずにはいられない黄金の立ち姿は、ついさっき屋根の上から侵入者を処刑したそれと同じである。霊体化して屋内に戻り、再び時臣の部屋で実体化したアーチャーのサーヴァントは、満足顔のマスターの傍らに、昂然と立ちはだかった。

間近に見るその姿は、堂々たる長身に、磨き抜かれた黄金の甲冑かっちゅうを纏ったものだった。燃え立つ炎のように逆立った金髪と、端整というには華美すぎるほどつややかな美貌の青年。血のような真紅の双眸は明らかに人のものでなく、見つめられた者すべてを萎縮いしゅくさせずにはおかない神秘の輝きを放っている。

「随分とつまらぬ些事に、オレを煩わせたものだな。時臣」

時臣は椅子から立つと、恭しく、かつ優雅な仕草で一礼する。

「恐縮であります。王の中の王よ」

マスターとして召喚したサーヴァントに対するには、およそ考えられる以上にへりくだった態度といえた。だが遠坂時臣は、自らが招いたこの英霊に対して礼を尽くすことに何の躊躇もなかった。自身もまたとうとき血統を継ぐ者として、遠坂時臣は“高貴なるもの”の何たるかを誰よりも弁えているものと自負している。今回の聖杯戦争に勝ち抜くために時臣が召喚した、この偉大に過ぎる英霊は、下僕ではなく賓客ひんきゃくとしてもてなすべき相手であった。

アーチャーとして現界したこの男こそ、かの『英雄王』ギルガメッシュ。古代メソポタミアに君臨した半神半人の魔人。およそ英雄としてもっとも古い起源を持つ、人類最古の王なのだ。

高貴なることを尊ぶのが時臣の信条である。令呪の支配権があろうとも、どのような体裁の契約を交わしていようとも、それで貴賤きせんの上下がくつがえるものではない。たとえサーヴァントであろうとも、この黄金の青年は最上の敬意をもって遇するべき存在であった。

「今宵の仕儀は、より煩瑣はんさなお手間をかけぬよう今後に備えた露払いでございます。かくして『英雄王』の威光を知らしめた今、もはやいたずらに嚙みついてくる野良犬のらいぬもおりますまい」

「うむ」

時臣の言い分を、アーチャーは首肯しゅこうして認めた。礼は尽くせど、必要以上におもねり萎縮することのない端然とした時臣の態度は、この時代になかなか望むべくもない。それはこの英雄王も理解していた。

「しばらくは野のけものどもを食い合わせ、真に狩り落とすべき獅子ししがどれなのかを見定めます。どうかそれまで、いましばらくお待ちを」

「良かろう。まだ当面は散策だけで無聊ぶりょうを慰められそうだ。この時代、なかなかどうして面白い」

そんなアーチャーの言い分を聞いた時臣は、内心のわずかな苛立ちを仏頂面ぶっちょうづら糊塗ことした。

たしかに彼の契約したサーヴァントは英霊として最強である。が、この気儘きままな好奇心による放浪癖だけは頭痛の種だった。現界してからこのかた、一夜として大人しく遠坂邸に留まっていたためしがない。今夜とて、アサシンの襲来するタイミングにあわせてアーチャーを屋敷に留め置くために、時臣はかなりの労力を説得に費やした。

お気に召されましたか? 現代の世界は」

「度し難いほどに醜悪だ。が、それはそれででようもある。

ただ肝心なのは、ここにオレの財に加えるに値するだけの宝物があるのかどうか、だ」

皮肉な笑みで嘯いてから、やおらアーチャーは赤い瞳に神威を込めて、おびやかすように時臣を見据える。

「もし、我が寵愛に値するものが何ひとつない世界であったなら無益な召喚でオレに無駄足を踏ませた罪は重いぞ。時臣」

「ご安心を。聖杯は必ずや英雄王のお気に召すことでしょう」

時臣は怖じることなく、自信を込めて返答した。

「それはオレあらためてから決めること。だが、まぁ良い。当面はおまえの口車に乗ってやろう。この世の総ての財宝はオレの物。その聖杯とやらがどの程度の宝であれ、オレの許しもなしに雑種どもが奪い合うなど、見過ごせる話ではないからな」

傲岸にそう言い放つと、英雄王は踵を返し、実体化を解除して霞のように姿を消した。

『おまえの見繕う獅子とやらにも、手慰みぐらいは期待しておこう。時臣、委細は任せておくぞ』

影なき影の声に、時臣はこうべを垂れた。ほどなく英霊の気配が室内から消えるまで、礼の姿勢は崩さなかった。

やれやれ」

黄金の威圧感が消え失せたところで、魔術師は深く嘆息した。

サーヴァントには、もとの英霊が保有していたスキルとは別に、現界するクラスが決定した時点で新たに付加されるクラス別スキルというものがある。アサシンの『気配遮断』やキャスターの『陣地作製』、セイバー、ライダーの『騎乗』などがそうだ。同様にアーチャーのクラスを得て現界したサーヴァントには、『単独行動』という特殊スキルが与えられる。

マスターからの魔力供給を断ったまま、ある程度の自律行動ができるというこの能力は、たとえばマスター個人が最大魔力を動員した魔術を発動したい場合や、またマスターが負傷してサーヴァントへ充分な魔力を供給できない場合などに重宝ちょうほうする。が、その反面、マスターは完全にサーヴァントを支配下に従えておくことが難しくなる。

アーチャーとなったギルガメッシュの単独行動スキルはAランク相当。これだけあれば現界の維持はもちろん、戦闘から宝具の使用まで、一切をマスターのバックアップなしでこなせるがそれをいいことに英雄王は、時臣の意向などお構いなしに、常日頃から勝手気ままに冬木市を闊歩する有様だった。終始経路パスを断たれたままの時臣は、自分のサーヴァントが何処どこで何をしているのやら全く把握できない。

おのれの世界以外にはとんと興味のない時臣は、英雄王ともあろう男が、いったい何を愉しみに大衆の営みを渉猟して歩くのか、まったく理解が及ばない。

「まぁ当面のところは、綺礼に任せておけばいい。今のところは予定通りだ」

そうほくそ笑んで、時臣は窓から庭を見下ろす。忍び込んだアサシンが果てた辺りは、過剰な破壊によって土砂が抉られ、そこだけ爆撃でもされたかのような惨状を呈していた。