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読者レビュー

銅

マージナルオペレーション

ちょっとしたオマケ要素

レビュアー:ticheese Warrior

 芝村裕吏氏は人気ゲームクリエイターである。氏が多くのファンを獲得している理由の一つに、制作した作品に共通した興味深い世界観設定があると思われる。作品一つをとって楽しむに当たっては、大して気にする必要はない。しかし芝村氏の作品を複数手に取り出すと、嫌でも目についてくる設定だ。
 いわく世界は一つではなく、複数の平行世界が同時に存在している。『ガンパレード・マーチ』の世界も、『式神の城』の世界も、『絢爛舞踏祭』の世界も平行世界として繋がっていた。世界の中で特に影響力の大きい人物には、同じ可能性を持った同一存在という、分身のようなものがいる。ようは平行世界の自分だ。例を挙げるなら『ガンパレード・マーチ』の壬生屋未央は、『式神の城』の結城小夜の同一存在であったそうな。
 この他にも数多くの裏設定が存在するが、芝村氏の作品が増え、世界観が入り乱れるようになって消えたり設定し直されたりしているので、確認が非常に困難だ。というか、面倒くさい。壬生屋未央と結城小夜の同一存在設定も、私が確認した時点で一度解除されていたはずだ。しかし一度ネットで調べたり他の作品を探ったりしてしまうと、どうしても芝村氏の世界観にハマってしまう。知れば知るほど奥が深く、いつの間にか自分自身が、その設定の一部にされてしまうことすらあるのだ。
 そして星海社から芝村氏の新たな作品が小説という媒体で出版された。『マージナル・オペレーション』である。私自身、この作品にもかつてのゲームキャラや彼らの同一存在が出るのではないかと楽しみにしていたのだが、かなり意外な形でその期待は叶ってしまった。
 梶田の存在である。日本が舞台となった2巻で、宗教団体で強面の一人をやっていたスキンヘッドの男だ。読者すべてが知っているはずもないが、この梶田、我々のいる3次元でゲームライターをやっている人物がモデルと思われる。芝村氏が『マージナル・オペレーション』についてインタビューを受けていた、『4Gamer.net』というゲーム情報サイトで記事を書いているので、確認してみるとすぐに分かる。スキンヘッドにサングラス革ジャンと、とても堅気には見えない容姿をした人物だ。私はゲームをあまり嗜まないので、梶田氏が声優の杉田智和氏のラジオ番組のアシスタントをしていたことから名前を知った。見た目にそぐわず気遣いのできる(変態)紳士だった。
 さてこの梶田(3次元の梶田氏ではない)、2巻では名前のみの登場であったにも関わらず、2013年6月現在最新の4巻ではイラストを伴って登場してしまう。どうやらただのモブではなかったらしい。そしてモブでないとするのなら、梶田は『マージナル・オペレーション』の世界でなんらかの役目を果たす、重要な人物であるのかもしれない。するとどうだ、二次元世界の梶田は三次元の梶田氏の同一存在ということにならないか? 無茶苦茶を言っているように聞こえるかもしれないが、現に芝村氏は同じ論法で『ガンパレード・マーチ』の世界に同一存在を作り、物語に干渉している。もちろんあくまで設定の上で。
 3次元の梶田氏の座右の銘は「二次元が来い」。『マージナル・オペレーション』に自分のモデルとしたキャラが登場することに、悪感情を持ったりはしまい(むしろ喜んでいるように見受けられる)。もし同一存在設定で芝村氏の世界観の一部になれるのなら、それもまた良しと思うかもしれない。
 だがこの同一存在設定には、非常に危険な裏がある。平行世界の自分、同一存在が死ぬと、他の自分にも死の運命が迫ることになるのだ。もしくは世界に影響を与える特別な存在ではなくなり、モブになってしまう。モブになってしまう。大事なことなので二度言ってみた。もし、これから『マージナル・オペレーション』で2次元梶田が死ぬようなことになればどうなるか……。
 3次元の梶田氏が命の危機! とは大袈裟でも、世界のモブになってしまうかもしれない。現在ゲームライターやラジオパーソナリティーとして活躍中の彼の仕事運に、影響を及ぼさないとも限らない。私は危惧している。梶田は過酷な『マージナル・オペレーション』の世界で、果たして最後まで生き抜くことができるのか。
 本編はもちろん、このちょっとしたオマケ要素も楽しみに、『マージナル・オペレーション』最終5巻を私は待ち焦がれている。

2013.06.22

まいか
次元を超越した物語なんて素敵!!たくさんの見方があるんですね!作者さんの創る世界にちりばめられた仕掛け。じっくり読んだり何度も読み返すうちに、それに気づくとよりいっそう楽しむことができますね。
さやわか
芝村裕吏という作家が共通した世界観で作品を描いているということを丁寧に紹介していて、そこは好感が持てました。そして、そこに梶田という人物が絡んでいるということを筆者が楽しんでいる感じも伝わってくる。このレビューは「銅」にいたしましょう! ちょっと気になったのは「モブでないとするのなら、梶田は『マージナル・オペレーション』の世界でなんらかの役目を果たす、重要な人物であるのかもしれない。するとどうだ、二次元世界の梶田は三次元の梶田氏の同一存在ということにならないか?」という部分です。最初の行は理解できます。モブでないのなら重要なキャラかもしれない。そして、ここには書かれていませんが、そこから発展させて「重要なキャラなら他の作品ともつながりのあるキャラかもしれない」という理屈も、わかる。しかし梶田が複数の世界にまたがる存在であったとしたら、なぜそれが三次元の梶田とも同一であるといえるのでしょうか? たとえば芝村裕吏という作家自体が物語上に登場する人物でもある、というような説明が書かれていれば、なるほど世界を越えてキャラクターが存在するということは、三次元にもあり得るのだと理解できるのですが、このレビューではそういう説明はちょっとないようですね。「銀」以上を目指すなら、そこをもうちょっとわかりやすくしてもよいように思いました。しかし基本的には、作品に新しい楽しみ方を与える、いいレビューだと思いますよ!

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