2017年冬 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2017年1月9日@星海社会議室
編集部沈黙、受賞者現れず。しかし煌めく才能の片鱗あり。
新人賞受賞作W刊行予定! 伝説誕生の瞬間を見逃すな!
太田 ついに……前回の座談会を騒がせた新人賞受賞作2点の刊行が決定しました。
一同 (手が千切れんばかりの拍手)パチパチパチパチ!!!!!
石川 受賞作を紹介いたします。まずは筒城灯士郎さんの破格のデビュー作にして超傑作SF、『ビアンカ・オーバーステップ』。こちらはなんと、上下巻での刊行で、もちろんイラストはいとうのいぢさんです。
太田 筒井康隆さんの『ビアンカ・オーバースタディ』の正統続篇! 筒井さんからはすばらしい推薦文が届きました。お披露目を楽しみにしていてください。
石川 そして、逢坂千紘さんの作品は、「メイドが哲学するメイド喫茶」を舞台に、主人公のひと春の成長を描く、新しい読み味の快作です。こちらのイラストは、漫画家の西尾雄太さんです。投稿作からブラッシュアップしてよりよいものになったと、担当編集として確信しております(拳を握って)。
太田 石川さん、W受賞作を両方とも担当できるなんて、編集者冥利に尽きるんじゃない?
石川 はい! もうこれで……思い残すことは…………(姿がかすんでいく)。
太田 なん……だと……? イッシーの……霊圧が……消えた!?(※諸事情により、石川は今回の座談会を欠席いたします)
今井 石川くんからは「今回僕が読んだものはすべて一行です」との悲しい書き置きが……。
林 喜ばしいご報告を終えた途端、編集部全体の霊圧も消えかけてますね。
岡村 今回の投稿作は全体的にいまひとつだったんですよね……。
平林 ですね、今日はあんまりおもしろいことは言えないと思います。
今井 やはり前回がすばらしかったですから。
太田 あんまりそういうこと言っちゃいけないんだけどね。新人は編集部の力量にあわせてやって来るものなので、投稿作がよくなかったのって結局、自分たち編集部に返ってくるものなんですよ。それにしても、今回はもうちょっとなんとかなってもいいなぁって思ったんだけど……。
岡村 (消え入りそうな声で)そうですねぇ……。
太田 岡村さんまで消えそうだよ! 今井さん、なんかテンション上がること言って!
今井 そ、そういえば、今日は裏で芥川賞と直木賞の選考をやってるんですよね!
一同 おお!!!!!
太田 なんかすごい感じするね!
平林 どちらかと言うと、こっちが裏だけどね(笑)。
太田 いや、我々にとってはどんな内容だろうとこちらが表ですよ!
今井 そして太田さん、今回から編集部に新人が入ってきたんですよ!
太田 そうだ、新人! 自己紹介してくれ!
丸茂 はい! 今年から編集部に合流しました、丸茂です。今年の3月に大学を卒業する予定でして、就活でいくつも出版社を落とされ続けていたところ、最後の最後に星海社で働けることになりました。僕を採らなかった他社さんの面接官たちを見返せるよう、がんばりたいと思います。とくに好きなジャンルはミステリですが、純文学からラノベまでなんでも読みます! よろしくお願いします!
太田 おもしろくないよ……せっかくうちに来たのに、読者に覚えてもらうチャンスをふいにしてどうするんだよ……。
平林 まあ、丸茂くんはそもそも経歴がおもしろくないから、仕方ないかもね。
丸茂 コメントのほうでがんばります……。
今井 かわいがりはそのへんにして、それでは、気をとりなおしていきましょう!
設定はよく練ってから
今井 では平林さん、『超常現象鑑定人 ~宇宙は数式で語れない~』から。
平林 この投稿者は、やばい感じがしたね。あらすじの部分で、「この小説はSFエンターテイメントであり、同時に、これまで誰も語っていない新宇宙論の論文でもあるのです」って高らかに宣言してる。
林 「もしかしたら、科学、哲学、宗教、オカルトでは到達できない宇宙の真理に、この物語は片足を掛けているのかもしれません」……設定を盛りすぎて、逆にわかりにくくなっているような。
平林 ちなみに、この作品は「カクヨム」に公開してるらしいんですけど、「カクヨミ」で公開しているって書いてあって……。
太田 「カクヨミ」か……新たな世界線が認識されているのかもしれない……。
今井 これ以上触れないでおきましょう。次は林さん、『遥か異世界の漂流騎』。
林 ふつう異世界転生ものって現実から異世界に行くじゃないですか。これは異世界から異世界に転生する話です。
今井 工夫しようとする努力は感じられる。
林 異世界が複数存在していて、みんな成功を求めて異世界転生したがるんです。その不正を取り締まるのが、漂流騎というマシンを操るヒロイン。けれど任務中の事故で漂流騎が破損して、ヒロインが未知の世界に転生しちゃうんですが……そんなにもりあがらない! 異世界から異世界へ、という設定を生かし切れていない印象を受けました。
平林 もしかしたら、現時点での「小説家になろう」のなかではポピュラーなものかもしれないね。
岡村 そういう作品は見たことある、うん。
林 設定がどんなにおもしろくても、最後まで読んでくれると期待しちゃだめだと思います。
岡村 なぜか今回は設定はおもしろいけど、それ以上のものがない作品が多いんだよね。
今井 うーん。次の『えんため高校 採用人事部!』を読んだのは、僕ですね。時に丸茂くん、スクエニさんの新卒採用は受けた?
丸茂 ウェブテストの締め切りを勘違いしていて……受けそびれました。
太田 実力以前の問題だよ(憤怒)! 仕事でそんなミスするのは許されないからね。
丸茂 (半泣きで)すみません……気をつけます。
今井 ちょっといじってあげるつもりだったのに怒られちゃったね……そしてこの小説にスクエニさんはぜんぜん関係ないんだよ、ごめん(笑)。えー、この小説はスクエニさんのような総合エンタメ企業がオフィシャルにつくっている「エンタメ高校」が舞台の話です。そこに入学してある条件を満たせば、大学に行かずとも、みんなが憧れているその会社に入れる可能性があるんですけど、その条件は誰にもわからない。この条件、気になるじゃないですか。「エンタメ高校」って場所も、なにをやっているのか気になるじゃないですか。……でも、その両方がいまひとつだったっていうのがこの作品の欠点です!
林 ものすごく……肩すかしです。
今井 「エンタメ高校」っていうのは、エンタメ系の部活が充実してるというだけで、明かされていない条件は、その会社の社長であり学園の理事長である女性の娘が主人公と同い年で入学していて、この子が理事長の娘だって気づくことでした。
岡村 その条件、その年にしか使えなくない? 毎年条件が変わるのかな……?
今井 合理性を感じない条件でした。
岡村 作家の力があれば合理性をもたせることができるかもしれないけれど……。
今井 はからずも主人公は入学式からその条件を満たすんですが、理事長が入学式で挨拶するのを見て、「あのひとまたやってるなー」みたいな態度を彼女がしていることに偶然気づいたということでしかないんですね。
平林 おもしろくなりそうだったけど、いまひとつ力量が足りなかった感じがするね。
熱い野球小説来たる 元野球少年・今井はバットを振るか!?
岡村 僕が読んだ『スクリュー・ガール』。これは一行なんだけど、野球の話だったから今井くんが読むべきだったかもしれない。主人公は中学校を卒業して高校生になったばかりのピッチャーで、その時点でドラフト入りしてプロになるんです。
平林 それ、現実的に無理じゃない?
岡村 まあふつうは無理ですよね。でも、過去には例があったはず。
今井 阪神でひとりいましたね(キリッ)。
岡村 プロ球団の考えもあって、主人公はプロになりつつも高校には通うことになって、高校生活のほうだと青春があり、野球生活のほうでは厳しい闘いがある。もちろん二軍からスタートするんですが、最後のほうでは一軍で登板する機会があって、それは消化試合なんだけれど、負けられない設定がつけられているんです。谷繁元信みたいなレジェンドクラスのキャッチャーが1999安打を達成していて、最終戦で2000安打を打てるかという状況になっている。そのキャッチャーの引退試合になるかもしれない場面でマウンドに上がるんだけど、これがまた熱い展開が……。
今井 でもふつうといえば、ふつうの話ですよね。中学校を卒業してドラフト入りしたこと以外は、とくに目新しい設定はないですし。
岡村 あと最初は高校生になったばかりだから、ボコボコに打たれまくるの。だけど、スクリューを覚えたら効果的になって、次々と相手を抑えられるっていう設定なんだけど、そこがちょっと弱いかなって。スクリューってそんなにすごいの?
今井 右投げですが、高津臣吾がそうでした。でも厳しいかなぁ……。
岡村 やっぱりそうだよね。印象には残る熱い作品でした。
平林 ただ残念ながら、今井くんにまわすほどではなかったと。
物理法則は乳首が決める
平林 今回僕が読んだなかでは、この『儀式代理店 万有引力とニュートン』が唯一語れる作品ですね。このひとは、ふだんラジオドラマのシナリオを書いていて、WOWOWシナリオ大賞の優秀賞をとったことがある。
岡村 期待できそうじゃないですか!
平林 小説としてはあまり上手じゃないんだけど、とにかくばかばかしい! 科学や方程式や理論というものは、すべてでたらめの嘘っぱちであるっていう世界観。なんで物理法則が、世のなかに定まっているかというと、かっこいい科学理論を考えたやつが儀式(ライブ)を行って、それがウケたら、その科学理論が物理法則として定着する。だから、その時代はまだ万有引力の法則が定着してなくて、コップを置こうとしたら2分の1の確率で上へ飛んでいくの。
一同 おお~、なるほど。
平林 主人公のニュートンが万有引力の法則を思いついて、定着させるために儀式を行うんだけど……その儀式の内容が……乳首を洗濯バサミで挟んで引っ張りあう。
一同 (首を傾げながら)おお~?????
平林 そういうめちゃくちゃな世界が、めちゃくちゃながらも小説のなかでは理屈が通っている……ということであればいいんだけど、通ってないんだよね。ばかばかしい勢いみたいなのはすごくあるんだけど、ばかばかしいおもしろさ以上のものがない。
岡村 ネタとしては、おもしろいってことですよね。
平林 そうそう、でもネタとしておもしろいだけじゃ意味がないからね。まあ、現状の丸茂くんよりはずっとおもしろいんだけど!
タイミングが悪い
今井 『量産型美少女の愛と野望とキャピタリズム』は、アイドル・ミーツ・『ギャングース』みたいな話です。
太田 いいじゃん! おもしろそう!
今井 しかしタイミングがいいのか悪いのか、『ギャングース』原案の鈴木大介さんが書いた『老人喰い――高齢者を狙う詐欺の正体』って本を、僕は年末に読んでいたんですよ。オレオレ詐欺の話なんですけど、完全にその本がこの作品のベースになっている。
太田 読んでなかったら、すごく推していたかもしれないんだ。
今井 でもパクリっていうよりは、エッセンスをうまく入れてるなって感じではあるんですよ。あるアイドルグループの追っかけをしていた主人公が、そのグループを辞めてしまった初代メンバーの子がライブを見に来ているところに出くわしたのをきっかけに、トラブルに巻き込まれている同じく初代メンバーのひとりに会うんです。その子はちょっと天然な子で、言われるままにAVを撮られたけど、出したくないとごねている。プロダクションの社長から違約金として1000万円を払えと言われたけど、そんな金はなかなかつくれず、しかし向こうのほうが筋が通っているから、1000万円を用意せざるを得ないと。
林 ちゃんと筋が通りつつ、おもしろそうな設定ですね!
今井 そのプロダクションの社長は裕福な家のひとで、実家に高齢のお母さんがいるんですね。そのひとがボケかけているっていうことで、最終的にどうせ遺産として引き継がれる金なんだから、はやめに移すだけだという自己正当化のもとに、このおばあちゃんを狙って、オレオレ詐欺を仕掛けていくっていう話です。脚本をやってるひとらしくって、上手なんです。ストレスなく読めるんですけど、めちゃくちゃおもしろいと感じたところはなかったうえに、僕が『老人喰い』を読んでいたから……。
岡村 新鮮さがなかったのね、今井くんからすると。
今井 そうなんです。『老人喰い』がおもしろかったので、そのおもしろさと相乗するような工夫がほしかった……丸茂くん、いま書いてる「今井が悪い」ってメモは消しておいてね。
エロは悪くない
林 次の『HHH(ヒーロー ヒーラー ひむろくん)』はなんと、設定資料集が付いてます!
平林 あ~、これはやばいね。初期衝動って感じがする!
林 手描きのイラストで7人のヒロインが描かれています。画用紙をテープでつなげてつくってくれていて、すごく真剣に取り組んでいるのは伝わりました。
太田 僕は支持したいな、このアティテュード。
林 えー、どういう話かというと、魔法学校があって、そこの学生はアイドルとして活躍しています。すごく人気のアイドルだからすごく疲れてるんですよ。ゆえに、彼女たちを癒すひとが必要になってきます。
平林 こいつはやべえ……(猛然と資料集をめくりながら)。
林 そう、それが主人公が……彼女たちをセックスで癒してあげるんです! いわゆる『大江戸巨魂侍』的な、癒し系セックスエンタテイメントです。抱いた女はトロトロになってみんな幸せ! みたいな。
丸茂 (神妙な顔で頷いている)
太田 「いわゆる」ってみんな知っているかのように出てきたけど、『大江戸巨魂侍』ってなんなの!? そして、なんで林さんはそんなにくわしいの!?
今井 しかも、なんで丸茂くん、知ってる感じの反応したの?
丸茂 いや、知らないんですけど、「巨魂」って上手い表記だなって……。
太田 上手いと言うか、ストレートだよ!
林 むかし作家さんとの打ち合わせで「これめっちゃおもしろいですよ!」って言われて、読んだんですよ。「有名です!」って言われたから有名なんだなぁって。
平林 (原稿をめくりながら)あの、この作品……あっちこっちで挿入歌らしきものが入ってるんだけど……これは一体???
林 7人のヒロインと次々にセックスしていって、事後に彼女たちの持ち歌が流れるんです。
平林 (おもむろに読みあげる)「将来的にメディアミックスした際、地上波放送の深夜枠でアニメを放映。自主規制をかけ表現できる範囲内で放送、後にCSなど有線で(またはディスク媒体で)規制解除版を解禁(いわゆる円盤商法)し、利益をあげるという、昨今の手法のみを強く意識したライトノベル……」
太田 いいねえー。しみじみするなあ。
林 地上波では流せないと思います。
岡村 そりゃそうだよ!
林 エロくて下品だからだめと言ってるわけじゃない。女の子たちが嫉妬しあったハーレム状態をどう御するかとか、どの子を最終的に選ぶのかとか、この作品には「物語」がないのが問題ですね。……でもちょっとおもしろかった……。
一同驚嘆のラグビー小説、ついに最終決戦へ?
今井 来ました、『花園』! 前回送られてきた、日本の命運を賭けて宇宙人とのラグビー対決に挑む話の再投稿です。またまたすばらしかった! すばらしかったんですが……相変わらず終わってなかったんですよね。今回の投稿でようやく前半戦が終わりました。
岡村 進んでなくない、それ!?
今井 宇宙人との前半戦なんで、いちおう本番は始まっているんです。
岡村 じゃあ、あと後半が始まって、なにかしらオチがあれば終わるのかな?
今井 ちなみに状況としてはいま、16対0で日本代表が負けています。敵のキャプテンのオーディンが強すぎて。
一同 オーディン!!!!!
今井 敵が全員、北欧神話の神様の名前なんですよ。
林 ふざけずに完成原稿を送ってきてほしい。読みたいだろ!
岡村 ハードルを上げすぎてもよくないしね。
今井 だから今回は一行がいいかなって。お願いです、完成させてください!
太田、イチ押しの才能 再来
太田 来ました……この『グリン・センセイション』の投稿者さんは、僕がすごい買ってるひとなんですよ!
岡村 2015年に僕が上げたひとですよね。当時19歳の大学生で、「これは載せたひとも頭おかしいんじゃないか!?」ってくらい狂気に溢れた読み切りを『good! アフタヌーン』に掲載していた。投稿された作品も、濃厚なゼロ年代感が満ち満ちていて、太田さん「絶対に次もうちに来てほしい!」って熱烈にラブコールしてましたね。
太田 やはりこのひとは才能がある! この冒頭だけでも読んでみてください。
カナリアをそのまま押し潰したような、薄黄色の染みが前腕にあった。嘴に当たる部分には群青の斑点がいくつか散らばっている。血管から漏れ、行く当てもないのに四方に散った僕の小さな水溜まり。
それをそっと親指の腹で押し込んで、肉を隔てて存在する骨の確かさを感じてみる。
治癒というより風化によって、もはや曖昧になった痛み。
痣や傷はいくらでもある。
けれど、みんな消えてしまう一方だ。
丸茂 これ……すごいですね。僕もぜんぶ読んでみたんですけれど、この冒頭はあらためて鳥肌が立ちます。鼻につくひとや綺麗に言葉を並べてるだけに感じるひともいるかもしれませんが、傷跡こそが主人公に残された血脈との唯一の繋がりであって、彼がおかれた孤独を端的に示している。ちゃんと意味があるんですよね。
太田 そうなんだよ! 今回の作品は、いわくのある主人公が、両親の意向で財閥みたいな家から放逐されるところから始まるんです。そこは片田舎にある異様な雰囲気をまとった学校で、〈二年A組は林間学校の間だけ同級生を殺していい〉という因習がある。実際に林間学校が始まると、クラスメイトたちの異常性があらわになるなかで、集団殺人が連続し、犯人は誰なのかという疑問が浮かびつつ、そのバトルロワイヤル的な状況を生き残らなければいけない!っていう話。おもしろそうでしょ!?
林 めっちゃおもしろそう!
太田 しかし、おもしろいんだけど……きつい。殺伐としすぎてて、きっと商品にはならない。これはゼロ年代全盛期でもきつかっただろう。喜ぶのは、霊圧なき石川さんくらいしかいないんじゃないかな……。
岡村 前に送ってきたときも、そんな感じでしたよね。殺伐としすぎているし、やや詩的すぎる……。
太田 一瞬、一瞬に光る感じの才能なんだよね。描写とか会話のやり取りで、優れたところがめちゃくちゃあるんです。ただ、それが一連のシークエンスとして重なっていかない……。このひととは僕が直接話をしようと思っています。
岡村 VS 新人・丸茂? 本命のミステリは評価二分
今井 ここからは、みなさんが上げた作品ですね。と言っても、2作品とも岡村さんが上げたものですが。ひとつめから行きましょう、『ミステリーは大変だ』。
岡村 この作品は、メタミステリです。記憶を失ったボクがいて、目が覚めたらそこは病室、というシーンから始まり、次の章からは、このボクが書いたとされる作中作の名探偵と助手が事件に挑むパートが続く。最終的には物語の隠れた結末が描かれると同時に、ボクがいる現実での結末も描かれるっていう内容ですね。僕はかたい登場人物が重厚に推理していくより、この作品みたいな軽いノリが好きなんですよ。すべるのと紙一重なんですけど、キャラクターがうまいかけ合いをしていく流れが、痛々しくないってレベルで、スラスラ読める。僕が読んだ作品のなかでは、これがいちばんおもしろかったので上げました。
今井 じゃあようやく出番かな。ミステリ好きの丸茂くん、どうぞ。
丸茂 そうですね、岡村さんは軽快に読めたとおっしゃってましたが、僕は少し痛々しく感じました。メタなギャグを入れて、読者や書かれた内容自体を茶化しているじゃないですか。それが、謎解きの真剣さを自分自身で邪魔してしまっているような印象でした。
今井 先輩相手に攻めるね(笑)。
林 いじられてばかりだったから、その鬱憤を晴らそうと……。
岡村 僕はいじってないのにね……ともあれ、この作品は、作中内で完璧なロジックが構築されて納得のいく結末が描かれるっていうよりは、読んでいる読者と作者との謎解き勝負って感じの話だからね。向き不向きはあると思うよ。
丸茂 でも、作中作の結末は明らかになる一方で、現実レベルにいるボクの結末が宙吊りされて終わってしまうじゃないですか。ギャグとは別に、作中作のキャラクターの意識に、現実のボクがいるレベルが介入するシーンが何度かあって、そこで演出される緊張感は悪くないのに現実の結末が曖昧だから、思わせぶりなだけに見えるんです。さらに、このひとはキャラ名にある法則を加えることで、必然性を出したとあとがきで書いてますけど、それも意味があるようには見えなくて……。
岡村 これは、推理小説というより、探偵小説なんだよ。僕は探偵こそ、俺TUEEEEの権化だと思っていて、たとえば『名探偵コナン』を純粋にミステリとして楽しんでるひとって少ないんじゃないかな。コナンくんが「あれれ~」って言って小五郎に解決させていくのを楽しんでるひとがおそらく多くて、これも探偵の振る舞いを楽しませる趣向の作品だと思うから。僕は推理小説より探偵小説のほうが好きなんです。
丸茂 探偵のアクションを楽しませるという意図もわかるんですが、この作品はミステリとして粗雑すぎるというわけではないんですよ。謎も謎解きも、拙いところもあるけれど、それなりに筋を通して構築されているのに、茶化すことで、論理構築の自信のなさをごまかしているように読めてしまう。それは投稿者さんにとってはすごい損なことなので……いや、生意気ですみません……。
今井 丸茂くんがいま謝ったみたいに、自信のなさをごまかしたらいけないってことだよね(笑)。
丸茂 おっしゃる通りです……まず自分が反省します。
太田 そうだね、僕はやっぱり伏字がたくさん出てくる時点でこの作品は萎えちゃいました。べつに伏字にする必要ないよね。このひとは、そういうのがちょっとおもしろいと思ってる。
岡村 僕も最初に見たときは、気にして伏字にしているのかなって思ったんですけれど、おもしろがって書いてますよね。でも伏字にしないと、のちのギャグにならないんじゃないですか?
太田 いや、それがすごい下品なんだよ。だから僕もすべってる感じがした。細かいところなんだけど、これはやめてくれればいいのにって思いました。最後のメタミステリ的な趣向も肩すかしな感じがあって、そこもあんまり高評価じゃないんだよね。でも出だしはすごくいいと思った! わくわくさせられましたね!
林 これを読んで、ミステリって状況説明が重要なんだなって思いました。容疑者が何人いて、どういう空間があるのかとか、状況説明がおざなりなまま事件が起きるので重大さがよくわからない。
平林 本当はフェアに、過不足なく説明しなきゃいけないよね。ミステリ的に言うと。
林 ほかのミステリってそういうのが気にならないくらい綺麗に説明してくれてたんだなぁって。ちょっとこの作品はそこが適当で、いろんなギミックがあるだけに、私はぜんぶどうでもよくなっちゃいました。
平林 今回、これを岡村くんが上げたのが不作の象徴だなと思ったね。今までの「どうする? これ出す?」みたいな感じではない。
太田 それは岡村さんもよくわかっているよね。
岡村 ぶっちゃけそうなんですよね……だから丸茂くん、そんなに怯えなくていいよ(不敵な笑み)。
アフターゼロ年代の新鋭現る
今井 最後ですね、『アンチマジカル・イコール・ヒーロー』。
岡村 この作品は、昨今流行りの魔法少女モノ(ハードモード)です。死んだ女の子がなにかトラウマやら怨念やらをもって復活した存在として、魔法少女がいて、それぞれのトラウマに起因した特殊能力をもっている。主人公はのちに魔法少女だったと判明する転入生と一緒に、秘密組織に加わって魔法少女を倒していくっていうストーリーで、正直なところ設定として目新しさはあまりない。ですが、陳腐な言い方ですけど、キャラクターの内面を描くのがこの人は上手いんです。かなり主人公に興味をもてた。
太田 僕もこれはおもしろいと思いました。才能を感じる。
岡村 太田さん好きそうだなって思ったんですよ。
太田 ゼロ年代感が強いよね。
岡村 めちゃめちゃ強いです。この主人公は、ちょっとドライな感じの、かわいげのない「いーちゃん」だと思いました。要するにひとでなしなんですけど、ちゃんとクズとしてのロジックが通っているから、この子の行動がいくら突飛でも納得してしまう。あとは細かいギミックですが、主人公を好いている播磨さん。登場したときは、なんてテンプレなライトノベルの女の子なんだって思っていたのに、その振る舞いは実は演技で、主人公と同類で物事に関心をもてないから、そういうふうに演じていたことが明かされる。いちいち読んでる側を納得させる力があるんです。
太田 そうだね、西尾さんがまさに投稿時代のレベルくらいにはあると思うよ。ただ、彼のほうがはっちゃけてた。このひとのほうが悪い意味で完成されてるんですよね。パッチワークの技術は西尾さんのほうが拙かったけれど、素材を集めていく手が長かった。だから、これはこれでいいんだけど、もっといろんな本を読んだり書いたりして、手を大きく伸ばしてほしいなって気もするよね……。しかしこのひとは才能がある! 他社で出すならうちで書いてほしい! 僕が直接担当したいなって思ってるくらいですよ、僕は若い子大好きだから!
岡村 18歳ですものね。これは受賞させられる作品ではないんですけれど、ぜひほかの作品も読んでみたい!
太田 このひとは小説家の文章のリズムをもってるんです。『グリン・センセイション』のひとのほうが、一瞬は深いけど、このひとはずっとドライブしていく文章が書ける。小説家は詩人じゃないから、その能力はすごく大事。ただワンアイディアなんだよな、いまのところ……。魔法少女が復讐少女で、ひとつしか魔法が使えませんというのは発明なんだけど、それだけでは後半が厳しかった。これが前半のクオリティで二転三転続けられたら、アイディアと分量があっていたんだけど。
丸茂 僕は何に対しても動じない素質をもった主人公が、人類のためにある組織に勧誘されるっていうストーリーも含めて『悲鳴伝』に似ていると思いました。けれど西尾さんは主人公のスタンスが変化する過程を印象的に、説得力があるかたちで書いていて、一方でこの作品は主人公がヒロインに心を寄せてしまうのが唐突に感じる。内面をストーリーの経過に応じて、いかに書くかってバランスも磨いてほしいです。
林 あとは、さっき太田さんがおっしゃってたように、誰も手を付けていないものを探したり、悪魔合体的に意外な組み合わせを考えるっていうのを、少し意識してほしいですね。
太田 それプラス、いいアイディアを思いつく能力だけではなくて、いいアイディアを捨てる能力が必要なんですよね。ハイレベルな要求だけど、それを要求してもいい作品だと思います。ただ、この作品がいまの世のなかのトレンドとあっているかっていうと、そうじゃない……。
平林 なんでうちは、そういう作品が来るのかな。いまFICTIONSで出している作品と、ぜんぜん連動してないんですよね。
岡村 太田さんがいるからでしょ。
太田 太田が悪いってことなのか……。
「勉強の仕方」を勉強せよ!
今井 裏では芥川賞・直木賞の受賞作が決まりましたが、こちらは受賞作なしという結果でしたね……。
平林 投稿者の傾向を見ていて気になるのは、かつて自分が読んで好きだった作品が、そのままストレートに出てしまっているものが多いということですね。過去の好きな作品に影響を受けるのは当然なんですけど、いま世の中で支持されているものについても目を配ってもらえたらと思います。ごくざっくり言うと、「童貞は、昔好きだった同級生じゃなくて、今モテまくっている星野源について考えろ」という感じかな。
林 ですが、今の流行に影響されすぎるのも考えもので、私のところにはかなり魔法少女ものが多かったです。しかも、ほとんどがテンプレな展開で……。
石川 (しれっと復活して)先行作品を勉強してないんですよね。自分ではオリジナルで新しい作品を書いたつもりでも、必ず先行作品はありますから。
岡村 ただ先行作品を手本にしすぎると、たとえ自分なりのオリジナリティを加えても、まとまってるけどおもしろくない作品になることが多い。
平林 知られたジャンルだからこそ、独自の切り口を見つけて、そのうえで取材をするのが大事だと思うよ。ジャンル化したものは低コストで書けても、コストをかけないとクズしかできないから。ただ、がむしゃらに書いたからってどうにかなるわけではない。
太田 ものを書くための勉強と、ものを書くための環境を整えるための勉強の両方が必要なんですよ。つまり戦争について書くには、戦争のことを勉強するのはもちろん、戦争について効果的に勉強する「勉強の仕方」を学ぶべきなんですね。頭の良さではなくて、要領よくやろうっていう狡さが必要なんです。たくさん書くなかで、自分の「書き方」を学んでいかないと、毎回ゼロからスタートすることになるから、成長できない! 作品の中身についてばかり勉強しちゃうのは損なんです。
石川 「書き方」という部分は、コーヒーや紅茶を飲むとはかどるとか、気分を変えるときには喫茶店で書くとか、安易ですけどそういうことも含めてですよね。
太田 そうそう、プロの作家さんは「型」ができているんですよ。まあ今回は残念な結果だったけど、新人賞受賞作も刊行されるし、次回を期待していきましょう! おつかれさまでした!
一同 おつかれさまでした!!!!!
一行コメント
『Ci-git monde』
固有名詞や主人公の語りなど、読んでいてキツかったです。(石川)
『おもふ』
リアリティがある部分と、取材不足なのか非常に浮いている部分が混在していました。(平林)
『ワールドクラッシャー』
固有名詞のセンスが壊滅的で、舞台を架空の日本にした理由もよくわかりませんでした。(石川)
『咲いてちる』
同じ作品を何度も改稿して送ってくるのはやめて、新作を書いてください。(石川)
『スぺリアル・サガ』
いくらなんでも冗長すぎます。(太田)
『人類を救う方法は二つある。』
わくわくしないファンタジー。頭だけで書いているのでは。(太田)
『幸せなぬくもりに包まれて』
文章力は及第点にあり、舞台・テーマ・ヒロインの造形もよかったです。普通はそうすんなりいかないでしょう、というところがすんなりいきすぎてしまい、悪い意味での軽さが出てしまっているところは気になりました。そして何より、長い。この内容なら半分の分量で書けると思います。(石川)
『KARMA』
他人のための作品になっているか、原稿を客観的に読んでみてほしいです。(平林)
『冊子を巡ってぐるぐるぐる』
有名な固有名詞がたくさん出てくるところは好きなのですが、読んでいても物語の内容が頭に入ってきませんでした。(岡村)
『罪びとは碧き水底でねむる』
筆力はあると思うのですが、いろいろなことを描こうとして核となる物語やキャラクターがぼんやりしてしまい、結果として読みどころ・推しどころに欠ける話になってしまっていたのが惜しかったです。(石川)
『高齢者区域』
あらゆる点で無理しかない作品でした。(石川)
『ハイエナな女』
淡々としすぎて情緒に欠ける印象を受けました。お話のカロリーに対して、ページ数も多すぎるかと。(林)
『ためらいの王女』
ラストのトリックがもっと非凡だったら……。(太田)
『クレイジーサイコヒーローズ』
最後まで読んでも、結局どういう作品なのかが僕にはよくわかりませんでした。あと長すぎます。(岡村)
『幻想より』
異能ものですが、読んでいて刺激が足りなかったです。「なるほど」と思わせる部分や、読み手をびっくりさせる要素があまりなかったのが残念でした。(岡村)
『蒼の英雄』
冒頭の迎撃シーンが冗長で、物語に入っていくことができませんでした。キャラクターのことをもっと知りたかったです。(今井)
『Ⅳ ―白の中で、眠れ―』
非常にテンポは良いと思います。あとは、「売りどころ」を考えましょう。(林)
『夜の織魔師』
まとまっていて、文体にもここちよさを感じました。ただ物語が動き出すまでが遅く、退屈な印象を受けました。(林)
『黄泉を渡る巫女』
イントロはわくわくして読みました。ただその後はしりすぼみになっているので、構成にもっと工夫を!(林)
『魔法の時間は、黄昏に』
こういう軽くて楽しい作風は個人的に好きなのですが、「ストーリーはあるけどテーマがない作品」だと思いました。(岡村)
『呪いが双子を分かとうとも』
年齢設定と文体が合っておらず、違和感がありました。(平林)
『計算機0f36』
描きたい世界観は伝わりましたが、登場人物の内面が掘り下げられずに話が進み、興味がもてませんでした。(岡村)
『ランドセルを背負った高校生』
冒頭のスピード感ある展開はよかったです。ただ、会話の描き方にトレーニングが必要だと感じました。物語に必要な情報を提供するだけでなく、それ自体がおもしろいと思える会話文を書いてほしいと思います。(今井)
『極悪』
スピード感があって読ませる文章です。ただ、全部読んでもいまいち印象に残らないかんじ。中盤の展開にもっと工夫を。(林)
『花園』
お願いします。完成させてください……!(今井)
『君が呼ぶならそれだけで』
少しはオリジナリティがほしい。(平林)
『冷たいシブリング』
一文毎に改行するのはやめましょう。(林)
『黄泉屋』
お話が散漫で、主題がなんなのかわかりませんでした。(今井)
『アジュールの魔女』
ストーリーは筋が通っているし、設定もおもしろい。ただ読み手に「伝えたいこと」がとっちらかっている印象。読了後に「ここをもう一度読み返したい」と思うところがありませんでした。(岡村)
『極夜の住人』
2巻から読んでいるような気持ちになるほど説明不足。改稿ではなく新作にチャレンジを。(林)
『ある慈悲深き恋の結末』
キャラクター(特に「柏崎」)はよく書けていて、分量もほどよく、いい意味で平易になっているのは進歩だと思います。ただ、狙っていたのだとしてもオチには釈然としませんでした。「物語の終わらせ方」を学ぶ必要性を感じます。(石川)
『僕とボーカロイドの軌跡』
読んでいて「現実だとこれは成立するのだろうか?」と思うところが多々あります。敵(会社)側の描写もチープに感じてしまい、魅力が弱いのが残念でした。(岡村)
『ガネーシャの音』
冒頭の人質入れ替わり理由に納得できず、出端をくじかれたまま読み進めることになりました。書きたいこと以外の部分も大切にしていただいてこそ、書きたいものが光ってくると思います。(今井)
『砦月館殺人事件』
メタミステリの趣向ですが楽しめなかった。メタミスは、まず「ミステリ」としてよくできていないと。(太田)
『家族のようなもの』
ページ数にたいして、お話のスケールとオチが小さすぎると思います。(林)
『ワールドエンド少年少女』
超能力の設定が甘すぎるのではないでしょうか。王道設定も良いですが、ベタから抜け出せていない印象を受けました。(林)
『MOULAGE(ムラージュ)』
導入はインパクトがあって引き込まれましたが、以降はどこに向かって話が進んでいるかよくわかりませんでした。(岡村)
『藻掻く方が健全です』
美大が舞台の作品ですが、美大に特に興味のない読み手でも楽しめる要素がもっと欲しいです。(岡村)
『レイチエ』
ポエティックな語り口には味があるのですが、肝心の世界観やストーリーが伝わってきませんでした。(石川)
『盲目と夜戦』
冒頭の展開はやや強引ながら読めたのですが、そのあとが単調でした。(平林)
『little story 灰の魔女』
過去作のキャラクターや設定を踏襲するのではなく、一から新しく書いたほうが力はつくと思います。(石川)
『星の夜明け、君とワルツを』
ところどころに光るアイディアはあるのですが、全体としては作り込みが甘い印象です。魅力的だったキャラクターがテンプレ的な悪役に堕してしまったのは残念でした。語り手の視点の設定や、句読点の入れ方も要改善かなと思います。(石川)
『~重い世界~』
未来へのタイムスリップと主人公の成長物語がかみあっておらず、ちぐはぐな印象を受けました。(林)
『モノロギア』
悪くはないのですがちょっと長大すぎるのと、設定にちぐはぐなところがみられたのが残念でした。次回は短く強度のあるものをお願いします。(平林)
『あげはま!』
ストレスなく読ませるテンポのよさがありました。強烈な出来事や強いキャラクターがつくれるようになれば、もっといいものが書けると思います。(今井)
『魔法少女と首切り死体』
道具立てがどこかで見たことのあるものばかりでした。誤字脱字の多さも気になります。(石川)
『heroiN/nED (ヒロインエンド/ヒーローインノットエンド)』
世界観が作り込まれているのはいいのですが、設定過多という感じで、読むのが大変でした。設定すべてを見せようとしなくてもいいのではないでしょうか。(今井)