2018年春 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2018年5月15日(火)@星海社会議室
編集部猛省、異例の候補作なし! 読者を見据えた極上のエンターテインメントを求む。
晴れ晴れしない幕開け
太田 今回の新人賞は、史上初のことが起こってしまいましたね。編集部として、忸怩たる思いでいっぱいです。
岡村 まさか座談会に、編集部員全員必読の候補作が一作品も推薦されないなんて……! 今日は、どうがんばっても盛り上がらないですよ。
林 まぁまぁ、きっと新人のふたりが冷え切った我々のテンションを上げてくれますよ。それでは恒例の自己紹介、かましたれ!
阿部 今年の4月より星海社に合流いたしました、阿部と申します! 先日まで美大に通っていたピチピチの22歳ですが、とくに絵は描けません。本を読んだり論文を書いたりしていたので、普通の文系大学生だったと認識していただければと思います。
丸茂 (自分でピチピチとか言っちゃうのか、すごいな)
林 あっ、まずいですよ、太田さんの表情が1ミクロンも動いてない! 感情が消えてる!!
岡村 この流れで話すのは少し不憫だけれども、有馬くんも行ってみようか。
有馬 はい! 有馬です。最近ネトゲに熱中しているのですが、そこで気付いたことがあるんです。僕、女の子が大好きなんですよ。素性を知らない女の子とのやりとりが、何よりも楽しいんです。この前、メールレディで大金を稼いでる子とチャットしたんですけれども。
太田 メールレディって何?
有馬 男性とメールのやりとりをすることで、女性側に報酬が発生する仕事です。その方によると、お客さん、つまりはガチ恋勢を落とすためには「相手にとってかけがえのない存在になる」ことが大切らしいんですね。
丸茂 (これって自己紹介だよね?)
有馬 それを聞いた僕は、これって編集者と作家さんとの間にも通じる大事な技なのかもしれないなあ、と感じたんです……(中略)……ということで、ネトゲやっててよかったと思いました。
太田 話長すぎるよ! そして自己紹介なのに着地点そこなの!? 阿部さんは、今どき「ピチピチ」みたいな言葉選びが古臭いのをどうにかして! あと有馬さん僕に可愛い女の子紹介して! しかしふたりともまったくおもしろくないよ……読者の記憶に残るための、初登場の機会を無駄にしてどうするんですか!
阿部 返す言葉もございません。
太田 言葉選びが古臭いってそれだよ、それ! いいですか、ふたりとも完全に準備不足です。過去の座談会記事を見れば、何が星海社の新人に求められているか一目瞭然ですよね? 事前におもしろい話を用意できていない、自己紹介の練習すらしていないのは単なる怠慢です。ねえ、丸茂さん!
丸茂 えっ、僕ですか!? そうですね、その通りですよ!(話は聞いていないがとりあえず相づちは打つ)
太田 怠慢を続けていると、星海社に合流して1年以上経つのになにひとつおもしろい話ができない、この丸茂さんみたいになっちゃいますよ。努力して、度肝を抜くようなキャラクターを確立してくださいね。
阿部・有馬 は、はい!!
林 とりあえず、丸茂くんもがんばって! でも、丸茂くんがする話って、本当におもしろかったことが未だかつてないよね。
丸茂 返す言葉もございません……。
冒頭のインパクトを最後まで
岡村 今回の投稿作は全部で29作品でした。候補作がなかったとはいえ、しっかりやっていきましょう。まずは林さん担当の『ツイみすガールズ』から。
林 この『ツイみすガールズ』って題名、何のことかわかりますか? 実はですね、「ツイッター」と「ミステリ」と「ガールズ」の略なんですよ!
太田 いいね! ミステリものってだけで評価できる!
林 ミステリ好きで優秀な女の子たちをツイッターで集めて、怪奇事件を解決するという作品です。ある出会い系サイトに登録した女子高生たちが怪物を妊娠してしまうとか、発生する事件がオカルト風味で印象深い。ただ、「ツイみすガールズ」という単語が、原稿の4割まで読み進めないと登場しないのは頂けないです。
太田 つかみになる大事な要素は頭に持ってこないと、もったいないですね。やはり、作品の世界観の説明と物語の疾走感の両立は永遠の課題だね。『機動戦士ガンダム』の1話はその課題解決の頂点と言うべき存在ですが、アムロは第1話でガンダムに乗って、しかも勝つんですよ?
林 作品を構成するアイデアや、スケールの大きい物語にしようとする姿勢は評価したいのですが、荒削りな部分がかなり気になりました。引きこもりの天才という人物がツイッターくらいしか使っていないとか、設定に描写が追いついてない。
岡村 僕らでも、ツイッターは駆使できるものね。
林 一方で、次の『都会のフリをする地方の街は』は書き出しが素晴らしかった! 家族を事故で亡くした主人公が、時間を巻き戻せる異世界に行くお話なんですけど、情緒的な世界観を冒頭で示しつつ、タイムリープ×デスゲームというキャッチーな題材を使っているんですよ。
太田 組み合わせがいい! 流行りものを正面から書きたくない、という気持ちが感じられますね。デビュー作ですし、ベタなものをうまく取り入れて活用するのはありだと思います。
林 異世界には怪物がいるし、主人公と同じく過去に戻りたい人たちが集まっているので、タイムリープできる権利をめぐってサバイバル! という展開を期待したのですが、いまいち盛り上がらず温度が低い感じで終わっちゃう。蹴落としてでも勝ちたいとか、感情を爆発させるキャラクターをもっとたくさん配置して、娯楽性を強めてほしかったです。
おもしろさは学歴に比例しない
太田 次の『白のエスキース』は、丸茂さん担当か。一行でいい?
丸茂 お待ちを! この作品については語らせてください。
林 おお、丸茂くんには珍しく自信ありげだ。
丸茂 僕はこの作品、けっこう期待して手に取りました。なぜなら、この投稿者の方は、“東大生”だからです! 国立に落ちた僕にとって、“東大”という学歴は憎々しくも、信頼できる肩書き。きっと文章力は保証されているだろうと読み始めたのですが……しんどかった。主人公がちゃちな固有名詞で構成された別世界に彷徨いこむ、というメタ要素ありのファンタジー作品でしたが、つまらなかったです。
太田 丸茂さんは僕と同じで早稲田卒だからねえ。東大より偏差値が低いからじゃないの?
丸茂 もちろん、そう思いましたよ。これはきっと僕が東大より偏差値が低いから、理解できなかったのではと。ということで、東大院卒の櫻井さんにも少し読んでもらったんですが……。
櫻井 私もさっぱりでした。
丸茂 僕は言いたい! やはり、学歴と作品のおもしろさは必ずしも比例しない……!
太田 力強いね(笑)。まあでもそうだろうね。
石川 でも、おもしろさはともかくとして、文章が整理されているか、語彙が豊富か、といったところはある程度学歴に比例するんじゃないんですか?
丸茂 うーん、表現の妙も、あまり感じられませんでしたね。意図的だとしても、益体のない会話が多すぎるんです。メタ要素含め、舞城王太郎さんの影響を受けているんだと思いますが、文字がところどころ大きくされている。作中で言及される「●●●で障子突き破る小説」の書き手の選評を真似するわけではありませんが、これは意味が無いと感じました。正直この作品は櫻井さんより僕向きな作品だったと思います。こういうネタがちらほら出てくるんですよ。
メフィスト賞に応募したつもりがファシスト賞という右翼団体の文学賞に応募してしまいしかも受賞、かれはいまも街宣車に揺られ、アジビラまがいの短編を書いていた。
岡村 たしかに、これは丸茂くん向きだ。
丸茂 こんな題材、多くの読者にはネタ元がわかりませんし、わかったところでおもしろくありません! ゼロ年代の諸作品への憧憬を、僕も涸らすことなく持ち続けていますが、そこに拘泥して縮小再生産に陥るのはだめだと思います。
太田 なるほどね。しかし丸茂さん、今の丸茂さんはちょっとだけおもしろかったよ!
丸茂 よかった……2年目の意地でした。
作品からは距離を取れ!
丸茂 次は櫻井さん担当の『魔術師の錠前屋』ですか。東大の名誉回復のために、がんばってくださいよ(にやにや)。
林 丸茂くんのそういう器の小ささ、嫌いじゃないよ。
櫻井 (さらっと)学歴なんて、私はどうでもいいと思うんですけどね。さて、これは、今回の私の担当作では一番読ませてくれた作品でした。昭和時代の日本を匂わせる舞台ながら、一般社会の背後には魔術師の住まう裏世界が存在するという設定になっています。有力な魔術師の家系に生まれた主人公は、両親の営んでいた錠前屋を継いでいるのですが、魔術で作られた鍵の管理をする裏世界での家業も同時に切り盛りしているんです。
丸茂 ファンタジー要素を取り入れた歴史改変ものって感じですか?
櫻井 そうですね、日本が戦争に負けたという歴史が表向きにはありながら、実はその敗戦には魔術師が関わっていた、という背景になっています。戦後のある日、主人公のもとに「国のためにこの箱を開けてくれ」というアフガニスタンの男性から依頼が舞い込むところから物語が始まるのですが、大きな欠点は魔術と鍵が題材なのに、その設定に関する描写が少なすぎることです。件の箱を開けるために冒険が始まるのかと思いきや、地下室にこもってがんばっていたら開いちゃうんですよ! 主人公の亡き父の日記とかも重要な要素ではあるんですが、あくまで回想ですし、物語の中の「現在」にはあまり動きがない……。それから、後半になるほど説教くさくなっていくのもがっかりでした。「日本は平和ボケしている」といった書き手の主張めいた台詞が増えていくんです。
岡村 ひとつの要素として作者の主張が入っているのはよいかもしれないけど、それが中心に来るのは違和感あるよね。
櫻井 読者をおもしろがらせる目的と方向が途中から変わって、書き手の意識が強く出すぎてしまっているように思いました。関係する現実世界の歴史についてきちんと勉強をされている方だと感じたので、最後まで物語自体で楽しませてほしかったです。
岡村 書き手の主張はあって当然と思うけど、それが読み手に求められているかどうかというのと、作品のどれくらいの部分を占めているのかは、書き手側も真剣に考える必要があります。
櫻井 終幕も悪い方向に意外性があり、重大なガジェットであることを予感させたはずの箱も、もしかすると必要ではなかったのではと思えてしまうような幕引きでしたね。
新人ふたり、挽回なるか?
岡村 次の作品は、『「グレッグ・オースティンは何故、メジャーリーグを追放され、阪神タイガースに入団したのか?」』。こちらの方は、9回目の投稿ですね。いつも野球小説をご投稿されていて、いよいよ新人の出番、今回読んだのは有馬くんでした。
有馬 この作品は主人公・葉隠鹿之助の大学時代から、MLBで活躍するまでを描いた物語です。タイトルにある「グレッグ・オースティン」は主人公ではなく、この作品の世界で活躍する一流投手になります。メインは葉隠と代理人の天才大学生女子が謎を解いてゆく、ミステリ要素のあるスポーツもの、という感じでした。
林 主人公とグレッグはどいういう関係なの?
有馬 グレッグが先発で葉隠はリリーフ投手、つまりは信頼関係のあるふたり、ということになります。グレッグはすごく優秀な選手なんですが、他のメンバーがそのレベルについていけなかったために、ドーピングへ手を染めさせることになるんです。彼は代理人のおかげで永久追放を逃れ、日本で阪神タイガースに入団します。
丸茂 タイトル通りではあるんですが、リアルな球団が出てくるんですね(笑)。
有馬 一方で葉隠は甲子園で肩を壊し野球ができない状態になってしまうのですが、ある老人から声がかかり、アメリカに行くことになります。そこからリハビリを乗り越えることもできず、速球を投げる選手からアンダースロー、サブマリン投法に転向し……。
太田 有馬さん、ストップストップ! 野球に詳しくない人へも伝わるようにもっと簡潔に話せませんか? 話芸がないよ、話芸が!
岡村 作品を書く人にも言えることだけど、一から十まで丁寧に説明しようとすると、反対におもしろさが伝わらなかったりするんですよね。
有馬 なるほど……がんばります。
丸茂 僕も目を通しましたが、この作品のハードボイルドな文体はとても読み心地がよかったです。一方で「野球」に焦点を絞りきらず、マフィアが絡んだサスペンスに横滑りする展開に違和感がありました。宮部みゆきさんの『パーフェクト・ブルー』や奈須きのこさん『DDD』の一篇みたいに、野球とミステリ要素がうまく組み合わされた人気作もありますが、「野球」のさらに「MLB」という野球を知らない読者には縁遠い題材を選ばれてるので、「青春小説」としても読める、あさのあつこさんの『バッテリー』のような方向性を目指してはいかがでしょう。
岡村 気を取り直して、次は阿部さんの出番。『君と僕のディスタンス』はどうでしたか?
阿部 申し訳ないんですが、これは一行で……。
太田 阿部さんもストップ! この投稿者さんの職業、動画投稿者って書いてありますよ。そこは突っ込まなくちゃ!
阿部 すみません! たしかに、泉和良さんの『エレGY』のような、どこか陰鬱な雰囲気も内包している作品でした。入れ替わりはありませんが、そこに映画『君の名は。』のようなすれ違い要素が足されたストーリーです。
太田 おお、説明がそれっぽくなったね。ほんの少しだけど!
岡村 例え話や既存の作品のイメージを説明に借りることで、一気に想像しやすくなりますからね。
太田 で、どこがよくなかったの?
阿部 人工知能ものなのですが、魅力的な設定が活かしきれていないように感じたんです。題材に対する知識が足りていないだとか、文章自体におもしろみがないとは思わなかったので、物語が右往左往していたと言いますか……。
丸茂 まず、よくないところはともかく、どう魅力的な設定だったのかを具体的に説明してほしかったですが、ともあれ展開がまとまってなくてだめだったと。
林 設定やあらすじを書き起こして、客観的に整理しながら書き進めてみるとよいかもしれませんね。
◯◯風味のススメ
岡村 次は『コネクター』。石川くんが担当です。
石川 これまで何度か投稿してくださっている方ですね。初期の投稿作では百合を書かれてたんですが、百合は百合でも目新しい魅力を打ち出せていなかったんです。
丸茂 百合だからって評価が高くなるわけじゃないって、おっしゃってましたよね。
石川 僕が以前「他の可能性も見つけていただきたい」とコメントしたこともあってか、最近の投稿作品ではさまざまな題材に挑戦してくださっていて……ちょっと責任も感じています。今回はSF。しかしこちらも、言葉を選ばずに言うと「小学生や中学生が思いつくような内容」に終始してしまったという印象でした。
林 両親が実はロボットだったとか、アンドロイドに支配されるとか?
石川 そんな感じですね。人類の総意は「不老不死」ということになり、であれば肉体は不要なんじゃないかという世界が描かれます。肉体は冷凍保存して、意識をアンドロイドへ移し替えて社会生活を送ろうということになる。ところが、裏では別の計画が働いていて、最終的には反旗を翻した一部の人間VSアンドロイドの、滅ぼすか滅ぼされるかというありきたりな展開になってしまいます。
岡村 「機械に魂があるのかどうか」みたいなテーマは定番だものね。
丸茂 「人間がいかに機械と変わらないか」というアプローチもけっこう見られるようになりましたし。
岡村 オリジナリティがある場面はなかったの?
石川 冒頭、主人公の生身の身体が目覚め、自分の意識を乗せているアンドロイドと相まみえる場面には、「オリジナリティに溢れる」という感じではないにせよ可能性を感じました。ただ、そこからどう有機的に物語が繋がっていくかが楽しみだったのに、台詞も展開も手先だけで書いているような、設定をきちんと落とし込めていないものになってしまった。最初に「小学生や中学生が思いつくような」と言いましたが、ベタであることが悪いわけではないんです! SFやアンドロイドという題材を扱う上での知識が圧倒的に足りていないことは仕方ないけれど、「おもしろい物語」にはジャンル以前に共通する条件があると思います。表面的な展開に終始していないか、この物語・この設定で本当に煮詰められたと言えるか、どこか一点尖った魅力を作り出せているか、精査してほしいです。
岡村 そうかー、いろんなジャンルに挑んでくれるのは嬉しいけれど、百合がだめならSF、SFがだめならばミステリと考えるのもまずそうだね。
石川 テンポのよい読ませる文章を書くことができる方だと思うので、いわゆる「ジャンル小説」に真正面から取り組むのではなく、エッセンスのひとつとしてSFやミステリを活用する方向を目指したほうがよいのかもしれません。
林 本格派よりも「◯◯風味」くらいのほうが、読者さんが取っ付きやすい場合があるんじゃないかな。Netflixとかの海外ドラマはそういう味付けが上手なんですよね。参考にしてみてはいかがでしょうか。
デビュー済みの熟練投稿者、新作はいかに?
林 『ラノベの主人公は皆殺し』。こちらも9回目のご投稿ということで、ありがとうございます!
有馬 この方、略歴がよいですね。
UFO目撃や幽体離脱、日常的なデジャヴといった不思議体験をしながら育ち、哲学に興味を抱いて読書に励み始め、年三百冊ペースの読書家となる。
石川 この作品は僕が読みました。常連さんで、星海社の座談会ではここまで芳しい反応は得られていなかった……といった方だったのですが、なんと、他社でデビューし既に作品も刊行されております!!
一同 ええっ!!
櫻井 デビュー後も変わらず投稿してくださるなんて、ありがたいですね! 内容はどうでした?
石川 いわゆる転生ものですね。転生者が「ラノベシュジンコウ」と呼ばれる世界が舞台です。彼らはそれぞれ特殊能力を持っていて、常に可愛い女の子たちに取り囲まれています。そう、「ライトノベルの主人公」のように……。そして、キャッチコピーがこちら!
なろう系よ、これが本当の小説だ!
岡村 ちょっとおもしろい。設定からして、転生もの=なろう系に対する挑戦的な姿勢が窺えますね。
石川 ある日「転生者」の面々が次々と殺される事件が起き、それを解決するべく主人公が立ち上がります。残念だったのは、まさに岡村さんが言うようなスタンスを期待して読んだものの、まったくそうではなかったことですね。「ラノベシュジンコウ」は単にそういうネーミングなだけで、メタ的、批評的な目線がある作品ではありませんでした。物語的にも、異世界で犯人捜しと能力バトルが行われる、よく言えば「王道」、悪く言えば「凡庸」な話でした。
岡村 異世界ものとミステリをただ繋げただけで終わっているから、もう一捻りほしかったと。とにかく量を書くというバイタリティはお持ちの方だと思うので、ぜひ書き続けてほしいです。
小説の向き、不向き
岡村 次の『アパートの大家さんと都市伝説』は、今回僕が読んだ中では、一番おもしろかったです。題名通り、主人公はアパートの大家さんである女性。都市伝説でお馴染みの「メリーさん」から電話がかかって来るところから、物語が始まります。そこで入居者不足に困っていた主人公は、「メリーさん」をあえてアパートに受け入れるんです。それをきっかけに、主人公は都市伝説に出てくる怪異たちを引き寄せてしまうことになります。
丸茂 香月日輪さんの『妖怪アパートの幽雅な日常』のような印象でしたが、いい導入ですね。
岡村 独特なのは、この小説の世界では都市伝説にまつわる株式会社のようなものが実は存在していて、そこに「メリーさん」「口裂け女」などが所属しているという設定です。彼らには都市伝説を広め続けるノルマが課せられている。つまり、自分の存在意義を保つために、自身がインフルエンサーになる必要があるんです。
太田 論理性もあるし、いいじゃないですか。昔のTRPGでそういうのがありましたけど。
岡村 魅力的なキャラクターを描く才能もお持ちですし、題材との相性自体はすごくよいのではないかと思いました。ただ、人物描写や台詞の掛け合いは楽しめたのですが、キャラクターそれぞれの行動原理や世界観に対する説明が少ないために、小説というより漫画原作になってしまったという印象です。
林 漫画原作としてのよさと、小説としてのよさは異なりますからね。漫画はインパクトのある設定と登場人物がいればなんとかなるけど、小説は物語の筋の通し方や進め方、交通整理力がないと読み進めることすらできないから大変ですよね。
岡村 漫画は絵と文字、両方が自由に使えて視覚的な表現ができる分、演出の幅は広い。でも、小説はそれができないんですよね。文字を読むという行為は限りなく能動的ですから、少しでもさくさく読めるような誘導ができるのか、ここが作家さんの腕の見せどころだと思います。
太田 ただ、僕はこの作家さん、タイトルの時点で60点は獲得してるように感じるんですよね。なおかつ、本文の冒頭でアパートと主要人物がすぐ出てくるのも好感度が高いです。
林 たしかに、今回の座談会では一番読んでみたいと思うタイトルでした。
太田 一見、作品の内容を説明しただけのタイトルに思えるけれど、どんな物語なのかがすぐにわかるんですよ。「アパートの大家さん」と「都市伝説」という、一見関係のないものどうしの掛け算もできているので、興味を持ってもらえるんじゃないかな。特別に秀逸というまでではないけれど、気を配らないといけないところにはきちんと配慮できていると思いました。ほどよく力の抜けたところも、いいと思います。なかなか新人にはつけられないタイトルかと。
岡村 次回はもう一歩、起承転結や緩急、最後まで読んでもらうための道筋を整えることに気をつけて書いていただきたいですね。お待ちしております!
感情移入できるキャラクターを
丸茂 それにしても、今回は大きな議論もなく、あっけない座談会でしたね。
岡村 気にとめることのなかった作品について、その理由をいつもすごく考えるんですが、僕にとってつまらなかった作品に共通しているのは「主要登場人物の心情がわからないこと」です。
林 感情移入ができるかどうか、は非常に重要ですよね。
岡村 小説って、登場人物の行動原理が強い軸にならないと全体像が不安定になってしまうんです。とくに視点人物が何を大事にしているか、何が好きかだとかが見えないと物語に深く入り込めない。もし小説でなくてギャルゲーなら、個性を無色透明にすることでプレイヤーが自分を投影したりできるんですが、それは基本的には小説でやるべきではないと思います。
太田 小説の場合は主人公の行動に一貫したロジックがないと、読者が満足してくれないんですよね。人物像の造形や軸をしっかりと作って、人物にあった台詞や行動がされることで初めて展開にも説得力が出るんです。ゲームは物語を選択できるから、プレイヤー次第で展開をハッピーエンドにもバッドエンドにもできるけど、小説は基本的にそれができないからね。そういう意味では、一般的なギャルゲーのシステムに僕は実は違和感を感じてしまうんですよね。プレイヤーの好きな子は本来は限定されているはずなのに、全ルートの複数のヒロインを攻略するってナンセンスじゃない?
阿部 それって、できるだけ多くの女の子を手篭めにしたいという欲求とは別なんですか?
丸茂 それはけっこう古いギャルゲー観だと思いますよ。無色透明な主人公造形はその欲求の受け皿だったと思うんですが、ギャルゲーというかエロゲーでも、キャラの濃い主人公が設定された人気の作品は少なくないかと。
太田 いやいや、それはプレイヤーとヒーローをどこまで同一視するかという問題であって……。(以下ギャルゲー論議が延々と続く)
林 えーと、地の文で説明するのではなくて、台詞や言動でその人物の性格を示すことって可能なんですよね。才能がある人はそれが自然にできたりする場合もありますが、意識して書いていただきたいところです。
岡村 これは、読書量でもカバーできることです。おもしろいと思った小説の好きな台詞をメモしておくとか、小さな努力からでも変化が表れるのではと思います。それでは、今回の座談会はこんなところでお開きにしましょう。
林 2016年〜2018年の座談会を通じて編集部を騒然とさせた前代未聞のラグビー小説『花園』は、今秋の刊行に向けて着々と準備中です。どうぞよろしくお願いいたします!
石川 同時受賞の“異世界おっパブ小説”『PUFF』も今秋の刊行の予定です。ご期待ください!!
太田 これからもたくさんのご投稿、お待ちしております!
一行コメント
『千変万化カルナバル』
規定の枚数に達しておりませんでした。データも同梱し、応募をお願いいたします。(丸茂)
『ビストロ村の魔女の店』
淡々と始まって、淡々と終わったという印象で、読んでいて驚きが無かったのが残念でした。(岡村)
『対の世界』
現実世界と往還する必要が感じられませんでした。純粋にファンタジー世界を構築する膂力を磨いてください。そしてデータも同梱し、応募をお願いいたします。(丸茂)
『偽物の月は僕達だけに光を見せていた』
主人公のキャラ造形等が古臭く感じました。なじめないとずっと違和感を持ったままになるので、読者が親近感を感じるエピソードを冒頭にいれるなどの工夫をしてみてはどうでしょうか。(櫻井)
『彼女の望んだ約束』
どういったものを書きたかったのか、どういったことを伝えたいのかがよくわかりませんでした。せめてどちらかはわからせてほしかったです。(岡村)
『プランター』
難易度が高いので、余程の理由がない限りダブル主人公は避けたほうがいいと思います。異能力バトルものとして読みましたが、展開が行き当たりばったりな印象。視点が分かれていることで、さらに散漫な感じを受けました。(丸茂)
『沈黙の毒』
自伝的な作品なので、行動のひとつひとつにリアリティがありました。この物語を商品化するには、事実をエンタメ化するフィルターに通す必要がありますが、おそらくそれは望んでおられないと思います。自分のためだけの物語は、それはそれで素晴らしいものなのでどうか大切にしてください。(林)
『明日のテレビ・守りたいもの』
短篇向きのネタだと思いました。『世にも奇妙な物語』とかにありそうな印象。長篇としての魅力はやはり「野球小説」の部分にあるのかと思いますが、そのためSF要素が無駄に感じました。お好きな題材でしたら、真っ直ぐに「スポ根」を描いてみてはいかがでしょう。(丸茂)
『Dragon Destiny』
冒頭で出会いから戦闘までを終わらせるテンポ感はよかったです。ただ、設定の斬新さもなく、キャラクターの味付けも弱く、読み応えとしてはイマイチでした。(有馬)
『無音のH』
「超能力とは異なる能力」がなんであるのか? というところから設定のプレゼンに失敗していた印象です。脳内では鮮やかな世界をいかにアウトプットするか、そこでもう少し読者の視点を考えることをオススメします。(丸茂)
『死にたくなるよと夜泣く田螺』
刺激的な描写だけ丹念に描かれており、他がおざなりになっていると感じました。ストーリーやテーマ、キャラクターの魅力など、何も理解できませんでした。(有馬)
『終わる世界の物語と、その秘密』
最終章に辿りつくまでが冗長すぎます。全体の構成としてはおもしろいのですが、ひとつひとつの物語が読ませる内容でないと厳しいのではないかと思います。(阿部)
『寄せて一つに』
「理系と文系の恋」というベタな設定が悪いわけではないのですが、それがほとんど活かされていませんでした。また、そこそこ見た目・性格もよく、そこそこ女の子に人気があるといった主人公が己の自意識と闘う葛藤も少なく、読者が共感できる部分が決定的に足りないのではと感じてしまいました。(阿部)
『魔法の流儀』
設定や要素にあまり新しさがありませんでした。登場人物に冗長な説明・台詞を「言わせている」感じがあって、お話に没頭できませんでした。(櫻井)
『さらば不可視の青い夜』
全体的にまとまっていましたが、読者をわくわくさせる仕掛けが足りないと思います。冒頭のインパクトが弱いので、先へ先へと読ませるような工夫を考えてみてください。(櫻井)
『控えめな脅迫者』
メインキャラクターたちの哲学・信念・モットーといった内面が興味深く描かれていないので、あまり続きが気になりませんでした。(岡村)
『ギルトギルド』
サスペンスの醍醐味となる展開が、ある程度読めてしまうことが残念でした。また、キャラクターに個性はあるのですが、犯罪者という設定が活かしきれていないように感じました。(有馬)
『どうもこんにちは。不道徳の時間です』
ヤクザ、チーマー、暗殺者などといった、印象も時代設定もちぐはぐな要素で構成されていたことがとてももったいなかったです。いわゆるライトノベルらしい勢いのまま進行するにはそぐわない題材であったように思います。主人公とヒロインの設定を保持するのであれば、ファンタジー路線などでないと難しいのかもしれません。あらすじを読んだ時はすごくわくわくしたので、ぜひ細部にも目を留めて書き続けていただきたいです。(阿部)
『探偵・渦目摩訶子は明鏡止水』
正直なところ、僕は館の図を見ただけで、どんなトリックやロジックが展開されるのか興奮してしまいました。が、その期待は裏切られました。新しいミステリを考案するのは、いろんな面で難しさがあると思いますが、メタ要素は本当に使わないほうがいいと思います。小説版でもよいのですが、ドラマの『TRICK』のようなカジュアルなミステリに触れてみることをオススメします。(丸茂)
『ニライカナイ』
読み進めるのに忍耐が必要な原稿でした。長いです。(岡村)
『君と僕のディスタンス』
「恋愛に対するトラウマで引きこもりになってしまった主人公が、女の子のために社会に出ようとする」という王道な起点に、個人的にはぐっときました。ライトで読みやすい文章、重厚な文章、どちらも書くことのできる方なので、それがかえって統一感を損なうことに繋がってしまったのではないかと思います。(阿部)