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暇潰し編

警視庁公安部って何?

 暇潰し編の主人公・赤坂衛が所属する警視庁公安部。「公安」という名称はよく耳にするが、具体的に何をしている組織なのかを知る者は少ない。それもそのはず、公安は警察の中で最も機密性が高いとされる組織なのである。「町のお巡りさん」とは違い、平凡な生活をしている市民が公安と接点を持つ機会はほとんどない。

 全国の警察本部には警備部があり、その中に公安課が置かれているところが多い。警察署であれば警備課の中に公安係や外事係がある。そして、東京の警視庁には約2000人(平成23年現在は約1200人)を擁するとされる公安部がある(警視庁だけは公安が独立した「部」になっている)。赤坂が所属しているのはここである。各都道府県に配置された公安部隊の本拠地だ。

 公安警察は警察庁警備局からの指令を受けて動いている。赤坂はもちろんのこと、興宮署にいた公安の本田屋もそうだ。同じ警察署で仕事をしていても、県警署長の命に従う大石とは立場が異なるのである。

 私たちの身近にいる警察官は地域の住民を守ることを目的にしている。そのためにパトロールを行い、刑事事件を捜査し、犯人を逮捕することに全力を尽くす。

 一方の公安警察が守る対象は一般住民ではなく、日本という国家そのものである。彼らが追うのは国家の脅威となる(またはその可能性がある)労働運動団体、右翼、極左、カルトなどであり、それらと無関係な人物・事件を追いかけることはない。公安はマークした団体の動向をあらゆる手段で探り、事件を未然に防ぐために活動している。国際テロやカルトが脅威となった近年の事件を見れば分かる通り、大惨事が起きてからでは遅いのだ。「事件を発生させない」ことに力を注ぐのは当然と言える。

 これは活動の一例だが、政治的な集会が行われると公安は集団で出向き、参加者たちの顔を覚え込むのだという。現地で写真を撮ることもあれば、街で見かけた活動家(もしくは疑わしい人物)を尾行し、自宅を突き止めることもある。口実を作って家宅捜索を行い、団体に関係した連絡先を見つけようとする。マークした人物を一日中追い回す。建物の前で張り込みをする……。その活動は徹底的で、一度ブラックリストに載せられた人物は死ぬまで公安から逃れられないという。

 赤坂たちが犬飼寿樹誘拐事件を探る理由は、明らかな政治的思想に基づいた犯行だったからである。一般人を狙った身代金目当ての誘拐であれば、公安が動くことは決してない。

参考資料

鈴木邦男『公安警察の手口』(ちくま新書)

久保博司『警察のことがわかる事典』(日本実業出版社)

公安が用いる捜査方法

 今回は公安の捜査についてもう少し詳しく書いてみたい。

 暇潰し編では公安部による盗聴が描かれている。孫を誘拐された犬飼大臣は事件の発生を警察に通報していない。にもかかわらず公安部がすべてを把握していたのは、秘密裏に(大臣にも知らせることなく)盗聴を行い、犯人との通話を聴いていたからである。

 前回のコラムで述べたように、公安警察は事件を未然に防ぐことを大きな目標にしている。赤坂たちもそのために盗聴を行っていたようだが、これは当然ながら非合法の活動だ。もし明るみに出れば大変なことになるだろう。昭和53年(1978年)の時点ではまだ「通信傍受法(※)」が施行されていないことも注記しておく。

「警察による盗聴なんて行われるはずがない」と考える人は多いはずだ。しかし、似たような例は実際にあった。よく知られているのは昭和61年(1986年)に発覚した盗聴事件だ。東京都町田市にある共産党幹部の自宅に対して、公安が長期的な盗聴を仕掛けていたのである(共産党は公安がマークしている団体の一つである)。これは違法捜査であるとして大問題になった。公務員職権濫用罪の付審判請求は棄却されたものの、国家賠償請求訴訟では共産党幹部側が勝訴している。

 なお、通話の発信元を突き止める「逆探知」が公然と行われているのは、通信傍受とは扱いが異なる(盗聴とはみなされない)ためである。これは警察が用いるれっきとした捜査法の一つだ。

 公安は捜査対象の組織内部からスパイ(協力者)を獲得することもある。身分を隠して活動家に接触し、同じ思想を持つ仲間であるかのように振る舞う。そして長い時間をかけて親密な関係を築いた後、身分を明かして内部情報を聞き出すのだ。その過程で公安が脅迫などの非合法手段を取ることもあると言われている。

 それだけではない。時に公安は警察という職を辞して捜査対象に近づき、数年がかりの内偵を行うことさえあるらしい。身近な人たちにすら真実を告げず、別の仕事に就きながら公安としての職務を遂行する——まるでスパイ映画さながらである。

 平凡な観光客を装って雛見沢に潜入した赤坂の手口は、まさに公安としてのそれだろう。彼は雛見沢を「敵地」と呼び、得体の知れない反社会的組織(鬼ヶ淵死守同盟)の本拠地と認識している。その本心を隠しながら住民と言葉を交わすのは、土地に溶け込んで情報を得ようとしているからだ。

〈村の貴重な自然に興味を持つ、ということは、村が行なう平和路線でのPRに賛同しているということだ。(中略)村中が反ダムで盛り上がっているのだから、…住民に率直なことを聞く機会にも恵まれるかもしれない。〉

 赤坂のモノローグは「自然を破壊するダム計画に反対の意を示すことで、住民から信頼を得る(情報を聞き出す)」という狙いを明示している。こうした公安の仕事をイメージしながら読むと、暇潰し編は立体的な姿を見せてくれるだろう。

※通信傍受法(犯罪捜査のための通信傍受に関する法律)

 この法律は平成12年(2000年)8月15日に施行され、組織的犯罪(銃器、薬物、密入国、組織的な殺人の四種類)を摘発するための通信傍受を合法化したものだ。憲法で保障された「通信の秘密」を侵害するものとして、マスコミなどが強い反対の意を示した。

 法務省は〈通信傍受法案は,犯罪捜査という公共の福祉の要請に基づき,通信傍受の要件を厳格に定めるなど,必要最小限の範囲に限定して傍受を行うものであり,決して憲法に違反するものではありません。〉という立場を取っている。

参考資料

鈴木邦男『公安警察の手口』(ちくま新書)

久保博司『警察のことがわかる事典』(日本実業出版社)

法務省:犯罪捜査のための通信傍受に関する法律案Q&A

捜査一課って何?

 警察には様々な部署があり、役割や担当する事件の種類が異なる。警視庁や警察本部に置かれている刑事部捜査一課(正式名称は捜査第一課)が対応するのは、殺人、暴行、強盗、放火、窃盗といった犯罪だ。捜査二課が担当するのは知能犯、選挙違反、暴力団による犯罪である。組織をさらに細分化して、捜査三課、捜査四課、刑事総務課といった課を置いているところもある。

 大石が所属するのは興宮署の刑事部捜査一課であると語られている。彼が荒事に慣れていることや、連続怪死事件を追いかけていることを踏まえればイメージしやすいだろう。しかし現実の警察署に刑事部は置かれておらず、捜査一課も存在しない。通常は刑事課(部ではない)の中に強行犯係、暴力犯係、知能犯係、盗犯係などを置く形になっており、大石の場合は刑事課強行犯係といった所属になるはずだ。『ひぐらし』における部署の設定はフィクションである。

 捜査一課は刑事ドラマにもよく登場する実在の部署だが、フィクションの世界では何らかのデフォルメが施されている。たとえば地味な内勤をほとんど行わず、犯人のアジトに派手な殴り込みをかけたり問答無用で拳銃を撃ったりする刑事たちが挙げられる。これはもちろん現実世界の警察とは異なった描写であり、あくまでもドラマ特有の「お約束」だ。組織の名称や仕組みについても同じことが言える。

 これは余談だが、大ヒットを飛ばした人気ドラマ『踊る大捜査線』(フジテレビ系列)は、現実に即した描写が多いことでもよく知られている作品だ。ほどよいリアリティと面白さが両立した秀作として評価が高い。

参考資料

鈴木邦男『公安警察の手口』(ちくま新書)

久保博司『警察のことがわかる事典』(日本実業出版社)

昭和の公衆電話

 雪絵に連絡を取るため、怪我を押して雛見沢を歩き回った赤坂。だが彼は診療所、たばこ屋、村外れの電話ボックスで、いずれもコードを切断された公衆電話を目撃することになる。

 昭和53年(1978年)当時の公衆電話は現在のものとは違い、硬貨しか使うことができなかった。テレホンカードが初めて売り出されるのは昭和57年(1982年)。テレホンカードに対応した緑色の公衆電話が登場するのも同時期だ。もちろん昭和53年の暇潰し編には登場せず、昭和58年(1983年)を舞台にした他の編であっても、山奥の雛見沢にはまだ導入されていないだろう。興宮でもかなり怪しく、仮に設置されていたとしても駅前のごく一部という状況ではないだろうか。

〈ジーーーコロコロコロ。ジーーコロコロ。ジーーーーコロコロコロコロ。〉

 プッシュホンしか知らない人には馴染みのない音かもしれない。これは赤坂が診療所に置かれていた公衆電話機のダイヤルを回す音だ。人差し指を該当する数字の穴に入れて、右回りに回転させる。指止めに当たったところで指を抜くと、ダイヤルが戻って数字に応じたパルス信号が送出される仕組みだ。数字は指止めに近いところから順に1、2、3……と並び、最も遠いところに0が配置されている。〈雪絵の病院の番号は8や9が多いので、ダイヤルが終わるのに必然的に時間がかかってしまう。〉と赤坂がやきもきしていた理由がそれだ。

 具体的な描写がされていないので詳細は不明だが、当時よく病院に設置されていたのは一般加入電話を公衆電話として用いる「ピンク電話」である(呼称はもちろん電話機の色にちなむ)。そして、たばこ屋の軒先に置いてあった〈古めかしい公衆電話〉は「赤電話(※)」だと考えられる。個人商店の窓口に置かれている赤電話は、夕方の閉店と同時にしまい込まれてしまう。赤坂の行動が遅ければ、無情に閉ざされたシャッターが彼を出迎えたに違いない。その不便を解消するため、夜でも使えるように設置された公衆電話が「青電話」である。

 当時のピンク電話、赤電話、青電話は十円玉しか使えない仕様だったため、赤坂が百円玉を投入していたシーンは恐らくフィクションだろう。より現実的な手順を踏む場合、入江診療所の職員やたばこ屋の老女に頼んで、多数の十円玉を用意する必要があったはずだ。百円玉が使えるのは昭和47年(1972年)から設置されるようになった「黄電話」である。十円玉を投入し続ける手間が省けるため、市外通話をする際は黄電話を探して使うと便利だった。

 昭和は公衆電話に列ができる光景も日常茶飯事だった。後ろの人に気を遣ってすぐに受話器を置く人ならいいが、我関せずとばかりに長電話をする人がいると大変である。小競り合いもあれば急ぎの人に順番を譲ることもあり、他人との関わりが希薄になりがちな今とは様相が違う時代だった。

 現在では携帯電話が当たり前になっているため、公衆電話の文化をイメージすることは難しいかもしれない。そんな時はぜひ当時を知る身近な大人に訊いてみよう。きっと「懐かしいなあ……」と目を細めながら思い出話をしてくれるだろう。

※赤電話

 ここでは昭和41年(1966年)に正式採用された「大形赤公衆電話機」、または昭和46年(1971年)に登場した「新形赤電話機」のことを指す。これより古い形式の赤電話は市外に直接ダイヤルすることができなかった。赤坂が迷いなく市外通話を試みている以上、さすがにそこまで古い赤電話ではなかったようである。百円玉併用の赤電話が登場するのは昭和55年(1980年)のことだ。

刊行情報

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