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かっけぇぇ作家

説明するまでもなく納得されそうなことだが、中高大の学生時代、実に残念な青春時代を過ごしてきた。

とはいえだ。飲食店に入った経験ぐらいはある。

ウエイター、ウエイトレスがどういった仕事をするのか、百回はないかもしれないが、何十回と見たことはある。『WORKING!!』も観ていたのでぼんやりとしたイメージは出来ていたつもりになっていた。

 

ぼんやり以上でも以下でもなかった。

ウエイターという仕事の細部について何の理解もなかった僕は、氷を作ることすらまともにできず、コーヒーを出す手順では毎回のようにあたふたしていた。

具体的に出来たことといえば、渡辺さん(@kozysan)の怒りの沸点をひたすらに刺激しまくったことくらいだ。本当になんにもできなかった。

僕の給仕仕事は、そんなレベルから始まった。

 

 

最初のお客さんは、開店直後に来てくれたうえ、当日行われていたニコ生の放送が終わるまでいてくれた。

時々黙りがちになる僕に気を使っていろいろ喋ってくれた。本来僕がもてなす立場のわけだが、本当に助けてもらった。最初のお客さんとコミュニケーションがとれた、という実感が、最初の硬直を解いてくれたと思う。

 

二人目のお客さんは、分かりやすくwktkしていることがパッ見からも感じられた好青年だった。

こちらから何かすれば、面白がってリアクションを返してくれそうなイジりやすそうな青年だったので、お客さんとどういったことをした方がいいのか、どういった距離感で接すればいいのか、などを色々試させてもらった。ご協力感謝。

 

 

 

三人目のお客さんは、見知った顔だった。

この時間帯は、緊張しているのか緊張していないのか、よく分からない精神状態だったけど、このときばかりは、確かにホッとした。

泉和良先生(@izumi_kazuyoshi)の来店だった。いつもどおりの飄々とした空気。いつもどおりのニット帽。

とても懐かしい空気に触れた気がした。

 

泉さんは小柳粒男にとって、同期の作家、という気がする。

歳は十近く離れているから、友達というには軽すぎて、仲間なんて呼ぶには少し違和感がある。

だから僕にとって、泉和良は、同時期にデビューした作家、と思っている。

 

 

それだけかもしれないけど、それゆえ唯一無二な作家さんだ。

08年に初めて会ったときも、泉さんのほうから声をかけてくれた。あの頃からこの頃まで、ずっとひっそり気をかけてもらっている気がする。

 

 

20日は東京の友達に会いにきたついでに来てくださったということだった。

なので十数分の滞在で帰ってしまったが、開店からさほど時間の経っていなかったあの時間帯に、泉さんが来てくれたことはとても大きかった。揺らいでいた心が、いたく安らいだ。

ああいう緊張を強いられる場面で、見知った顔に出会うということの効能を、とことんまで味わった。

 

 

 

当日のコーヒー代はカンパ制であり、お客さんが代金を決めるということになっていた。

帰りがけの泉さんに、100円でも500円でも1000円でもいいからお願いします、と僕は青いカンカン箱を差し出していた。

 

泉さんは、しょうがないにゃぁ、なんていいながら、財布からお札を取り出した。

10000円札だった。

遠慮する暇もなく、その万札はカンカン箱のなかに置いてあった。

 

 

「粒ちゃん、がんばってね」

そんな言葉をかけてもらった気がする。

 

 

同じ時期に同じ出版社の同じ編集部からデビューした作家さんだ。

現状の作家としての立ち位置は違うものになっているとはいえ、、

そのお札一枚に、どの程度の重みがあるのか想像することは簡単だった。

 

 

一番短い滞在時間で一番大きな金額をカンパしてくれた同期の小説家の背中を見送りながら、思った。

かっけぇぇなぁ、と。

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