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読者レビュー

銅

Fate/Zero

『Zero』だけでは満たされない

レビュアー:横浜県 Adept

 小説『Fate/Zero』はPCゲーム『Fate/stay night』の前日譚であるからして、まず前者と出会った者は、次に後者をプレイしたくなるものだ。
 そもそも原作よりも先にスピンオフを読んでしまう人間がいるのか。1巻のあとがきには、そんな読者が私以外にも数多くいると記されている。アニメが放映され人気を博した今となっては、その傾向がより強くなっていることだろう。なんにせよ『Zero』が独立した作品としての人気を獲得した点は注目に値する。原作に依らない魅力が備わっていることの証だ。
 ただいくら原作とは別個の価値を持つといえども、私のようなFate初学者が『Zero』を読了すると、否応なく『stay night』のプレイ欲求をそそられてしまう。確かにこの作品は完結したはずなのに。どうしてか満たされない心地に包まれてしまうのだ。主な原因は2つある。

 1つ目は当たり前の話になるが、世界観・設定が原作と同じであるという点だ。筆者の虚淵玄が「Fate/Zeroは、Fateを知る人だけのものであってほしかった」と語るとおり、はっきり言って『Zero』はFate初学者に優しくない。世界観の説明も少なく、基本を理解するだけでも、おおよそ1巻の半分まで読み切る必要がある。
 一方で設定がプロローグから小出しにされるため、気になった箇所を解決すべく読み進めれば、割かしすんなりと物語に浸ることもできる。「サーヴァント? 令呪? 一体どういう意味なんだろう。そんな抽象的な説明をされても分からないよ」と最初は困りもするのだが、心配しなくとも物語世界に対する知識量は次第に増えていく。それにつれてページを繰る速度も速くなるわけだ。
 しかしそれでも補完しえない部分だってある。たとえばそれは士郎の存在だ。エピローグに登場する原作の主人公は、『Zero』から読み始めた人間にとっては「誰だよお前」と突っ込みたくなる相手だ。いきなり出現した彼のことを理解するためには、本編である『stay night』を読まざるをえない。例は他にもある。『Zero』でメチャクチャにされた桜ちゃんが、本編でまともに生きていけるのか、とかも気になるしね。つまり原作に繋がる伏線をすっきりと飲みこみたいが故に、どうしても『stay night』をプレイしたくなるわけだ。

 2つ目の問題は、『Zero』だけでは真の完結に至らないという点である。これには原作者たる奈須きのこの解説が詳しい。そこには虚淵玄がハッピーエンドの物語を書けないこと、『Zero』がその類に漏れないことが書かれている。続けて「これを機に『Fate/stay night』に手を伸ばし、虚淵玄が夢に見た結末に辿り着いてもらえたのなら本書の一ファンとしてこれ以上ない喜びだ」とある。「虚淵玄が夢に見た結末」とは当然ハッピーエンドのことだ。
 奈須が述べるように『Zero』はハッピーエンドではない。主人公・切嗣の望む平和は叶えられることがなく、街は大災害に包まれて終わる。ラスボスの綺礼は死んだのに生き返り、かわいい幼女の凛ちゃんは父親の死に涙する。これは私の書き方に問題があるのかもしれないが、ぶっちゃけひどいエンディングである。子どもが読んだら泣いてしまいそうな結末だ。溜飲が下がらない読者も多かったことだろう。否、私がそうだった。
 それでも1つだけ、最後に希望の灯がともった。先にも述べた士郎が、エピローグにおいて切嗣の夢を受け継ぐのだ。そして物語は『stay night』へと続き、彼は第五次聖杯戦争へと突入していくこととなる。そこにはハッピーエンドが待っている。切嗣の代わりに士郎が正義を貫き、望みをかなえる。そのエンディングこそ、私たちが真にみたかったものであるはずだ。『Zero』の残酷な終焉にどこか納得できなかった読者は、本編に縋る以外の道がないのである。

 『Fate/Zero』で初めてFateという作品に触れた者は、まず間違いなく充足した読後感をえることはない。物語が一応の終結をみるものの、それは決して手放しに喜びうる内容ではないからだ。原作を体験せずに逃げることは、この前日譚に散りばめられた伏線だって許さないだろう。私たちはその答えを、続きを知りたがっている。
 だから私たちは、必然的に『Fate/stay night』へと導かれる。なにも負うところのない心で「いい話だったね」と振り返るためにも。

2012.01.17

さやわか
うーん! 文章は整っていると思います。言いたいこともわかるし、『Fate/Zero』の価値を認めているのもわかる。これは「銅」にしましょう。しかし、もうちょっとだけラストまで『Fate/Zero』の立場で書き切ってくれたら、『Fate/Zero』のレビューとして安心して読み切れたなという印象がありました。ここはやっぱり『Fate/stay night』を読まなきゃわからないんだよと言っているようにちょっとでも見えると、タイトルのせいもありますが『Fate/Zero』のレビューとしては不安なわけです(そういう主張であるならば、もっとはっきりそう書くべきですし)。たとえば、「『Fate/Zero』は『Fate/stay night』に強く導いてくれる」みたいに、『Fate/Zero』が主語になる書き方をすれば、全く同じことを言っていても印象は違うはずです。どうでしょうか?

本文はここまでです。