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レビュアー「鳩羽」のレビュー

銅

ジハード1 猛き十字のアッカ

全巻揃ってから買えばよかった…

レビュアー:鳩羽 Warrior

もし自分がこの小説のなかに入りこめるとしたら、一体どこにいたいと願うだろう。
ヴァレリーのように、西欧人でありながらイスラム軍の旗下に加わるだろうか。
エルシードのように、己の正義と責任を極限まで研ぎ澄ませて燃やし尽くそうとするだろうか。
いや、こちとらただの凡人なのだから、才ある人々の手助けをしながら彼らの活躍をそばで見ているのがせいぜいかもしれない。
そうでなければ、戦いに巻き込まれ、周りも見えずに右往左往しているのが関の山だろう。

おもしろい小説は多々あれど、おもしろくて「よくできている」小説に出会うと、ついこういう空想にふけってしまう。
その小説のなかに自分が入り込んで、一緒に戦ったり生活したりできるような気がするのだ。
そうしたところで、こういった小説は微動だにしない。
ゆるがない土台と強度、歴史とストーリーに支えられているから、安心して心をあそばせることができる。

しかし、小説のなかに生きてしまえば一人分の目を通した世界しか見えないのもまた事実。
押し寄せてくる十字軍に備えるサラディン、それぞれの思惑をもって迫るフィリップ尊厳王とリチャード獅子心王、どちらにつくともはっきりしないイタリア商人たちに暗殺集団。
これらすべてを概観できるのは、やはり小説読者ならではの特権かもしれない。

その愉悦と空想のあいだで、時間は不思議な、濃密な流れ方をするようだ。
あやなる戦いの絵巻のなかに、自分によく似た人間を発見するとき。
確かに自分も、この小説のなかに生きていると思うからだ。

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2014.05.20

銀

面接ではウソをつけ

うそからでた、まことの話

レビュアー:鳩羽 Warrior

 相手の立場になって考える。
 これまで幾度となく言われてきたことなのに、なかなかできなくて、だから余計に言われることになる。
 さほど親しくもないひとに、いきなりプライベートな話を持ちかける。きっと重いと思われるか、引かれるかするだろう。
 家族や親友に、悩みを打ち明けられずに悶々とする。これだと、なぜ相談してくれないのかともどかしい思いをさせてしまうかもしれない。
 好きな人にはありのままの自分を知ってほしい。
「自分は一人でいるのが好きで、喋るのが下手で、わがままで、ちょっとしたことにすぐかっとなり、なんの取り柄もないし身なりを整えることも面倒な性格です。つき合ってください」
 こんなアピールにイエスと言う人はまずいないだろう。

 『面接ではウソをつけ』という衝撃的なタイトルだが、この本はとことん相手の立場を考えることの大切さを教えてくれる本だ。
 面接官も普通の人である。入りたいと思っている会社の会社員であり、通常業務の時間を割いて、似たり寄ったりの面接を相手をこなしているのだ。
 相手が知りたがっていることに答え、相手が求めている人間像を演じる。逆に言うと、相手が知りたくもないことには答えず、相手が求めていない人間像は隠すというだけのことだ。
 百パーセント明るい人間もいなければ、百パーセント暗い人間というのもいない。誰だって好きなことに熱中している時は快活になっているだろうし、興味のあることには一つ二つ意見くらいある。
 その自分のよい部分、理想的なイメージを目に見える表面に持ってくること。
 それがこの本でいうところの「ウソ」なのだ。

 最終章のタイトルは「『新しい自分』をインストールする」
 なんと怪しげなタイトルだろう。
 けれど誰だって、好きなモデル風のメイクや、アイドルの誰々風のファッションなどなど、こっそりやってみたことくらいあるはずだ。
 性格は変えられない! と諦めるのではなく、内面もちょっと装ってみること。
 最初はよそゆきの服のようにぎこちなくても、いつかそれがしっくりと馴染んでくる。
 そのとき、自分が理想としていたイメージは、そのまま自分のものとなっているだろう。面接は、長い人生のそのきっかけにすぎないのだ。
 本当の自分は、いつでもウソで変えられる。

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2014.04.22

銅

きみを守るためにぼくは夢をみるIV

若葉のころ

レビュアー:鳩羽 Warrior

 葉桜の頃はまばらに、おずおずと生えていた新緑も堂々と陽光をはね返すまでになった五月の盛り、図書室ではあまり見かけない顔が飛び込んできた。<br />「咲良っ! 今日は新入生の発声練習を先輩たちにチェックしてもらう日でしょ! なにぐずぐずしてるの!」<br /> たんぽぽみたいなつんつんと跳ねた髪型をした眼鏡の女子生徒は、棚の側に立ったまま、じっと文庫本に見入っていたもう一人の女子生徒にクロスチョップをくらわせる。<br />「ごめーん、読みたかった本の新刊が入ったって聞いたから、ついこっちに足が向いちゃって~」<br /> そう言って咲良は読んでいた本の表紙を、眼鏡の少女、爽子に向けてみせた。<br /> 雨の夜を描いた繊細な景色の中に、一人の少年が背を向けているイラストの表紙。ぽつんとバス停があり、奥の方に何かのお店らしき建物がある。少年はその店の明かりをじっと見つめているのだろうか、街灯に照らされた雨が銀色の針のように画面いっぱいに降り注いでいる。<br />「えー、なになに。『きみを守るためにぼくは夢をみる』? タイトル長っ。どうせ、君を守るために僕が夢を見る話なんでしょ」<br /> うさんくさそうに眉をひそめる爽子に、長い髪を揺らして咲良は考え込む。<br />「そう、なんだけど。だんだん、このタイトルの意味がよく分からなくなってきたんだよね」<br />「げっ、そんなに複雑な話なの?」<br />「複雑、というか」<br /> 言葉を探すように、咲良はしばらく本の小口をなぞっていた。<br />「主人公の男の子、この子の名前が朔っていって、私の名前をよく似てるなと思って読み始めたんだ。簡単に説明すると、この朔くんが十歳の初デートの帰り道にちょっとうたた寝をして、その間に七年間が経ってしまったっていう話なんだ」<br />「ふーん、タイムトラベルみたいなSFなんだ」<br />「それが全然違うの。七年間の間は朔は行方不明扱いだし、同い年の恋人は七つ年上になっちゃうし、弟も自分より大きくなっちゃうし、周囲からは気持ち悪がられるし。起こってしまったことの原因も明らかにならなくて、ただただ大変なの」<br />「疲れそうな話だねぇ」<br /> 咲良の手から本を取り上げると、爽子は「わーポエムー」と悲鳴を上げながらぱらぱらと中の文字を拾い読みし始める。<br />「成長するのが怖い、大人になるのが不安っていう気持ちは誰にでもあるけど、でもだからって永遠に子供のままでいられないじゃない? <br /> 次から次に理不尽な目に遭って、かなりがんばって努力して、世の中に立ち向かっていかないと、人並みの成長もできなかったのが、朔なんだ。でもそれは初恋の人のためにするものじゃないでしょ。といって自分だけのためにするのでもない。『きみを守る』ってどういうことなんだろう、『夢をみる』ってどういうことなんだろうって考えると、だんだん分からなくなってきちゃって」<br />「そうだよね、うちらだってついこの前まで一番の下っ端の一年生で、なんにも変わってないつもりだけど、今ではおっかなびっくりでも後輩を教えていかなきゃならないもんね」<br /> 次の部長候補と言われている爽子の言葉に、妙なリアリティを感じて咲良は思わず吹き出した。<br />「笑うな! でも、こういう成長していく課程がはっきりしている間って、ありがたいな~と思うよ。大人になったら、一年経っても自動的に学年あがったりしないじゃん」<br />「うん、分かる。普段はそんなこと考えないんだけどね。<br /> 朔も、十歳から少しずつ大きくなって、四巻でやっと十七歳になったみたい。進路の問題も出てくるし、恋人とも再会できてハッピーエンドになりそうだったんだけど、なんだかなぁ。三巻に出てきた妹みたいな女の子がいてね」<br />「あ! ダメ! それ以上言わないで!これ私も借りてみよっと」<br /> そのまま返してくれなくなっては困ると、慌てて咲良は爽子の手から文庫本を取り戻す。 <br />「これは私が先にみつけたの! 大体、爽子は先の巻を読んでないでしょ。はい、一巻」<br />「わー、これもきれいな表紙だねぇ。朔くんがまだ男の子って感じだ」<br />「あっという間に追いつかれて、追い越されそうだよ」<br /> 二人の女子生徒はちょっと不思議そうに顔を見合わせると、自分たちの前にまだまだ続いている階段を思って少しうんざりとした表情をし、やがて仕方なさそうに笑み交わした。<br /><br />「ちょっと、爽子。時間!」<br />「あ、本当だ。すっかり忘れてたっ。やべー」<br /> 騒々しく貸出手続きを済ませると、二人の少女はばたばたと、淑やかさの欠片もなく、けれどまぶしいくらいの瑞々しさを振りまいて出ていった。<br /> 図書館では静かに、と何度か注意せねばと思いつつ、結局言いそびれてしまった司書の萌江は、ブラインドを下げようと窓辺に寄った。強烈な西日は本を傷める。ブラインドの角度を調節していると、窓の向こうを体育館へと向けて走っていく少女たちの姿が一瞬見えた。野暮ったい制服では隠しきれない、健康的でまっすぐな四肢がほほえましい。発声練習といっていたから、演劇部が合唱部かもしれない。今度来たら、聞いてみよう。<br /> 予約の順番がいつもついているような、大人気の本ではない。けれど、時々すっと借り出されて、すっと戻される。最初だけ人気があって、後から見向きもされなくなる類の本とは違う。<br /> 子供には、かなしいけれど特に女の子には、危険や毒や落とし穴がいつも待ちかまえている。元気で明るくてかわいければいいという正義がどうしようもなく通用しないことが、多々ある。そういう残酷さを、運命とでも呼ばないことには慰めきれないつらさを、そっと手の届くところに置いていってくれるのがフィクションの役目なのだろう。<br /> そこだけがらんと開いた棚を見て、萌江は薄く笑った。<br /> 彼女たちが話題にしていた本の一巻目を、萌江が最初に読んだのはもう十年も前のことだ。

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2014.03.27

銀

2WEEKS 人形使いのペトルーシュカ

未分化の生きものを見るような

レビュアー:鳩羽 Warrior

なんとも不思議な小説だ。たびたび出てくるネクタールという単語からの連想のせいだろうか、液体のような固体のような、ねっとりと止まっている中に何かが蠢いているような不穏さを感じる。
驚異的な治癒力のせいで不死身になった少年と、同じく驚異的な身体能力を持った無敵の少女が出会った、その後の続きの話だ。墜落した宇宙船の一部であるネクタールというモノに、この特異能力は由来している。
主人公・上代は、死んだはずの存在を生き返らせたことに罪の意識を持ちながらも、とりあえずは平穏に暮らしていた。そこへホルマリン漬けにされた子供を生き返らせてほしいという女が現れ、仲間の命をたてに上代に能力を使うように脅迫する。

同級生や家族は、上代の視点から見るとまるで影絵のような存在感しかない。ガラス越しに見ているかのような、どうしようもなく隔てられた感覚があり、他の人間とは違うということは、こんなにも同じ空間を共有できないものなのかと薄ら寒い心持ちにすらなった。
死ぬはずだった存在を生き返らせたことは、上代にとって大きな十字架となってのしかかるが、不死身の上代にとっての贖罪とは果たして生きることなのか死ぬことなのか。そもそも死ぬことがない人間は、生きていると言えるのだろうか?
上代の思考は、不死身の肉体のなかをただどろりと巡っているだけだ。

積極的に解決すべき問題、倒すべき敵が見当たらないうちは、上代という存在はだらだらと心地よく揺蕩っているだけなのだろう。それはホルマリン漬けの子供とよく似ている。
瓶の中の子供を生き返らせるのか死なせるのか、決めてしまえばすっきりとすることに間違いはない。けれどこのまま、じわじわとした変化の成り行き任せに、閉じこもっていてはいけないだろうか。
健康的とは言えないが、その揺らぎに共振するとなんだかとても気持ちがいい。もうしばらく、このままとろとろと目を閉じて籠っていたい。そんな気分にさせられるのだ。
そしてその選択の方が、危険が少ない場合もある。
満ちてくる不穏の気配と、それに対する準備に、目が離せない2巻目だった。

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2014.03.27


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