ここから本文です。

テーマ

曜日

いろいろあるようで、思い出そうとするとなかなか出てきませんね。ジャケットは、CDの、という意味だと思うのですが、僕はほとんど音楽を聴かないし、最近はたまに買う音楽もiTunesなもので……。3DメガネつきのFlipper's Guitarの『ヘッド博士の世界塔』初回版……と思ったらAmazonにリンクがないし。必然的に本の、という事になるのですが、僕はブックカバーする派なので、意外と好きな本でも装丁の記憶がなかったりする事に改めて気づかされたりしました。透明なカバーを買おう。

曜日

無印良品大好きッ子であるところの私としては、過剰包装とかあんまり好きになれないのですが、それでもシャッポを脱がざるを得ない外装というのは世に多々あるもので、ここでは過去に感銘を受けたそれらの商品を紹介させていただきます。決して褒めてないかのように読み取れる文章もあるかもしれませんが、気のせいです。ええ気のせいです。それにしてもAmazonの配送包装の過剰っぷりはどうにかならないもんでしょうか。あの惜しみなき段ボール消費によって南米のアマゾンが本当にピンチになったりしないもんかと心配せずにはいられないのですが気のせいですか?

曜日

神や美は細部に宿るものらしい。もしそうだとするならば、小説の美しさや音楽の美しさは、本やレコードの外部、つまり「装丁」や「ジャケット」にこそ宿るものなのかもしれない。

曜日

そういえば本を出すときに編集者から「どういう装丁にしたいか?」という質問をされるのだけど、あんまり主張したことがないですね。なんとなく、装丁は編集者にとっての楽しみな仕事というイメージがあります。それを邪魔したらわるいような気がして。今まで自分でも気づかなかったんですが、自分のセレクションを見ると、『火蛾』とか『ラピスラズリ』のような装丁が僕の好みらしいですね。CDジャケットでもいろいろかんがえたけど思い浮かびませんでした。

曜日

「装丁買い」や「ジャケ買い」は、いまでもよくする。棚に数多く並ぶ、本やCDの中から、装丁やジャケットが「話しかけて」くる。「ぜひ、買って……」「これ、手に取って……」と。それが楽しい。良い作品が、良い装丁であるとは限らないが、良い装丁が、作品を「良くしてしまう」のは真実。オンラインなこの世の中で、書店とかCDショップなど、「リアルなお店」の持つ最大の価値、存在意義は僕にとって、それかもしれない。


本文はここまでです。